Ⅷ・屋良零の襲撃→ YARARAY
「それじゃあ、試験、頑張ってくださいね」
翌日の朝早く、僕らは研究所を出る。見送りはイスズさんだけだった。テイリは実験があるとかで顔を見せなかった。なんとなくテイリらしい。
「お世話になりました」
「いえ、楽しかったですよ。同年代の人と会話するのも久しぶりでしたから」
笑顔で別れた。
車に乗り込み、研究所を後にする。
この二日で様々な人に会って、同じだけ別れた。その中でも、イスズさんとテイリは、一番の傑物だった。
人間至上主義の皮を被ったロマンチストと、それを見守るパートナー。ミズキ風に言うのなら、歪みの無い関係だろうか。
完璧なまでに噛み合った二人。
僕らは、ああはなれないだろう、きっと。
車内では、会話が途切れがちだった。ミズキはデバイスを見ているし、リコは窓の外を眺めている。
そんな時、僕はずっと、閣下の居場所を考えていた。
土曜の海。藍曇の夕。
僕を知っている?
僕は知らない。何も知らない。知らないから、考える。無意味だとしても、無価値ではない。
閣下の研究は、きっと三ヶ所のどこかだろう。それなら、当て推量でも三分の二の確率で正解する。なんだ、簡単じゃないかと思うかもしれない。だけど、三分の一の確率で失敗もするのだ。
僕が理想を追求できなくなる可能性が、三分の一。おいそれと答える訳にはいかない。
考えろ。考えるのは、人間に許された最高の贅沢だ。
これまでに訪れた三ヶ所。ヒントとして提示された三ヶ所の中に答があるとは限らない。
わからない。三ヶ所には、なんの意味があったのか。どんな共通点があったのか。
まさか、ヒント自体が嘘なのか? これがヒントだと、そう嘘をついた?
「ねえ、ミズキ。質問なんだけど」
「なんだい」
デバイスをいじくっていた手を止めて、ミズキが僕を見る。
「ヒントは、本当?」
「なんだって?」
「ヒントだって言ったこと自体が嘘なんじゃないの?」
「はは、なるほどね」
ミズキは薄く笑った。
「ヒントはホントだよ。答えを導くのに必要で、それに嘘はない。安心して考えるといい」
「その言葉は本当?」
「はっはぁ、嘘が混ざるとこれだからな。ルールだから仕方ないけど、信用されてないみたいでいい気分はしないや」
本当だということらしい。
「じゃあ、ヒントがそのまま答えだったりする?」
「どういう意味?」
「だからさ、これまで行った三ヶ所のうち、どこかに閣下がいたりとか」
「ああ」
ミズキはまた笑みを浮かべる。
「そうだね……じいさんは、君達がそこを訪れた時……確かにそこにいたよ」
…………!
閣下は、三ヶ所のうち、どこかにいると。リコが僕を見る。僕もリコを見ていた。
待て、信じてもいいかは、まだわからない。
「それ、言ってもよかったの?」
場所を限定する質問には、答えないんじゃなかったか?
「ん? ああ……そんなこともわからない?」
ミズキから疑問文が返ってくる。その顔は意味ありげで、淫靡な表情だった。その不意打ちに、僕は少しどぎまぎする。僕の目を見て、逸らさない。
……察しろ、ということか。
自惚れではなく、ミズキは僕らを気に入っている。それはもう、きっと嘘じゃない。
今のは……言ってはいけないことなのか?
なら、答えは三つに絞られる。
「ミズキ……」
「さて」
ミズキは車の中で、僕らに言う。
「結論は、出たのかな」
――とうとう、この時が来た。
試験の終わり……僕らはあの楽園に住むか、テイリ達のように、どこかの公的機関に配属されるか……二つに一つ。
失敗は、許されない。
「もし成功したとして」
「ん?」
「もし成功したとして、望みってどうなるの? 試験に合格したら、望みが叶うって言ったよね」
「ああ。なんだって叶えよう。君が働きたい場所があるのなら、そこに配属させよう。なんなら新しく作ろう。君がシステムの廃止を望むならそうしよう。君が君なりの理想郷を目指すのなら協力は惜しまない。君がじいさんの後釜を狙っているのなら、じいさんに審査してもらうといい。君が富を求めるなら、いくらだって使っていいさ。ただし、叶うのは一つだけだ」
「……」
「求めない? そう。合格者達は皆そうだ。夢を追うもの、理想を追うもの。自分の都合が優先だな。システムをどうにかしようとか、他人のことを考える余裕なんてないのさ。当たり前のことだがね」
ミズキは言った。何かが音を立てた気がした。
「今のうちに聞いておこうかな。君達の望むことは、なんだ?」
「僕は」
答えようとした、その瞬間。
ぱぁん、と。
どこからか音がした。
「なっ……」
ぐわんと空間が歪んだ。慣性でGがかかり、僕は窓に押し付けられる。車はぐらつき、壁を削って止まった。
「頭を抱えて! 丸くなって!」
ミズキが大きな声を出すのを初めて見たな。そんな暢気な感想を抱いていた。
バタバタと足音が聞こえて、車を取り囲んだ。
「マニュアル運転は……無理か! タイヤを撃ち抜かれたな!」
キーロックを解除する音がして、ドアが開く。
数人が黒いスーツに身を包んで、この車を包囲していた。
「抵抗するな! 両手をあげろ!」
僕達は乱暴に車から引きずり出された。
リコが引っ張り出されるのを見て、思わず大声で言った。
「リコに乱暴するな!」
僕は叫ぶ。訳がわからなかった。リコに手を伸ばす。その手は押さえ付けられた。
「アキ!」
身体に衝撃が走って、意識が遠のく。
僕は手近な誰かの顔に拳を入れた。力もなく当たったそれは、痛くも痒くもなかっただろう。




