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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
9/39

Ⅰ・幾島ミズキによる勉強会 →Ⅴ

「やあ諸君、今日も集まってくれてありがとう」


 今日も会長は、やけに快活だった。


「さて、人間らしくあるとはどういうことか、考えてきたかな」


 人間らしくあること……それはきっと……。


 会長が僕らを見渡す。僕はなにも答えない。これについて、まだ明確な意見を持ち合わせていない。正確にいえば、どの立場をとるか決めかねている。


「前にも言いましたが、それは、よりシステマティックであろうとすることです」


 奥屋さんは自信満々にそう言う。


「ふむ。そうだとしよう。では何故、人間はシステマティックであろうとするのかな?」

「え……そ、それは」


 言葉に詰まる。彼女は閣下の考えに染められすぎているきらいがある。言葉で覚えていても、それがどんな意味なのかは理解できていないのだ。

 読みだけ覚えて、意味を知らない言葉というのは、実は結構な数に上るだろう。それと似たようなものだ。


「楽するためだろ」


 詰まる奥屋さんに、根頃くんが助け舟を出した。


「ほぉ」


 会長は目を細めた。僕も少し驚く。今まで、彼が自主的に意見を出したことはなかったから。


「ようやく参加してくれる気になったのかな」


 根頃くんはそっぽを向いて言う。


「うるせぇよ。こんなの付き合いたくもねえ。どうせ付き合わされるなら、なにもしないで聞いてるよりはいいってだけだ」

「むふ……ありがと。どうあれ、参加は歓迎。嬉しいよ」


 会長はにこりと笑ってみせる。それがどういう効果を相手にもたらすのかを熟知した表情だ。


「勘違いするなよ、ただ俺は義理を果たすだけだ。単純に借りを返すだけだからな。それ以上でも以下でもねえ」


 借り?

 彼のような男が、何故こんな会に参加しているのだろうと思っていたが、どうやら何かしらの借りがあるらしい。

 会長にか、それとも奥屋さんにか、それはわからないが、少なくとも会長もそれを知っているようだ。


「なんだっていいさ。それで、楽をするためってのは、どういうわけだい」


 仕切り直しというように、会長は水を向ける。根頃くんは足を組み、左手を背もたれに回し、右手のひらを上に向けた。


「ふん……人間がどうして発展したかって、そりゃあ楽に生きるためだろ。安定した食糧のために畑を作る、早く移動したいから乗り物を作る、身を守るのや生活するのに都合がいいから国を作る。全て、人間が楽に生きるために発展したもんだ」

「ふむ」

「楽ってのがしっくり来なけりゃ、効率化と言ってもいいけどよ」


 根頃くんは、投げやりな様子を装って言った。


「でもさ」


 江間那さんが割って入る。


「畑なら蟻でも作るし、群だってそう。道具ならカラスや猿だって使うよ。それに、効率を求めるのは、むしろ動物のほうがそうなんじゃないかな?」

「それは……」

「動物と人間は違うんだから、効率を求めるのと、人間らしくあることとは違う。あたしは、そう思う」

「人間と他の動物の違いは、本能に根差さない活動にこそある」


 奥屋さんが呟いた。


「閣下は、そうおっしゃいました」

「芸術、学問、空想ってか? でもよ、人間がそれに耽るのも、発展した文明があるからできるんだろ。前提が用意できねえよ、それじゃあ」


 リコが僕を見た。根頃くんが今言ったのは、以前僕が、リコに言ったことと似ていた。


「だから、人間と動物は違うんだよ」


 見た目よりも、江間那さんは頑なだった。


「効率を求めるのは、動物のやること。進歩を否定はしないけど、そういう目線から切り離された場所にこそ、人間の本質があるんじゃないかな」


 彼女は動物が嫌いなのだろうか。それとも、単に人間至上主義なのだろうか。


「ならよ、あんたはどんなことが人間の証だっていうわけ?」


 根頃くんは興が乗ったのか、姿勢を正し、組んでいた脚を降ろした。なんだかんだ言って議論が好きなのかもしれない。


「生きる上で必要のないことができること」


 江間那さんは言った。


「閣下の愛理論と似ているけど。生き物として必要ではないことをするのが、人間だけができることだと思う」


 そして、それは、効率化された生活だからこそ持てる余裕なのだ。


「それって、システムを根底から否定してるよね。効率化することが人間的であるという」


 僕が言うと、江間那さんは笑顔でこう返した。


「はい。だから、あたしはシステム反対派なんです」


 はっきりと、公衆の面前でそれを言う意思が羨ましかった。

 まぁ、会長も反対派な訳だけど。


「僕の意見は、ちょっと違いますね」


 それを受けて、及月くんが口を開いた。


「じゃあ、どんな?」

「そもそも人間と動物を分けて考える必要もないと思うのですけど……あえて言うなら、人間だけにできること、それは、理想の追求ができるということです」

「へぇ」


 会長の口から、感嘆の声が洩れた。


「この国には特に、そういう文化がありますよね。こうあるべきだという理念に基づく行動をする。所謂、道の精神です。素晴らしい文化ですよね。海外にも似たような考え方はありますが、この国ほど徹底し、しかも数多く、かつ宗教に頼っていないのは珍しいです。それと、想像の世界を現実にすることも、この国はずば抜けて得意ですよね。これまでなら映画か漫画の世界にしかなかった物を、次々に実用化しています」


 それは結構、言われていることだけど、外国人にしか見えない彼が言うと、また違った響きを持つ。どちらにしろ、道と想像の実現は、また違う気がするけれど。


「こうあるべきだという姿を追求すること、想像を現実にすること。それらは、どちらも理想の追求です。そういう意味では、技術の発展もまた、人間の証ではないでしょうか」


 根頃くんと江間那さんの意見をうまくまとめているように見せて、実はそうでもない。この国の技術発展は、効率化とはまた違うものだ。

 この国の技術は、むしろ無駄にこそ向けられている。

 それは結局のところ、余興でしかない。実際に何かの役に立つのかといわれれば、それらは遊びでしかないのだ。無論、それらが物凄い技術の結晶ということに変わりは無いというのに。

 閣下が管理するようになった今でも、軍事利用できている部分なんか、ほんの一部でしかない。


「夢、理想を追うことが人間の証というのは、面白い意見だ」


 会長が言った。


「ただ、効率化とこの国における技術発展は、また違うけどね」

「はは、すみません」


 及月くんが苦笑する。仲裁は失敗だが、それでも結果的に空気は変わった。


「まあ、纏めようとしてくれたのはありがとう」


 会長は頬杖をついていた。


「この国の技術発展というのは、理想にこそ向けられる」


 会長は言った。僕の考えていたことと似ていて、一瞬ぞわりとした。

 まさか、心が読めるわけでもないだろうけど。


「無駄なことをするのが、この国の文化だ」

「はい。なにせ、筋金入りの引きこもり国家ですからね。引き篭もり自体は生産性が無いというのに、内に篭る程に物凄い能力を発揮するという、とんでもない国ですから」


 他国の存在を排除することが引きこもりなら、確かに引きこもり国家だ。


「この国は本来、内輪で進化し続ける文化を持っているんです」


 確かに、仲間内だけで小さなコミュニティを作り、そこで切磋琢磨するのは、この国特有の文化だ。


「何かを作るにしても、それを広く他者に披露するためというよりは、仲間内で賞賛を浴びるためという面が強い。だから、作るものはとかく趣味的になるし、民間レベルでの技術進歩が凄まじいのです」


 この国の人々には、目的がない。目標だけがある。それに一時とはいえ目的を与えたのが閣下だった。


「ロボットとか乗り物とか、他国が軍事利用するために作るものを、ほとんど趣味で作りますから。閣下が軍事に転用した今でも、なにかおかしなことになっていますよね」


 人間の脳をコピーすることで自律会話のできるロボットだとか、人間そっくりのロボットを作って、一体なんの役に立つというのか。実際に稼動したところで、人間と区別がつかないことがむしろ問題になって個人利用を禁じられたし、空を飛ぶ車を作っても、道交法がついてこなくて使用禁止になったじゃないか。外国からは、高性能ダッチワイフだのSFアミューズメントだのと、結構な発注があったそうだが。

 しかも、それらは好事家の間で今もなお、どんどんと進化していっているらしい。

 言われてみれば、確かにおかしなことになっている。


「そんな国だから、今の立ち位置は理想的なんですよ。他国から無闇に干渉されず、内輪で進化し続けている」


 今、この国に喧嘩を売る国はない。軍事的に手が出せないのはもちろん、この国にはろくな資源がないのだ。攻める価値がほとんどない。

 戦争はビジネスだ。ハイリスクでローリターンな物に手を出す馬鹿はいない。

 昔でこそ、弱腰すぎた外交のせいで他国に舐められ、毟られていたが、閣下が登場してからは、それこそ全てが変わった。表立って何か理不尽を要求する国は無くなったし、ごく少数の、大使館等を除く領土全てが自国の物になった。軍備は整えられたし、軍事利用を目的とした機関も設置された。当初は国際的な批判も大きかったが、非常時に助けようとしなかった者が後から口を出したところで、閣下は全てをつっぱねた。それができる立場にいたし、閣下にはそれができる実力があった。よもや出兵、という不安もあったが、閣下は専守防衛を掲げ、攻めて来ない限りは攻めていかないと、国際的な場で宣言した。これにより、概ねの国家は表立った批判をしなくなった。閣下を信用しない者は大勢いたかもしれないが、この国を信用しない者はそういなかった。弱腰すぎた時代に培われた信用だった。

 攻略するのは難しく、攻略できたとして、得るものがない。こんな最強の盾があるだろうか。

 栗の実が不味く、栄養もないとしたら、誰がそれを拾うだろう。しかもその栗は、毒のとげで反撃してくるというのだから。


「考えてみると、この国の現状は理想的なのかもしれないね」


 閣下も同じことを考えていたのだろうか。


「そっちのペアは、今日は随分と大人しいね?」


 ふと、僕らに話を向ける。


「いえ、えっと、面白い話なので、考えごとをしていました」


 リコが答えた。


「へぇ、何について?」

「理想って、なんなのかなって」


 少しだけ、驚いた。

 リコの口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。

 リコのことだから、そんな哲学的な問いかけではないだろうけど。


「続けて」


 会長が促す。リコは間を開けながら、ゆっくりと話しはじめた。


「はい……えっと、閣下は、以前の国を理想と考えていなくて、前のやり方よりも優れたものとして、システムを導入したんですよね。つまり、閣下の考える理想に近付こうとした? ってこと、ですよね」

「と思うよ」

「でも、閣下のその理想は、他の誰かにとって理想的じゃない。だから、こんなふうに賛否両論あるんです、よね」

「まあ、そうだろうね」

「だとしたら」


 リコは言葉を切り、手を握った。


「みんなの理想通りの国って、どんなところなんだろうな、って思って」

「ふむ……」


 リコのくせに。

 なかなか考えていたようだ。

 リコのくせに。

 たまに、すごく鋭くて。普段のリコらしくないその冴えは、リコらしさの現れだった。


「いや、面白い。面白いよ。理想の国とはどんなところか、ね」


 会長が、珍しく本当に楽しそうだった。


「ではまず、君はどんな国家が理想だと思うんだい?」

「え、ええっと……」


 リコは言葉に詰まった。


「理想って、人それぞれ違うものですよね……? だから、誰にとっても理想の国家なんてものはないんじゃないかって、そう思うんですけ、ど……」

「君が思う理想、でいい」

「それなら……うーん……なんていうか、今のシステムは、理想だと思えなくて、やっぱり感情論になっちゃうんだけど、そんなのは嫌だって、そう思うんです。どうせなら、好きな人と結ばれて、好きな人と子供を産んで、好きな人と一緒に育てて、それがやっぱりいいんじゃないかなって、そう思い、ます」


 それはそう、理想的ではあるのかもしれない。


「ふむ……しかし、それで立ち行かなくなったからこそ、今のシステムに切り替わったのだよ。そんな自由恋愛を許していたから、国力は段々と衰退していった。だからこそ、代替するシステムを取り入れた。まぁ、力ずくではあったがね」

「それがわからないから考えてたんです」

「いいね、それは楽しそうだ。是非とも語り合いたいところだが……残念ながらもういい時間だな。これについてはまた次回としようか。次回の議題は理想の国家とは、にしよう」


 僕とリコは帰宅部だからいいけど、この勉強会は(いるのかは知らないが)部活動をやっている人への配慮か、部活動の終了時刻を見計らって始まるので、気付けばもう、寮の門限がそろそろ近かった。


「ではまた、次の会で」













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