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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
24/39

Ⅶ・入江定理と渦潮五十鈴→                        IRIETEIRI & UZUSIOISUZU

 車は何の問題も無く、二時間程の山道を進み、目的の研究所が見えたのは、四時半近くだった。

 そこは、山奥の工場といった風だった。灰色の壁と、白い建物。煙突が幾本か建ち並ぶ。門の警備はなかなか厳重で、警備員が三人詰めていた。

 僕らはデバイスにカードキーを通され、それを渡された。


「幾島様、見学の用意ができております」

「うん」

「あの……恐縮ですが、私が案内を勤めさせていただきます」

「いらない。定理は? 頼んでおいたはずだけど」

「それがですね……まあ、メッセージをどうぞ」


 困り顔の警備員は、門の横にあるパネルを操作した。

 モニターに僕らと同年代と思しき少年が映る。髪はボサボサで瓶底眼鏡を掛け、白衣を着ていて、痩せていた。


『あー、あー、んんっ』


 マイクテストのようにして、咳ばらいをする。


『俺は忙しいからお前の相手なんかしてる時間ねーんだよぶわぁーか! ふんっ』


 子供のような、幼い声だった。ぶつんと無愛想に、モニターの映像が消える。僕らは唖然としてそれを見ていた。


「くっくっく……」


 会長が笑う。

 怖い。


「いい度胸をしている」

「まったくです」


 警備員も苦笑した。

 ミズキはデバイスから誰かを呼び出し――おそらく今の男だろう――電話をかけた。

 デバイスから、聞き取れはしないが、怒鳴り声が響いた。


「定理? うん、そうそう、私だ。なに? うるさいな、いいから来なさい。さもないと研究費減らしちゃうぞ。どうせもう……」


 一際大きな怒鳴り声が、デバイスから聞こえた。ミズキは談笑するようにそれを受け流す。しばらくして、おもむろにデバイスをしまった。


「来るってさ」


 ミズキはにこやかに言った。

 ばあんと、大きな音を立てて、入り口の扉が開いた。


「だあもう! なんの用だよ!」


 苛々しながら現れたのは、先程映像で見た男だった。

 何と言うか、モニターで見た時はわからなかったが、小さい。身長はリコと同じくらいだろう。


「紹介しよう。アキとリコだ。只今絶賛試験中」

「ああっ?」


 チンピラのように肩をいからせて、僕らを睨む。


「お前、ランクは?」

「え?」


 僕を指差す。


「ランクだよ、クラス分けの」

「ああ、言語関係でA7、理数でA1、特殊B3」

「ちっ……そっちは?」


 リコを指差す。


「えっと、言語でB9、理数でB2です。あ、特殊はA6」

「ちっ……」


 頭をバリバリと掻いた。フケが舞う。


「なら案内してやる。俺はどれかがAでないやつとは会話しないんだ。理数が低いお前らじゃ理解できないだろうけどな」


 踵を返す。ミズキも後に続いてさっさと歩き出してしまった。


「ほら、行くよ」


 促され、僕らも後に続く。


「この小さいのは、入江定理。この研究所の総括をしている。愛情を込めてテイリと呼んでくれ」

「小さいは余計だ。愛情もいらん」

「そして、彼は試験の合格者だ」


 言われて、僕らは顔を見合わせた。実際に合格者を見るのは初めてだった。

 何時間か前まで、不合格者達と共にいたのだから、尚更だ。


「で、今日はなんだよ。ああ、閣下捜しか。ここにはいねえぞ」

「おや、資料は読んでくれたのだね」

「ただの暇つぶしだ。暇じゃないけどな」

「ふふ……今日は君の実験記録を見に来たんだよ」

「はあ? そんなもん見てもどうすんだよ? どうせ見たってわからねえだろう」

「試験の一環なんだ」

「はん。まあいいけど」


 僕らは黙ってミズキ達の会話を聞きながら、無機質な廊下を進む。金属製の扉が所々にあり、無愛想なプレート一枚で部屋の名前が表示されていた。同じような場所ばかりで、迷いそうだ。廊下の長さを見る限り、かなり大きな建物のようだ。

 テイリは立ち止まり、扉を開く。プレートには実験室G2と書かれていた。

 二人に続いて中に入る。一面モニターだらけで、配線やコンピュータの類で満ちた部屋だった。一枚の硝子で隔てられ、隣の部屋が見える。そこには、様々な計測器具をつけたチンパンジーが、ベッドに寝かされていた。まだほんの子供のようだった。


「わあ、お猿さんだ」


 リコがにわかにはしゃぐ。子供か。……子供か。


「五十鈴、客だ」

「あら、ミズキさん」


 僕らを出迎えたのは、綺麗な女の人だった。彼女はコンピュータを操作していた。


「様子は?」

「書き込みは終わり。そろそろ定着したかしら。起こしてみる?」

「ああ」


 イスズと呼ばれた彼女は、パネルを操作する。


「ねぇ、何をしているの?」

「うるさい黙れ」


 リコの質問は一蹴される。怒られたリコはしゅんとして、とぼとぼと僕の後ろに下がった。


「うまくいけよ……」


 何をしているのかはわからないが、固唾を飲んで見守る。二人はコンピュータをカタカタと叩いていて、その表情はさっきまでとまるで違い、鬼気迫るような真剣さが溢れていた。

 やがて、コンピュータを叩く手を止め、ガラス越しに凝視する。しばらく時間を置いて……チンパンジーが起き上がる。辺りをキョロキョロと見回した。


「よおっし!」


 テイリがガッツポーズをした。それから身を乗り出し、チンパンジーを凝視する。

 チンパンジーは恐る恐る動き出した。右手を前に出し、止まる。不思議そうに自分の手を眺めた。今度は後ろに向かって動き……そこで倒れた。

 ビクビクと痙攣するように動き、右手だけが断続的に上下する。口から泡を吹いた。足元に水溜りができる。しばらくして、それも止まる。起き上がる気配はない。ピーッと、心臓が止まった心電図の音が響いた。


「クソッ! また失敗かっ!」


 テイリが怒鳴り声を上げた。


「駄目ね。エラーだわ」

「見れば解るっ」


 テイリはバリバリと頭を掻いた。フケが飛び散り、苛立たしげに床を蹴る。うろうろと歩き回り、椅子にどっかと倒れこんだ。


「あー、テンション落ちた。今日はもう終わりだ。五十鈴、解剖に回しとけ」

「はいはい」


 やる気のない口調で指示して、僕達に向き直る。


「はあ……んでお前ら、何を見たいって?」


 何事もなかったような調子だった。


「何の実験をしていたんですか?」

「記憶の移植実験。生きた脳のコピーに成功したのは知ってるか?」

「はい」


 脳に蓄積された記憶を、データとしてコンピュータに記録することに成功したというニュースは、一時期世間どころか、世界を賑わせた。その研究の成果は、先に見た人工知能の礎になった。

 まさか、僕らとさほど変わらないような年齢の彼が、その技術の開発者なのだろうか。


「今度は脳死した脳からデータを引き出す実験なんだ」


 テイリは事もなげに言う。


「そうやって引き出したデータを補修して、移植実験をしていたんだ。でも完璧じゃなかった。結果は見てのとおりだ。不完全なデータを移植された脳が誤作動を起こしたみてえだな」


 その結果がアレ、ということか。


「他に質問は?」

「あのお猿さんは、し、死んじゃったの?」

「ああ。死んだな。生き延びても廃人……廃猿か? 殺してやるのが情けってもんだ」


 テイリはあっさりと答えた。


「かわいそう……」


 リコが呟く。


「かわいそうだぁ? お前、ベジタリアンか?」

「違うけど……」

「ならかわいそうなんて言うんじゃねえ。お前だって牛や豚や魚や鳥を殺してる。お前はハンバーグやステーキを見てかわいそうだと思うのか? 俺は美味そうだとしか思わないね」

「でも……」


 リコはもっとしゅんとしてしまった。テイリはさらに続ける。


「実験の最中に死ぬこともある。そんなのは当たり前のことだ。俺は人間だから、胸を張って人間だと言い、胸を張ってあいつらを実験の犠牲にする。何故なら、それが必要なことだからだ。他の命を食って生きるのが人間だ。他の動物よりも優れた生き物だからそれが許される。そうじゃないと、そう思ってないと、殺された側に失礼だ。それは殺される奴らを馬鹿にしている」


 人間至上主義……なのだろうか。いや、違う。

 多分、優しいのだ。だからこそ、犠牲になる動物に罪悪感を感じることに罪悪感を感じる。

 犠牲を強いることを、義務にすることができない。義務だと思ってしまえば楽なのに。


「可愛いだろ?」


 ミズキがこっそりと僕に言う。


「優しい」


 僕は言った。











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