恋狂い
話を聞き終わり、その内容を噛み砕いていくと、いくつかの疑問が浮上してくる。
レグルスの話の内容がどうという訳ではなく、そこに至るまでの背景が理解し難いのだ。
安易に聞いていい内容ではない気がするので、憚られるが、悠一はそこが引っ掛かって仕方ない。
何故亜人が大国とはいえ、たかだか一つの国にそんなに翻弄されているのか。
そして、目障りな国だと認識しながらアルダスをいっそ無くしてしまおうという動きが他国にないのか。
ということだ。
悠一が持つ知識の中に、アルダスの情報はそれほどない。
せいぜいが、亜人との国境に国があるという程度だ。
巳夏が意識的に排除したのかもしれない。
聞いた方が早いだろうと、悠一は逡巡した後躊躇いながらも口を開いた。
「…アルダスは何がそんなに脅威なの?」
レグルスは驚いたように一瞬目を見開き、頷いた。
「アルダスの脅威は皇帝が使役する四頭のドラゴンにあります。ドラゴンは勿論脅威ですが、もっと明確に言えば、こと使役するという観点においてアルダスが異常に特化しているということが問題なのです。アルダスは砂地が多いせいで実りが少ない。他国も得体のしれない力を使う旨味のない国とことを起こしたくないのだろうと。…それに、亜人も皆が協力関係にはありませんから。アルダスが“狩り”に来るのは、西大陸の浅瀬だけ…奥地に住む者はそのことすら知らないこともあり得ます」
他の話も集約すると、どうやらアルダスという国家はそもそも高名の冒険者が建国した、という歴史を持つ国だという。
彼は魔物の使役に特化しており、魔物使いとして名を馳せた。
亜人と人間が表立って対立していた期間は長い。
長すぎて、最初の切欠は誰も知らない。
アルダスはそういう時代において、壁のような役割を担っていた。
しかし、ここ百年ほどの期間の中で状況は一変。
人間と亜人が和解しようとしたこと、そしてそれが一般的な意識に根付き始めたことだ。
建国して以来、その特殊な才を発揮してきたアルダスという国は、それを享受することが出来なかった。
「魔物を使役するということはそれほど珍しいことなの?」
遊緋は意図も簡単に出来るようなことを言っていたが、話を聞くにそれは異常なことのようだ。
まあ、総てが規格外なファミリーの人間を一般的な観点におくのは賢明でないということか。
奴隷を使役するのに、そのやり方で魔物を使役しようという考えは他の国にはないのだろうか?
と悠一は首を傾げた。
他国は気付いていないようだが、魔水晶を媒体に相手を縛るという意味で、あれのカラクリは同じものだと言える。
その皇帝とやらがどんな使役の仕方をしているのかは謎だが。
この時点の悠一は、魔水晶で縛るには縛る対象より魔力が上であることが前提だとまだ知らなかった。
遊緋が事も無げに悠一にそのやり方を教えたのは、ファミリーにその気になって使役出来ないものなどないからだということに他ならない。
「魔物は話が通じる相手ではありませんから。狩りの大半は、魔物の襲来から始まります。戦った感じ、明確な使役が行き届いているとは言い難いのですが、土地を指定して魔物に襲わせる事が出来るというのは、他国から見れば充分脅威でしょう。大抵の亜人は疲弊した所を捕まり、服従の魔水晶を入れられるのです」
何となく悠一には彼の国が行っていることが読めたような気がした。
魔物は魔素から生まれ、魔素を食らって生きている。
それが人だろうが、魔物だろうが、空気に漂うものだろうがお構い無しな感じはあるが、共通して魔物というのは魔素が濃い所に現れやすいのだ。
巳夏によれば、魔素は見える者と見えない者がいる。
その皇帝が魔素の存在と魔物の特性に気付いたのだとするなら、それほどの不思議はない。
アルダスの皇帝は魔素を利用して、魔物を嗾ける術を持っているのかもしれない。
それはあくまで推論で、他にやり方があるのかもしれないが。
(もし他のやり方があるなら、その方が厄介だな…)
魔素によるものならば、正直悠一の敵ではない。
他の者にとって脅威になる濃い魔素も、それに釣られてくる魔物も、悠一にすればただの力と金だ。
ブラッドタイガーや奴隷商店での戦闘で、巳夏率いる規格外なファミリーの一端に鍛えられた悠一は自らもまた規格外な存在であると知る。
人外にはみ出している自覚はあるのだ…。
とかく、知っているものより得体のしれない何かの方が余程面倒だろうことに変わりはない。
とりあえずアルダスという国は警戒するべきだ。
ことによれば、戦闘することもあるかも知れないのだから、情報収集も行うべきだろう。
今のところ、亜人以外に手は出していないようなので、可能性は微妙だ。
あくまで、最終手段で面倒に首を突っ込みたい訳ではないのだが、亜人の様子を見て耐えられなくなる可能性は結構大きい。
全部面倒を見られる訳じゃないなら手を出すべきでないのも分かっているのだが。
己の甘さの一端だ。
覚悟もない癖に勝手なことをするなよ、と言い聞かせる。
力があるからといって何をしても良い訳じゃない。
冷徹にならなくてはいけないことだってあるのだから。
悠一はふと沸いた疑念にレグルスに向かい直す。
「その服従の魔水晶っていうのは、まだ入っているの?」
レグルスは困ったように頷いた。
「アルダスで捕らえられた奴隷は、皆入れられています」
入れられたままのようだ。
厄介な。
悠一としては、そんな得体のしれない国の作った異物が自分のものに入っているというのはかなり嫌だ。
…出せないのかな。
「ちょっといい?」
「悠一様?」
悠一はレグルスの前に屈み込み、レグルスの肉体を探知する。
胸の辺りに、悠一が異物と判断するものが二つ…その件の魔水晶と悠一との契約事項が書かれた魔水晶だろう。
悠一が契約を交わした魔水晶というものは正規の品だ。
名を誓約の魔水晶という。
悠一自身が契約事項を決めて魔力を流したのだから問題はない筈だ。
誓約の魔水晶で取り決めたのは悠一に危害を与えないこと一点のみで、他にはとある細工を施したが基本的に普通の魔水晶と変わらない。
これはこのままでいいだろう。
レグルス達を守るための魔法も掛かっているのだから。
もう1つの服従の魔水晶は取れるなら取ってしまいたい。
悠一は多少強引に魔水晶に魔力を流して、元の魔力を殺す。
「…大丈夫そう?」
「はい。…というより何だか…」
レグルスは不思議そうに手のひらを見ている。
制約をそのまま壊したので、縛りがなくなったのだろう。
うん、これでいい。
そのまま魔水晶を引きずり出すと、パキン…という音と共に魔水晶は砕けた。
「…悠一様」
レグルスが感極まったような涙声だ。
いやいや、大したことじゃないからね。
単に俺の我が儘だし、出来たのだって無駄に馬鹿デカイ魔力のおかげだから。
「うん、レグルスには必要ないだろ?俺のは入ってるんだし」
「…ありがとう、ございます…っ」
感極まりすぎてイケメンが台無しだ。
やっぱりレグルスって狼よりは犬っぽいと思う。
「うん、ほんとにいいから。俺おまえ信じてるし。あ、二人はこれ入ってるの?」
恥ずかしいから止めてよ、そういうの。
嬉しそうなレグルスを横目にむずむずしながら悠一はスピカとメリエルに問う。
スピカは膝を抱えながらふるふると首を振った。
「いいえ。私は正規の方法で奴隷となったので、買われた段階でご主人様のものと入れ換えられているので大丈夫です」
「私は魔水晶自体が入っていなかったので大丈夫です」
メリエルも続いて首を振る。
というか…
「誓約の魔水晶入れられてない奴隷なんて有りなのか?メリエル」
元々入ってなかったって意味が分からん。
「それは私がヴィーラだからですよ、悠一様」
そうにっこり笑ってメリエルは話始めた。
メリエルはヴィーラだ。
ヴィーラというのは、人間に一括りに亜人と言われる者の中で、もっともその枠から遠い存在である。
背に羽をもつ森のニンフ。
つまりは、ヴィーラは人型の肉体を持った精霊なのだ。
人とも、亜人とも、魔物とも全く違う生き物。
メリエルは西のとある森で生まれ、その森を管理しながら生きていた。
ヴィーラにはある特性がある。
その特性は、他種族には認められないヴィーラ特有のものだ。
通称、“恋狂い”。
つまり、ヴィーラは運命を見つけるとそれに抗うことが出来ない、というものだ。
尤も、メリエルは当時関係ないことだと思っていたという。
恐ろしく美しい人好きさせる容姿と裏腹に、ヴィーラは無関心なものには全く興味を持たない。
当時のメリエルの関心は、自分が育て慈しんでいる森にだけ注がれていた。
その時が終わったのは唐突だった。
メリエルの森を愚かな人間が焼いたのだ。
メリエルの噂を聞き付けた人間は、彼女を欲して森に火を放った。
メリエルは激情し、そのままその激情は火を放った人間の国へ向かった。
小さな国は、一夜にして茨に包まれ、深い眠りに沈んだ。
眠り姫のような話だな、と悠一は思う。
違うのは、彼らの眠りは夢物語のような平穏なものでなかったことか。
眠りに付いて一月ほどで、当たり前だがのまず食わずの者達は死んでいった。
これが、メリエルの罪。
その当のメリエルは、焼けた森のなかで泣いている所を大陸裁判所の者に捕縛された。
大陸裁判所とはその名の通り国を跨いで、罪を裁く機関だ。
存在の割りに、その活動内容はあまり知られていないが、決して利己的でない集団なので、逆らうものはまずいないという。
冒険者ギルドに寄せられる賞金首に掛かっている金は、主にこの機関から提供されている。
メリエルを捕まえようとしていたのは王族で、基本的に人の枠に入らない精霊の罪は判別しづらいものだったのだろう。
精霊に手を出すのは禁忌だ。
それを国を預かる王族が犯したのだから、メリエルの罪は罪であり罪でない。
その国が滅んだことは内密に処理され、人でないメリエルを裁けない大陸裁判所は、メリエルを犯罪奴隷に落とすことで事態を終息させた。
問題はその後だ。
首輪はまだしも、精霊であるメリエルは魔素の塊のようなものだ。
この世界では魔力の強弱をあまり理解していない感じがあるが、基本的に自分より魔力の強い者の中に自己が魔力を込めた魔水晶を入れるのは難しい。
メリエルは罪は罪として受け入れていたが、他人の魔力に侵食されることは受け入れなかった。
結果、メリエルは何の誓約にも縛られない奴隷となった。
それが商館でメリエルが売れなかった理由だ。
誓約を受けない奴隷なんて、危なっかしくて側に置けない。
レグルスと違い、メリエルは客が来る度に紹介されたが、誰もメリエルを手にいれることは出来なかった。
そんな時に、メリエルは悠一と出逢った。
メリエルはその時漸く“恋狂い”の特性を理解したのだという。
ヴィーラの特性、恋狂い。
好いた男を何処まで追いかけてでも欲し、彼を成功に導くためには何物も厭わない、恐ろしく盲目的な恋愛感情。
恐ろしいのは、ヴィーラのその一途さと性質だ。
ヴィーラは一度好いた男を見捨てることはけしてない。
そして、一番の凶器は好いた男を虜にせずにいられないその性質。
ヴィーラに好かれて堕ちない男はいないとまで言われているそうだ。
そんな危うい特性が悠一と出逢ったことにより、メリエルの中で目覚めた。
「一目悠一様を見た時に思ったのです。ああ、私の運命の方だわって…」
悠一は何となく納得した。
初対面から熱烈な視線をくれていた理由だ。
あんまり熱烈すぎて、最初はかなり疑心暗鬼だったのだ。
話せばそんな気持ちも霧散したのだが。
メリエルの罪は罪だが、それはまあ許容範囲だ。
元々、この世界に自分は兎も角人に地球の常識を求める気はないし、メリエルは奴隷に落ちるということで償えているかは謎だが、義務は果たしたのだから。
何より、彼女といると自分がどうにも馬鹿っぽく思える理由がわかってなによりだ。
多少馬鹿になっても、異常がないなら気にしないでおこう。
理由を聞けば、メリエルのこの過剰な思慕も理解出来た。
というか、これ以外で納得出来る可能性はない。
出逢った瞬間から寄せられる多大な好意は、嬉しい以上に困惑を呼んでいた。
どうやら、ヴィーラのこの特性は周知的なものらしく、レグルスもスピカもまあ仕方ないよな、という顔をしている。
物語とかでありそうだしな。
というかあれだ。
他人に全く靡かない可愛い女の子が、俺にだけ優しくて夢中なんて…すごくイイ。
また馬鹿になってる自覚はあるが、本望だ。
これからもメリエルは俺だけの天使。
思う存分愛でていこう。
「メリエルが俺を見つけてくれて嬉しいよ」
そう告げるとメリエルは幸せそうに微笑んだ。
思う存分馬鹿になろう。
いやー、可愛い。
そんなやり取りをしていると、じぃっと恨めしげに此方を見る視線に気付く。
スピカだ。
すまん、お前の話聞いてないのにな。
「悪い、スピカ」
「大丈夫なのですよ。スピカは忘れられて少し寂しかっただけなのですよ」
軽く拗ねている。
「なんかホントごめん」
しみじみ謝るとスピカは唇を突きだしてみせ、ふふっと笑った。
「奴隷に謝るなんてほんとに変わった御主人様なのです。では、お二方ほど変わった道を歩いてきた訳ではありませんがお話させて頂きます」
そう前置きしてスピカは話始めた。
スピカは魔族の持つ国で生まれた。
魔族は他の亜人より多く、国を持っているらしい。
魔族はその名の通り、魔力が多く独自の魔法文化を築いている。
人間の大陸にはない魔法も数多くあるという。
興味深い話である。
魔族の国は西大陸の奥地にあり、周りが深い森に囲まれていることもあって殆ど他の種族との交流がない。
他国の下げる平均寿命を大幅に引き上げているのが魔族という一族だ。
かなりの長命を誇る血族は、殆ど外に出ないが例外はある。
スピカはその例外の1つだ。
実はスピカは魔族の中でもそれなりの家に生まれたらしい。
人間程ではないものの、魔族の中でも跡継ぎ問題のようなものがあり、スピカはその難を逃れるために国を出なくてはならなかった。
少ない護衛と共に、外に出たスピカは驚愕する。
魔法が使えなかったのだ。
そもそもが攻守の大半を魔法に任せている魔族は、魔法が使えなければただの一般人と変わらない。
寧ろ、何の武器の心得もない魔族は一般人以下だったという。
悠一は何となく理由に思い至った。
森に囲まれていたというくらいだから、魔族の国は豊潤な魔素が巡っているのだろう。
高い魔力という割りには、魔族の使う魔法は大気の魔素を利用したものなのではないだろうか。
魔素が薄い場所に出て、自らの魔力を使う習慣がない魔族は魔法が使えなくなったのだ。
仮説だが、恐らく間違っていないだろう。
そんなこんなもあり、護衛は全滅し、スピカは一人で東大陸を彷徨く羽目になった。
とりあえず魔法が使えなくては話にならないと、人間が持つ魔法の杖に興味を持ったのが運の尽きだったとスピカは項垂れる。
魔道具の目利きは利くスピカは、良さそうな杖を見つけて買おうとした。
が、手持ちが足らなかったのだ。
魔法さえ使えれば何とかなると考え、借金をして冒険者登録を行った。
しかし、杖を用いても魔法は結局使えず、借金も返せず、スピカは奴隷落ちすることになってしまったのだ。
珍しい魔族ということで、レグルスと同様ハルシオンに送られた。
そのあとは悠一の知る通りだ。
スピカはハルシオンに入荷されたばかりだったのだという。
幸運だったな。
「そんな訳で、今のわたしは魔法が使えないのですよ。他のことで、お役に立てるように頑張るので捨てないで欲しいのです…!」
必死なスピカを悠一はとりあえず宥める。
「大丈夫だよ、捨てるわけないだろ。とりあえず魔法が使えないことに関しては何とかなると思うしな」
「…?」
悠一はにっと笑う。
彼らの前では、取り繕う気など全くない。
言っただろう。
俺は、本来人好きなのだ。
申し訳ないが、悠一は端から三人に即戦力になってもらおうなんて思っていない。
完全にマスコット枠だったメリエルが戦えそうだというのは嬉しい誤算だが、元々伸び白が見えない程大きい、つまり育てがいある者、という観点でレグルスとスピカを選んだのだ。
勿論、付いてきてくれそうにない者は最初からその範疇にない。
「とりあえずさ、皆にはこれから強くなってもらうつもりなんだよ」
そう不敵に笑った悠一に、レグルスとスピカは唖然とし、メリエルはうっとりとした。
うん、打てば響くって素晴らしい。
まあ、彼らが先に居なくなることには変わりないんだけどねー…。




