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渡り人~異界の魔術師~  作者: 李珠
第1章 ハルシオン
15/42

絆を


「ん…」


翌朝、目を覚ました悠一は頭の下がやけに柔らかい事に気付く。


「おはようございます」


耳障りのいい鈴のような声だ。

そう思って自分の状況に気付いた悠一は、一気に覚醒する。


「…メリエル?」


「はい、悠一さま」


輝かんばかりの笑みを浮かべて悠一を覗き込んでいるのは、昨日買ったヴィーラのメリエルだ。

悠一の頭を白くまろい膝に乗せ、覗き込むように抱き抱えている彼女は、少女とも女性とも言える花の17歳である。

とりあえず言おう。


ものすごく可愛い。


何故こんなことになっているか。

簡単かつ、単純な話だ。


昨夜、敵襲ならぬ夜這いを仕掛けてきたのはメリエルだった。

一瞬、パニックを起こした悠一だが、結局メリエル丸め込まれ、紆余曲折を経て事に至ったというわけだ。

紆余曲折の内容は伏せさせて貰おう。


うん、男の理性なんてこんなもんだよ。


悠一は体を起こすと、逆にメリエルを持ち上げて膝に乗せた。


「なんで、膝枕?」


問うと、擦り寄る様がまた可愛らしい。

メリエルは男を惑わす魔性の女だと思う。


「申し訳ありません、悠一さま。寝顔を見ていたらつい抱き締めたくなってしまったのです」


「…そう」


不埒な思いを全力で押さえつける悠一にはそれしか言えない。


このメリエルは、出会った瞬間から何故かは知らないがものすごく熱烈な好意を惜しげもなく向けてくれていた。

首輪の色なんかどうだっていいじゃないか。

そう思わせるだけの何かが、メリエルにはあった。

何となく、彼女の首輪はこの容姿のせいなんじゃないかと思う。

ほら、あれだ。

不埒な行為に及ぼうとした男を撃退したとか。


え?不埒なのはお前?

いいじゃないか。

俺とメリエルは(何故か知らないけど)好きあってるんだから。


メリエルはヴィーラだが、さながら天使のような見た目をしている。

ぱっちりとした明るい緑の瞳はけぶるような睫毛に縁取られ、唇はぷっくりとした桃色で艶やかな光を放っている。

何より注目すべきは、肩甲骨の間から生えている肉厚な純白の翼だろう。

淡い金のふんわりした髪が羽根と合間って、神秘性を増していた。

怖いくらい綺麗な顔をしているメリエルだが、笑うとその評価は一変する。


可愛すぎて辛い。

俺はこんな男だったろうか。


「メリエル」


「はい、悠一さま」


にこっと笑うメリエル。

うん、もう何でもいいや。

メリエルが笑えば、総てが許される気さえする。

そう思いながら、悠一はメリエルの頭を撫でた。


「とりあえず買い物行こうか」


「はい!」






「という訳で、交流を深めるのも大切なんだけど、一先ず服を買いに行きます」


「「「はい」」」


そう三人に宣言する。

昨日は殆ど面接みたいな内容のことしか話していないこともあり、かなり距離があるレグルスとスピカを前にどうしようかと悠一は考えていた。


中、高とサッカー部に所属していたこともあり、悠一は自分で集団生活は得意なものだと思っていた。

が、この状況に立って思う。

自分が一番上というのは非常にやりづらい。


昨夜、自分だけメリエルと楽しんでいた間、緊張であまり眠れなかったらしい二人は、悠一が部屋を出た時既に廊下で待っていた。

時間を言っていなかったせいで無駄な心労を掛けたに違いない。

完全に出だしから躓いている。


(もうちょっと考えてやるべきだったな…)


反省する。

奴隷との接し方が分からないとか言ってる場合でないのは確かだ。

買うと決めた以上、ちゃんと主らしくしなくては彼らが困ることになる。

悠一しか見えてないらしいメリエルと違い、この二人はかなり真面目らしい。

別にメリエルを貶めるつもりはないが。


昨日は商館に行ったのは14時過ぎだったのだが、人数が人数だったため出た時には19時を回っていた。

それから部屋を押さえて食事を摂ったら、無性に眠くて話す気になれなかったのだ。

だからといって、風呂入って寝ろよーなんて軽く言って布団に入るべきではなかったな。

まあ、その後安眠はメリエルに妨害されたが。

素敵な夜だったからそれは別にいいのだ。


とりあえず、レグルスとスピカともちゃんと交流を図らねばなるまい。


あれ?

奴隷って普通に歩いて大丈夫なのか?


…最悪俺が買って来るしかないか。





そんな心配とは裏腹に、街を歩いても何ともなかった。


奴隷は個人の持ち物であるという認識は悪い面もあるが、良い面もある。

その良い面が作用した結果だということらしい。


奴隷は個人の持ち物であり財産だ。

その為、他人が無下に扱えるものではないそうだ。

この世界の場合、盗賊は殺しても罪にならない。

それくらい罰が過激な世界なので、下手に奴隷だからと乱雑に扱って死なせた場合は、他人の所有物を奪ったということで盗賊行為と見なされる。

そうなれば、殺されても文句が言えない身分だ。

まあそれは極端な一例だが、そんな面もあり普通の人は奴隷だからと粗雑に扱うことはまずない。

奴隷扱いしても許されるのは基本的に主だけなのだ。


という話をレグルスから聞く。


「成る程な。あ、レグルスここ入るから」


話しながら通り過ぎる所だった。

悠一が指差したのは当たり前だが服屋である。

この世界の水準は今一つ理解出来ないが、服に関して言えばそう悪くない。

物も洋服に近いし、それなりの金を払えば着心地もまずまずの品が手に入る。

勿論安い店に入れば相応のものだが。

生憎、悠一は身に付けるものや食べ物に関して妥協する気は全くなかった。

寧ろ、気に入らないものなら要らない。

それはこの三人にも言えることだ。

メリエルは群を抜いて美人だが、スピカもレグルスも外見的に見ればかなり悠一好みだ。

実力を見ても本当にいい買い物をしたと思っている。


え?面食い?

当たり前じゃないか、毎日顔合わせるんだぞ。


そんな三人が今着ているのは麻のワンピースのようなものだ。

しかも足元は草履。


履いているだけましなのだろうが…。


周りはどうだか知らないが、悠一の目から見れば完全アウトだ。


ちゃんとしたものを着せるし、履かせるよ俺は。


街を歩いていると見掛ける奴隷達の姿はそれこそピンきりなので参考にはあまりならない。

いいじゃないか。

三人は悠一のものなのだから、好き勝手買い与えて何が悪い。


そんな意気込みを見せて物色する。

まずは女性陣の服だ。

選ばせようと思っていたが、早々にそれは諦めた。

自分のセンスに自信がある訳ではないが、それにしても酷い。

遠慮したとかそういうレベルじゃなく酷かった。


「メリエルは俺が選んだ服を着なさい」


メリエルがな!


「はい、ありがとうございます」


まあ嬉しそうだからいいや。

…態とじゃないだろうな?


そんな意味を込めてじっと見つめるが、終始ご機嫌で試着をしていた。


まあいいか。


その後、遠慮しただろうスピカには勝手に何枚か追加で選んだ。


俺の趣味で悪いが、お前たちはこういうの似合うと思うのよ。


完全に気分は着せ替え人形だ。

素材が良いので実に楽しい。


二人の買い物が終わったら男物の服屋に移る。

レグルスは狼牙族といって、まあ字面通り狼の獣人だ。

濃いグレーの髪と紺に近い蒼い眼をしていて、灰色がかった白い耳が頭からひょっこり生えている。

野性味がある整った顔をしているのだが、俺の前では殆ど犬っころのようだ。

狼の耳って結構大きいのな。

耳をもふもふ触りながら尻尾どうしようと思っていたら、消せるらしいのでそうしてもらう。

レグルスの足が長いことをやっかんだり、羨んだりしながら色々選んでいく。


イケメンは何着ても似合っていいな!


そんなこんなで結構な枚数を買い込み、金貨数枚をご機嫌で散らした。

お会計の数字を聞いてレグルスが白くなっていたのがちょっと面白かった。


「…一生分の服を買っていただいた気分です」


新しい服と靴を身に付けたレグルスが項垂れている。


「流石に言い過ぎだろ」


「嬉しいですけど、ご主人様は私達に優しすぎなのですよ」


スピカがおずおずとそう申し出る。


優しいのになんの問題が。


スピカは今、黒いワンピースを着て、可愛らしい紅い靴を履いている。

スピカはまだ14歳で、かなり小柄だ。

猫のようなアーモンド型の紫の目をしたお人形タイプの美少女なので、ゴスロリっぽいそのワンピースがとてもよく似合っている。

艶のある腰まで伸びた黒髪が気になったので、靴と同じ赤のリボンで二つに結ってあげた。


ワンピースは店の入り口に飾ってあった服で、食い入るように見ていたので即お買い上げした品だ。

適度にふりふりしていて可愛かった。

メリエルにも揃いの白いワンピースと青い靴を買ったが、今は違う服を着ている。


あまり良くし過ぎると図に乗る奴もいるんだろうが、この三人は寧ろ控えめすぎるくらいなのでこれからも甘やかそうと思う。


「悠一様、荷物お持ちします」


レグルスが手を差し出す。

そう言えば持ったままなんだっけ。


「いや、いいよ。これに入るから」


そう言って、鞄に無造作に突っ込むとレグルスだけでなくスピカも目を真ん丸にしている。

メリエルはよくわかってなさそうだ。


「アーティファクトですか…?!」


その反応は新鮮だな。

そう思いながら悠一は頷いた。


「そう。全然重くないから気にしなくていいよ」


今まで出会した人は大体気付いても聞かないか、強請にくるかだったのでこういう反応は初めてだ。


「とりあえず、服は買ったし一回宿に戻ろう」


そうして食卓に帰った一行は交流を深めるため、狭い一室にいた。

悠一が椅子、メリエルがベッド、スピカとレグルスは迷った挙げ句床に座っている。

因みに迷ったのって立つか座るかなんだよね、この二人。


「はいはい、良いから座りな。ほらメリエルちょっと詰めて」


そう言って、スピカを抱き上げてベッドに放ると自らもそちらに移った。

レグルスはベッドにはきっと幾ら言っても座らないだろう。

迷った挙げ句おずおずと椅子に腰を下ろしたのを確認して、悠一は口を開く。


「じゃあ改めてだけど。俺は名足悠一。年は19。冒険者をやっている。結構常識知らずだから、色々教えてくれると助かる。これからよろしくな」


こんなやり取りは多分珍しいのだろう。

皆きょとんとしているが、悠一なりに考えた結果だ。

三人は悠一に買われたという立場上、主人である悠一を気にしなくてはならない。

そんな中で、他に気を回す余裕は恐らくない。

悠一にそんなつもりがなくても、彼等は悠一の機嫌を窺うだろうし、立てるのだろう。

そんな中で、三人が個々で仲良くなることは難しい筈だ。

特にレグルスは必要以上に距離を置こうとする筈だ。

それは悠一が嫌なのだ。

立場が立場なので、それを踏まえて行動することは大切だ。

しかし、主人と奴隷というだけでなく、悠一はこのメンバーでチームとして機能していきたい。

三人の間でも助けたり助けられたり、そういう関係であってもらいたいのだ。

だからとりあえず腹割って話し合おうぜ、という体育会系なノリである。


悠一の様子に戸惑いながらも、おずおずとスピカが続く。


「スピカ・エリイェルです。年は14歳で、ええと魔族なのです。お役に立てるように頑張ります」


捨てないでください。

そう言わんばかりの涙目だ。


「ん、じゃあ次レグルス」


「はい。レグルス・ハーネスです。年は20、狼牙族の出です。基本は肉弾戦が得意ですが、槍も使えます。よろしくお願いします」


堅いな、レグルス。


「じゃあメリエル」


「はい。ヴィーラのメリエルです。年は17歳です。よろしくお願いします」


ほわほわした微笑を浮かべてメリエルが自己紹介をして終わる。

うん、可愛いぞメリエル。


「じゃあさ、言いにくかったら言わなくて良いんだけど、今までの経歴とか使いやすい武器があったら教えてくれない?」


悠一がそう言うとレグルスは何でもないように首を振った。


「悠一様は私達のような者に気を使いすぎです。奴隷は主の所有物なのですから」


「まあそうだけど、俺は皆が嫌がることはしたくない。規約違反になるからそれは外してやれないけど、出来れば普通の仲間みたいになりたいと思ってるから」


それ、と首輪を見ながら言った悠一にレグルスは微笑した。


「…こんなことを言える立場にはありませんが、私は悠一様に買われて果報者です。では、大した内容ではありませんが、私からお話し致しますね」


そう前置きしてレグルスは話始めた。


レグルス俺そんなこと言ってもらえるほどすごいやつじゃないんだけど。

本当に。




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