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渡り人~異界の魔術師~  作者: 李珠
第1章 ハルシオン
13/42

ギルドマスター


あの大騒ぎのあと、悠一のランクは一気にDにまで上がっていた。


Cランクの依頼を二つこなした実績は大きい。

あの一件ともう1つの騒動により、悠一は今ハルシオンで一番ホットな人間だった。

全く嬉しくはないが。


騒ぎから逃れる意味もあり、ここ数日の悠一は依頼を午前中に片づけ宿に籠り、魔術書を読み耽るという日々を繰り返していた。


凶悪なページ数の魔術書を漸く読み終え、特に響くものはなかったなと思いながら伸びをする。


この世界の魔法は悠一が使うものとはかなり違う。

基本は一つ、杖という媒体を通して呪文というキーワードを唱えて発動するというだけだ。

呪文を唱えても魔法が使えない人間は、魔術師としての才能がない。

そういう扱いらしい。

単に魔力が少なくて発動できないというケースも多そうだが、一度出来なかったからといって諦める人がいるなんて勿体無い。

悠一はそう思ってやまない。

どういう歴史の中で築かれたものなのかは分からないが、そもそもは言葉にすることでイメージしやすくする、というものだったのではないだろうか。

元々馬鹿デカイ魔力を保持する悠一には、杖の有り難みはよく分からないが、呪文というキーワードにそれほど凝ったカラクリがあるとは思えない。


この世界においての魔法というものは、現象を引き起こすものが一般的で、悠一のように空を駆けたり、鞄を拡張したりすることはできないようだ。

この世界の魔法は属性という概念が根強く、複数の属性を操る魔術師すら少数らしい。

無理もない。

そういうものだと思って魔法を使っている内はずっとそのままなのだろう。


これといって響くものはなかったが、一つだけ収穫があった。

言葉にすることで、イメージしやすくする。

この魔術書を読んだことによりそれに気付けたことは大きい。


「言葉によるイメージ、か…」


それは使えるかもしれない。

結局朝からそれに取り掛かったことが原因で、部屋に籠ったまま一日が終わった。

しかし、お陰で生活魔法くらいなら難なく使えるようになったため全然稼がなかったのにホクホク顔の悠一だった。





外出を控えるようになった騒動のもう1つは、悠一の持ち物にあった。

目立つのは構わないと思っていたのだが、持ち物に目をつけられることは考えていなかったのだ。


先にも言った通り、この世界では属性による魔法が一般的なので、それと全く違った魔法が掛かった物はアーティファクトと呼ばれて重宝される。

悠一の持つ鞄やその他諸々の魔導具は、端から見ればアーティファクトだ。

目立たなければ騒ぎになるのはもっと後のことだったのだろうが、街にきて早々に名を上げた悠一は多数のアーティファクトを所持していると周りに知られてしまっていた。


アーティファクトは迷宮に潜ればたまに見つかるという程度の珍しい物なので、性能と合間って、ものすごく希少価値の高い。

一つで城が手に入るような金が転がり込んでくるものなのだ。


そんな訳で、悠一はここ数日実に色々な人間に絡まれていた。

逐一伸してやっても構わないのだが、基本的に悠一は面倒くさいことは嫌いなのだ。

仕方がないので、絡まれにくい日中に仕事をこなし、宿に籠る。

そんな生活を送っていたのだ。





「お前なんで昨日来なかったんだ?」


翌朝ギルドに入ると、ラウルが不思議そうな顔でそう言ってきた。


「ああ…朝から実験始めたら止まらなくて。気付いたら夜だったんだよ」


言いながら、これじゃあまるで巳夏と同じだと思って少し落ち込んだ。


俺はあんなにマッドな人間じゃない。


「ふーん?天才の考えることはわかんねぇな」


「俺は天才じゃないから」


ラウルの言葉に静かに反論する。

天才だなんて冗談じゃない。


俺は人よりちょっと魔力が多くて、変な知り合いが多いだけの一般人だ。


天才という言葉は、悠一の中では神にしか与えられない称号である。


あの一件以来、悠一はラウルとだいぶ打ち解けていた。

数日というと短いようだが、元々他人を心配して死地に飛び込んでくるお人好しだ。

人となりを知るには充分な時間だった。


「分かってないなぁ、悠ちゃんは。お前が天才じゃなきゃ誰が天才なんだよ」


「悠ちゃんは止めろ」


ウチにいる違う奴を思い出すだろ!


憮然とした悠一を見てラウルが笑う。

ラウルは意外にも結構若かった。

古株、何て言うものだから、とうに30は越えているのだと思っていたが、まだ21歳だという。


若造じゃないか。


確かに見た目は随分若々しいとは思った。

ただ、巳夏という例外が身近にあるせいで、然程気にしなかったのだ。


…まぁ、俺よりは年上なんだけどさ。


初対面が初対面だけに、悠一がそういう目でラウルを見ることは不可能だが、ラウルという男はハルシオンのギルドでは気の良い兄貴分、街ではよく働く若者として人気が高いようだった。

ここ数日、依頼を一緒にこなしていた悠一が彼の評価を改めざるを得ないと思うほどには、彼は腕も確かで人格者だった。


依頼は基本的に困っている人が優先。

ハルシオンのギルドが荒れていないのはラウルの人柄が大きいらしいことはすぐに分かった。

自分より年配の冒険者もなだめてしまうのだから、その手腕には舌を巻かざるを得ない。

何気に一番すごいのは、そういう人の評価をそのままには受け止めないこの男の精神だと思う。


壁がどうこう言っていたが、ラウルはこの街では群を抜いて強い。

ブラッドタイガーに勝てなかったのは、正直武器の性能面が大きいと悠一は分析していた。

ラウルの豪腕に対し、なまくらとまでは言わないが、性能が劣る大剣がついていけてないのだ。


実際、悠一が助けた時にラウルは武器を持っていなかった。

折れるような剣じゃなければもう少しどうにかなったのだろうに。


ブラッドタイガーの皮というのは意外なほど硬い。

魔力が巡ると、ダイヤモンド張りに硬くなる毛皮を纏った魔物。

鉄壁の防御力がブラッドタイガーがCランク付けされる理由の一因だ。

死んでしまえば普通の獣と変わらないが、剣士とは凄まじく相性が悪い相手なのだ。


悠一が倒した方法は種明かしをすれば簡単なものだ。

あの辺一帯から酸素を奪ってやったのだ。

動けないように、重力の負荷を掛けた上で。

詰まるところ、ブラッドタイガーとシルバーウルフは酸欠により死んだのだ。


魔物って言っても生き物だなぁ。


この世界にはない魔法らしいので、この先の使用は控えなければいけないようだが。


お陰で、ほとんど無傷のブラッドタイガーとシルバーウルフは大変高く買い取って貰えた。

シルバーウルフはそこそこだが、ブラッドタイガーの毛皮はその特性からとても人気があり破格の金額を弾き出したのだ。

依頼料よりずっと稼げたせいで、一瞬ハンターに転職しようかと思ってしまったほどだ。

実際、迷宮に行く冒険者はそれに近い。


お陰で今、とても懐が暖かいのだ。


この一件で、今までしょっぱい依頼料で依頼を請け負っていた悠一も、冒険者というのはかなり稼げる仕事なのだということを再認識した。

悠一はラウルに聞いた。

金がないわけでもないだろうに、なんでそんな剣を使っているのか、と。


返ってきた答えは、なるほど熱血漢らしいものだった。

世には、弘法筆を選ばずという諺があるように、剣士の中でも普通の刀に気を纏わせて強化し、ドラゴンと対峙するような者もいる。

自分もそんな男になりたい。

そう語るラウルを見ていて、悠一はやっぱりこの男はバカだと思ったが。

理想は素晴らしいが、それで死にかけるのはどうなんだろう。

だが、彼はその域に辿り着く。

何となくそう思う。

少なくとも、あの時ラウルが持っている大剣が只の鉄ではなく、例えばミスリルのような魔力電導に優れた剣であったなら、逃げ回っていたのはブラッドタイガーの方だった筈だ。


半月ハルシオンに居て分かったことがある。

ハルシオンは平和で、魔物が少なくて、冒険者を必要としない街だ、と。

ヒメジオンの森は勝手に冒険者が死ぬのでドリュス伯爵が金をだしたようだが、本来あの森は何処の統治下にもない森だから無法地帯化しているのだ。

他の統治下にある地域で荒れている所なんて全くといっていいほどない。

元冒険者の伯爵直々に指導している騎士のお陰で、ハルシオンの街を含め統治下は非常に安全なのだ。

それが原因、というのもおかしいが、高ランクの冒険者はハルシオンに来ることはまずない。

仕事がないからだ。

勿論、ランクが低い冒険者には旨い仕事はごろごろしている。

ただ、高ランクの冒険者には魅力的でない内容のものだ。

それを知ると思ってしまう。

ラウルだって、ハルシオンに何時までもいるべきではないんじゃないか、と。


(まあ、余計なお世話だよな)


ただただ己の未熟さに向き合い、鍛練に励む。

ラウルが器のデカイ奴である事実はどこに居たって変わらないのだから。







悠一がこんなことを考えるようになったのには理由があった。

あの騒ぎに辟易しながらギルドに戻った悠一には、騒がれたことより余程衝撃的な出会いがあったのだ。


ギルドに到着してすぐ、悠一はハルシオンのギルドマスターに呼ばれて二階に通された。

そこに座っていたのは、あの三つ編み少女。

そう、悠一を送り出したあの少女だ。

あの優等生然とした無表情ではなく、何となく愉しそうな顔をしている。

彼女は、悠一が向かいに腰を下ろすなり口を開いた。


「お疲れ様。時間はまあ合格範囲かな、末っ子の坊や」


悠一は固まった。

何だか前に会った時とは雰囲気が違う。

というか、言っていることの意味が全く分からない。


唖然とする俺に、遊緋ゆうひと名乗った彼女は、髪を束ねた紐を解いた。

と、その姿は一変する。


緩やかなウェーブを描くワインレッドの髪に、アンバーの瞳。血色が悪いほど白い肌をした怜悧な美貌の大人の女性。

着ているグレーのスーツも合間って、バリバリのキャリアウーマンといった風格だ。


「え…え?」


「この手の魔導具は初めて見るかい?大雑把な魔力制御だもんなあ」


心底愉しそうな彼女の笑みを見た瞬間、悠一は悟った。


この人はあれだ。

巳夏さんの知り合いだ、と。


「それじゃあ、答えとしてはイマイチだがな、名足悠一。私は、ミナツの知り合いというよりはリオの親友といった方が正しい」


ミナツも知り合いではあるがな、そう言いながら彼女は愉しげにくつくつと笑う。

神の親友なのか。

絶対逆らわない…!


身構える悠一を遊緋はまじまじと観察する。


「うーん、末っ子はまだまだ脇が甘いなぁ。魔力制御だけならリオに次ぐあのお坊ちゃんの教え子とはとても思えない」


一見、馬鹿にされているような言葉だが、彼女は面白いものを見るような様子で悪意は全くない。

正直な感想なのだろう。


それにしても…。

あの巳夏さんが坊っちゃん呼ばわりなんて。

いや、少し面白いなんて思ってないからな?


「さて、私がここにいるのは誰の差し金だろう?」


答えてごらん?


そう小首を傾げる遊緋さんはそれだけ見ればすごく美人だが、恐怖の対象でしかない悠一には詮ないことである。


誰の?

誰だろう。


少なくとも、巳夏が動かせる対象ではないらしいことは、これまでのやり取りで分かっている。

というより、巳夏じゃないなら悠一が口に出せるのは一人しかいない。


他のファミリーとか会ったことないからな。


「リオさん、ですか?」


遊緋さんは笑みを深くした。


「外れだ」


「違うのかよ!!」


思わず立ち上がって叫んでしまう。


なんなんだ、この人は。


「敢えて言うならあれだな。末っ子の動向をみんな気にしてるんだ。だから誰に言われた訳でもないけど、とりあえず遊びにきている」


「…暇人か!」


「暇じゃあないんだけどねぇ。っていうか、お前はあれだな。見た目と中身がおかしい」


「ひどい…おかしいって…」


打ちのめされた俺に、遊緋さんは違う違うと手を振った。


「すまん、違う。見た目と中身が違いすぎると言いたかったんだ。お前見た目だけなら賢そうなのになぁ」


それはあれか。

遠回しに中身はバカだなって言われてるんだろうか。


「…遊緋さんこそ、見た目と物凄く違いますよ」


良くも悪くもな!


見た目は冷たそうっていうか、少なくともこんなにライトに人で遊ぶような人には見えない。


「まあ、みんな久しぶりの新しい家族に興味津々なんだよ。巳夏以来だからなぁ。もうかれこれ七百年ぶりだぞ」


しみじみと語るその横顔を見て、悠一はすごい数字に唖然とすることしか出来ない。

っていうか巳夏さん末っ子だったのか、あんなにふてぶてしいのに。


「まあ確かに彼奴は可愛げなんぞ最初からなかったがな。それに、末っ子を気にしてこの世界に来てるのも私だけじゃないぞ」


え?


悠一は固まった。


「…他にも、いるんですか…?」


「ああ、いる。旅をしていればその内会うだろう。ああ、間違っても手を出すなよ?巳夏に殺されるぞ」


「出さないですよ…!」


恐ろしい!


再度叫びながら、はたと、思い至る。


「…もしかして餞別のお金くれたのってその人だったりしますか?」


「だろうな。彼奴は面倒見いいからなー。会ったらお礼言っとけよ」


恐縮する悠一とは違い遊緋の回答は実にライトだ。


そうか、他にもいるのか。


そう考える悠一の百面相を遊緋は愉しげに眺めていた。


巳夏さんの好い人か…どんな話聞いても巳夏さんに怒られそうだな。


お礼は言いたいが、嫌な予感しかしないので、出来ればお会いしたくない。


「そうだ。一つ聞きたいことがあったんだ」


「?なんですか、改めて」


「お前、ラウルをどう思っている?」


「物凄いお人好しですよね」


寧ろ他にはない。

言い切る、悠一に遊緋は額を揉んでいる。


「…そうか、見ていないんだな。あの男は中々やるぞ。ここに暫くいるなら、一緒に仕事をしてみるといい。何でかあの男はお前が気になって仕方ないようだしな」


多分変な顔をしていたのだと思う。

遊緋さんは笑って、これでおしまいと言わんばかりに腰を上げて言った。


「まあ、年寄りの戯れ言だよ。好きにしたらいい。私は暫くここにいるから、何かあれば相談しろ」


年寄りって。

きっと俺が言ったら怒られるんだろう。

この人がそういうなら、仕事くらい一緒にやってみようかな。

初対面の人を信用しすぎかもしれないが、巳夏さんとこの人ってちょっと似てるんだ。

無条件に信じてしまう、そんなオーラがあるのだ。


「暫くいるって、どっちでですか?」


受付なのか、ギルドマスターとしてなのか。


「…どっちも?」






そう首を傾げた遊緋を思いだし、回想を打ち切った悠一は長い溜め息を吐いた。


「どうしたんだよ、悠一?」


いきなりものすごい溜め息を吐いた悠一を、ラウルが訝しむ。


「ちょっと思い出し疲れ」


「なんだそりゃ」


怪訝な顔をするラウル。


あの後すぐ、ラウルは俺にたまに仕事を一緒にしないかと言ってきて、俺は二つ返事でそれを了解した。

遊緋さんにあんなことを言われなかったら、どうしていたのか今は想像できない。


だが、一緒に依頼をこなしていて助けられたのは悠一の方だった。

打算なんてなかったが、ラウルは人望があるので、一緒に仕事をしていた悠一も必然と人の和に受け入れられたのだ。

明日からは、引きこもるの止めるかな。


そう思いながら、悠一は今もカウンターで仕事をしているお節介なお姉さんを見る。

委員長よろしい見た目と態度を貫く彼女は、あの凛々しい美人の面影は全くない。


…演技派ですね、遊緋さん。







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