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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
25/39

Ⅶ・入江定理と渦潮五十鈴→Ⅱ

 テイリは散々リコに説教をかました。イスズさんが止めなければいつまでやっていたかわからない。泣きそうな顔をしたリコを見て、止めに入ってくれた。僕はタイミングがつかめずにいた。


「泣かせちゃ駄目でしょう」


 彼女にそう言われると、テイリはしどろもどろになり、おとなしく従った。

 場所を移動して、イスズさんの私室へ行った。畳の部屋だった。僕らは車座に座る。


「粗茶ですが」

「あ、お構いなく」


 イスズさんに注がれたお茶を飲み、一息ついた。イスズさんは全員にお茶を配ると、自分も輪に加わった。


「私は渦潮五十鈴といいます」

「イスズはテイリのパートナーだよ。こっちはリコとアキ」

「アキさんに、リコさんですね」

「俺は入江定理だ」


 無愛想にお茶を飲む。


「あつっ」


 舌を出して顔をしかめた。


「イスズ! 氷っ」

「はいはい」


 イスズさんは冷蔵庫から氷をつまみ、テイリの湯呑みに入れた。


「で、だ」


 テイリがあぐらをかき、僕らを見る。


「何が聞きたい?」

「えっと……」


 下手なことを言ってさっきのように説教されてしまうのを恐れたか、リコが僕を見た。やれやれと僕は訊く。


「脳をコピーする実験は、君が?」

「いや、俺じゃない。俺は引き継いだだけだ」


 それはそうか……あの実験は、すでに結構な昔のものだ。


「実験の目的は?」

「そりゃあ、脳のデータ化と、その移植だ。それが成功すれば、人間は不死不滅になれる」

「というと?」

「脳のデータを、クローンに移植する。そうすれば、その個体が死んだとしても、同じ個体を造ることができる。それは生き返るのと同義だ。人間は死を克服する」


 それは、ある意味では究極の。


「神の領域ですね」

「は? お前、神なんざ信じてるのか? 神なんていねえよ。ヤハウェマニア共の言う倫理なんざくだらねえ。手前らだけで勝手に守ってりゃあいいのさ。そんな意見なんざ聞く必要があるのか?」


 マニア呼ばわりも、テイリが言うのは自然な気がする。

 アイドルとは偶像の意だったか。


「信じているわけではないです」

「はん。で、だ。今は、糞高いスパコンを四台も使ってようやく、一人分の脳をコピーしちゃあいるが、いかんせん完璧じゃあねえ。コピーした時点でのそいつしか再生できないんだ。俺の目標は死の克服。今の技術じゃ、突発的な事故なんかには対応できない。それじゃ駄目だ。今は脳死した患者の脳をコピーして移植する実験をしてるが、いずれは死体からもコピーできるようにするのが俺の目標だ。まあ、事故やなんやで脳みそが飛び散っちまえばおしまいだけどな」


 そうなれば……僕達の記憶は、いつまでも蓄積される。肉体が滅びても、精神は受け継がれる。

 死を克服することができる。


「どうだ? 浪漫に溢れた話だろ」


 テイリは自慢げに言った。


「まあ、私達の世代で完成するとも思えないし、完成しても一部の人間にしか使えないのですけどね」


 イスズさんはそう合いの手を入れた。


「うるせぇな。閣下や俺みてえな優秀な頭脳が消えちまうのを防げるだけでも有益だろうが。なんだイスズ、自分がコピーされるか不安なのか? 心配しなくてもお前の脳もコピーしといてやるから安心しろよ」

「はいはい」


 イスズさんは、ぽんと手をテイリの頭に置いた。


「馬鹿にしてんのか。生き返らせてやんねぇぞ」

「いいのよ、私は一回生きれば十分だから」

「なんだよ……」


 だとしたら、何故イスズさんは研究をしているのだろう。

 ああ、パートナーなのだ。


「ったく、でよ、他に質問は?」

「それじゃあ、君達の試験の内容とか、教えて欲しいな」

「ああん? チートか?」


 テイリはぎろりと僕を睨んだ。


「まあいいや。俺の時はな、宗教にどっぷりハマったやつを言い負かせって試験だった。意味わかんねえだろ? 俺の脳は言語より理数に向いてるのに。まあ、言語だってそこいらのには負けやしねぇけどな」


 テイリは自慢するでもなくといったふうに自慢した。実際のところ、それは真実だろう。


「ど、どんなふうに?」


 リコが訊く。


「相手は四十過ぎの、白人オヤジだった。外国人の年齢はわかりにくいから大体だけどな。ほんで、開口一番、あなたは神の子なのですと来たもんだ」

「ふんふん」

「俺が、馬鹿言うな、俺は親の子だよと言うと、オッサンはやれやれって感じで手を広げて頭を振った。なんかむかついた。ああ、ちなみに会話は英語でだ」


 この国にはあまりない、身振り手振りを用いた表現。


「あなたは親から生まれました。あなたの親はその親から生まれました。その親もまた、その親もまた。さて、何処まで遡れますか? そう、行き着く先は、神の領域です。オッサンはそんなことを言った。むかついた。俺は懇切丁寧に、進化論と遺伝、地学や化石の調査に基づいた説明をしてやった。文明方面からも攻めたな」


 目に浮かぶようだ。テイリが片目を細くして、口を曲げながら言う姿。


「それって悪魔の証明なんじゃないの?」

「そうだ。存在しないことを証明するのは不可能だ。相手は盲信者なんだからな。だから俺はその方面の論破をやめて、神さんの存在を肯定してやった。こっからは神がいることが前提の話だが、神とやらが世界を創ったとして、だから何だ? ってな」


 テイリは悪戯を企む子供のように笑った。


「エディプスコンプレックスって知ってるか? まあ、肉親に対して性欲を抱いたりすることなんだがな。神が俺達の親だとして、そいつを思って祈りを捧げるなんざ、父親を想像しながらオナニーするようなもんだって言ったんだよ。ボクを産んでくれてありがとうございまちゅーってな」


 あんまりと言えばあんまりな物言い。


「神に縋るなんざ、独り立ち出来ないガキみてえなもんだろ。いい歳こいて親の保護を期待してどうする。神もそんなん望んでねえだろうよ。もし、神がそれを望んでるとしたら、神も神だ。いつまで甘やかしやがる? そんなもん、人形作ってニヤニヤ眺めてる変態と何が違う? 自分の親が変態ってのがお前の宗教なのか?」


 熱くなっているのか、早口で、演説するような口調になっていた。それを僕に言われても困る。


「神は何も助けちゃくれねえ。お前はいざという時神に祈るのかもしれないが、俺はなんとかする方法を考える。自分は自分の力で守るしかねえ。今日の糧を得るのは、自分自身か、せいぜい周りの環境の力だ。神なんて何にもしちゃくれねえよ」


 反論を挟む隙もない。そこまで一気に言って、はっと気付いたように我に返った。


「とまあ、そんなことを言ったわけだ」

「今みたいな勢いで、結局七十時間くらい喋ってたのよね」


 イスズさんが補足する。

 七十時間……?

 それは……その人にご愁傷様としか言えない。


「相手も最後には涙を流して、自分が間違っていたと言ってたわね」


 イスズさんは妙に誇らしげだった。


「洗脳みたいですね」

「説教だ」


 僕が言うと、テイリがそう返した。


「それで、その人は?」

「母国に帰って、もうミサや礼拝には参加しないと告げて、友人や家族と大喧嘩。その末に飛び出して、今は閣下の下で働いています」


 その人が幸せそうなら、それでもいいけど。




 それ以上の質問は無かった。専門的なことはどうせ聞いたってわからない。

 なら、どうしてミズキはここを僕らに見せた?

 不合格者の末路と同じように、合格者の進路も見せたかったから?

 ……何かが違う気がする。

 研究……閣下はこの研究をしていたのか?

 閣下が調べていたどこかにいるとしたら、ここにいるのか?


「チンパンジーに会えますか?」


 リコが脳天気な質問をしているのを聞きながら、僕は思考に没頭する。

 自然の摂理から如何にして外れるか……そんな研究。権力者が望むのは、いつだって不老不死だ。水銀中毒で死んだ始皇帝しかり、ピラミッドを建設したファラオしかり。

 しかし、閣下は権力に拘泥していない。外圧からの防波堤として権力者であるものの、自分に替わる指導者がいるのなら、いつだって明け渡してもいいと公言している。

 閣下は言った。『クーデターは歓迎する』と。『自分のことよりもこの国を考えることが出来、そうするだけの能力のある者が現れるのなら、私はいつでも地位を譲り渡し、隠居でもしよう』と。


「アキ、アキ」


 それならば……。


「おーい、アキ」


 ミズキの声で思考を中断する。


「ほら、行くよ」

「え? どこへ?」

「見学。リコがチンパンジーを見たいそうだ。私も見せたいものがある。ほら、行くよ」


 気付けば、僕以外は皆、既に部屋を出ていた。僕は慌てて後を追った。




「わあ!」


 リコはケージに駆け寄った。ケージの中にはチンパンジーがいる。数は二十くらいだろうか。


「指を入れないでね。掴まれたり、噛まれたら大変だから」

「はーい」


 イスズさんの言葉に、子供のように応える。


「可愛いなぁ」


 リコは嬉しそうにチンパンジーを眺める。チンパンジーは見知らぬ人間の来訪に興奮したのか、ケージを揺らした。


「わあっ」


 その様子は微笑ましいと思う。


「実験動物を可愛がるのは残酷だね」


 ミズキは僕に言う。その通りだとは思う。でも、それがリコなんだ。


「子供ばっかりだね」

「なるべく頭が真っさらなほうがいいからな」

「へえ。あれ? 寝てる……?」


 リコが、あるケージの前で止まった。

 そのチンパンジーは眠っているように見えた。

 体中に電極や生命維持装置を着けていることを除けば。


「ああ、それはアナ。名前じゃない、記号だ。人工的な脳死状態にさせてある」

「そんな……」


 テイリの言葉に、沈痛な面持ちを見せる。テイリはそんなリコに言った。


「今は脳死の研究をしているんだ。脳死した献体が必要なんだから、そんなものは当たり前だろう」

「テイリ?」

「いや、まあ、なんだ、理解してくれ。俺だってしたくてしてるわけじゃないんだ」

 イスズさんが窘めると、テイリは言い訳をするように言った。

「ごめんなさい、リコさん。でもね、これも必要なことなの」

「はい……」

「じゃあ、次に行きましょうか」


 にこりと微笑んで、イスズさんが促した。

 恐ろしい人だ。


「次?」

「そう。ミズキさんの見せたいものね」


 部屋を出て、廊下を進む。


「見せたいものって?」

「まあついてきなよ」


 僕はおとなしく従う。しばらく歩き、廊下の突き当たりにある部屋の前へ。

 保管室と書かれたプレートが掛かっていた。


「ここだ」


 パネルを操作し、ロックを解除して、ぞろぞろと中に入る。


「はあー……」


 知らず、溜め息がもれた。

 五十メーター四方くらいの、広い部屋。

 その中には、コンピュータが所狭しと列んでいた。

 自動販売機くらいの、大きな機械。例の工場で見たものと同じ。

 それらは稼動もせず、静かだった。


「これ全部、記録メディアだ」

「えっ?」


 テイリが両手を広げ、僕らに示した。


「こっちにあるのは閣下の右腕だった老松民雄の生前の脳のデータ。これは、閣下の無二の盟友だった野中奏音の脳。これは名将と名高い名塚玖段の脳」

「ちょっ、ちょっと。こんなにたくさんあるの?」

「そりゃあな。このために研究所が設立されたっつっても過言じゃねえ」


 テイリは、当然のように言う。


「それからもちろん、閣下の脳もある」


 それがどれかは言わなかった。

 テイリはパネルを操作する。手近なモニターに映像が映った。


『我が軍団はぁ! 勇猛! 果敢! 最強の戦士達によって形成されているっ! そこに閣下の開発なされた兵器が加わればぁっ! 負ける要素はどこにもないっ!』


 いつかニュースで見た、名塚玖段の激。


『閣下、敵は敵方ばかりにいるとは限りませんよ』


 切り替わり、そう話す老松民雄の映像。


『おいおい、びびってるのか? 震えてるぞ。大丈夫、僕がお前達の指揮官だからな』


 切り替わり、新兵を指導する、野中奏音の映像。


『立ち上がれ! 雌伏の時は過ぎ、自由を手にする時が来たのだ! 今こそ自分の手で敵を討て! 大切なものを守るのだ!』


 切り替わり、若き閣下の大号令。


「皆、閣下を手伝い、命を懸けて戦って、散っていった人達だ。脳のデータだって、死体だったり、植物状態だったり……ほとんどはそんな採取の仕方しかできていない。何人かは隣の安置室に遺体もあるぜ。見てみるか?」


 訳も解らず、涙が滲んでいた。僕は被りを振る。

 僕達の国は、彼らの血肉で出来ているのだ。そう思えた。


「閣下は言った。見せてやりたかったと。今の平和な世の中を。だから、俺は研究する。なあ、エゴだと思うか? 死んだ人間を生き返らせるのは」

「……」

「ああ、エゴなんだ。大切な人に死んでほしくないから。そんな理由で、俺はこの研究をしている。もちろん、俺も死にたくねぇ。俺の優秀な頭脳は人類の宝だからな」


 でも、それは……。


「同じ細胞と同じ記憶を持った、俺じゃない俺。彼らじゃない彼ら。わかってるさ。それは俺じゃないし、彼らじゃない」


 でも、それでも。


「記憶は残るんだ。そして、また新たな記憶を積み重ねる。新しい世界を見せられる」


 テイリは強く手を挙げた。


「戦争で失った大切な人と一緒に生きたいと思うことは……罪なのか? 一度終わった生を蘇らせるのは、間違いなのか?」


 最後は細り、小さな小さな声だった。その一瞬だけ……テイリが年相応の子供のように見えた。

 僕には何も言えなかった。






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