Ⅳ・行為、試験、その内容→Ⅴ
「……は?」
かくれんぼ…………?
「へえ……それ、やるんだ」
会長は人事のようににやりとした。
誰もが一度は幼少期にやる、あの遊び……それ以外に思い当たらない。ちらりとリコを見たが、同様のようだった。
「かくれんぼと、おっしゃいましたか?」
「ああ。知らないのかね? 鬼を決め、鬼が目を閉じている間に他の皆が隠れ、鬼がそれを見つけるという遊びだ」
「いえ、そうではなく……」
どうやら僕の知っている「かくれんぼ」で間違いなさそうだ。
「本来、単なる児戯なのだがね。今回は仕様が違う。まあ、地図を見れば判るだろう?」
「国内全てが範囲だ、と?」
閣下は首肯した。
「私はこれから、ある場所に出掛ける。君達には、私がどこにいるのかを捜してもらうことになる。つまり、君達が鬼というわけだ」
僕らは黙って話を聞いた。一字一句、聞き逃す訳にはいかないのだ。
「しかしまあ、なんのヒントも無しというわけにもいくまい」
そう、いくらなんでも、全国内をなんの手掛かりもなしに探すのは不可能に近い。
それこそ、雪に落ちた砂糖を探すようなものだ。
「まず、君達にはミズキをつけよう。ミズキと、それからメバルだ。一緒に行動したまえ。二人には答えてもいい範囲での回答を許可している。地名についての質問には答えないから、例えば『どこどこではないか?』といった質問には答えない」
答えられる質問は何度してもいいと、閣下は言った。
「それから、ヒントその一。私はずっと、そこの研究をしてきた」
どこかの研究施設……? しかし、それでは、そこについての研究をしてきたとも、そこで行っている研究をやってきたともとれる。
「ヒントその二、私を捜し当てる必要はない。場所の推測をしたら、その場所をミズキに言えばいい。ただし、チャンスは二回までだ」
二回……二回しかないととるか、一回は間違えても構わないととるか。
「それから、ある特定の質問について、二人には嘘をつくように言ってある」
……ここにきて、またそういうことを。
「演技でそれを見破れると思わないほうがいい。しかしまあ、それはほんの少ししか用意していないから安心してほしい。あるキーワードと、それに関する質問にだけだ。そのほかの質問には嘘をつかない」
一つでも嘘が混じるのなら、それは前提が違ってくる。
わかって言っているのだろうが。
「それでは、私はここを出る。君達は一時間経ったらここを出てもよい」
閣下はそのまま、僕らの入って来た扉に向かった。
「頑張ってくれ。では、さよなら」
「さよなら」
会長が手を振る。閣下は自動的に開いた扉から出て行った。
そして、僕らが残された。
リコを見る。その顔には、困惑が滲み出ていた。
「まあ、そういう訳だ。仕方ない、一時間待とう。その頃、メバルが迎えに来る」
会長はそう言って、がさごそと部屋を漁る。
「お、クッキーがあったよ。おーい、そこの番兵、お茶をいれてくれ。コーヒーでもいいけど」
この会長と一緒に行動する。……それもまた、試験のうちなのではないかと、そう思った。
「まず、言っておくよ。これからの私は、君達の質問に答えるだけの、いわばファンタジーにおける妖精さんのような存在だ。答えられる質問には答えるけれど、特定の制限があって、答えられない質問には答えない。自ら助言はしないけど、訊かれたことには答える。知っている事は答えるけれど、知らない事は答えない。例え知っていても、答えることが制限されている質問にも答えない。それから、ある特定の事柄について、私は嘘をつくように義務付けられている」
「そんな妖精さん、いません」
お茶をすすりながら、会長はからからと笑った。
「まあそう言うなよ。他の事ならなんでも答えるからさ。何が知りたい? 私のスリーサイズとか?」
「いえ、いいです。そうですね、閣下が研究していたもの、それはどんなものがあるんですか?」
研究をしてきた場所は、研究していた内容……そこから何かが読み取れるだろうと。
「ふむ、つまらん。じいさんが研究していたといえば……軍需産業、重機械や銃器、燃料開発、飛行機械設計、材料工学とかロボット工学、演算計数、建築学、脳医学に遺伝子工学、心理学、農学、経済学、法学、近代史、現代史、古典や国語、思想史、形而上学に……」
とんでもなかった。
研究所か、それに類する所にいるのではと推測し、研究領域を聞けばある程度は絞れると思ったのだが、その情報を聞いたら余計に混乱しただけだった。
「では、研究をしつつ篭れる施設があるものに限定すれば……?」
「研究所まで構えて研究しているとなると、そんなには無いね。軍需産業関係と機械産業関係、医学遺伝子工学に限られるかな」
なるほど、それくらいなら、まだなんとかなるかもしれない。
「ただ、資料館や図書館でなら、その他のもある程度は研究できる」
…………。
やっぱりなんともならなかった。
「んー」
リコは地図と睨めっこをしながら呻いた。
閣下が部屋を出てから、僕らは場所の推測を始めた。最初に候補に挙げたのは、研究所の類だった。ヒントをそのまま信じる形だが、今のところ他に手が無いのだ。
「会長」
「うん?」
「会長は、閣下の潜伏する場所を知っているんですか?」
「うん、知っているよ」
「それは、ここよりも北ですか、南ですか?」
「んー、場所を限定する質問にはね、答えちゃいけないルールなんだ」
「ん、ん」
リコが地図を指す。いつの間にか、地図を閣下のデバイスからコピーしていた。閣下が出ていった後に返却された自分のデバイスを使っていたようだ。
「どうした?」
「んー」
リコは唸るばかりだ。
「言ってくれなきゃわからない」
そういうと、リコは恐る恐るといった様子で声を出した。片手を口元に添え、内緒話をするように。
「もう、しゃべってもいいの?」
「へ?」
「何も言うなって、アキが言ったよ」
今朝、僕が言ったことを今の今までずっと?
……なんてこった。
だからずっと唸るように、妙な態度だったのか。
リコの魅力でもあり、欠点でもある、そんなトコロ。
そんなリコが……僕は。
ああ、失うには惜しい。いとおしい。
「……うん、もう話してもいい。それで、なに?」
「うん。この地図、いくつかポイントされてるよ」
見れば、確かに地図の数箇所に赤い点が印されている。閣下のコンピューターの中では無かったものだ。コピーペーストして始めて見えるようになる仕組みなのだろうか。だとすれば、リコのお手柄だ。
「リコ、よく見付けたね。すごいよ」
「えへへ、地図があれば便利かなって」
わざわざコピーしなくても、国の地図なんかデバイスにいくらでもあるというのに。そこらへんがリコのすごい所、なのだろうか。そうなのだろう。
ふと、思い付いた。
「会長」
「なんだい」
「これは、閣下の残したヒントですか?」
「うん、そうだよ」
……それなら、ひとまず頼ってみるのもいいだろう。
その地図は地形が表示されているだけの、殺風景な物だった。これによると、ここからやや南の海沿いに一つ、やや北に一つ。それから、北に数百キロの海沿いに一つ。全部で三つ。
僕は自分のデバイスで詳細地図を呼び出した。
やや南の、一つ目の点と重なる場所は、海沿いの工業地帯だ。ここで作られた機械製品は世界中に送られる。世界でも第一規模の工房だ。
「ここには、機械産業地帯があるみたいだ」
その中にはいつぞやのニュースで見た、自律思考するロボットや、全身が人工臓器や血管、人工体液で出来た、人造素体の開発をしている研究所もあった。
その二つが組合わさったものは、人間と何が違うのだろうか……。
無駄な思考だ。今は凍結する。
次に、やや北にある、もう一つの点と地図を重ねる。そこは山奥で、ろくな施設の無い地域だった。重なる地域で、めぼしいものを探す。
…………あった。多分これだろう。「国立脳科学研究開発センター」という施設だ。
「脳科学……?」
「脳医学、ではないんだね」
ここの詳細は知らない。後で調べる必要がある。
最後の一つ……ここからかなり北にある点だ。
「ここは……なんだ?」
特に符合する施設はない。ただの山……小さな田舎町だ。自然の多く残った、時代に取り残された町。観光地も無ければ、人を集める程の美しい自然もない。特筆すべき箇所の無い場所。聞いたこともない地名だ。
衛星カメラを開く。その場所には、なにかがあるわけではないように見えた。
「会長、ここは?」
「ああ、そこか。気になる?」
「それは、勿論……」
「では、行こうか」
「え?」
「そこにさ」
会長は扉を開け、外に出た。
「もう一時間経ったよ」
僕らは慌てて会長の後を追った。
ポートまで移動し、そこから飛行機で北へ向かうという。さすが閣下の官邸、敷地内に飛行場まであった。専用のジェット機は、音速を越えて僕らを目的地まで運ぶのだそうだ。
飛び立つ前に、僕は会長に訊いた。
「会長」
「ん?」
「卜部さんはいいんですか?」
「ああ……」
そういえばそんなのもいたなと、会長は呟いた。
「首都にいけば、また会うだろうさ」
それっきり、特にコメントもなかった。




