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bar胡蝶  作者: 249
2/2

2、神風

bar胡蝶で働く事になった陽は、バーの上にある胡蝶の家で目をさます。


「朝か」


陽は部屋を出てリビングに向かうと、そこには朝食を用意している胡蝶が居た。


「おはよう」


「あ、あぁ。おはよう」


「朝食が出来てるから食べようか」


「あぁ」


そう言い、席に付いて陽は朝食を見た。トースト、サラダ、オムレツに紅茶。どれを取っても素晴らしい出来だった。


「いただきます」


陽は朝食を食べると、それは今まで食べた中でかなり美味しい分類に入った。


「なぁ、胡蝶」


「なんだい」


「これ、全部胡蝶が、作ったのか?」


「陽と俺以外に誰かいるか?」


「そうだな」


陽は納得して朝食を食べた。


朝食を食べ終わると、胡蝶は店の掃除を頼んだ。陽は店に降りて掃除をしに行った。


「掃除か、懐かしいな」


そう言って、モップで床をふいた。ふいてる最中、陽は昨日の事を思い出す。


その時に思い出すのは、胡蝶の態度とあのサラリーマンだった。


「胡蝶のあの度胸もそうだけど、あのサラリーマンは一体なんなんだ?」


そう言ってふいてると、店に胡蝶が来た。


「もう昼前だから休憩しようか」


「あぁ」


「後、店で出すチョコだが、食べてくれ」


そう言って、出されたのは、ナッツを細長く刻み、それを固めたチョコレートだった。


「いただきます」


「どうだろう」


「………。旨い」


「そうか」


そう言って、片付ける胡蝶に陽は聞いた。


「なぁ、胡蝶」


「なんだい」


「あの、サラリーマン」


陽が、言おうとした時、店のドアが開いた。来店したのは、細身の男だ。


「すみません、まだ開店していませんので、開店後来店してください」


「そうですか、ならまたの時間に」


「ん、あんたは確か」


陽はふと、その男を何処かで見たような気がした。そして、何処で見たか思い出した。


「あんた、鳥羽翼だろ。フルート奏者の」


「フルート奏者?」


「はい、そうです」


「やっぱりか、この前テレビで見たよ」


陽が、そう言うと胡蝶は前にテレビの特番で翼が取り上げられていた事を思い出す。


「はい、覚えてもらっていて光栄です。」


「光栄って、あんた。フランスかどっかの大会で金賞取ったって言ってたぜ」


「ハハハ、まぐれですよ」


「だけど、そんなあんたがなんでここに?」


「それは…………」


それを言われ翼の言葉が弱くなった。胡蝶はそれを聞き何かがわかったかのように、カウンターに立つ。


「本来なら営業時間じゃありませんが、一杯どうですか?」


「えっ、良いんですか?」


「はい。どうぞ」


胡蝶は翼を席に座らせ、準備する。


「なんだよ。胡蝶、相手が有名人だとわかったらコロッと態度変えやがって」


「陽、無駄口叩かないで仕事しろ」


「ヘイヘイ。って、何すんだよ」


「机の下から添え物の用意」


「わかったよ」


陽はそう言い添え物の用意をしながら翼に聞いた。


「なぁ、さっき言い損ねたけどどうしたんだ」


「え、えぇ。僕、今スランプなんですよ」


「スランプ?」


「はい。少し前から何を吹いても上手くいかないんです。けど、数日後に大切な演奏会があって。今のままだと駄目なんです!」


「そうか。大変だなフルート奏者も」


「すみません、いきなり怒鳴って」


「いや、良いさ。それだけ本気なんだろ」


「………はい。で、気分転換にここに」


「そう言うことか」


「ははは、そよ風の妖精が聞いて呆れる」


「そよ風の妖精?」


「僕の通り名みたいなものです」


「なんかすげぇな」


「そんな、今の僕は……」


二人がそんな話をしていたとき。奥から胡蝶が戻ってきた。


「お客様。何か、ご注文は」


「あ、はい。ならお任せで」


「畏まりました」


胡蝶はそう言って、棚から材料を取りシェイカーに入れてシェイクする。それを見ながら翼は胡蝶に聞いた。


「あのバーテンダーさん」


「どうしました」


「バーテンダーさんは、スランプになったりしましたか?」


「スランプですか?」


「あっ、気にしないでください!ただ、聞いてみただけです」


慌てる翼に、胡蝶は昔を思い出すように言った。


「ありますよ」


「えっ?」


「私にもスランプになることはあります。いや、人なら誰でもあります」


「…………」


「けど、それを困難でも頑張って乗り越えたら人は進歩がします。そう私は思っています」


そう言い終わり、グラスにシェイカーのなかみを注ぎ氷を入れて、翼に差し出した。


「お待たせしました。神風です」


「神風……」


「はい。ウォッカをベースにホワイトキュラソー、ライムジュースで作りました。辛口のウォッカにホワイトキュラソーとライムジュースを合わせたさっぱりした味わいで、奇跡の風、神風のようだと言われます」


「奇跡の風………」


翼は胡蝶の話をきいて、ゆっくり飲むと急に外の風が強くなる。


「ん、風が強くなって来たな」


「風………?」


「胡蝶、少し上に行ってくれないか。もし雨なら洗濯物入れといてくれ」


「あいよ」


陽はドアを開けると、ドアは勢いよく開き風が入り込む。


「うわっ!?」


陽は驚くが、胡蝶は落ち着いていた。そして、翼はただその風の音を聞いていた。


「………」


店に入る風の音は普通の人にはただの風だが、翼にはそれが風の演奏に聞こえた。そして、その演奏は暫くすると幕引きのように止んだ


「たく、なんだってんだ」


「これだ……」


「ん、どうした?」


「この風の音を演奏出来れば……。急いで帰らないと、けど名前どうしよう………。神風………、そうだ神風。それにしよう」


翼は何か閃いたように呟いた。


「答えが出たようですね」


「はい!ありがとうございます」


「いえ、私はただお酒を出したまでです」


「それでも、バーテンダーさんのカクテルのおかげです」


翼は胡蝶に感謝し、代金をおいて店を出た。


「なぁ、あいつ上手く行くかな」


「それは、彼次第だよ」


そう言って、胡蝶は後片付けをし始めた。陽もモップを取り掃除をし始めた。


後日、翼から演奏会のチケットが送られてきた。当日、胡蝶達は特別に翼の控え室に入れてもらった。


「あ、胡蝶さんに陽さん」


「久しぶりだな。もう大丈夫なのか」


「はい、何とか曲も完成しました」


「そうか。後、これは俺から。ラベンダーのクッキーだ」


「ありがとうございます。胡蝶さん」


翼はそれを受け取り、少し胡蝶達と雑談をしていると控え室に係員が入ってきた。


「鳥羽さん出番です」


「はい、分かりました」


「いよいよか」


「はい、では」


「翼さん」


突然、行こうとする翼を胡蝶は呼び止めた。


「自信を持ってください。あなたは答えを得たんだから」


「…………はい!!」


翼は胡蝶の言葉に勇気を貰い、向かった。


「じゃあ、俺達も行こうか」


「あぁ」


胡蝶達も会場に向かった。会場には翼のフルートを聞きに来た観客が所狭しにいた。胡蝶達の席は特別席だった。


「俺、こんな席初めてだ」


「始まるぞ」


「あ、あぁ」


会場は暗くなり、ステージにライトが照らされた。そこには翼がいて、観客に一礼し演奏が始まった。


その演奏は、春に吹きすさむそよ風のように優しく暖かい曲だった。神が人々に向ける愛称表現『神風』。

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