冒険者の足跡
厨二病的文章がてんこ盛りです。鬱屈と溜め込んできた空想をすべて垂れ流すつもりで書きなぐります。ひそかに暖めてきて腐り果てた構想を捨て去るには勇気がなく、表に出して自身に決着をつけるつもりです。
突き抜けるほどに光り輝く群青の空に、ただ感嘆の感情を乗せた、意味のない呟きが漏れた。
「ああ……、んん。そう、だな。こういう風景を『美しい』というのだろうな……」
そうして呟いて刹那、僅かに朱に染めた頬を軽く撫でる。
馬上よりそれを眺めていたアールブの美丈夫は、それが彼なりの恥じらいなのだと思った。
緑萌える丘を登り、先に広がる台地。
白刃に輝くと言ってもなお大げさとは思えない奇妙な形の岩が、そこここに起立する斜面の先には、ささやかな音色を奏でる水の流れがあり、穏やかな風が吹き抜けていく。
「大自然」の一言で切って捨てるには惜しい緑色の絨毯を無粋に切り裂く道は、しかし、人の営みという確かな痕跡。それは小川を越えて、潅木の中へ。そして林へ、森へ。
鼻をくすぐる不思議な香り。三〇数年の長くはない人生で、滅多に感じることのなかった本当の「自然」。
ふと、風に誘われるままに空を見上げれば、ヒトが手を広げたところで敵わないほどの大きな翼を広げたトリが、ヒトの背丈よりも長い首を揺らせて大地に影を落とす。
丘に当たる風を捕まえて高い空を目指そうとしているのか。気がつけばそこに、ここに。広げた翼をゆったりと震わせて円を描く。
さらに上を向けば白に、灰に。輝く雲は断雲で、青の上に白の空。そして何もかもを染めて一度の色を埋め尽くす群青。
ただの「風景」がこれほどまでに人の心を震わせるとは、創造の埒外であった。
彼は、そのくすんで掠れ、霞み、縮れて、萎れた「心」に人生において始めての感動を得たのかもしれなかった。
ルカ……「佐藤・エルステン・瑠珈」という名を持った人間にとって「映像ではない」澄み渡った空というのは絵空事でしかなかった。
自らの生を受けた土地である日本という国家は、「彼」自らが生を受けた時には、くすんだ灰の空に押し包まれた世界であった。おおよそ「国家」という言葉が指し示す、本来の意味での「国家」の残骸程度の存在であった。
人の営みが紡がれる先に残る搾りかすが、どうしようもなく自然を汚していく中で、ルカが「教科書の中で」知った人間の「英知」とやらは、その搾りかすをそれなりにどうにかあしらっていたという。
それも「教科書の中」だけの話でしかない。ルカにとってはただの絵空事であった。
今世紀初頭から連綿と続くさまざまな出来事の中で、日本が……いや、世界が混乱し、混沌の坩堝と化していく中。ある国はそこそこの妥協点を見つけ、ある国は一切の妥協も許容もなく。
それはそれでひとつの見識であったのであろうとは思われる。それで体制の維持ができたのだから。その下に包まれた人々の悲哀はいかほどか……ルカという人間にとっては他人事でしかない。
ルカに影響を与える範囲でわかっているのは「日本」が他の同業他者と異なり、困難をいなすことができなかった。その一点に尽きる。
国家による統制は歪み、法による統治は隙間風しきり。ごみを捨てるのに金も捨てなくてはならない「公害対策基本法」等、誰が守る道理があろうか?
西暦二〇五〇年を過ぎたルカの生まれ故郷は「生まれた場所である」という意味意外、何の意味もなさない土地となっていた。
ただ「生きる」。彼の世界はだた「生ある内は、生を」。先はなし。後はなし。
「さて、よろしいですか?」
灰色の放浪者、バガニード・グリースにしてリョース・アールブ、魔法使いにして精霊の理解者たる至高の支配者。賢者にあって無辜にして無謬の旅人というガンダールヴル・アールヴゲイルスソンが馬上より声をかけた。そこには人好きする、柔らかな、しかしどこかに陰のある薄い笑みがあった。心ここにあらずという体であったルカは、我に返る。
「ああっと……。声にでていたか……」
心の中でそら恥ずかしい事を思っていたことに自覚のあるルカは、無意識のうちに、その恥ずかしいことのなにくれが声として外に漏れていたことを知って、気恥ずかしく視線を彷徨わせた。意味もなく右手で頭を撫でる。
「唯の」人間であるルカは、やや頭をたれて、地面を見つめる。その先にあるヒトに踏み躙られたキズアトであろう「道」にすら輝きを見つけ、戸惑う風である。
ヒトの顔というには整いすぎた顔形に皮肉気な表情を浮かべ、刹那、優しげな視線を漏らすガンダールヴル。人間がヒトと同義の世界にも造詣の深い彼はルカというヒトが得た「世界」に対する感動がおぼろげながら理解できた。
小さく、そして優しく嘆息する。僅かに馬のたずなを操り、ルカの近くへ寄せる。
「今日からあなたの世界ですよ」
はっと頭を上げるルカの目は最初はどこか胡乱で……。そして理解が浸漬することで晴れやか……というには疑問のある表情が広がり、そうしてなんともいえない複雑で不可思議な表情が現れた。
「いいのか……な」
疑問。
疑問というには深すぎる感情の澱み。
それは独占に対する恐れ。
人々は知らず、我のみ知る世界に対する怖れ。
未知なる世界に対する畏れ。
目を細めたガンダールヴルは細めた眼で、小さなヒトの視線を絡めた。
「あなたが選んだ道だ」
優雅と評するしかない仕草で先を見据えた彼は呟く。
「誰にも邪魔されることはありませんよ」
「世界」の人が言うところのβ世界。β世界のヒトが言うところの「大地」。イサクラルパドルという世界。
「世界」より出でた「人間」が一歩を踏みしめた大地は、そうして異邦のヒトを受け入れた。
無感情に。無慈悲に。