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渡り人~異界の魔術師~  作者: 李珠
第1章 ハルシオン
11/42

奴隷の少女


更に一週間が経った。

ランクはEに上がったものの、相変わらず悠一はFランク級のお使い系の依頼ばかりを受けていた。

というのも、討伐依頼はそもそも少なく依頼料とポイントが稼げるので人気なのだ。

人との接触を避けて、昼近くにギルドを訪れる悠一は見る事すらあまりない。


「あ、名足さん。丁度良かったです。さっき魔術師ギルドが名足さんを探しに来てましたよ」


いつも通りに昼頃冒険者ギルドに顔を出すと、セヴランという名の男性職員に声を掛けられた。


「俺?うーん、分かった。行ってくるよ」


毎日のように顔を出していたので、人との接触を避けている悠一でも流石に彼らの殆どは顔見知りだ。

意味が分からないが、そのまま冒険者ギルドを出て、魔術師ギルドに向かう。


(俺何かやったっけ…?)


気分は教師に職員室に呼び出された学生である。

冒険者ギルドから魔術師ギルドまでの道のりは一本道なので間違えようもない。

ただ、距離的にはそこそこあるので、許されるならば転移してしまいたいと思ってしまうのだが。


(いやいや、動かないと体力落ちるだろ)


「すみませーん。何かお呼びだと聞いてきたんですけど」


魔術師ギルドのカウンターに声を掛ける。

と、先日魔道具を販売していたひょろりと背が高い細長の青年が飛んできた。

何だか必死な形相である。


「名足さん、名足さん!お願いですからちょっと協力して下さいっ…!」


「ええぇ?」


突如すがり付かれた悠一は、意味も分からずとりあえず困惑していた。






「はぁ、成る程。別にそれくらいなら良いですけどねぇ」


悠一は売店裏にある一室で、段ボールのような箱一杯に積み上がった魔道具を充填しながらそう言った。

話を聞くと、あの売店に持ち込まれる魔道具の充填を担当していた魔術師が行方不明になっているらしい。

それをどうこうという話ではなく、彼…アルティム…の頼み事は魔道具の充填を手伝う事だった。


「本当ですか!?ありがとうございます…!本当、ここに持ち込まれる魔道具の大半はお貴族様の物なのであんまりお待たせする訳にもいかなくて…!」


アルティムは本当に困っていたようだ。

彼もまた魔道具を充填しながら悠一に頭を下げる。


「いいえ、そんな大した事じゃないですし。っていうか、その魔術師探さなくて大丈夫なんですか?」


「いやいや、助かりますよ!僕だけじゃ全然終わらなくて…名足さん充填本当早いですよねぇ。ええと…彼女はまあ何と言いますか、既に手遅れだったというか…どうにもならなかったというか…」


言葉を濁すアルティムに首を傾げながら、悠一は充填が終わった魔道具を別の箱に入れ、充填待ちの魔道具に手を伸ばした。


「とりあえず俺は明日からこっち来れば良いって事ですよね?」


「はい、お願いします。いやー、名足さんの充填速度ならいつもの量なら昼前には終わっちゃいそうだなぁ…ああ、今日は特別多いんですよ、溜めに溜めてしまっていたので…あ、ちゃんとお給金は出しますので!」


「あ、はい。よろしくお願いします」


今までも昼前は時間をもて余していたのだ。

その時間で稼げるのだから文句はない。

行方不明の魔術師に何が起きたのかは知らないが、あまり首を突っ込まない方が良さそうだ。


(そう言えばあの人今日見掛けないな)


悠一がスカートまで目繰り上げてしまった女性魔術師。


「…まぁ気まずいからそれはそれでいいんだけど」


その日は溜まった魔道具の充填に一日追われ、夕方付近に開放された。

渡された給金がかなりの大金で思わず取り落としそうになる。

一個に付き大体500K、その日の稼ぎはなんと1万8100K。


(…こっちの方が稼げるんじゃ)


思わずそう思ってしまったのは仕方がない事だろう。







「名足さんは本当に真面目ですね。少しは休まれなくて大丈夫なんですか?」


翌日、充填のバイトを終え、冒険者ギルドに向かうと悠一はミレーネに声を掛けられた。


「え?何ですかいきなり」


悠一は苦笑しながらそう返す。


「昨日から魔術師ギルドでバイトも始めたんですよね?そんなに働きづめで大丈夫なのかなぁ、と」


ミレーネがそう言う。

はて、そんなに心配されるほど働いていただろうか。

ハルシオンに来て二週間余り。

確かに連日ギルドに通ってはいたし、昨日からはバイトも始めたのだが、それまでは昼に起きるという割りと自堕落な生活を送っていたように思う。

悠一の観点から言うと、特に働きすぎている気はしないのだが。


「うーん、そんなに働いてないので大丈夫ですよ」


そう返すと、ミレーネは困ったように微笑んだ。


「名足さんってどんな生活を送っていたのか気になりますね。どう見ても働きすぎだけどなぁ」


後半は恐らく独り言だろう。

ぽつりと呟かれたその言葉を聞きながら、悠一は1つの理由に思い至る。

これは恐らく、魔法で楽をしていると知られていないからではないか。

彼女の中では、毎度五つ程の依頼を受注していく悠一が寝る間も惜しんで働いているように見えるのだろう。

悠一が好き好んで受注しているのは、配達系の依頼ばかりだ。

実際は、転移魔法によって全く苦労せずに依頼をこなしているのだけれども。


(あちゃー…依頼減らすかなぁ)


知られると非常に面倒くさそうだ。


「まあ、そうですね。そろそろ依頼を減らす事も考えてるんですよ」


「それがいいですよー。体を壊したら大変ですから」


ああ、でも名足さんならウォッカーさんが助けてくれそうですよね、と笑う。

ウォッカーさんとは、悠一がよく依頼受注する薬問屋の店主だ。

そこそこ仲が良いと思っているが、体調を崩したくらいで見舞いにきてくれたりするだろうか。


「そう言えば、名足さん街って見て回りました?ハルシオンは色々なものがあって楽しいですよ」


「観光って事ですか?うーん、初日以降はあまり見てないですね」


「それは勿体ないですね。本当、歩いてるだけで面白いんですよ?」


Eランクに上がったらどうこうと思っていた割りには、何も変わっていない。

受ける依頼が限られていたので、収入もさほど変わらず、宿すら移していない始末だ。


ハルシオンに来て以来、悠一の一日の過ごし方は実に単調だった。

現在は昼前に魔術師ギルドでバイトをしているが、先日までは昼前に起きて食事を摂り、冒険者ギルドで依頼を受注、夕方には宿で食事を摂り、夜は深夜近くまで新たな魔法陣の開発に時間を充てる、といった生活を繰り返していた。

そこで気付く。

そう言えば今朝まで朝食を摂っていなかった。

道理で最近体が軽い訳だ。

質素な食事に加えて、量も摂らないせいで痩せたのだろう。


(とりあえずバイトしてる内は平気だけど)


誰か注意してくれる存在が必要だ。

何しろ、予定もなく集中し出すと止まらないのだ。

自分で気を付けるという選択肢が端から浮かばない辺りに、自らの性分を諦めきっている感が漂っている。


「ミレーネさんはハルシオン以外も行ったことが?」


「ええ、ギルド職員は大抵五年で異動ですから。私はここは三支部目ですねぇ」


治安も暮らしやすさもハルシオンが一番ですよー、とミレーネ。


「へぇ、そうなんですかー…え?」


適当に頷きながら流し掛けて固まる。

前方を見つめ直すと、ミレーネがにっこりと微笑んでいた。


(実年齢は…聞かない方が良さそうだ)


悠一は引き攣った微笑を浮かべた。

幾つで入ったにせよ、思っていた年とは大分違うだろう事くらい想像できる。

そもそも異世界人に地球人の加齢概念は通らないのだから、然程驚く事でもないのかもしれないが。

いいのだ、そんな事はどうだって。

女性に年を聞くのはマナー違反だという事さえ弁えていればそう躓く事もあるまい。


悠一が依頼内容に拘らない理由は一つ。

今が上層の冒険者達が出ていく季節だからだ。

ここ数日の間にも、ハルシオンではそこそこ上の地位にあったパーティが何組か旅立っている。

無理に先輩方から討伐依頼を毟り取らなくても、近い内に彼らがいなくなれば幾らでも依頼は回ってくるので、波風を立たせてまで急く気が起きないのだ。


尤も、上層といってもハルシオンの冒険者は大抵がDランク。

現在のハルシオンにはCランクの冒険者は一人しかいない。

彼が最高ランク保持者で、他の冒険者はDランクそこそこ(人によってはEランク)で迷宮を目指す。

ポイントを稼げる程強い魔物に討伐依頼が出ない為だ。

冒険者というのは実力主義。

強者しかなれないBランク以上の冒険者ならば兎も角、Cランク以下はそれほど尊敬される立場にない。

所詮、ポイントを積み重ねれば到達するランクだからだろう。


といっても、DはまだしもCランクというのはやはり特別なランクではある。

DからCに上がる為に必要なポイントはいきなり桁が変わるからだ。

GからFが20ポイント、FからEが100ポイント、EからDが1000ポイントなのに対し、DからCに上がるには10万ポイントが必要になる。

お使い系の依頼で取得できるポイントは、多くて30。

一度に100ポイント以上稼げる事もある討伐依頼をこなさなくては無謀と言える数値だ。


理由は勿論ある。

冒険者でも皆が戦えるかと言えばそうではなく、雑用依頼専門の冒険者というのも少なからずいるのだ。

依頼受注は、自己ランクの前後二つまでだというのを覚えているだろうか。

ランクが上に行くほど雑用依頼はなくなり、危険な討伐依頼が増える。

つまり、雑用的な依頼で生計を立てる冒険者にとって昇格は却って邪魔になるのだ。

その為、Cランクに昇格する為のポイントを跳ね上げ、それを防止しているのだ。

そんな訳で、そんな途方もないポイントを稼いでいるというだけでCランクは充分信頼と尊敬を勝ち得るに値する。

周りの認識もそういうもののようだ。

Dランク以下は烏合の衆、Cランクは街の人気者、Bランク以上になると拝む人が出てくる。

格付けは大体こんなところだ。


迷宮の事は悠一もよく知らないが、手強い魔物がうようよしており、一攫千金も夢でないという噂を耳にしている。

ハルシオンの冒険者はレギトの迷宮を目指す者が多いようだ。

何せ近い。

税や国境に囚われない冒険者ならではの選択といえよう。

迷宮の魔物の強さは南の森奥地と同程度以上と言われている。

その南の森というのは、ハルシオン領外のヒメジオンの森と呼ばれている南町より更に南下した所にある無法地帯の森で、ハルシオン近辺では唯一危険区域に指定されている場所だ。

浅瀬だとランクD程度の魔物が多く、依頼もそれなりにあるが、奥地になるとランクAクラスの魔物もいて危険度も高い。

ただ、ここ暫く奥地から危険性の高い魔物が出てきたという情報はなく、ギルドが規制を掛けているせいで依頼も出ていない。

危険区域とは言え、依頼も普通に受託されていて頻繁に人が入っているので、冒険者達もあまり危機感は持っていないようだ。

余計な世話だが、奥地の魔物と戦った事もないのに、一攫千金を夢見てそれより強いと言われる魔物が潜む迷宮に行ったりして大丈夫なんだろうかと思ってしまう。


実際、その内の半分は一年と持たず死んでいるという現実があった。

そもそも、弱肉強食のドラグーンという世界においては、ハルシオンだけが異常な程平和なのだ。

これほど死と遠い街も珍しい程。

実の所、悠一にもドラグーンの情勢はよく分かっていない。

しかし、ハルシオンが普通だと思っていると痛い目をみる、というのは何となく認識していた。

結局の所、人という生き物は、自分の目で確かめたもの以外を理解することなど出来はしないのだろう。







魔術師ギルドのバイトのお陰で、安定的に稼げるようになった悠一は、宿を移すことに決めた。

今ではバイトと依頼料を合わせれば大体日に7000K以上は稼いでいる。

貯金額も5万Kを超えた。


宿屋“かげつ”を引き払った悠一は、何時もより早い時間にギルドに来ていた。

何時もより早いが、人はもういない。


(何だ、この時間なら人はいないのか)


時間的には10時前だ。

ボードを見つめていると、後ろから新しい依頼書が貼られる。

今しがた届いた様子だが、どうやって届いたのだろうか。


「暇なら片付けてくれると助かるんだが」


「え?」


考え込んでいると声を掛けられた。

低いがよく通る声。

思わず振り返ると、見慣れないギルド職員が立っていた。

色が悪い程白い、二十代後半くらいの美人だ。

背が高く、細身で凛とした空気を纏っている。

珍しいワインレッドの細かいウェーブ掛かった髪、アンバーの怜悧な目元。

そして、一人だけ白っぽいグレーのパンツスーツを着用していた。


(…こんな人いたっけ?)


職員は大抵顔見知りになったと思っていたのだが。

一人だけスーツの色が違うのは、この人が特別な役職に就いているからなのかもしれない。

それなら下で見掛けないのも納得がいく。

それにしても、美人なのにときめかないのは何故だろう。

依頼書は、一番最初に宿泊した西にある村からのもののようだ。


オークという魔物の群れの討伐依頼。

推奨はEランクと書かれている。

一体につき銀貨一枚(1000K)が貰えるようだ。

オークが何なのかを調べようと、悠一はボード横に設置された本棚から魔物百科を引き抜いた。

バラバラ捲っていくと最初の方で見つかる。

推奨ランク順に載っているのだ。

指定ランクもEなので、それほど強くない魔物なのだろう。

挿し絵のオークは、豚が立っているような見た目だった。

成人男性程の大きさで、肌は暗褐色。

手に棍棒を持っている。

文を読むと、力が強く、攻撃的な性格で群れを為す。

そしてよく出没する魔物だと書かれていた。

ただし、あまり賢くはないようだ。

まあ、豚だしな。

依頼書によると、前通った小川に隔てられた森から出てきているらしく、作物を荒らされて困っているとの事だ。


(うーん、討伐依頼も受けてみたいと思ってた所だしな)


丁度いいかもしれない。

彼女に礼を言おうと振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。

カウンターにもいない。


「…マジで?」


気配が分からなかった。

この世界に来て初めての現象である。

悠一は半ば茫然としつつその依頼書を剥がし、カウンターに持っていった。






オークの群れは森の浅瀬にいた。

村長に聞いた所、オークは全部で十七体。

結構な数だが、問題はない。


この世界の魔物は少し変わっている。

独特の進化を遂げたこの世界において、魔物や迷宮というのは魔素の自浄システムの役割を果たしているらしい。

魔素が具現化して魔物になる。

必然と、魔素が濃い所の魔物は強くて多い。

そして、森のように生命が多い場所は魔素が濃い事が多いものなのだ。

オークがすぐに繁殖するのもそのせいなのだろう。


(…逆に言えば、倒してもすぐ沸いてくるって事なんだけどな)


悠一は溜め息を吐いて魔法を起動した。


魔術師ギルドに所属して知った。

この世界の魔法は、常識が定まっていないらしい。

魔術師が少ないせいか、魔法とはこういうものだ、という概念が無いようで、比較的好き勝手魔法を使っていても誰も不思議に思わないようなのだ。

例外は魔術師で、彼らは自分が魔法を使う為悠一の魔法が変わっている事には気付いているだろう。

面と向かって聞いてこないのは、魔術師のプライドのせいだ。

魔法は発展途上の文明だ。

誰もが試行錯誤し、新たな魔法を模索している。

そんな中で、「その魔法はどうなっているんですか」という聞くのは、貴方に負けたと宣言する事と同意義なのだ。

唯でさえこの世界では、強者に従う事を美徳とする風習がある。

魔術師はプライドが高い人間が多いので、自ら敗北を認めるような事はしない。

そのおかげで、悠一は比較的自由に魔法を使って許される環境に身をおいていた。

かといって、誇張し過ぎるのは我が首を絞めるのであくまでひっそりと、だが。


「“重力”“真空”」


通常の十倍の重力を付与して体の動きを止め、酸素を奪う。

このコンボは修行していた頃に編み出した、悠一が尤もよく使う魔法だ。

素材が傷付かずに済むので高く売れる。

悠一の強みは、魔法の発動時間が短い事。

魔法陣を脳裏に描く事で発動時間を短縮している。

それにより、通常の魔術師だと起こり勝ちな発動までの隙というものが殆どない。


悠一は殴りかかってくる隙も逃げ惑う隙も与えず、オーク達の命を奪った。

風の魔法で棍棒と死体を一纏めにして、村の外れに運ぶ。

村長に確認をしてもらい依頼書にサインを貰うと、悠一はオークを保管用の箱に仕舞い、南町の外れに転移した。

素材屋にそのまま渡し、鑑定して貰う。

ギルドに見せるのは、討伐証明の部位と依頼完了のサインが入った依頼書だけで充分なのだ。


オークは見た目通り豚だ。

本にも肉が売れると書かれていたので、解体せずに持ってきた。

下手にバラすと売れないかもしれない。

素材屋曰く、オークの肉は結構美味しくて安価な為人気なのだそうだ。

悠一はこの世界の肉にあまり良い印象がないので、手元に残さず全て売り払った。

ハルシオンに来て初日に食べた串のせいだ。

それ話すと、素材屋は苦笑していた。

あれはオークよりワンランク下の、コボルトという立った犬のような魔物の肉だったらしい。

魔物の肉は、上位になるほど美味しいとされる。

オークでギリギリ食べれるラインなのだ。

コボルトはギリギリアウトと言った所か。


魔物討伐で得られるのは、報酬及び魔物の素材だ。

今回のオークは、肉と魔水晶が得られる。

魔水晶は魔物の心臓のようなもので、純度と大きさによって価格が変わる。

使用用途の多い素材なので、売らずに取っておく冒険者も多いようだ。

それほど大層な魔水晶ではないようなので、全て売り払う。


金を受け取ると、悠一はギルドに向かった。

いつも通りミレーネが受理してくれる。

人の事以前に、彼女はいつ休んでいるのだろうか。


「失礼ですけど、名足さんって強かったんですね。討伐依頼を全然受けないので、戦えないのかと思ってましたよ」


処理する手を止めずに、ミレーネが呟く。

悠一は苦笑した。


「オークですよ?強いって程じゃないですって。いつもは来る時間が遅いので、依頼の方が残ってないんです」


「オークだって群れだと結構手強いじゃないですか。これ、パーティ推奨の依頼ですし。でも、そうだったんですねぇ。じゃあそろそろ狙い目なんじゃないですか?6月に入る前には大分手薄になるんですよ」


どうやらそれが通例らしい。


「そうなんですか?じゃあ、頑張ります」


「はい、お願いします。助かりますよーこの時期、討伐依頼あぶれちゃって…あ、そういえば名足さんはパーティ組む予定なんてあります?」


いきなり話が飛ぶ。

面食らった悠一を見てミレーネが苦笑した。


「すみません、私今まで名足さんってお使い系専門なのかと思ってたからお話しなかったんです。でも丁度いい季節ですよ?今の季節だとどんどん若い冒険者が入ってくるので、新しくパーティ組むなら今がお勧めなんですよね」


「うーん、あまり気が進まないですね」


若い冒険者なんて、失礼だが足手まといにしかならないと思う。

第一に、悠一は色々話せない子事情を抱えている。

それに何も言わない人間でなければ、共にいられないだろう。


「そうなんですか?でも、名足さんだってその内迷宮に行かれるんでしょう?」


迷宮。

至るところに存在する魔の巣窟で、一財産を築き上げる可能性を秘めている。

見つかる財産は主に魔物の素材と地中に眠る鉱石、先人の冒険者が落とした装備品だ。

しかし、何故か稀にアーティファクトと呼ばれる魔道具が発見される事もあり、それは一つで城が建つような金で取引されるという。

冒険者は皆迷宮に強い憧れを持つようだ。


「うーん…そうですね。その内行ってみようとは思ってますけど」


今は、いつか行ってみようと思ってる程度だ。


「迷宮に潜るなら、やっぱりパーティを組むのは必須ですよ」


「まあ、そうですよね」


ミレーネは一瞬呆けて、困ったように笑む。


「だったらやっぱり今から作らないと。仮初めのパーティなんて却って危ないんですから」


変な人に後ろから刺されたらどうするんですか、と珍しく叱られる。

そういう話は割りとよくある事なのだそうだ。

なんというか、物騒である。


「考えておきます」


「はい。と言っても、名足さんは魔術師ですから、引く手あまただと思いますよー。折角魔術師なら、リーダーになるべきだと私は思いますけどね」


「それはまたどうして?」


悠一が首を傾げると、ミレーネが身を乗り出してくる。

どうやら、好きな話題のようだ。


「アルダスって国、ご存知ですか?」


「まあ、名前くらいは」


失礼続きだが、きな臭いと専ら評判の西の大国の名前だったと思う。


「始皇帝が高名な魔術師であると同時に、元SSSランクの冒険者だったんです。彼をリーダーに据えたパーティだけが、唯一迷宮を突破したと言われています。そんな

伝説も合間って、魔術師をリーダーにしたがるチームって多いんですよね」


どうやら、ミレーネはその始皇帝のファンのようだ。


「…後から入ってリーダーなんて難しくないですか?」


「ええ、難しいです。ですから、パーティを結成するなら若い子募って最初から作った方がいいと思いますよ。入りたい子多いでしょうし。ああでも、リーダーの名足さん以外は奴隷で固めるという方法もありますね」


さらりと言われたが、聞き捨てならないフレーズが混入していた。


「…奴隷?」


ミレーネはキョトンとしている。


「名足さん、もしかして見たことありませんか?まあ、小さな街だとそういうこともあるんですかね…?奴隷はいいですよ。裏切らないですし、揉めないですし。気楽さは奴隷が一番でしょうね」


ちょっと高いからそうほいほい買えるものじゃないですけど。


ミレーネの口振りからすると、奴隷の存在や購入する事はごく一般的な事のようだ。

少し考える。

今すぐパーティは必要だろうか。

答えは否だ。

それにそもそも資金もない。

幾らなのか知らないが、人なのだから当然高いだろう。

それを思うと、買うにせよ買わないにせよ、考える事自体が後の事だ。








依頼を午前中に済ませた悠一は、新しい宿屋に向かっていた。


因みに、オークは一体につき銀貨二枚。

依頼料と合わせて、銀板五枚と銀貨一枚、5万1000Kの収入になった。

貯金が一気に倍額になる。

討伐依頼が人気な理由がよく分かった。


今向かっている風呂つき、食事が絶品という噂の宿屋は、その名も“しょくたく”。

恐らく、食卓だろう。

風呂付きの宿の中では比較的安価でなのだと聞いている。


食卓は門内の北、大通りに面した場所にある二階建ての建物だった。

一階層の広さは精々80㎡くらいだが、北にあるだけあって綺麗で高級感がある。

白塗りされた外壁に、赤く拭かれた屋根。

窓にはガラスが填まっていて、窓枠は緑色に塗装されていた。

入口の扉は茶色い木の外開きの扉だが、飾り扉で彫刻が施されており、上半分にはバラのような花が二輪咲いた感じのステンドグラスが填まっている。

また、金色のドアノブにはopenと書かれたタイルの標識がぶら下がっていた。

この世界において英語は、主に西大陸で普及しているらしい。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


扉を引いて中に入る。

入ってすぐ正面にあるカウンターは背が高い濃い茶色が品のいいアンティーク調のものだが、今そこに主はいないようだ。

声を掛けても、反応はない。

悠一は部屋を見渡した。

あまり敷居の低い建物じゃないので、どうしたらいいかが分からない。


全体的に白っぽい内装に上品な茶色の家財が置かれ、指し色で観葉植物ありシンプルだが上品でお洒落感じの室内だ。

臼水色のタイルが敷き詰められていて、カウンターの左には白い螺旋状の階段がくるりと伸びている。

一階の大部分を間仕切りしているレースのカーテンの奥は多分食堂なのだろう。

レースなので、カーテン越しにうっすらとテーブルが沢山並んでいるのが分かった。


どうにもタイミングが悪い時に来てしまったらしい。

悠一は諦めて外に出た。

と、人とぶつかる。


「すみません、大丈夫ですか?」


崩れ落ちるように倒れ込んだのは、薄汚れたローブを羽織った女性だった。

妙に痩せ細っている。

彼女がゆっくり顔を上げた。

女性というより、少女と呼ぶべき年齢だろう。

折れそうに細く、鈍色の豊かな髪はぼさぼさで、白い肌はかさつき、唇がひび割れている。

青い瞳は死んだように暗い。

見るからに痛々しい様子だ。


(あれ?この人何処かで…)


見たことがある気がする。


何処かは思い出せないが。


「あなた…「ちんたら座り込んでねぇで、さっさと歩きやがれ!」」


彼女の方も目を見開き何かを言い掛けるが、罵声に遮られる。

彼女は無言で立ち上がると、ふらふらと男に付いて歩いていった。

石畳の地面は冷たいだろうに、裸足だ。

首に首輪、そこから鎖が伸びていて、スキンヘッドの柄の悪そうな男が引いていた。

悠一は顔をしかめる。

噂をすれば、だ。

彼女は恐らく奴隷なのだろう。


(あんな雑に扱われてるのか)


同じ人間なのに。

二人は路地を曲がって消えた。

悠一は釈然としない思いで反対方向に歩き始めた。








昼食を摂った後、魔術師ギルドに行った。

まだ今日の分をやっていなかったのだ。


魔道具は二種類ある。

簡単に言えば魔術師用と一般人用だ。

魔術師用の魔道具は魔力を流すことで作動する。

一般人向けの魔道具は魔力を貯める電池のような物が付いていて、その容量によって値段が変わるのだ。

そして、充電が切れるとギルドなり魔道具店なりに出向いて再度充填して貰う必要がある。

その持ち込まれた一般向けの魔道具の充填が悠一のバイト内容だ。


その後、再び食卓に至ると今度はちゃんと女性が出迎えてくれた。

ニットのような白いタートルネックに、茶色のロングスカート、臙脂のシンプルなエプロンという出で立ちで、足下は編み上げの黒いブーツを履いている。

綺麗なお姉さん、という感じの人だ。


実際彼女は肌が白く、目鼻立ちが整っていて、大人の女性らしい、ほっそりとしているのに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという抜群のプロポーションを誇っていた。

背の高さは、悠一の目線よりほんの少しだけ下だ。

鳶色の前髪は真っ直ぐで眉の辺りで切り揃えられ、ウェーブを描く髪はサイドを除いてシニョンに結い上げられている。同色の瞳は穏やかな光を称えていた。

年の頃は二十代後半程度、穏やかな風貌の美しい女性だ。

何だか最近美人に縁がある。

ここの世界の女性のスペックが高いだけなのかもしれない。


「すみません、部屋は空いていますか?」


「ええ、空いているわ。宿屋“食卓”へようこそ。私はオーナーのクリフィーネ。お部屋の基本料金は700Kで、夕食と朝食を付けると1000Kになるわ」


「食事付きで十日分お願いします」


今までの宿からすると倍額以上だが、値段は予め聞いていたので怯むことはない。

泊まれる事に安堵しながら、悠一は銀板一枚(1万K)を取り出した。


「ええ。じゃあ、夕食は17時から20時まで。朝食は6時から9時までだから遅れないようにね。食堂はここよ」


開け放たれたレースカーテンの向こうは、予想通り食堂だった。

カーテンの向こうはタイルが途切れ、一段下がって濃い茶の木の床になっている。

テーブルは基本的に二人掛けで、タイルと似た色の品のいいテーブルクロスが掛かっていて、真ん中に置かれたガラス細工の小さな花瓶には可憐な野花が刺さっていた。

何か分からないがテーブルの間間に置かれた観葉植物が伸び伸びとしていて、小洒落たカフェテリアのような空間になっている。


「はい。お部屋の鍵よ」


お風呂は好きな時に入ってくれて構わないわ。


そう言って、クリフィーネは樹脂のキーホルダー付きのくすんだ金色の鍵を手渡した。


「お世話になります」


悠一はクリフィーネに軽く会釈し、階段を上がった。

鍵を開け、中に入ると入って左に白い扉がある。

開けて確かめると、全体が臼水色のタイル貼りで、トイレとバスタブが置かれていた。

風呂だ。

およそ、三週間ぶりの風呂である。


「…風呂で泣きそうになるのは初めてだな」


思わず目を覆う。

此処までが長かった。

自分の物ではないが、これで漸く毎日風呂に入る生活に戻れる。


カーテンで間仕切りされたトイレと風呂は、魔導具を使われているらしく日本の水洗トイレや風呂と然程変わらない。

寧ろ、バスタブが猫足だったり、シャワーノズルが金色だったりと逐一お洒落な造りで、日本のユニットバスより余程凝っているし質が高いと思える。

一泊食事つきで1000K。

つまり、1万円。

けして安くはないが、日本でも同じような値段だ。

風呂に入れるなら惜しむ額ではない。

悠一は早速湯を溜め始めた。






「気持ち良かった…」


珍しく長湯をした悠一は、静かにベッドに転がっていた。

久しぶりの風呂は本当に気持ちが良かった。

そして、このベッドがまた良い。

スプリングが効いた寝心地の良いマット。

掛け布団も良い物なのか、日本にいた頃使っていた布団よりずっと気持ちが良い。

かげつとは比べるのも失礼な程素晴らしい。

この宿にずっと世話になろう。


石鹸は良い匂いの物が備え付けられていた。

体はそれで事足りたが、シャンプーのような物はなかったので、持ってきた物を使用した。

悠一の髪は結構長い上に細いので、普通の石鹸だと目も当てられない状態になるからだ。

長いと言っても、結べるほどではない。

男にしては長めだというだけだ。


(ま、その内髪切りに帰らないと駄目だな)


美容室が此方にあるならそれでも良いのだが。


「飯食いに行こう」


昨日まではそんな気も進まなかったが、それは一重に美味しくなかったからだ。

さっぱりした悠一は、清々しい表情で立ち上がって首を鳴らした。


食卓の食事は、美味しかった。

絶品と言われるのも、価格に関しても納得出来る。

夜は野菜がごろごろしているポトフと肉汁たっぷりのハンバーグ、付け合わせの野菜にライス、デザートには凍ったぶどう。

肉と果物は贅沢品という此方の感覚的には相当豪勢な内容だった。


「ご馳走さまでした」


これは毎食が楽しみ過ぎる。


(やっぱり食事は大事だな)


食欲を無くす程節制に努めるべきではなかったようだ。

今回の事で骨身に染みる。

美味しい食事と風呂の為に頑張ろう。

目標設定が微妙だが、当人は至って真剣である。


「ちょっと出掛けてきます」


クリフィーネに声を掛けて、悠一は外へ出た。

ハルシオンの街は店が閉まる時間が早い。

しかし17時早々に食事を摂ったので、店もまだ開いているだろう。

今の悠一は初日と同じ黒のジーパンに、Tシャツというスタイルだ。

若干布の質感は違うが、ハルシオンにはこの手のデザインの服の店もあるので、大抵の人は気にも止めない。

それを良いことに、悠一は持ってきた服を普通に常用していた。

恐らく、高級品と見られていると思う。

悠一は空間拡張が施されたパンツのポケットに財布だけを突っ込むと、大通りを目指して歩いて行った。


大通りはまだ賑わいでいた。

そう言えば、夜出歩くのも久しぶりだ。

髪をフェイクしても顔立ち自体が珍しいせいか、夜の街では色々な人に声をかけられる。

途中、男に熱心に声を掛けられたのは流石に引いた。

話は勿論聞かない。


その日は色々見て回ったが、結局買い物はしなかった。

どうも財布の紐が固くなっていると思う。

毎日勤勉に働いているし、それなりに稼いでいるので困ってはいないのだけど。


翌日、布団が気持ちよすぎて若干寝過ごした悠一は、ギリギリの時間に食堂に滑り込んだ。

朝食はミネストローネのようなものとハムエッグ、サラダとパン。

白い焼きたてのパンはおかわりし放題だったので、10個くらいをペロリと平らげた。

昨夜と変わらず、とても美味しい。

宿屋よりレストランとしての人気が高いのよね、とクリフィーネ。

そうだろうな、と悠一は納得した。

宿を必要とするのは冒険者だが、ここは冒険者が泊まるには高い上に綺麗すぎるのだ。


(風呂に入りたい欲求も少ないみたいだしなー)


どうなってるの、本当。

その後、悠一は冒険者ギルドに顔を出した。

時間で言えば既に12時。

今日は見るだけ見ておいて仕事は休むか。

そう思って中に入ったのだが、何だかざわついている。

何なんだろうと、カウンターに座るミレーネに近付いた。


「何かあったんですか?」


「あ、名足さん。今日はまた一段と遅かったですね。騒ぎはですね…えぇと、ヒメジオンの森って行ったことあります?」


ヒメジオンの森は昨日行った西の森ではなく、南にある領外の森だ。

危険区域に指定されている危ない森でもある。

Fランクから採取系の依頼は出ているが、推奨ランクはDの筈。


「場所は知ってるけど、行ったことはないですね」


悠一の適性ランクでない事から、あまり気にしていなかった。


「そこで昨日、死体が見つかったんです」


「え」


悠一はぎょっとする。

冒険者が危険な仕事であるとは知っていたが、身近で人が死んだというのは穏やかでない話だ。


「ハルシオンでは珍しい話なので大騒ぎになってしまって」


元々、ヒメジオンの森は危険区域だから今までが平和すぎただけなんですけどね、とミレーネは苦笑する。

死んだのは、薬草採取の依頼に出た新米の冒険者だったのだという。

ハルシオン近辺は兵士が巡回している事もあって強い魔物が少ないが、ヒメジオンの森は領外なので、基本的には無法地帯。

そのおかげで恵みも多いが、危険度も違う。


「それって原因分かってるんですか?」


ミレーネは首を振った。


「まあ、普通に考えて魔物ですよね。何なのかはまだ…一昨日の夜に見つかったんですけど、現在調べ中なんですよ。昨日の朝には、留守にしていたギルドマスターも帰ってきて、今会議の真っ最中です」


まぁ、集団討伐にはならないと思いますよ、と肩を竦める。


「集団討伐?」


「あ、ハルシオンでは珍しいんですけどね。適性ランクの冒険者がいないと、下位の冒険者で混合パーティを作って集団で討伐してもらうんですよ。…正直、今のハルシオンではそれも厳しいんですけどね…」


ミレーネは苦笑する。

確かに、そんなに強い魔物が出たらハルシオンでは厳しいだろう。


「大丈夫ですよ、大丈夫。いざとなれば、うちのマスターもいますし。とっても強いんですから」


そう笑うミレーネは少し誇らしげで、悠一はそうなのかとただ頷く。

変な魔物じゃないといいと思いながら。







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