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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
3/39

Ⅰ・幾島ミズキによる勉強会→                     IKUZIMAMIZUKI & URABEMEBARU

 なんとなく、なんとか、なんてことか。僕はいつしか、どことなく、理由もはっきりしないまま、ただ漫然と日常を生きていた。

 それは今までの人生全てが同じ調子で、変わらない自分なのだけれど、昔の自分から見れば、きっとどこかが違う、決定的、または壊滅的に。

 誰かに頭の中を覗かれるのを嫌う僕は、誰にも触れられないままに、誰にも触れられないままに生きてきた。思考を垂れ流す者と物はそこら中にあったけれど、僕は誰にも伝えなかった。僕の考えを聞いた人達は、いったいどんな感想を抱くのだろう。僕が誰かの思考に触れた時のことを考えれば、それはそれは恐ろしいことだった。

 ずっとインプットだけは盛んに行ってきたが、アウトプットをすることは、考えただけで恐ろしかった。する時にだって、いつかインプットしたものを組み合わせ、咀嚼し、垂れ流すだけで、決して自分を晒さなかった。

 怖がりの僕は、物語と思索に傾倒した。知られるのが怖いのなら、知ればいい。そう思って、僕は様々な思想を身に纏った。本物の僕が見えなくなるくらいに、内に内に篭っていった。


 僕が十五歳になったのは、そんな時期のことだ。

 初めてリコに会ったのも、その時だった。

 それからの僕は少しだけ、自分を出すことに成功している。




 僕が「システム」によって配属を決められてから、すでに二年が経過していた。

 十五歳の時に受けたテストは、まさに一生を左右するものだった。ランク分けされたクラス表を見て、一喜一憂したものだ。ランクは総合でA3。これはまぁ、優秀なほうだと言っていい。あくまで比較的、だけれど。


 僕は今、漆門高等学校の二年次に在籍している。生徒総数千六百五十人、県内でも屈指の生徒数を擁するマンモス校。一クラス当たりの人数は平均して三十人前後。著名なOBには、ずらりと議会員や大臣が並ぶ。ニュースで見るような大物も数知れず。閣下の手ずから設立した学校ということで、生え抜き連中が送られてくるからだそうだ。今だ権力というものが存在し、自分の子孫を良い方向に導こうとする動きが廃れないのは、閣下の思惑から外れているのか、思惑通りなのか。自分の子孫を良い立場に置きたければ、自分が結果を残すしかない。

 この学校に在籍する学生の割合としては、意図的に集まったのが六割、選ばれたのが二割、無作為に選ばれたのが二割くらい。僕は恐らくその最後に該当する。前の二つに該当するやつらは、概ね自尊心が高いし、最後の連中を恣意的に空気のように扱う傾向があるからだ。

 最寄り駅から徒歩で十分程の一等地にあり、土地面積申し分なく、設備は最新、周辺には適度に遊び場があり、治安もいいとくれば、文句のつけどころがないだろう。治安その他も概ね良好と言える。


 こんな恵まれた環境で過ごせる僕は、きっと運がいいのだろう。

 とはいえ僕はただ割り当てられただけで、エリートなんかではない。これは運が良いと言えるのかもしれないが、逆に言えば、こんなところで運を使い果たしたような気になって、差し引きではマイナスの気分にさせられた。それに気付いた時、さらにマイナスな気持ちになったので、トータルでは結構なマイナスになるだろう。あくまで気分の問題。実際、学校なんてどこだって構わないんだ。


 校則はいくらか緩い。主に毛並みの良いお坊ちゃまが集まるのだから、当然とも言える。やつらは大概が我が儘だ。

 決まり事と言えば、飲酒喫煙麻薬や賭博、無断外出を禁ずる程度のもので、校内では上履き、授業中はワイシャツかブラウス着用のような、当然のものばかり。せいぜい、学校の敷地から無断で離れない、くらいのものだ。デバイスの利用も禁じられていない。あとは当然、社会的に見て当たり前のこと、例えば犯罪というようなことは、当然のことだが許されない。それからこれは規則というより原則だが、日常では、可能な限りペアで行動することを義務付けられる。

 ただし、学業面に関しては、かなり厳しいといえる。勉強についてこられなければ、容赦なく転学処分になる一面もあった。

 ここは、毎日変わらない。満たされているようで中身の無い、スカスカな日々。不満が無い代わりに、満足もない。僕らのひび割れを埋める何か。それが足りない。

 でも僕は、そんな毎日に不満を抱くことはなかった。




「それは違う」と僕は言った。「もしそうなら、出自を隠す意味はないよ。単純に、家族に累が及ぶのを危惧していたと考えるのが普通じゃないのかな」


 黄木郁夫がそれに反論する。


「家族を危惧してったってな、閣下に人質が通用しないのは周知のことだろ」

「だから、通用するしないの問題じゃないんだよ。問題は、閣下の家族が攫われたり、殺されたりすることだ。閣下の親族というだけで、効果の有る無しに関係なく、人質にされる危険もある。それ自体を防ぐために出自を隠しているんだよ」

「はあん……」


 イクオは合点がいったように頷いた。


「まあ、正体不明のミステリアスさを狙ったのかもしれないけれどね。そういうの、カリスマの一種には繋がるんじゃないかな。実際に閣下(かっか)崇拝()団体(ファンクラブ)連中には、閣下の出自不明な点を誇大解釈して、神話のような救世主とか言っているやつもいるしね。そういうの、閣下の一番嫌いなものなのに」


 きらびやかな鎧をひけらかすように、自分の知識を披露する。


「まあ、それだけじゃあないのだろうけど……例えば」


 イクオの意見は、そこで中断された。


「磯近、それと沖、いるかー」


 僕らを呼ぶ教員の声がした。雑談をしていた僕は、同じくイクオのパートナーと雑談をしていたリコの顔見る。リコも僕を見ていた。顔を見合わせて、それから扉のほうを見る。スーツ姿の男がいた。


 かなり少なくなっているとはいえ、教室にはまだ十数人のクラスメイトがいた。何人かが「なんかやったの?」と目で尋ねてくる。僕は心当たりはないよ、と首を振った。


「はい」

「はい」


 僕とリコは返事をして立ち上がり、教員に歩み寄る。相手は誰だったか。彼は確か、三年生の数学を担任している、若い男の教員だ。


「お前に呼び出しだ」

「僕ら、ですか?」


 呼び出し? 僕らに? 僕に?

 考えてみたが、特に心当たりはない。僕は余計なトラブルを嫌うし、基本的に善良だ。

 日常的な予定なら、前もってデバイスに連絡が入るはずだ。緊急のこと……余程の重大な用事かもしれない。


「あの、それは誰からで、どんな理由の呼び出しでしょうか」

 教員は首を竦めた。その顔には、俺が訊きたいよと書いてあるようだった。

「生徒会長から。たぶんお前のほうだろ。理由は知らん。自分で聞け」

「生徒会長が……?」


 周りで聞き耳を立てていた数人が、俄かにざわめいた。

 生徒会長……といえば、あの生徒会長か。


 いい意味でも、悪い意味でも、彼女の名は知れ渡っていた。

 この学校にいて、教頭の名前を知らない生徒はいても、会長の名を知らない生徒はいないという。そういう認識の、所謂有名人である。眉目秀麗であり、聡明さでも有名だが、彼女の威光はそれだけではない。

 なにせ、あの閣下の曾孫なのだ。さすがに閣下の手ずから創立した学校とでもいうのだろうか。

 先程話していた、閣下の親族である。閣下の親族である人間が、そのことを隠しもせず学校に通っている。これがどれだけ異常なことかわかるだろうか。


「ということで。伝えたからな。今から生徒会室に行くように」


 そう言い残して、教員は出ていった。僕とリコは顔を見合わせる。すぐに数人のクラスメイトが寄ってきて、代表のようにイクオが僕に訊いた。


「お前ら、なんかしたのか?」

「いや、なにもしてないと思うけど……」


 考えてみても、僕と彼女に接点はない。これまで、一度たりとも目が合った記憶すらないのだ。

 そりゃあ同じ学校にいるのだから、廊下ですれ違ったことくらいはあるだろうけど。


「なんか怖くねえ? あの会長、色々妙な噂が絶えないぜ」

「さあ、どうなんだろうね。噂を鵜呑みにしているわけじゃないけど」

「まさか、会長直々のアプローチじゃないだろうな?」

「どういう意味?」

「もしかして狙われてんじゃねえの? ってことだ」

「そんなまさか」


 そうイクオに言い返した。

 会長にだってパートナーはいる。なんといったか。確か、うら……うらべ? とか、そういった名前だったはずだ。朝礼か何かで会長が話をする時、いつも黙って横に立っている。成績の優秀な、どこか大人びた雰囲気の男だ。

 アプローチ、ね。

 そんな馬鹿な。

 確かに、彼女は変わり者らしいし、そういうことが出来る立場にいるのかもしれない。だけど、そんな馬鹿なことは必要ないだろう。

 しかし、僕らを呼び出す理由の推測は、何も思いつかなかった。


「リコ、行こうか」

「うん」


 リコは立ち上がり、僕の後についてくる。

 どちらにせよ、とにかく向かうしかないだろう。あの生徒会長の呼び出しだ。無視などするほうが余程怖い。


 僕らは生徒会室に向かった。無遠慮な視線がついてきていたが、しっしと追い払うと、いつしか消えた。

 僕はデバイスを取り出して、会長の情報を検索した。検閲回避ソフトを経由して、情報の共有から、イの項目へ。イ……イ……幾島。あった、これだ。僕はその情報を開く。


『幾島瑞樹とは、閣下の曾孫とされている人物である。漆門学園の三年次に在籍し、同校の生徒会長を務める。血のつながりは証明されているものの、情報保護の観点から、両親や兄は公開されていない。閣下のどの孫の子なのかはわかっていない。しかし、幾島瑞樹の名前は、表にも知れ渡っている。閣下の親族の中で、氏名も個人情報も公開していること自体が異常であるといえる。その他、閣下の親族として公開しているものとして、政治家の明日木伊草が挙げられる。幾島とは本人がつけた苗字であり、閣下のそれとは限らないが、なにかのつながりを指摘するものもいる。P:卜部芽張 →リンク』


 以下、経歴や受賞歴などの情報が並び、顔写真が貼られている。イベントかなにかを撮影したものか、朝会で演説をする風な彼女の顔が写っていた。ステージの上で熱弁をふるう彼女は、やはり華のある風貌をしている。

 芸能人でもない一個人の情報としては、破格の文字量だった。改めて驚嘆しつつ、デバイスの接続を切る。


「何か、調べたら余計に怖くなった」

「やめてよ……」


 できるだけ、冗談に聞こえるように言う。それでもリコは不安そうに首を揺すった。

 生徒会室へ向かう足取りは、示し合わせたように、いつもよりゆっくりとしている。

 怖いからだろうか。怖いとしたら、会長が怖いのだろうか。理由が不明だからだろうか。

 もう秋になろうという時期のこと。外には紅葉する樹木があり、葉を撒き散らすことで、歩く人をからかっているようだった。寒くはないが暖かくもない。風が少し冷たくて、ちょっとだけ首を竦めた。

 一階に下り、渡り廊下を渡る。階段を二階分上って、右に曲がって、その突き当たりにあるのが生徒会室だ。一度も訪れたことはないが、学園生なら誰もが知っている場所のひとつ。ここに来るのは、著しく良いことをしたか、その逆かの、どちらかということが多い。賞罰が関係しない場合、ここに来ることは滅多にない。

 階段を上る途中、リコが言った。不安そうな声音だった。


「会長さん、なんの用なんだろうね」

「さあね……リコ、なにかした?」


 おどけた調子で訊いてみる。真面目な口調で訊けば怯えてしまう。


「え、た、たぶんしてないよ。アキこそ、なにかした?」

「してないと思うけどね」


 僕は天井を仰いで肩をすくめる。


「とにかくさ、何もしていないんだったらさ、堂々としてようよ」


 不安がるのもわかる。リコの不安を少しでも和らげればと思って強がった。本当は僕も不安だった。何の用かもわからないのだ。

 扉の前に立つ。心臓が静か過ぎて奇妙だった。僕がリコを守らなきゃいけないという責任感がそうさせるのか、と思ったけれど、そもそも呼び出されたのは僕のほうらしいということだった。

 どっちにしろ、僕にはリコを守る責任がある。


「アキ」


 無駄に悲壮なまでの決意を籠めて、リコが僕を見た。


「うん」


 緊張を表に出さないように、笑顔で応えた。

 リコにばれないようにゆっくりと深呼吸を一つして、ノックする。

 きぃ、と小さな音を立てて、扉が少しだけ開いた。僕が動かしたわけではない。内側から誰かが開けたんだ。

 顔を覗かせたのは、眠たそうな目をした男だった。見覚えがある。彼が会長のパートナーである卜部……卜部なんとかさんだ。変わった字面だから苗字は覚えているのだけど、名前までは忘れてしまった。


「ん」


 何の用だという意味をこめて。

 言外に文字が多すぎる。


「あの、僕ら、会長に呼ばれて来たんですけど」

「あぁ」


 話は通っているのだろう。扉が大きく開いて、卜部さんが身体を引いた。入れとばかりに顎をしゃくる。僕らは彼に続いて生徒会室の中に入った。

 あまり広くない部屋だった。十畳ほどの広さだろうか。なにかの旗が刺さっていたり、壁に写真や数々の表彰状が並んでいたり、棚にトロフィーが飾ってあったりで、整理されているのに、妙に雑多な印象を受けた。長テーブルが二つ、くっつけて置いてあって、計六つの椅子がそれを取り囲んでいる。その上座には教員室にあるような事務机が一つあり、そのさらに向こうにはやたらと立派な机が一つあって、大きな椅子の背もたれがこちらを向いていた。


「ミズキさん、客だ」

「んん? あぁ」


 卜部さんが声を掛けると、巨大な椅子の背もたれがくるりと回転して、かわりに会長の顔がこちらを向く。読んでいた本をページを下にする形で置いた。好きにはなれない。


「いらっしゃい、よく来たね。磯近くん、それに沖くん」


 会長は両手を広げて、歓待の意を表現する。

 これが、我が校の誇る生徒会長様だった。

 美人には違いない。百人に訊いたら百人が美人と答えるだろう。切れ長の瞳に、艶のある長い黒髪。少しだけ赤みのさした、色白な肌。適度に細く、一部に限り存在感のある肢体。

 見たこともないのに、まるで豹かジャガーのような、猫科の巨大肉食動物のような印象を持った。それから、両生類のような不気味さも同時に。

 近くで見ると、朝会の壇上で見る時よりも迫力がある。これがカリスマ性というやつなのだろうか、彼女は何もしていないのに、圧倒されるような空気を身に纏っていた。表情や雰囲気などが閣下を連想させる。

 さすがは閣下の曾孫、という評価は、彼女を怒らせるだろうか。

 噂の生徒会長は、皮張りの椅子に頬杖をつき、不敵な笑みを見せる。


「私が本校生徒会長の幾島瑞希だ」


 会長は立ち上がると、僕らに握手を求めた。リコがまず手を握り、次に僕。握ったその手は小さく、節が見当たらず、流線型に近い。これが人間の見本だとでも言わんばかりの、美しい手をしていた。しかし握ってみれば柔らかく、その中には確かに芯が入っていた。僕はその一瞬、それが手だということを失念して、無遠慮に触っていた。

 僕は会長の手を離した後で、自分の手を見た。会長の手と比べれば、節くれだっていて、どこか余計だった。


「すまないね、急に呼び出したりして」

「いえ……それで」

「うん、呼び出した理由だね」


 会長は簡潔に言って、ラップトップデバイスの画面をこちらに向ける。何事かと、目を凝らしてよく見る。そこに書かれた名前を見て、僕は驚いた。

 あれはまさか……いつか授業で書いた、僕のレポート……?


「これ、読ませてもらったよ」

「え、あ、はい……」


 少し前に、授業中にテーマとして「我が国の未来」について意見を述べるという作文を書く課題があり、僕はそれに考えを書いた。それは大まかに書くと、以下のようなものだった。


「全ての国民が国家の庇護の下にある限り、我が国のかつてのような繁栄は有り得ない」


 無論、ただ批判をしたのではない。僕はどちらかと言えば、システム賛成派である。しかし僕はリコが反対派なのを知っていたから、まるで「反対派寄り」であるかのように装って作文を書いた。

 そのこと自体に他意は無かった。それ自体は、自分の身を守る一環、身体を覆う鎧の一つでしかない。ランダムに、インプットした内容を書くだけのこと。教師以外は誰も見ないし、その意見を選んだのは適当だ。


「たまたまコレが目に入ってね。面白そうだから読んでみたんだ。すまないね、勝手なことをして。だがまあこれも、生徒会長なんて面倒くさいことをやっている特権だと思ってくれ。とはいえ、普段はあまりやらないけどね」


 会長は言い訳するように言った。


「見ようと思って見たわけじゃないよ。資料整理の途中で目に入ったんだ」


 言うなら偶然、そう、たまたま教員室のディスプレイに置かれた時に僕の作文が一番上にあって、たまたま教員室を訪れた会長が、たまたまそれを目にしたというだけの話。

 あまり、嬉しいものではない。自分の発信したものが読まれるということは。


「それで提案なのだけど」

「はい、なんでしょう」

「君達さ、私の勉強会に参加するつもりはないかな?」

「勉強会……ですか?」

「うん。君の考えは面白いものだった。是非、勉強会で意見を述べて欲しい。君以外にも、数人の候補を見繕ってはいるんだけどね」

「どんなことをするんです?」

「簡単なことさ。みんなが意見を持ち寄って、討論したり、掘り下げてみたり……ようするに、テーマを決めておしゃべりしようぜ、ってことだ」


 僕はリコを見やる。リコも僕を見ていた。


「どうかな。参加、してみないかい?」


 正直なところ、僕はどちらでもよかった。面白そうではあるが、どうしても参加したいというわけでもない。

 リコにどうする? と目で訊く。おそらく、リコは断るだろうと思っていた。


「アキがいいなら……参加して、みたい、かな」


 意外なことに、そんな言葉がリコの口から出た。


「要するに、システムについて考える会なんでしょ?」

「まぁ、端的に言うとそうだね。他にもいろいろとあるのだけど」


 会長は頷いた。


「だったら、興味ある、かな」


 リコはおずおずと、許可を求めるように僕を見る。僕としては、リコが求めるのなら是非もない。笑って頷いてやる。


「そうか。じゃあ、第一回が、明後日の夜七時に行われるからね。場所は管理棟の二階、第二講義室だよ。五分前にはついて待っていること。メバル」

「ん」


 卜部くんはデバイスを取り出すと、僕に向けた。僕のデバイスが音を立てる。開くと、場所と時間が記載されたデータが送信されていた。

 それにしてもメバルって、またすごい名前だ。


「それじゃ、また」


 会長は手をあげて僕らを見送った。卜部くんが扉を開けてくれた。僕はリコの手を引いて外に出る。


「それじゃ、またね」


 パタンと、扉の閉まる音と、会長の声が聞こえた。


「はあぁ~」


 廊下に出た僕らは、同時に大きく息を吐いた。


「緊張したぁ……」

「うん」

「でも、すごいね。会長の勉強会なんて」

「うん」


 いまだに、膝が少し笑っていた。緊張するのも無理はないけど。


「やっぱりアキはすごいなぁ」


 リコがつぶやくように言った。僕はかぶりを振る。


「僕なんて、何の役にも立たないよ。リコのほうがよっぽどすごい」


 リコからすれば、嫌味に聞こえなくもないだろうけど、僕にそのつもりはない。

「馬鹿にしてる?」と、リコは頬を膨らませた。


「まさか。リコはすごいよ」

「え?」

「リコがいなかったら、僕はきっとこの話を断ってただろうしね」


 だから、君と僕で、おあいこなんだ。

 それでもリコは膨れていた。まるでハムスターとかの小動物のようで愛らしかった。機嫌が直るまでにかかる時間も、だいたいそんなものだった。

 こうして、僕らは招かれた。我が校の生徒会長である、幾島ミズキの主催する勉強会に。


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