Ⅷ・屋良零の襲撃→Ⅱ
暗い場所で、目が覚めた。ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていく。
ここは……どこだ? 少なくとも見覚えはない。薄暗い、倉庫のような、雑多に物が積み上げられた空間。
僕は……。
「リコっ!?」
そうだ。思い出す。走っていた車が襲撃されて、僕達はここに運び込まれた。
辺りを見回す。リコは……いない。
どれくらい時間が経った? ここはどこだ? リコは……。
「お目覚めですか」
扉が開き、誰かが入って来た。その声に聞き覚えはない。僕の知ってるだれかじゃない。
「まずは乱暴な真似をしたことを謝ります。それから」
「リコはどこだっ!?」
僕は相手の顔も見ずに掴み掛かる。
「落ち着いて。あなたのパートナーなら別室にいます。大丈夫、何もしていません」
そう言ったのは、軍服のようなものに身を包んだ男だった。
「このっ……」
「落ち着いてくれよ、アキ」
その後ろから現れて、僕の腕を握ったのは誰であろう……ケンちゃんだった。その顔に、むしろ困惑する。
「大丈夫、リコも会長も無事だ」
「なんで……」
「いいから、まずは話を聞いてくれ」
僕は深呼吸する。
落ち着け。落ち着け。
何故、ケンちゃんがここに? 僕達は襲撃され、捕らえられた。ケンちゃんが襲撃犯の一人? 試験は? 長引いていたのは、それが原因なのか? ここはどこだ? リコはどこだ? ミズキは?
駄目だ、まずは落ち着け。無駄な思考がグルグル回るだけでは、結論は出せない。
…………。
「……よし、落ち着いた。ケンちゃん、リコはどこ? 会わせて」
「まだ無理だ。後で必ず会わせる。約束する」
「話を聞いてくださいますか?」
「……ああ」
僕は案内されるまま、二人についていく。応接室のような場所に通され、ソファーに座らされた。
「まあ、一息入れてください」
お茶と茶菓子が出される。給仕はケンちゃんだった。僕は一瞥して、手を付けない。
目の前の男を観察する。蛇のような、鋭い顔。理知的だが、どこか冷たい。
「私どものお願いを申し上げる前に、説明をするのが筋というものでしょう。さて、何から説明しますか……」
男はちらりとこちらを窺った。
「あんたら、なんだ?」
「おや、では一問一答形式でいきましょう」
男は手を広げる。そう仕向けたくせに白々しい。
「何者かと問われれば、我々は反乱軍です。名前を『再会』といいます。私は二番部隊隊長の屋良零と申します」
「つまり、レジスタンスってこと?」
「はい。現政権を取り壊し、新たな社会を創ることを目的とした組織です」
「正気?」
「それはもう」
僕はあまりのことに言葉を失った。レジスタンスだって? そんな馬鹿な。
この国は、圧政を強いられているわけじゃない。少なくとも、人々の暮らしに不足はないはずだ。
「どうして?」
「と申しますと?」
「なんでまた、クーデターなんかが必要なわけ? 飢えてもいないし、治安もいい。経済的にも恵まれている。クーデターなんて必要無いはずだ」
「この国は間違っています。それを正す為です」
「どう間違ってるっていうんだ」
「婚姻統制、半鎖国、移民の拒否、憲法の実質的破棄……軽く例を挙げるだけでもこんなに多い。閣下のしたことは、ほとんどが間違いでした」
屋良は笑顔を崩さない。
「そのおかげで今があるとは考えないのか」
「そのせいでもっといい今を失ったとは考えないのですか」
「お前、何がしたいんだ」
「簡単に言えば、管理社会への反抗、ですかねえ。まあ、ことはそんな簡単でもないのですが」
冷徹な笑顔で語る。
「アフリカや中東や中南米の人が聞いたら鼻で笑うような話だ」
「笑わせておけばいい。他者の評価など、この際どうでもよいのです」
「他者の評価が重要なんだよ、政治ってのは」
僕は言った。
「考えてもみるといい。ゲリラ政権なんて誰が信用する? この国の軍隊は強力だ。それが丸ごとゲリラの配下についたら、それはもう脅威でしかない。世界が一丸になって攻めてくるよ。そんなこともわからないやつらにこの国を任せるなんてぞっとしないね。そもそも、あの軍隊は閣下の私設軍隊だ。大人しく従うとは思えないけど」
「解体してしまえばいい。平和な世の中には軍隊など不要なのです」
「そしたらこの国の利権を握る為に、どっちにしろ攻められる。軍隊じゃなくて、外国の犯罪者やヤクザにね」
犯罪外国人の排除は、閣下の力あってこそのこと。その縛りさえなくなれば、犯罪者は嬉々としてやってくるだろう。
「なるほど……ならばどうします? 世の中に不満を持っても、何の手立てもないと?」
「それは……そう、選挙がある。政治を変えたいのなら、選挙に出ればいいじゃないか」
「そんなもの。トップが変わらない限り、何の意味もありません」
「なら閣下に陳情すればいい。閣下はそうできるだけの能力の持ち主がいればいつだって譲り渡すって宣言しているんだ」
「閣下がそう認めれば、ですよね。認めると思いますか?」
それはわからないというのが、正直な感想だ。閣下は後継ぎにミズキを置くつもりだから。
「結局、今の政治を変えるには、クーデターしかないのですよ」
屋良は既に結論の出ている事を言う。
僕が何かを言うだけ無駄なのだろう。彼の中で、それは確定事項なのだ。
「アキ」
それまで黙って立っていたケンちゃんが、僕を見て言った。
「そんなの、わかってる。アキが今言ったこととか、その他の問題点についても」
ケンちゃんの目に、以前とは違う色がある。
目的意識、だろうか。
盲信、かもしれない。
不安、か?
「作戦があるんだ」
「作戦?」
「流す血は最小限。政権獲得後の諸問題も解決できる。そして、システムも作り替えられる」
そんな魔法みたいなことができるのだと、ケンちゃんは言った。
「なあ、手伝ってくれないか」
僕は頷かない。
易々と承諾はできなかった。せめて、その作戦とやらを聞くまでは。
「まあ、作戦なんて大袈裟なもんじゃないんだけど……」
「いいから言ってよ。そうしないと話が進まない」
「そうだよな」
ケンちゃんは咳ばらいを一つした。
「あんたらを人質に会長を懐柔。そして、閣下の後釜に据える」
様子を窺った。続きはない。
「終わり……?」
「ああ」
「…………」
なんなんだ、これは。レジスタンスが聞いて呆れる。
「協力してくれるか?」
「えっと、まず」
「ああ」
「結局、独裁なのに変わりはないと思うんだけど」
「違う。俺達の傀儡としての即位だ。俺達の要求は必ず通す」
…………。
理解していないのだろうか。それでは、支配者が替わるだけのこと。
それは君達による独裁だ。
「次にだけど、どちらにせよ、多分もう何年かしたら、閣下はミズキに地位を譲り渡すよ」
「そうなる前に我々の思想を理解していただかなければいけません。継いだ後はこんなふうに御同行願うのは不可能でしょう」
屋良が言う。確かに、継いだ後では警備も格段に厳しいものになるだろう。誘拐が成功したのも、ひとえにミズキが今の段階ではまだ一学生に過ぎないからだ。
身内だからといって閣下に対する人質として通用しないのは、誰もが知っている。
御同行願う、ね。
願われた覚えはない。
「あと、何か勘違いしているのかもしれないけど、僕は会長の大事な人でもなんでもない。人質としての価値なんかないよ」
「大丈夫、すでに調査済みです」
屋良は、下卑た笑みを浮かべる。ぞわりと背中に悪寒が走った。
「脳科学研究所は軍事施設ではない。一般的な研究所よりは上かもしれないが、別段システム警備が厳しいわけじゃないのでね」
ケンちゃんは顔を逸らした。悪寒は嫌増す。
それだけで察する。盗聴か、盗撮だ。
あそこはミズキの理想郷ではない。治外法権は認められないのだ。そちらの中まで捕捉されているとは思いたくないけれど……。
僕達は、不貞の罪に問われることになる。
「よもや閣下の後継者ともあろうお方が、あのように乱れるとはね……」
「……英雄は色を好むものでしょう?」
そんな軽口を言い返すのが精一杯だった。羞恥と、怒りが胸に込み上げる。
「そうかもしれませんね。しかし、国民は納得するでしょうか?」
システムの成立者……その後継者がシステムから逸脱しているとなれば、国民感情は不満に傾くだろう。システムを完全に納得して受け入れているものは少ない。
よくも悪くも、流される国民性なのだ。
「実のところ、あなたに選択肢は無いのです。それでも説得という形を取ったのは、根頃くんがそう主張したからに過ぎません。彼はこの作戦の功労者です。蔑ろにはできません」
僕はケンちゃんを見る。僕を利用することに後ろめたさがあるのだろうか、目を合わせてはくれなかった。
「根頃くんのもたらした情報により、幾島ミズキの動向は推測できました。試験の詳細、基本的な流れなど。毎回かはわかりませんが、幾島ミズキは試験参加者をあのドームに連れていくようです。追跡するのは容易でした。使う飛行場は固定なのですから。ドーム内部の様子も根頃くんから聞いています。それはそれで利用できそうですが」
それはまた別の機会に、と屋良は言った。
「幾島ミズキに恨まれるようなことはしたくありません。彼女はシステムに反対している。だから今回の件は恨まないでしょう。しかし、彼女の箱庭を潰すことはその限りではない。そんなことをすれば、多大なる恨みを買うでしょう。それは本意ではない」
ミズキなら確かに閣下から政権を奪取する役は、喜々として実行しそうではあるし、無理矢理にあの理想郷を潰せば、尋常ではない怒りを買うだろう。
「人質をとることも、脅すような真似をすることも、実のところ単なるポーズでしかないのです。彼女が受け入れやすくするためのね。我々の要求を飲んでもらうまでもなく、彼女は反対派なのですから。我々の仕事は、いつか得ることになる地位を早めるだけでいい」
「……早めることで得るメリットは?」
「は?」
「いつかミズキが政権を継ぐ。そうなればシステムも無くなるだろう。なら、それまで待てばいい。そうしない理由は?」
「簡単なことです」
屋良は自分を指差した。
「私は十八歳なのですよ。他のメンバーも、おおむねその前後です」
それが一番信じられなかった。




