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冒険者の試練場

 この話に出てくる「冒険者レベル」の定義は長年温めてきたものです。この話を発表したいがためにこの小説を書いたようなものです。

 ガンダールヴル以外の仲間達も自分の妄想の中でありとあらゆる冒険を繰り返してきた大切な仲間達ですが文章に起こしてみるとまだまだ知らない事があるんだなと実感させられました。

 私の大事な仲間達を一緒に見てやってください。


 みんなが装備している変な武装も、冒険の中で得た現時点でのベスト装備です。

 冒険者の試練場という施設がある。




 この世界では職業を選択するのは簡単なことだ。われこそはどこそこの騎士○○なり。皇女にささげたこの忠誠、戦場において見事に咲かせてごらん見せよう!と、叫べば騎士なのである。他人が認めるか否かは別として、「職業」とはその程度のものである。

 無論、それでは社会は回らない。計算も出来ない商人は生活を混乱させてしまうし、剣を使えない戦士はごくつぶしである。道具を作れない職人は「職人」という言葉の地位を下げるばかりであるし、まともな薬を調合できない薬士は有害な存在である。

 そういったことを回避するために社会が自然と作り上げた制度が師弟制度であり、技術も能力もある人間が師となり、明日の師となりうる人間を育て、社会へと送り出してゆく。そういった仕組みがこの世界に於いて、当初の人間社会の発展を支えた。


 緩やかなものではあったが技術の発展が人口増加に刺激を与え、経済が活発化した。僅かずつ師弟制度の外にはじかれた余剰人口の増大がおきて、旧来の師弟制度をあっさり破綻させた。専門的技術が必要な細やかな作業等はともかくとして、文字の読み書きや、計算、社会生活を営む上での親子関係以上の社会通念などを教える程度の「些事」まで教えなければならない状況が放置された結果、師である以前に職業人である者達の生活は酷く圧迫された。一対一で維持されていた師弟制度が二対一、三対一となった瞬間に彼らの通常の職業活動を直ちに困難にした。


 「学校」という制度が発生して幼年期の人間たちを一括して教育しようという発想は、モンスターに対抗する手段を得て、ある一定程度安定した社会制度が確立する中で、各所で自然発生的に同時多発したものと考えられている。農業にせよ、鍛冶屋にせよ、パン屋にせよ、文字の読み書き、火の起こし方、ナイフの使い方等、最初期に教えるべき内容は各分野間において重複する部分があまりに多く、各職業によってそれぞれに発生した職業訓練の場としての「学校」はたちまち糾合を経て、万民すべからずの勉学の場としての「学校」へと拡大発展していった。

 最低限社会生活を営む上での知識を与える場としての「幼学校」、直ちに社会制度の底辺に潜り込めるだけの能力を与える「小学校」。そこから先に勉学を極めてひたすら知識を高める「大学校」、専門的知識へと技術を高めることに特化した各種専門学校。


 「小学校」から先へは通常の師弟制度へと組み込まれて技術を高める方策もあったが、現在「イサクラルパドル」の少年少女たちに広がる選択肢は広い。先立つものがあれば、という前提があるが。


 「幼学校」「小学校」あたりまではほとんどの場合、国やそれに準じる組織が少なからずの投資を行って、在野の子供たちに教育を強制する。初等教育の質が国家国力の多少へと直結する事実が認識されて以降、市民の識字率の高さが国力の指標ともなれば、その力の入れ具合もわかる。

 「幼学校」と「小学校」とに間があるのは農業や専門職人集団のように、早い時期より師弟制度に組み入れて教育を行うことで、技術、技能を高める必要のある職業があるからで、彼らは「幼学校」卒業後にそれぞれの道へと進むことが認められている。そういった道に進んだ人々が出先での突発的理由、たとえば師となるべき者の死亡や、災害による農地の損失等により、職業継続の困難があった場合は「小学校」に別途入学することもたいていの場合は認められている。一般的社会生活能力を持たない人間の増大は、盗賊等の発生を招き社会不安の増大とそれを抑えるコストの増大を招くから、そういった人間に対する救済処置は一般に厚い。それぞれの学校で教育の段階を示す「学年」という表現はあくまで個々人の教育の段階を指し示すものでしかなく、極端な話、六〇歳の「小学生」の存在もありうる。

 

 それらの制度を外れたものとしては「神学校」や「魔法学校」といったものがある。これらは「神託」を得たり、魔法技術に開花する時期というのが年齢的にも種族的にも一定せず、そうした状況が現出した時点で能動的に進路を決めざるを得ないからである。

 ただし、それらの学校はある程度以上の金銭的余裕がなければ入学すら難しい。飛びぬけた能力の開花が見込まれる者に対する補助はある程度はあったが、どちらも教育に当たって莫大な資源が必要な特殊技能であり、これらはそれらを運営する団体が全額を工面することは著しく困難なのである。となれば、狭き門とならざるを得ない。

 神格性の維持の面で少数精鋭を意図的に維持する必要がある「神学校」は、それで問題が発生することはほとんどないが、誰もが潜在的に内包する魔法力を修練で高めることにより専門性を高める技術である魔法を教える「魔法学校」は苦悩が多い。基本的にイサクラルパドルに生きる生物はすべて魔法使いの卵であり、磨くことにより宝石になる可能性を秘めた原石の鉱脈である。ただ磨くにも研磨剤は必要であり、その「研磨剤」は高価で研磨する「職人」も数が少ないとなればだれかれかまわず学校に投げ込むわけにも行かない。研磨したところですべからず粒がそろうわけでもなく、大きな宝石は僅かしか取れないとなれば、莫大な資金を投資する者もいない。

 得られるかもしれない利益の大きさから、魔法学校そのものに対する投資は国をはじめとして引きも切らないが、生徒個人に対する投資は自己投資に任せるより他無いというのが実情である。「付与魔法」による「魔宝具」が社会に浸透しつつある中で、新たな「魔宝具」を開発する技術者の慢性的不足は「魔法学校」の怠慢で切って捨てる問題でもない。


 

 そういった「高等教育」や「専門学校」といった部分から離れた位置づけにあるのが「冒険者の試練場」である。

 そこで行われているのは間違いなく「教育」であり、そこに属する者たちの認識はまさしく「学校」なのだが、「冒険者」の特異性が「冒険者の試練場」を学校にし得ない。


 この世界においてモンスターの存在は常に人々の頭を悩ます厄介ごとでありつつけた。生物学的観点から見た場合、あまりにも数が多すぎ、あまりにも執拗に人間種に脅威を与え続けてきたからである。


 ゲーム的な表現で言えばエンカウント率が高すぎたのである。


 モンスターの跳梁跋扈は常に人間の版図を脅かし続けた。アールブのように先天的に魔法力による肉体的能力の強化が行える種族や、人龍族のようにたいていのモンスターを腕力で叩きのめすことが出来る種族以外のひ弱な「人間」たちは、せいぜい、野を逃げ惑い、地に潜って恐怖に震えるしかなかった。

 繁殖力に優れる「ヒト族」や「人狼族」に限っては大集団を作り、徒党を組んで対抗することが出来たが、ある程度以上の集団まで拡大した場合、集団を維持するために労力を取られることで戦闘力を相対的に低下させてしまい、損害破断点にいたって集団の維持が出来なくなってしまう状況があり、「ヒト」や「人狼族」が世界に満ちることは過去において出来なかった。また、所詮はひ弱な生物に過ぎない「ヒト」はモンスターにとっては刈りやすい餌でしかなく、大集団を作れば餌場として認識されて強大なモンスターを呼び込むことになる。

 ゴブリンやコボルトといった「亜人間種」の襲撃を跳ね除けられる集団も、オーガやトロール等には対抗しがたい。なかんずくそれらに対抗しえる集団の組織化、維持に成功したとしてもワイバーンや亜龍族の襲来を招いて集団の離散を招いた。

 ハーピィやラミア等、「ヒト族」に対して捕食以上の行動を取るモンスターは、大きな被害を受けた場合でも、短期間で生息数を回復する能力のある「ヒト族」と片利共生を成立させているにすぎず、「ヒト族」が特段の高位能力を有しているから共生関係にいたったわけではないと推測されている。おそらく、それらは「ヒト族」の驚異的な繁殖性にのみ実利を得ているのではないだろうか。

 多種ある「人間種」のなかでも「ヒト族」は生存競争のヒエラルキーの中ではかなりの下位に近く、集団での社会性を保持できる「高度生物」の中では最底辺に位置づけられる生物であると考えられた。

 現在のような「人間種ヒト族無毛有色/無色人種」を筆頭とした「人間種」の繁栄の端緒がいつ、どこであったかはよくわかっていない。しかしヒトの他種族間コミュニケーション能力が「ヒト族」の底辺からの突破を促したことは確かなようである。



 類別判定に関して大きな議論があるところだが、一般的に言って「人間種」といえば「人龍族」を筆頭に、「アールブ(妖精族)」、「人狼族」の中で「金狼族」・「灰狼族」・「銀狼族(絶滅種)」、「人猫族」、「人狐族」、「半妖精族(種族名に関して確定していない)」とその亜種、「ドワーフ(人老族)」、「トール・バニー(人兎族)」等の順に基本的力量差がある(他にも少数種族の存在がある)。「ヒト族」はその最底辺に位置することは議論の余地も無い。ところが種の保存能力という意味での順位づけはそうであっても種の拡大繁栄性となると別の側面が出てくる。


 「人龍族」は繁殖力の低さと社会性の薄さにより、個の種族的能力の高さの割りに版図の拡大はほとんど望めなかった。「人龍族」が「ムラ」や「町」を持ち、ある程度のコミュニティを構築し始めたのは「ヒト族」による積極的な接触があって以降のことである。


 「アールブ(妖精族)」、「ドワーフ(人老族)」は繁殖力の低さに加え極めて高度な社会性を持ち、加えて文化的成熟性もあいまって、そもそも生活圏を積極的に拡大する意志に乏しく、ゲットー的コミュニティの中でのみの繁栄維持を志向して、版図の拡大を行わなかった。アールブが頂点に立ってヒト族が王政的な権力構造に統治される集団を持った例はいくつか散見されるものの、そういったアールブにとってのヒト族とは保護されるべき弱い存在程度で、或いはアールブ固有の集団からはみ出した個による、一時的共生でしかなかったようである。


 「人狼族」に関してはよくわからない部分が多い。そうとうの遠い過去に「銀狼族(絶滅種)」を中心に世界のきわめて広い範囲で繁栄を謳歌したらしい証拠が、遺跡や、迷宮、遺物という形で大量に発見されているわけだが(それらの探索も冒険者の生活を維持する大切な仕事である)、なぜその繁栄が潰えたかは多くの研究者たちが追いかけているところである。現実の「狼族」はヒトよりは遥かに強靭な身体能力を持って、ヒト族に近い社会性と繁殖力を武器に、積極的な生活圏の拡大を図っていたが、他の人間種との衝突や強大なモンスターによる襲撃で版図を維持できずに離散集合を繰り返すばかりであった。


 「人猫族」、「人狐族」、「トール・バニー(人兎族)」は孤高性が高く、繁殖力の弱さもあって主流とはなりえず、特に「トール・バニー(人兎族)」は早い段階で「ヒト族」との相互共生関係を構築することで辛うじて種の保存を行いえた程度である。


 「半妖精族」はその社会的集団属によって行動原理に大きな差異があるうえ、観察が難しいこともあり、繁殖力や社会性、文化性に関して謎が多い。現在の人間社会に紛れて溶け込む「個」も多いが孤立的集団を維持する者も少なくない。一部他の人間種に対して明確な敵対姿勢をとる属もあるためますます判断が難しい。容姿に関しても多様性が大きく、一種一回のみ確認された「種」として同定できていない者もあるから一まとめに「半妖精族」としてしまっていいのかという議論もある。ヒト族に近い容姿と、羽や耳、尻尾等の特徴を持って小集団を持ちつつ孤立したコミュニティを持っている、或いは持っていた「種族?」を「半妖精族」と呼称するのが確定していない位置づけである。他の「人間種」と意思の疎通が出来るがゆえに「人間種」に区別されているが、「人間種」以外とも高度な意思疎通能力を発揮している場合がある傍証もあり、本来は「精霊種」を魔法で使役する際に副次的に発生する意思疎通関係のような、互恵的利他主義の拡大された適用の一種ではないかとの主張もある。


 一部例外があるにせよ、そういった中で最終的に「ヒト族」が勢力を伸張し得たのは、言葉のみに頼らない高度なコミュニケーション能力に裏づけされた交渉力、意思疎通能力が武器になったのでは考えられている。

 現在、ひとくくりに「人間種」とされている種族の基準は、実は「ヒト族」を中心とした相互理解関係が可能となった種の事を示しているだけの曖昧なものであり、大概にして敵対的であるか無視、或いは無理解によって、意思の疎通や確認が出来なくはないものの現状では互恵関係にいたっていないゴブリン、コボルト、オーガ、トロールなどの「亜人間種(この区別も曖昧である)」や、高度な知能と知性を有する龍族等の幻獣も広範な意味で「人間種」に含めてしまえという意見も一概に乱暴であるともいえない。ハーピィやラミアといった種も「人間種」と意思の疎通が可能であることが知られている。

 

 「ヒト族」はいつのころからか他の「人間種」に対して積極的にコミュニケーションを取ろうと努力するようになった。「ヒト族」と「人狼族」の間で発生した「ベルエルト戦争」などはそういった努力の悲劇的で悲惨な結果であり、そういった事態に至った事例もあったが、「ヒト族」以外の「人間種」が他種族との異文化交流等、思いもよらなかった時代から「ヒト族」は多種族との接触を試みていたようである。

 これは自分たちが弱い存在であるとの冷徹な分析ゆえの現実的要求による共生関係の模索であったと解される場合もあるが、単純かつ無邪気な興味や好奇心ゆえの行動としか思えない事例も多い。そういった「種」としての楽天的な「無邪気」さがあったからこそ、一部の例外を除いて概ね平和的な交流が始まり、「ヒト族」を介した多種族間交流へと結びついていったらしい。


 そうした中で「ヒト族」躍進の基礎となったのが、「スターチュア・イニティジフィ」という技能の発見であった(もともと一部種族に先天的にあった能力であるから再発見とでも表現するべきかもしれない)。


 明確に理解されているわけではなかったが、イサクラルパドル世界に存在するモノにはすべて「マナ」と呼ばれる「魔法力」が内包されており、いかなる生物も生存に必要な最低限の「マナ」がなければ生きることすら出来ない。その、生存するための最低限必要な量の「マナ」を食物等の形で補給、使用することはイサクラルパドル世界の生物の常識であったが、それを外部より「純粋な」形で補給、吸収、咀嚼する事で一時的な肉体の強化を行ったり、「イド」を経由することで「魔法」という現象を発生させ得ることはそれなりに知られていた。また高度な利用法として、「マナ」を力の根源において「イド」により方向性を定め、「カプ」を引き寄せて通常の自然現象においては有り得ないと思われる現象を発生させる「異法」やそれに下位互換性のある技術としての「錬金術」等も古くから行われていた。

 こうした中で「マナ」に形を与えることなく原質のまま肉体強化を得たり、肉体から放出したりする行為は見下される傾向があって、そういったことが可能であることは知られていたし、一部、無意識でそういったことを行えていたヒトの存在もわかっていたが(そういったヒトはたいていにおいて「英雄」と呼ばれた)体系的な技術としては永く省みられることは無かった。だが、その技術の延長線上にあったのがアールブの先天的肉体性能の強化であり、単純な肉体性能ではアールブの能力が「ヒト族」にも劣るという事実が判明する。

 だれがその事実にいたったかに関して歴史は語らないが、この事実から着想を得た幾人かの研究者、或いは探求者が幾年かの時を経て明らかにしたのが「スターチュア・イニティジフィ」と呼ばれる技術であった。


 核心に至る経緯が意図的に隠匿されているために、開発、あるいは発見に至る状況が曖昧であるが、「スターチュア・イニティジフィ」を得るために相当数のアールブや、ドワーフ、その他の「人間種」が協力したことは確かなようである。「スターチュア・イニティジフィ」は一〇〇年程の研究開発期間を経て体系化されて利用法が明らかとなると、爆発的に普及し「ヒト族」を始めとした「人間種」に広がって、魔法以外で初めて確信的にモンスターに対抗しえる手段を「人間種」に提供することとなった。ある程度以上の「魔法力」をもった「人間種」であるならば誰にでも扱うことが出来、経験を得て研鑽することで能力を大きく伸ばせる可能性のあるこの技術は、もともとから人口の大きかった「ヒト族」の能力を大きく引き上げて総体としての「ヒト族」の繁栄の源となったのである。

 強大な力を得て爆発的に版図を広げた「ヒト族」が他の「人間種」と激突したり、他の「人間種」の生存を脅かしたり、対立したり、といった経過を経たものの永い時間を経て、相互理解が進み、他の「人間種」の伸張も得て、漸進しつつあるのが現在のイサクラルパドルの世界である。




 「スターチュア・イニティジフィ」による能力強化を、第一義にモンスター討伐に当てる技術として昇華させるのが「冒険者の試練場」であり、冒険者という職業は無くてはならない職業であり続けているものの「スターチュア・イニティジフィ」みよる身体能力強化が常識として浸透したこの時代にあっては、すべての住人が冒険者の第一義である「モンスターに対抗するもの」と言う意味に置いての潜在的冒険者とも言える。「冒険者の試練場」が「冒険者育成学校」とならない理由である。

 しかし現在、冒険者に要求される技能はモンスターと戦い、これに打ち勝つ以外にも多種多様である。モンスターと相対してこれを効率よく駆逐する技能や雑多なモンスターに対する知識、人間の版図を伺うモンスターたちを偵察、観察する技能、人間たちの版図を行き来する往来や物資をモンスターから守る技能、洞窟や迷宮、遺跡を探索する技能、それらにつきものの自然現象や罠に対処する技能、それらを最終的な目的とするにせよ、それらの目的地にいたるまでの自然現象に対して効率よく対処する技能等、広範な能力が要求されるため学校的施設が必要とされているのである。無論、シティ・アドベンチャーに必要な技能はまた別に習得可能となっている。


 まさしく学校以外の何者でもないこうした施設が「冒険者の試練場」等という曖昧な形態で存在する理由は、冒険者が傭兵と同義であるというこの世界の現実が作用している。「学校」において教育された「冒険者」達が冒険者であるがゆえに一所に定着せず、各地を放浪したあげくに一度戦争となったときに自国に対して牙を向けるようではたまらない。とはいえ冒険者に要求される仕事はいまだに多彩で影響も大きく、各国の財政事情的な面から言っても増減が激しいモンスターに対抗して専門の戦闘組織を予想される被害の上限方向で用意する等ということは一部国家を除いては難しい。例外はあるにせよ流動的人的ソースがあることが冒険者の強みであり、一度有事となれば大人数を動員出来、しがらみなく解散可能な冒険者の利便性を切って捨てるわけにも行かない。

 そうした現実的要求が妥協した結果が「冒険者の試練場」である。更に現実的で効率の高い解決策は常に模索されているが、現状における解は「冒険者の試練場」で収斂している。冒険者ギルドが国家的事業になりえていないのも同じような理由からで、一部の国家では大々的に冒険者ギルドを援助している場合もあるが、国家組織とはなっていない。配下に無国籍自由人が大量に存在している組織に特定国家の政治的意図が混入すれば冒険者最大の利点である「自由人」としての側面が失われてしまう。

 政治的な側面から見た場合、不安定で危険な「冒険者」はある意味で「必要悪」であるのは否めず、そういった側面を支えることも「冒険者ギルド」の大きな存在意義の一つである。


 「冒険者の試練場」においてはまず重視されるのが「スターチュア・イニティジフィ」能力の戦闘能力への適合である。「スターチュア・イニティジフィ」とは「マナ」による肉体能力全般への強化であり、それは部分的な強化から、身体全体への強化まで幅広い。だからといって、殴る力を強化したいから拳を硬くすればいいとは行かないのが難しいところで、イサクラルパドルにおける魔法ともかなりの部分が重複する技術である。


 例えば、重いものを持つという行為に関して、腕力のみの強化ではすまない。

 浅く見ても、背筋力、場合によっては脚力の強化も必要と、結局全身強化が必要となる。

 個々に見た場合、持ち上げる対象の形状や材質によっては、対象と接触する面の表面を強化する必要がある。鋭い角がある鉄のインゴット等を無理に持ち上げれば皮膚が裂けてしまう。よって手のひらの、出来得れば、対象物と接触する面だけの皮膚の強化が必要となる。

 ついで、手の筋肉、指の筋肉の強化も必要となる。どう持ち上げるかにもよるが、ゆっくり優しく持ち上げる、勢いをつけてすばやく持ち上げるでは、必要な筋力や力の加減が変化するため、強化の方向性が変わる。

 実際に重量物を支える上で、骨の強度を強化する必要性も出てくる。「人間種」の骨の強度は安全側に非常に余裕を持っていることが知られているが、骨をつなぐ関節の強化も重要かつ繊細で、強度を上げつつ、関節の自由度を確保しなければならない。

 筋肉に関して言えば筋力強化のみならず、骨と同じように強度を上げなければ対象物の重量によっては損傷することにつながる。そのため、骨とバランスを取りつつ強度を上げなくてはならない。

 そこから前腕、ひじ、上腕、肩と向かって強化対象は増大かつ、強化の方向性も複雑になっていく。最終的には心臓等の内蔵機能の強化や血流の確保等も必要となり、手を加える部分は複雑多岐に渡る。

 鍛冶職人など力が必要ながら基本動作内で繰り返し作業へと収斂していく職業の場合、必要な作業に限ってその複雑繊細な強化作業を覚えることも可能であるが、ありとあらゆる状況において、瞬間的かつ効率的な強化を行わなければならない冒険者は身体の隅々までを理解し、利用することは現実的には不可能である。アールブやドワーフは先天的にそういった行為を無意識下で調節、統制、制御する能力があるのだが、ヒトには無い。人間が行いえるすべての動作に関して厳しく観察、記録することでそれらを無意識で行えるよう鍛錬することも不可能ではないと考えられるが(実際に過去の「英雄」と呼ばれたヒトたちはそういった能力を先天的に有していたか、後天的に得た可能性がある)、ごく一部の「天才」でもない限りは主に寿命的な側面で不可能である。


 それを可能としたのが「アジリ・アーキテクチャ」である。


 これは、実際に身体的特徴が近似するアールブに協力を経て作られたといわれる技術で、簡単に言えば、そういった強化行動を残らず記録してしまい、人間の思考を随時読み取って必要な強化行為を自動で呼び出して肉体に反映させる補助具である。

 当初の基本情報部分は(とはいえ内部に蓄積された情報量は膨大である)、統一されているものの個人の経験を蓄積して、徐々に行動の幅を増やし、最終的には身に着けた個人の能力を個人の個性や特性に合わせて大幅に強化、反映することができる技術である。


 剣に特化した者や、斧に特化した者、槍に特化した者等、最終的な方向性は様々で、それ以外でも、跳んだり、走ったり、或いは縦方向の斬撃を好んだり、薙ぎ払いに特化したりとそれが冒険者の力量そのものとなる。

 技術、技能を極めることで、武器の動きに載せて刃先から魔力を放出して遠距離の敵を薙ぎ倒す等の技へと変化させることも可能であり、一種の付与魔法的な扱いとなるが、手にした武器そのものを一時的に強化することすら可能になる場合もある。

 さすがに手を離れた物の強化は失われるため、強力な力で矢を打ち出すことは可能でも、矢そのものの強化は出来ない。殺傷力や貫徹力に優れた矢が必要となればそれは付与魔法の分野での仕事となる。

 鍛錬を繰り返すことで、能力の果てしない強化が可能であり(無論、上限はある)、経験を積むことで、能力の幅を広げることが可能である。個々人の持つ魔法力は、使用による疲労と休養を繰り返すことである一定程度まで増大することが経験則として知られており、繰り返し強化を行うことで経験を積んだ「アジリ・アーキテクチャ」の最適化により、「マナ」の使用量の低下と集中による使用力の向上を見込めば、練習、修練、鍛錬、そして実戦経験が冒険者そのものを強化していくことになる。



 実は、これこそが「β世界」における「レベル」の概念を支えている根幹技術である。



 ちなみに「アジリ・アーキテクチャ」は指輪であったり腕輪であったりする場合もあるが、現在一般的なのは冒険者ギルドが発行する「冒険者免状」の形である。冒険者免状を見ることで冒険者の力量を視覚的に測ることも可能である。それこそが「レベル」という概念になるが、ある程度以上に個人に最適化された経験を積んだ「アジリ・アーキテクチャ」は他人に譲渡しても利用が難しく、不可能ではないにせよ、不可能でない程度に他人の「アジリ・アーキテクチャ」を利用できる人間の能力はその「アジリ・アーキテクチャ」の本来の使用者の経験を大きく上回っていることがほとんどなので、意味が無い前提である。「アジリ・アーキテクチャ」自体が個人を特定する道具となっている理由でもある。


 とはいえ、不慮の事故等による亡失、破壊等の危険性は常にあるわけで、冒険者ギルドが発行する「アジリ・アーキテクチャ」が個人を証明する冒険者免状の形を取るのは亡失のみならず、盗難による悪用を最低限防ぐための方策である。金を払えばバック・アップも可能であり、何らかの理由で「アジリ・アーキテクチャ」を損失した者に対する救済処置がまったくないわけではない。例外のない法則はないわけで、危急の際に、経験の少ない冒険者が経験の多い冒険者の「アジリ・アーキテクチャ」を使用する事例も無いわけではない。ただし例外中の例外とすべきことで、経験の浅い冒険者や一般人が高度な経験が蓄積された「アジリ・アーキテクチャ」を使用して一時的な身体強化を行った反動は身体機能の物理的破壊となって現れることになる。たいていの冒険者が冒険者免状を首から提げているのは、冒険者免状が破壊されるほどの強力な攻撃を受けた場合、命を失う可能性が高いからである。冒険者にとって「アジリ・アーキテクチャ」を失うことは命を失うことに等しいのである。

 金銭的な余裕が出来れば、冒険者免状に限らず「アジリ・アーキテクチャ」を魔法で強化したり、更にはカバー等で外的に強化する方法もある。「アジリ・アーキテクチャ」を失うことを恐れて「アボーツ」を付与することが一般的ですらある。あまり無いことであるが、もともと裕福な人間が冒険者を志す場合には赤銀鋼ミスリル 青金鋼オリハルコンで「アジリ・アーキテクチャ」を造ってしまうこともある。ただし必要な初期情報に関しては冒険者ギルドが独占しており、各地の冒険者の宿か冒険者の試練場で情報を入力してもらう以外の方法は無い。一部国家では、所属する兵士や騎士のための独自の情報を持って、「アジリ・アーキテクチャ」を配布してる場合もあるが、冒険や一般生活に対する汎用性では冒険者ギルドの持つ初期情報は圧倒的であり「アジリ・アーキテクチャ」の利便性とあわせて、冒険者以外の職業を志す者がひとまず冒険者となって、それぞれの職を目指す例も多い。


 その事実により、徐々に大きな問題が起きつつもあるが、一線で冒険者を続けるものたちにとってはとりあえず関係ないことである。




 ルカとガンダールヴルが眺めている冒険者の試練場は、そうした冒険者たちの卵や、長い冒険や移動の後に、経験を思い出すための再訓練にいそしむ者に溢れていた。

 どれほど実戦を繰り返していても、ごくまれにしか使わない戦闘技能や戦闘の形というものは出てしまう。剣と槍に優れた者でも、パーティの構成によっては一年間、槍に触れることなく終わるような時もあろう。逆に今使っている武器の技能に行き詰まりを感じて新たな武器を手にしようという者もいるかもしれない。

 新たな土地に来て新たな冒険を志すにあたって、新しい土地で必要な技能を修得に来るベテラン冒険者や、フィールド・ワーク専門だった人間が必要に駆られて迷宮探索に宗旨替えをするような場合もある。


 冒険者の試練場はそういった人間を残らず余さず教育する場である。


 行商に出ようとする商人や、修行に出ようとする神学者等もある程度、山野で生きる術を得るために冒険者の修練場を訪れる。そういったものたちはたいていにおいて冒険者を護衛として雇ったりするが、最悪の状況に備えて最低限の技能を得ることが望ましい。彼らは彼らでそれぞれに属する組織から、それぞれの技能に特化した「アジリ・アーキテクチャ」を配布されているが、別に、「商業者ギルド」でえた「アジリ・アーキテクチャ」には冒険者スキルが入力されないというわけではない。経験をつんだ商人の中には冒険者との区別がつかないほどにまでなった者が現れることがあるが、逆もまた然りで、冒険者として経験と能力を積んでいるうちに商人になってしまうような例もある。「アジリ・アーキテクチャ」はあくまで個人の能力を外部的に強化する手段であるから、個人の興味や趣味の向かう方向によってはとんでもない方向性に能力を発揮するものが現れることもある。


 国家に仕える役人や、兵士、騎士、貴族や、場合によっては王族すら冒険者の修練場を利用する場合があるらしい。ルカ自身がそんな楽しそうであるがめんどくさい事になりそうなイベントにぶつかったことは無いが。


 魔術士、魔導師、錬金術士等といった人間も一部の超高能力者を除いて、イサクラルパドルの魔法の特性上前衛職とならざるを得ないので、冒険者を志さるをえなかったそういった「魔法使い」たちも冒険者の試練場にやってくる。

 過去には、物見遊山で旅をする一般人なども冒険者の試練場で最低限必要な修練を積んでいたというが、一般人のまま物見遊山を楽しむこと自体が困難だった時代のことである。「観光旅行」という概念自体が発生していなかった時代のこの世界では、そういった特異な趣味を持つ人間は、結局のところ冒険者になってしまうか、あきらめて家に帰ることになる。現実的な収益手段を無視して、冒険者を雇って遠く観光をするなど、主に金銭的な面で、冒険者となるより遥かに難しかった。それとて例外がなかったわけではないというので、特定趣味人の己に趣味にかける情熱の発露というものは時に道理を曲げるというものだろうか。


 現在では飛空船の発達、発展によって、都市間移動に限るなら旅の危険性は格段に減っており、観光旅行業も発展途上にある。飛空船の発想自体はかなり昔からあった概念だが、空中で飛行に特化したモンスターを退ける技術が未発達であった頃は画餅であった。技術の進展で遠距離でモンスターに有効な打撃を与え得る「魔宝具」がそれなりに安価に提供されるようになって初めて、飛空船が現実的な技術となった。とはいえ、空には空特有の危険がまだまだあるわけで、そういった危険に対する研究開発も行われている。冒険者個人が飛空船を持つ例は無いに等しいが(共同購入の例はある)、そういった技術、技能を他の組織によって独占されれば冒険者たちの地位の相対的低下につながりかねないために、冒険者ギルドの持ち出しによって、研究が進んでいる。

 

 「なつかしいなぁ。自分もこういう時代があったんだよな」


 ルカは遠い追想のみにとどまらない記憶を探りながら、試練場を見渡した。


 手前には赤い煉瓦で豪奢に飾られた三階建ての建物がある。試練場の本部とでも言うべき建物で、一階には事務所や、教官たちの待機室、休憩所、食堂や入浴設備が備わっている。二階、三階は冒険に出るにあたって必要な知識を教わるための座学が行われている教室があり、全体では数百人が収容できる規模を持っている。教室の構造は「此方の世界」の大学風で、それもあって三階建てにもかかわらず建物の屋根は高い。階段室、玄関室に便所の造りすら凝った造作を見せて、シンメトリーなデザインはそれこそ歴史ある名門大学を思わせる。

 中央に聳える時計塔はいちいち豪華で、見張り台をかねて三〇メートルはある最上部の見晴らしはよさそうだ。あそこから狙撃すれば存分にポイントを稼げそうだ等とよからぬ想像をする。


 「あまりいい生徒はいませんでしたからねぇ」


 何かを思い出したらしいガンダールヴルが苦笑する。


 「β世界」のチュートリアルには座学があった。参加した場合の最低時限は六時限と決められていたが、座学自体は強制ではないという謎の仕様であったがため(実は、そこには深謀遠慮にして実にくだらない理由があったのだが)に、スキップしてしまう者も多かったが、新規のゲームとなればチュートリアルをまじめに受けようと考える者もいなくは無かった。しかし、チュートリアルの座学は何かの国家免許を取得するための講義に近い、つまり、つまらなくて居眠りを誘うようなもので、一度参加すると七時間四五分にわたってゲームに拘束される(休憩時間・昼休みを含む)仕様はかなりの苦痛であった。このチュートリアルで脱落するようなプレイヤーすら発生した。

 一応、チュートリアルで覚えるべきとされた内容は、折々にヘルプ画面を立ち上げることで確認できたが、一部のゲームで取り入れられている初心者支援システムのように、新しいシチュエーションにぶつかるたびにウインドウがポップして説明をくれる様な親切設計とは程遠い仕様であったため、「β世界」での初心者未帰還率は非常に高かった。それが遠因で初心プレイヤーのゲーム定着率もずいぶん寒いものだった。

 ルカはリアルでの職業の影響もあってそういったタイプの面倒な講義を「一応」まじめにこなす能力に「長けて」いたため、大学ノート換算一冊分の情報は「それなりに」頭に入った「筈」である。それだけでゲームの進み具合に若干の影響が出たようであるから、「不親切であることはともかくとして!」チュートリアルの効能はあったのであろう。

 だから、


 「俺はまじめな生徒だったはずですよ!」


 一応、胸を張って応えた。

 空を見上げるような仕草で眼を細めたガンダールヴルは疑わしげな視線である。


 「どうでしたかねぇ」

 


 一応何がしかの目的地を設定してそちらに向かっているであろうガンダールヴルの背を追いかけるルカの周りには様々な施設が現れた。

 リアルでゲームを楽しんでいたときにはいちいち気にすることもなく流していたそれらの建物がいちいち必要以上に豪奢なのは、単純に冒険者ギルドのハッタリとしての側面がある。こういった施設を建てられるほどの実力が自分達にはあるんですよ。ということである。


 別の側面として、一種の軍事施設である冒険者の試練場が実用一辺倒であると、雰囲気が重くなってしょうがない。ということもある。

 初期の冒険者の試練場は街の郊外か、人間の生活圏から完全に隔絶した場所に設けられることが多かったが(モンスターとの戦闘を生業にする人間を育てるための施設である!)、人が集まれば金が動くわけで、「飲む」「打つ」「買う」ための設備が勝手に集まってくることはリアルの大学と変わらない。そういったものが集まればそれらに従事する人間の生活を支える業種が集まってくることになるのは常識であり、そういったことが繰り返されることで結局は周辺地域が市街化することになる。通常の「学生」にくらべて金回りも金払いもよく、冒険者の存在自体が抑止力となって治安の悪化も最低限ですむとなれば、ますます人が集まる。そうした状況で、中心にあるのが砦かなにかというのでは外聞が悪いわけで、それなりに外観に配慮することが求められるようになってきた。まさかポップでキュートなデザインというわけにも行かず、となると、他の学校施設にあわせた威厳のあるデザインにするしかなかった。


 室内練習場は、まさに体育館であり、地面を掘り下げて創られた、コロシアムというより野球場のような円形競技場もある。なぜ建築物にせず土木構造物として地面を掘り下げたのかといえば、コロシアム的な構造物はやたらと場所をとる上に構造上他の建物とのデザインの整合性を採るのが難しい側面があるためで、また試練場内には野外訓練のために、人工的に自然地形を模した設備もあり、地形を構築するために大量の土砂がいるはずだと、実際に「見る」まで気がつかなかった。やはりどんなにリアルでもゲームはゲームであり、実際にフィールドをうろつき始めて四日目とは言え見慣れたはずの世界は新しい発見でいっぱいであった。


 運動場に眼をやれば互いに相対して木剣で打ち合っている者たちがいて、敷地の端では壁に向かってひたすら形どおりの剣技を繰り返す集団もいる。ゲーム中でのみ、他を殺す技術を磨くのであれば基本の形は、ただ覚えるだけで済ませられるが、現実に「他を殺す」技術となると基本の重要性は俄かに高まる。イサクラルパドル世界をリアルとして生きる住人にとっては「冒険者基本技能Lv.1を習得しました」ではすまない。


 個人的差異が極めて大きく出る分野になるのだが、どれほど技術に秀でた者であっても、実際に「モノ」の命を奪う瞬間になって、刹那をためらうことはままある。これは理屈とか、理解とか、納得とか別にした、生物が基本的に持っている嫌悪感の発露としか言いようが無い。畜産業を営み、年中牛や豚を〆る立場にある者であっても、どれほど経験を積み重ねても泣き喚くほどの恐怖感に悩ませられる者はいるし、そういった部分を切り離すために、屠殺と畜産を完全に分けた施設は多い。ルカのリアルでの職業は瞬間の逡巡が生死を分ける様な殺伐としたものだったが、頭で理解していても現実の瞬間に身体が硬直する者たちは珍しくなかった。無論その先にあるのは自身の死である。そういったことを防ぐために訓練は重要となる。

 多くの形を数多く練習すると、出だしの形さえ出てしまえば後は無意識、無感動に形がつながるようになる。「敵」の攻撃を咄嗟に剣で受けるという「形」を身体に覚えこませておけば「敵」を打ち倒すまでは余計なことを考える必要は無い。一連の流れの中で敵が地に付すという結果までを「形」とすれば、生き残る確立は格段に高くなる。

 「死に慣れる」、「殺すことに慣れる」ことは相手がモンスターであれ人間であれ、精神を摩滅させて破滅へと誘う誘い水となるが、対象の「死」という結果すら一つの形にはめてしまえば余計な「興味」や「思考」、「想像」を排除できる。SWAT等が犯罪者に対して銃弾を浴びせる行為は「犯罪の制止」であり、結果としての犯罪者の死は無視されると教育されているそうであるが、それは一つの見識であろう(道義的な責任はまた別問題である)。

 英雄であってすら刹那に躊躇を覚えて討ち取られることが少なくない現実を考えると、我流の技は決定的瞬間における致命となりかねない。形に囚われない野生の戦闘術が、長い歴史と研究、研鑽に裏づけされた技術に勝るという考えは虚しい妄言である。刹那の一撃で勝敗が決する場合は別であるが、戦闘という状況にあっては、勘に頼った戦いは単なる素人の遊戯である。基本の技が重視され、基本の形の習得が執拗に求められるのはひとえに冒険者個人の生存率を高めるためであり、それらを軽視するものは冒険者として必要のある心構えが致命的に足りない証左でもある。

 まれにそういった訓練を行わずに眉一つ震わせることなく敵を打ちのめす人間がいるが、それはそれで人間としてのナニかが致命的に足りないのだろう。



 付与魔法を得た武器や道具の取り扱いや整備に関しての野外講義も行われている。炎を吹き出す剣などがあるし、触れただけで相手を吹き飛ばすワンドなどもある。バックラーの汚れをふき取ろうとして氷の柱になったうっかりさんや、戦闘後にバトル・ファンを畳もうとして「プレイヤー:戦士 状態:異常 / 被効果:猛毒」となったパーティー・メンバーを思い出しながら考えてみると、そういった装備を手にしながら人の行きかう街道を歩いていた自分たちがずいぶんと非常識に思える。

 試練場の端を目指しながら、プール、川、深い溝、天井の無い「地下迷宮」等を横目に歩く。時期的なこともあろうが、今日は特に人が多いようである。今日、人が多いということは、明日も人が多いのであろう。初心冒険者は最低でも三ヵ月は訓練期間が必要だと経験的に言われているから、教官たちも大変であろう。冒険を引退して教官になる者も多いが、そういった者はほとんどが座学を教える立場である。「実戦」の教官は基本的に中堅以上の現役ベテラン冒険者が引き受ける。無論、他人を教えるに足る人格者というのはなかなかにいないものであるから、そういった「人間の出来た」者が教官を押し付けられることは半ば以上強制である。冒険者ギルドによる要求もあるが、そういった者がいなければ後継が育たないから仕方がない。そういった面倒ごとを避けるために普段からわざと粗暴な態度をとる者もいるが、大抵は逃げられない。見ている者はちゃんと見ているのだ。


 「あそこにいるのが、私の集めた仲間ですよ」


 ガンダールヴルが手で指し示した先には一〇人ほどの人溜まりがあった。軽く手合わせをしているらしい。背の高い金狼族と、同じくらい背の高いヒト族が剣を交えている。指で指さずに、やわらかい仕草で手のひらを向けるあたりが癇に障るが、それは意識しないようにする。その集団のそばでは、実戦経験者の技術を少しでも得ようと考えているのか、数人ごとにまとまったグループが遠慮なく視線を浴びせている。練習用として支給されたお揃いの冒険服や木剣が初々しい。


 自分に断り無くメンバーが用意されていることにかすかな反感を感じたが、自分がやるべき「仕事」のことを考えると選択肢はないのだろうと嘆息する。軽く首を振って、集団を見ると見知った顔が多いことに眼を見開いた。あいも変わらず済ました顔のアールブに視線をやると悪戯が成功した幼い少年のような表情が帰ってきた。ルカは帰りたくなった。

 ガンダールヴルがいなければ元の世界に返ることなど出来やしないし、契約では一日以上一〇年未満の連続就業もありうるというひどくふざけた内容であったから、帰りたくなったという感情は単なる妄想である。

 近づいていくと相手も気がついたようである。息の荒い金狼族は此方に視線をやった後、剣を治めて後ろに下がる。その前では、動きを止めて身体を払うもの者もいる。軽く服装を整える仕草の者もいる。そういった仕草も記憶にある彼らに一致する。だからといって……。

 どう声をかければいいかわからない、居心地の悪さを感じながらなおも近づくと、相手のほうから声が発せられた。




 「ひっさっしぶりー!!」


 手を上げて元気のいい声を上げたのはルルピン。フィールド・スカウトのトール・バニーである。声は甲高く、少女のようにも思えるが、それは種族的特長であって、実際には三〇代前後ではないかと想像している。面と向かって聞いたこともあるが「オンナに年齢を聴くのはどうかと思います!」と拳で殴られた記憶がある。太い四本の指で握られた拳はなかなかの破壊力だったな余計なことを思い出す。


 「よっ!ルルピン。久しぶりだな。相変わらず美人だね」


 トール・バニーの容姿の基準等知らない。とりあえずこの緑色の兎と顔を合わせるときのお約束事として、決まりきった言葉を返す。


 「いやだー!正直だねっ。ルカ。結婚してくれるっ!」


 ここまでがテンプレートである。しかし自分の顔に浮かんだ笑みは、おそらくは本物だと思う。慣れ親しんだ仲間。激しい戦闘で背中を預けた仲間である。半ば以上にあきらめていた再会が予想外のものであったとしても、うれしくないわけが無い。ハイタッチで右手を交わす。が、人よりも長い腕を持つ彼女のひじあたりに手のひらが当たってしまった。普段は「折りたたまれている」足をいっぱいに伸ばしている彼女の腕は予想以上に空高く聳えた。気まずい空気が流れると、瞬間、周りで暖かい笑いがはじけた。


 「いやん……、いやん……。ゴメン。ゴメンね……」


 シュンとなった耳が地面に広がる。肩を落として縮こまると、彼女の身長は一六〇センチ程度になってしまう。トール・バニーはこのくらいの姿勢が通常で、走るときの姿勢もこの状態で大きな前傾姿勢をとるのが特徴だ。他の人間と並足で歩くことにはほとんど問題が無いというが実際にはつらかろうと、いつも見ていた。トール・バニーの足は走ったり、跳んだりすることには優れているが、背を伸ばして両足を交互に動かす事には向いていなさそうなのだ。

 感情の起伏が激しく思える彼女だが、実際の素がどちらであるかはいまだに判別につきかねていた。キャラクター付けの濃いNPCだと思って「β世界」の冒険の中では楽しく眺めることが多く、よくちょっかいをかけていたが、いまこうして普通に言葉を交わすと、どういう方法かはわかりかねるが、もともとイサクラルパドルの住人だったようだ。どこまで「β世界」と同じなのかは判別のしようもないが、とりあえずこうした場合のお約束として頭を撫でておく。いつかその太い耳を心置きなく撫で回したいと思っていたが……現実でそれを行うことはもはや不可能だろうと思うと、残念でならなかったし、それを残念だと思う気持ちが予想外に大きいことに驚いた。


 彼女の体色は全体が緑である。緑というかオリーブドラブである。

 本来の体色は白色に黒の飾り毛であったらしいが、ルカが冒険者として出会ったときにはすでに全身が緑色だった。かなりのベテランで、実戦では隙が無く、フィールド・スカウトという自分の職を重視して自らの意志で全身を緑色に染めたのだという。食事制限で体臭もほとんど消していた。それだけ自分の職にプライドがあるのだろう。

 時に、何日も旅を続けるとルカの体臭の方が酷くなり、そんなところまで細かく再現する「β世界」に腹が立ったこともある。姿形がどうであれ女性には変わりない。冒険者の職業とはそういうものなのだから気にする必要も無く、自意識過剰というものだろう。ゲームであるからなおさらである。しかしルカ自身がかわいい存在と認識した「女性」に何かが劣ってしまう状況に心を曇らせてしまうのは男としての条件反射だった。女性がかわいい物好きなのはある世界において常識なのだが、女性がいうところの「かわいい」の基準がどこにあるのかは時として謎である。しかし男性の中にも存外かわいいものが好きな者が多いのは公然の秘密で、ひそかにぬいぐるみを集めているような者も別段と奇異というわけではない。無論この歳となればそんなことに頓着することは無く、ルカ自身もかわいいと思うものは素直にかわいい。トール・バニーはかわいいというにはその体躯がやけにゴツイ上に、じっくり見ると顔も恐ろしげなのだが、ルルピンの行動はどこと無く「かわいい」ので、どうしても眼で追ってしまうし手を出したくなってしまう。自分の「かわいい」の基準も曖昧なものだと苦笑してしまう。


 彼女はドリアドーネからザンカンに向かう街道のどこかの村で生まれたらしい。両親はよくわからない。北から歩いてきた父と南から旅をしてきた母が出会って生まれたという。三つ子の末っ子で、ザンカンの冒険者ギルドに預けられて育った。養育費だけは多方面から折に触れて送られてきたそうだが、それが彼女の両親からの送金であったかは確かめる術もなかった。彼女は両親に会った記憶は無い。一〇を数えた頃にはスカウトの卵としてフィールドを駆け回っていたという。トール・バニーの繁殖とはそんなものらしい。フィールド・スカウトとして優秀に育つ場合が多いトール・バニーは冒険者ギルドも前提条件なしに受け入れる場合がほとんどで、そうやって各地の冒険者ギルドで育つトール・バニーは多い。両親の顔を知らないのはそれほど気にすることではないそうだ。幼年期の養育すら放棄してしまったのはどうかと思うが。姉妹もどこかで元気にしているのではと暢気に笑った彼女の笑顔に影はなかった。いろいろなパーティで旅をしながら南方に流れてきたところでルカのパーティに加わった。モンスター討伐の依頼をこなす際の一度限りの契約だったはずだが、その後も幾度となくパーティに「臨時」で加わった挙句にいつの間にか腐れ縁となっていた。ルカとしても一番長いパートナーで、どのパーティにいっても一緒についてきた。


 彼女はフィールド・スカウトとしても上級の能力を持っていたが、彼女自身の努力の結果として、迷宮探索や、シティ・アドベンチャーでも水準以上の能力を発揮するようになった。なかなかいないオールマイティ・スカウトで、罠探知や解除も信頼できる技術を持っている。器用さに劣る部分があるのは種族的弱点として仕方ない面があるので、遺跡探索向けにダンジョン・スカウトを仲間にしようという話もしていたが結局、パーティ解散までその話が実現することは無かった。


 ルルピンの武器は、ダガー、メイル・ブレイカー、イヤー・ダガー、パリーイング・ダガーと多彩で、なにがメインであるかという区別は難しい。重装備の戦士であっても懐に入ればクリティカルを決めることもしばしばだった。モンスター相手となれば決定的な打撃力に欠けるために、純粋な前衛職としては不安があるが乱戦でもお荷物になることは無く、危険があれば危険から逃れる術を持っていて、直接的な戦闘力以外の援護能力も多彩だった。対人戦闘となれば、むしろ乱戦でこそ力を発揮するタイプで、前衛に出る必要があれば、片刃のショート・ソードとしては異例の重さを誇るクックリで敵の足元を切り裂き、攻撃を受けてもバックラーで受け止めて器用にパリーイング・チャージを決める様はなかなか堂に入っていた。



 「久しぶりで、す、ルカ。元気そう、で何より」


 苦笑いを浮かべながら握手を求めてきたのは、オレネゴル。先ほどまで金狼族と剣を交えていたのは彼であろう。苦笑いのはずだがぱっと見はよくわからない。会話がつっかえるのはもはや彼の個性であった。彫りの深い顔は巌のようにいかつく、短く刈りそろえられた白い髪と、下を見れば、程よく引き締まった頑丈そうな筋肉が見え隠れする、暗い色をした身体が特徴の戦士だ。一緒になって冒険を始めたころは防御魔法のかかった無骨なツヴァイハンターを「片手で」振り回して敵をなぎ払い、或いは敵の攻撃を受けて、もう片方の腕に持ったフリッサで敵を切り裂いた。かと思えばジッテで敵の刃を受け止めて瞬時にたたき折るような器用さもあり、パーティの攻撃の主力であり防御の要でもある。パーティを解散するころにはコンポジット・ビルディッシュをメインウェポンにして、ジッテ・ダガーをサブにしていた筈だと思い起こす。メイン・ウエポンに関しては、どちらのときも街中で取り扱いに困り、冒険者の宿では入り口の脇に立てかけたものである。


 「少し老けたか?」


 濃く暗い顔に苦笑いが深くなる。その隣でかがんだ状態から顔だけを上げてルルピンが自分の頭をさすっている。

 オレネゴルの年齢を推測するのは難しい。ヒト族であることは間違いないが、髭がないにせよドワーフが何かの間違いでヒトになったかのような風体で、一八〇センチもある身長は「β世界」のヒト族では飛び抜けていた。「ドワーフのよう」なのは風体だけにとどまらず、手先の器用さもドワーフのごときで、彫刻刀で何がしかの彫り物をしているところを見たことがある。彼自身が自分の事を語ることは記憶にある限りなかったが、「β世界」ではシステム上の制約か、はたまた設定自体がないのかと思っていた。だが、現実に相対すれば、そういう人物だったのだと納得する。おそらくこの先も彼の過去が語られることは無いのだろう。



 「ルカ。また、よロしくです。また、旅ガできると思ってなかッタ」


 発音が怪しい言葉で怖い笑顔を見せるのは、金狼人のレインである。歯をむき出しにして笑う狼人の笑顔はよく誤解される。この笑顔が誤解の元で戦争が起きたという伝説もある。オレネゴルがヒトとしては背が高いのに比べて、レインは金狼人としてはいやに背が低い。

 本人曰く、遠い北西にある田舎の生まれで、標準語の発言が怪しいのはその性だということだ。幼い頃、大飢饉で国が混乱する中、道端で一人でぼんやりと立っているところを旅の商人に拾われたらしい。幼年期の栄養状態が悪かったためか、それほど成長することなく身長が伸び悩み、一六〇センチほどで頭打ちになったらしい。かがんだルルピンより小さく見える場合があるのでそれも怪しいとにらんでいる。トール・バニーは身体の構造上、かがんだところでそれほど低い姿勢にならないとはいえ、レインの背が申告より低い疑惑は晴れない。魔術士の階位を示す底の深い帽子をかかさず被っているので真実の探求は難しい。クレイマイン王立魔法学校の紋章の入った上階位の帽子は手入れがよく、いつも輝いている。ただし、ルカの助言でフィールドでは紋章ははずしている。帽子を脱ぐことを頑なに拒んだので、妥協案として必要なときは全体に暗い色の布をかぶせて、必要があると判断されれば更にネットをかけ、草で全体を隠すようにしている。この解決策を提案したときにはパーティ・メンバーたちはずいぶんと呆れていたものだった。


 長い金色の髪の毛は狼人という種族に共通する拘りから切られる事は無く、無論、鎧などを装着して髪を垂らせばあちらこちらに引っかかって危険である。アバターの姿を長髪に設定したところ、戦闘中に誤って自分で切り落としたとか、髪の毛が敵の鎧に引っかかって絡まり、敵に嬲られて大きなダメージを食らったり死亡したりしたプレイヤーが何人もいたが、そういった事故を防ぐための方策は当然考えられていた。狼人は戦争等に当たる際は、髪を首の後ろ辺りでまとめて強く縛り、束ねた髪の先端より手のひらの長さ分程度内側でもう一度縛る。先を折りたたんで、全体を布で覆い、布の上から髪を縛った箇所でもう一度縛って隠す。余った布は折り返して紐自体を隠して、紐の下に押し込んで整える。


 レインはそれで終わりだが、金狼人の髪は彼らの誇りであり、髪を覆う布には家紋や豪奢な飾り刺繍が施されることもあるそうだ。布を括る紐も飾り紐で凝った括り方をするそうである。そんなことをすれば紐が引っかかって意味がなさそうだがそういうものであるらしい。ルカ自身の思うところではそういった問題より、そうやって保護された髪の毛の形が問題であった。初めてそれを見たとき発酵食品の伝統的な制作方法に見えたのである。端的にいってその形は納豆であった。


 メイン・ウェポンは育ての親から魔法学校の卒業記念として送られたというシンハ・カスターネという片刃の、打撃力と切れ味をバランスした一品で、酷く大事にしているのが印象的だった。剣技はそれなりだったが「魔宝具」の扱いはさすがで、切り替えもすばやく的確だった。魔法力の上限は金狼人としては破格で、日々の努力を怠ったことも無いが「魔法使い」としてみれば普通だった。金狼人の魔術士自体、適正の問題から数が少なく、レイン自体も魔法学校では辛酸をなめたらしい。しかし同属に比べて酷く劣る体格を埋めるために努力を続けたという魔法は絶対的能力はともかく、技術に関しては深い信頼を寄せている。


 「んー、あいからずだな。牛乳飲んでる?」


 頭を撫でようと手を伸ばすが乱暴に払われる。奥歯を剥き出しにして怒るさまはまさに狼だが、付き合いの長いルカにも他の仲間にもそれが単なるじゃれあいであることはわかっていた。軽く笑って向き合う。ルカからは見下ろすように。彼は見上げるように。

 背が低いという特徴はあっても、欠点とまではルカには思えない。魔法力に劣るといっても技術は十分にあるし、準備に時間をかけることに厭わない彼が、旅の途中で魔宝具を切らすことはめったに無かった。魔術学校出身であったが前衛をはっても問題なく、幼年期の悲惨な境遇からか血を見ても気にする風も無かった。プレイヤー・キャラクターの魔法使いも何人か仲間にしたことがあるが、完全な後衛職を決め込んで戦闘では扱いが難しかった。「β世界」では魔法使いといえども前衛に出なければ有効な打撃を与えがたいという仕様上の問題を理解できずに、戦闘能力を十全に発揮できていなかった。そういった者たちと比べるのは失礼かもしれないが、レインは「β世界」で初めて得ることが出来た背中を預けられる魔術士だった。イサクラルパドルでもそうであるかはまだわからないが。

 彼の魔法階位は上階位でとまって久しいが、実力的には魔導師になってもおかしくないというのがパーティの一致した意見だった。実際に魔導師の階位を得るにはクレイマインに戻る必要があり、パーティ解散後に時間もあったはずだが、今もってなお階位が変わっていない事情はよくわからない。



 「久しぶり。久しぶりね!ルカ。元気してた?」


 エルフのエレノア・ノルトルディ。小さな手に似つかわしくない握力でルカの手を握る。左手でルルピンの頭を撫で回す。彼女はフィールド・レンジャーにしてフィールド・スカウト、精霊使いでもある。

 数百年前のモンスターによる大海嘯で危機に瀕した中原を救うために、禁忌の魔法で自爆したワレーキアのアールブの形見の一人ともいうべきハーフ・アールブである。

 中性的な整った顔つきに、ボブで刈りそろえた髪は活発な印象を与えるが、複数の種族の特徴が混じるエルフとして、アールブに比べて肉感的な身体が眩しい。ただし胸は薄い。肌色が僅かに入った肌は健康的で、細い眼には黒くて深い眼球がある。


 「ダレ、コイツ?」


 ルカの傍らに立つガンダールヴルに遠慮なく顎をしゃくる。やや下品な仕草も堂に入っている。


 「後で説明があるんじゃ、ないかなぁ?」


 ルカの答えに不満をありありと浮かべた彼女は呆れて、不機嫌そうに眼を細めた。ほとんど眼をつぶっているようにしか見えない。


 大きな爆発でワレーキアのアールブの森ごと、モンスターの集団を吹き飛ばして中原を救ったワレーキア・アールブたちだったが、周辺地域で戦闘を続けていたがために死に損ねた生き残りの運命は過酷なものだった。

 周辺国家群の上層部はワレーキアの行いとその結果をよく理解していたが、情報が混乱する中で爆発に巻き込まれた周辺の町や村の人間は生き残ったアールブに激発した。ワレーキアの自爆でモンスターの大部分は粉砕されたが、降り注いだ瓦礫で多くの死者も出た。モンスターも全滅したわけでなく、何ヶ月も続く掃討戦で周辺地域は乱れ、難民が大量に発生したという。守るものもおらず、冒険者にせよ兵士にせよ騎士にせよ手が足らず、混乱を治めるための手も足らず、人間同士の醜い争いも頻発した。

 そうした情勢で、帰るところを失ったアールブの群れはよい人身御供となり、不満がアールブに集中することで混乱の収拾が早く済んだという。

 しかしこの悲惨な情勢下で当初、一〇〇人前後は生き残っていたといわれるワレーキア・アールブの生き残りは一〇人ほどになってしまい、国家による捜索が始まった頃には一人も残っていなかったという。エレノアの母はそうして離散したアールブの子であり父はわからないという。母もすぐに死んでしまい、顔も覚えていない。名前も彼女の傍らに残されていたピエティー・レイピアに彫られていた銘であって、実際には彼女の名前ではないのかもしれないという。母の名前かもしれないし、レイピアの持ち主の名かもしれない。レイピアの銘に過ぎないかもしれない。


 母が死んだ後、農家のヒトに拾われた彼女であったが、尊敬もしたし、感謝もあった仮の両親が成長した彼女に仕出かした仕打ちは奴隷として売却することだった。「β世界」の設定上は……と、いうことはおそらくイサクラルパドル世界においても、奴隷制度自体は最悪の事態に置かれた最悪の状態の人々を救う最底辺のセイフティー・ネットの役割があるから、その行為自体が罰せられるわけでもない。だが経緯を考えると直ちに納得できることでもない。その後、冒険者になるまでの人生は彼女いわく「死ぬ前に、自叙伝を出版するから待っててネ!」ということなので詳しくは知らない。彼女の半生にしても彼女自身が語ったことなので、実は本当かどうかもわからない。しかし、彼女が子供を残せない体であるというのは、あるクエストの途中で偶然に知ったことである。その理由は悲劇的人生を想像させるものだった。悲惨な背景を背負ったキャラクターはゲームを盛り上げるよいスパイス、そう考えていたが実際に今目の前で息をして声を発する、血の通った姿の本人を目の前にすると、胸につかえるものがある。「β世界」のエレノアとイサクラルパドルのエレノアが同一固体であるとすると、考えてしまうこともある。ルカの過去の態度と違う雰囲気を敏感に嗅ぎ取った視線が痛い。

 ちらりと見たガンダールヴルの表情は変わっていない。知っていてこんな態度なのだろうか?


 彼女のメイン・ウエポンは非常に特殊で、リトル・ジョンという片手撃ち可能な大型のハンド・ガンサイズのクロスボウである。ハンド・ガンというだけで十分に珍しいが、弓の部分が通常とは逆方向で、グリップ側に向かって弧を描いたその構造は、しかも縦方向になっているという点でも特異だ。スキル・ガンとして魔法の弾丸も発射可能なコンポジット・ウエポンである。弦は魔法で発生し、実体のあるクォーラルを発射できる。通常はクォーラルを主弾薬として使用するが、台座部分にセットできる限りでは、実は何でもかんでも発射できてしまう融通の利く武器である。台座部分にスキル・ガンが内蔵されていて、グリップ部分はまさに拳銃。トリガー・セレクターによる切り替えで、スキルガンとクロス・ボウを撃ち分けることが出来るようになっている。スキル・ガンの銃弾を供給する弾装であるガン・カートは、弓とグリップの間の部分で中折れ式に構造が折れて、取り替えることが出来る。スキル・ガンの銃身構造を覆う形で作られている台座の長さは約二〇センチ。スキル・ガンとしても銃身が短い上に、弓が上下方向という構造上、照準を合わせるのは難しいが彼女は問題なく取り扱える。

 魔法を弾丸として発射するスキル・ガンの発達は中堅以上で、なおかつ金銭的余裕のある冒険者から「ボウ」という種類の武器をほぼ駆逐してしまったが、エレノアはリトル・ジョンを好んで使っている。クォーラルを上下に四本同時装填可能であるリトル・ジョンは、魔法の制御により単射・連発、あるいは同時発射も可能。流し込む魔力を調整することで威力の増減も自在。クォーラルの長さと重量に依存する、弾丸の飛翔安定性の限界のため、五〇〇メートル以上では急激に命中率も破壊力も低下する難点があるが、発砲時に轟音を立てるスキル・ガンと違って隠密射撃が可能なリトル・ジョンは彼女の性格にあっていた。

 サブ・ウエポンはパリーイング・ダガーだがめったに使われることがなかった。リトル・ジョンの魔法の弦は魔法力の操作によって殺傷力を発揮し、近接戦闘が可能だったからだ。パリーイング・ダガーは懐に入られた場合、敵の剣を受け流したり絡め取るのに使う武器だがリトル・ジョンの近接戦闘モード自体がパリーイング・ダガーに近く、リトル・ジョンと使い勝手が似ているからという理由で持っているに過ぎない。メイル・ブレイカーと通常のダガーも使うが使用頻度は低い。リトル・ジョンが万能すぎるのだ。バックアップ・ウエポンとしてピエティー・レイピアを肌身離さず持っているがそれが使用されるところを見たことはない。



 「……お久しぶりです。あなたとこうして再会する喜びを得たことを、神に感謝します」


 ルルピンの耳を引っ張って後ろに下がったエレノアに微笑みながら、チェイン・メイルとラージ・シールドで防御を固めた男が右手を差し出してきた。力強く握り返して笑みを浮かべる。

 ガーダウェベイン・ラッカディブ・ライジンガー、ヒト族の神官戦士、フロント・ビショップである。


 「ガー、久しぶり。家族は元気か?」


 ヒト族でありながら芸術と職人の神、ターベランを信奉するガーダウェベインが北方ドワーフ風の名を持つのは理由がある。「β世界」の設定上はあまり珍しくも無い話だが、捨て子だったのだ。養父のギムリアード・ウェゲナー・ライジンガーが彼を見つけたときには命を失う寸前まで衰弱していたらしい。

 ライジンガー一族は、彼に名を与え、ドワーフの家族に迎えた。三〇人以上いた一族の子供たちとともにドワーフとして育った彼は、職人として養父や養母と幸せに生きて、彼らよりもずっと短い人生を過ごすはずだった。

 しかし、大きくなるにつれて、周囲との違いに気づき、悩み、諍いを起こし、悲しみ、涙を流した少年に神は囁いた。神は試練を好む。彼の境遇は神の琴線に触れたのだろうか?無論、彼自身の才能があったことは間違いないのだろうが。

 奇跡を得たガーダウェベイン少年はラッカディブ・ウエルハ・アッハ司祭に預けられて研鑽を積み、ライジンガー一族あげての援助の下で神学校に進み、さらなる大きな奇跡の力を得たという。


 「兄弟みなもふくめて、元気です。師も出来得れば冒険に出たい等とわががまを言って、疲れます」


 優しい笑みがこぼれる。神官として慈愛に満ちた笑みだ。ガンダールヴルの黒い自愛・・の笑みとは大違いだ。

 パーティ・メンバーの中では最年少。二四…いや、二五になったろうか?しかし、その年齢は推定年齢である。実際の年齢は不詳で、よほどの奇跡が得られない限りは実年齢も、誕生日すらも不明のままだろう。それがわかる日が来ることがいいことであるかどうかはルカにはわからない。


 彼の冒険の目的は修行だ。エレノアとは余り打ち解けてはいないが、ガーがエレノアに対しておせっかいを焼きすぎるのが原因だ。エレノア本人が余り気にしていないエレノアの半生に、ガーは何か思うところがあるのだろう。何かと世話を焼きたがる。エレノアにはそれがうっとおしく思えるようだ。だが冒険中にそれらが原因で諍いが起きたことは記憶にある限りはない。ルカの眼の届かないところであったかもしれないが、彼らも冒険者としての節度はあるだろう。少なくとも他のパーティ・メンバーに迷惑をかけていなければ問題はない。

 彼のメイン・ウエポンはヒーリングを始めとした神霊魔法そのものである。魔宝具による補助もあるが彼の精神力の強さは戦闘中に乱れることなく神の奇跡を与える。直接的な魔法の行使を戦闘中に成功させる人間はプレイヤー・キャラも含めて一〇人と見たことはなかった。それだけに、ガーの優秀さが伺える。

 ただし冒険者としての経験不足からか魔宝具をクエスト中に切らすことが間々あった。彼自身の奇跡の力と、ポーションなどの補助により、それらが決定的な事態を招くことはなかったが、イサクラルパドルでの冒険となると予測も出来ない心配はある。

 サブ・ウエポンはターベランのホーリー・シンボルつきのメイス。しかしルカの眼にはそれはメイスに見えなかった。中国の昔の打撃武器「錘」にしか見えない。バックアップ・ウエポンのホーリー・スタッフもサブ・ウエポンの形状に引きずられて棍に見えてしまう。どちらを使った戦闘も中国武術に見えてしまう。背中に交差して背負われたメイスは、彼の両肩に球形の装飾防具があるように見せる。スタッフは腰の部分に水平に納まっている。



 ルカのメイン・ウエポンはバスター・ソードだ。魔法で強化されているとはいえ、それ自体は何の変哲もない、ただのバッソだ。柄の先端に固定された括った紐がついていて、それ自体は戦闘力には関係ない。ただし刃の部分にリカッソがあり持ち手の部分がツヴァイハンター並に長いのが特徴である。リカッソを持ったソード・バッシュやチャージ、スイーピング・ブロウ等の攻撃をルカが好むからで、リカッソがあると使い勝手がいいので、特注したものだ。しかし何の変哲もないバッソだ。リカッソ・フックでパリィも可能でなかなか使い勝手がいい。

 柄の先端に固定されている紐はいろいろな使い道があって、例えば壁や塀を登るときに、剣を地面につきたてて剣を踏み台にしたあと、上から剣を回収するのに使ったりする。「アジリ・アーキテクチャ」に蓄積された技術で「スターチュア・イニティジフィ」による肉体強化を行えば、鍛錬を怠らなければ一〇メートル程度の段差を飛び越える等、比較的簡単に出来るようになる。だが、隠密行動に当たり、本の僅かであっても発見される可能性を減らす事が出来るのであれば、そういった工夫もあってしかるべきである。ただし実際にその行動を披露した時は周囲の者たちはずいぶんと呆れた表情をしていた。大喜びして飛び跳ねていたプレイヤーはおそらくアメリカ人だったのだろう。


 サブ・ウエポンは持ち手の部分が盾で覆われたシールド・バゼラードというスモール・ソードであり、バックラー程度の大きさしかないシールドの表面にはパリィ・フックがついている。パリィ・フックという名前だがどちらかというと打撃攻撃用の突起で、シールド・バッシュ時に攻撃力を増す効果がある。フックというだけあって先端は折れ曲がっており、腕力で力任せに打ち込んで抉りながら無理やり引き抜けば追加ダメージが発生するえげつない武器である。イサクラルパドルでもそういった効果が出るかどうかはわからないが、人間相手に試したい攻撃ではないと思う。


 シールド裏側にはスティレットを四本隠し持つ。投擲可能なメイル・ブレイカーで、予備もリュックに入れてある。基本的には使い捨てであり、使うときには躊躇なく使う。バックアップ・ウエポンはショート・ソードと足にさしたダガーというかコンバット・ナイフ。胸アーマーの下に隠されたダガー。他にも何種類かの武器を今回は「仕事」の契約上の要求があって、持ってきているが、それらは普通に街中で見せていいものではない。街中で披露したとしてもそれが何であるか理解される可能性が低いものではあるが、好んで注目される理由をこれ以上は増やしたくはないので、現状は保留するべきだろう。



 全員が持っている武器としては、ケイン・フックというスタッフの一種がある。一五〇センチ程の長さで先端がフックのように曲がっていて反対側に一〇メートル程度のロープがまとめてある棒である。使い方は様々で、所謂三フィート棒のように罠を探ったり、水中を探ったり、木の実を叩き落したり、ようは棒である。ただし戦闘ではフックで馬の足を引っ掛けたり、敵の足を引っ掛けたり、敵の集団に投げ込んで足を引っ掛けたり、ロープですばやく引きずって足を引っ掛けたり、ようは敵の足を引っ掛けるものである。


 使い勝手が難しいが個人的な趣味としてウィップも持っており、様々な面で便利に使用している。魔法で強化されており、「スターチュア・イニティジフィ」による強化も上乗せすればまず切れたりはしない。溝で隔てられて手の届かない場所にある軽いものを取り寄せたり、高いところにある物を取ったりするのに使える。

 実のところ言えば「アジリ・アーキテクチャ」に蓄積された技術で「スターチュア・イニティジフィ」による肉体強化を行ってしまえば、あまり必要のない使い方ばかりだが、ルカというよりルカの中のヒトの拘りである。なんといっても遺跡探索が行える世界の冒険者なのだから、こだわりもひとしおである。

 戦闘における使用法としては、敵の武器をパリィしたり、敵の足を引っ掛けるものである。


 エレノアとルルピンが戦闘開始時に使うことが多い武器としてボーラがある。錘は重くなく、投擲方打撃武器としては威力が貧弱だが、多数の紐の先に錘がついたそれは、命中すると、命中した部位にもよるがうまく身体に絡めば、敵の行動を阻害する。使用法としては、敵の腕を絡めたり敵の足を引っ掛けるものである。


 似たような武器で鉄の輪に二本の鎖分銅をつけた打撃力も期待できる投擲武器があり、アイアン・クラッカーという。オレネゴルが何本か持っていて、使用法としては敵の足を引っ掛けるものである。


 パージ・ネットは投網のことで全員が一つは持っている。敵の動きを阻害するもので、戦闘時以外でも様々な利用法がある。主たる使用目的は敵の足を引っ掛けることである。


 コンバインド・ヨーヨーは紐が小さくまとめられるコンパクトな武器であり、どこにでも隠せる。打撃能力もそこそこある。投擲武器は「スターチュア・イニティジフィ」による強化効果を失う欠点があるが、ヨーヨーは紐の長さ分の射程がある「スターチュア・イニティジフィ」による強化能力を持った投擲武器という反則的能力を持つ。一部のプレイヤーは受け狙いか本気かコンバインド・ヨーヨーをメイン・ウエポンにしていた。人間種相手ならともかくモンスター相手ではよほど「薄い」敵か、使用者のレベルが高くなければ有効ではないだろう。ルカの使用法は混戦時に敵の足を引っ掛けるものである。



 「β世界」における戦闘はそういった卑怯な戦闘方法が多用される傾向がある。正々堂々とした戦闘は好まれず、なるべく先制攻撃で相手の戦闘能力を封じ、出来れば戦闘不能にしてしまうことが求められる。パーティにスカウトがいることは必須で、複数いることが望まれるのはそうした理由からで、生まれながらのスカウトであるトール・バニーが引っ張りだこなのも、この世界の特異性を示しているといえる。

 戦争においては、冒険者は嫌われるが、それは対人戦闘でもそういった戦闘スタイルを容赦なく使用するからで、高度な戦闘能力を持った隠密性の高い集団ゲリラである冒険者は厄介な敵である。



 一通り再会の挨拶が終わった。パーティ解散から一年。微妙な年月の移り変わりはむずかゆい空気を漂わせた。その空気を気にしない人間が独りいて、それはエルフだった。

 首をかしげながら指を刺して、不機嫌そうに尋ねる。


 「で、だれ?」


 ガンダールヴルは小さく眼を見開いて、ルカに視線を移す。視線のあった彼はパーティに向き直って口を開いた。が、その声はガンダールヴルに向いていた。


 「自己紹介をどうぞ」


 すまし顔のアールヴは小さく肩をひそめた。その仕草を見てエレノアは憮然と呟く。


 「コイツ……苦手なタイプだわ……」


 その呟きには気がつかなかったのか、ガンダールヴルは小さく頭を下げた。


 「ザンカン・グーランシアのリョース・アールブ。ガンダールヴル・アールヴゲイルスソンと申します。今回、皆さんに依頼をしたいことがありまして、足を運びました。詳細は後ほど。ルカには同意を得ています。ひとまずよろしくお願いできればと思います」


 つられるようにみんな頭を下げた、話しの内容を聞いて、全員の視線がルカのほうを向く。エレノアに関しては不機嫌さを隠そうともしない。何がそんなに嫌なのか。両手でまあまあと押さえる仕草をすると、開きかけた口を閉じてくれた。



 ガンダールヴルの腰に水平方向に差し込まれた武器は昔からホーリー・スタッフであった。どこの神を奉じたものかは誰も知らない。ステータス上「ホーリー・スタッフ」と書かれているからホーリー・スタッフなのだろう。きっと創造神を奉じているのだろうとプレイヤーの内では囁かれていた。彼のスタッフはインヴィジブル・ウエポンで、強力な魔宝具である。魔法をこめれば敵を切り裂くし、先端から光の槍も出せる。長さは自在で違法PKに介入してPKKをやらかしたときは三〇メートル近い光の槍でプレイヤーをまとめて串刺しにしていた。ほとんど如意棒である。バトル・ファン形態で盾代わりにしたり、アックス形態で敵をなぎ払ったり、壁を破ったりもしているようだから相当にえげつない武器である。

 きっとこの周囲百キロ圏内で最強なんだろうなと、どうでもいい想像をしていると、仲間たちの後ろから数人が近づいてきた。



 エレノアがそちらに視線を移す。それからルカに視線を戻した。なにか納得しているらしい。ルカは首をかしげた。

 身長一九〇センチくらいか。全身からにじみ出る雰囲気は、ベテランの冒険者か、戦士か。皺が刻まれた顔はしかし頼もしい空気をまとう。金狼人としてもかなりの実力を持っているのは確実な人間であった。


 「始めまして、エルエ・ルーチン・カザーです。ルカ殿。今日は無理なお願いを聞いていただきありがとうございました。私の息子をよろしくお願いします」


 想像したとおり、重みがあるが他人を不愉快にさせない声であった。ただし話しの内容に関しては不愉快になる。瞬間、眉をひそめてしまった。エルエはそれを見逃すはずもなかった。エルエは訝しげな表情を作って、視線をガンダールヴルに移す。ルカの視線はエレノアに向かう。エレノアの視線は「聞いてないの?」とでも言いたげだ。他の仲間たちも訝しげな表情をうかべ、ルルピンは首をひねっている。

 ルカもガンダールヴルに視線をやると、すがすがしいまでに胡散臭い笑顔で彼に頷いた。どうやらそういうことであるらしい。

 笑顔を浮かべてエルエに手を差し出す。エルエも表情を変えて、笑顔でその腕を握った。


 「はい。わかっております」


 手を離すと、エルエが振り返る。副官か側付かは判断できないが執事のような金狼人が身体をずらして、後ろの金狼人に頭を下げた。上から下まで新品の旅装束を調えた、若干の緊張を顔に表した若い金狼人が姿を現す。オレネゴルと直前まで剣を交えていた金狼人だったかなと、思い出す。正直言って狼人の顔は見分けがつかない。付き合いが長いレインや、エルエのように独特の雰囲気を持った者ならともかくとして。


 「エリック・ストファール・カザーです。ルカ様。このたびは若輩の私をパーティ・メンバーに加えていただきありがとうございました。これから、よろしくお願いします」


 ルカは、差し出された手を握り返しながら、面倒ごとが次々に降りかかる状況を嘆いた。 

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