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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
14/39

Ⅳ・行為、試験、その内容→Ⅲ

 卜部さんと別れ、先に昇降口にいたリコと合流する。リコはしゃがんで下を向き、俯いていた。


「お待たせ」


 リコは顔を上げ、立ち上がった。並んで正門に向かう。

 荷物はない。

 丸腰だ。

 裸でいるような気分。

 立ち向かうべきは傑物、怪物。

 歴史に名を残すような相手。

 僕らなど、指先だけで葬れる存在。

 だからこそ。

 なればこそ。

 全てを僕に委ねた、リコのためにも。

 例え結ばれることが無いとしても、僕は、僕には……そうする義務がある。

 不意に寒気がして、リコの手を握った。


「……?」

「ごめん」


 昨夜のことは、リコの優しさだ。

 結ばれることを拒否するが故に。

 だから、あまり、あまり調子に乗ってはいけない。

 でも……それでも。


「ごめん」

「…………」


 リコは溜め息を吐いて、僕の手を握り返した。

 その手は冷たくて、少し震えていた。


「ねえ、リコ」

「……?」

「僕が、さ」


 唾を飲む。


「僕が、システムを変えるから。だから、それまで、そばに……」


 リコは困ったように、小さく笑った。

 何も言ってはくれなかった。




 正門には、黒塗りの高級車がいて、僕らを待っていた。

 僕らは後部席に乗り込む。設定は済んでいるらしく、音もなく自動的に車は動き出した。六人は楽に座れる広さだ。やたらと座り心地のいい座席には、冷蔵庫とデバイスが取り付けてあった。グラスも飾りのように置かれている。

 手を出す気にはなれないけれど。

 そして、そこには会長がいた。


「やあ」

「会長……どうして?」

「挨拶がてら、ね」

「……」

「なんだい、妙に暗いね。緊張しているのかな? 無理もない。相手はあの怪物のような存在だ。なに、怖がることはない。会えばわかるけど、あんなのはただの老人だ」

「はい……」


 時代の寵児を、いくら身内とは言え、ただの老人と言い切る。

 会長もまた、寵児なのだろう。


「まだ怖いのなら、話をしよう」


 会長は僕らの顔を覗き込む。リコと二人、顔を見合わせた。


「他愛もない話を、ね。緊張することはない。いつものように、自分の思うことをいえばいいのだよ」


 そうして一時間ばかり、会長と話をした。政治のちょっとした構造の疑問や、思想の食い違いを埋める考え方。僕はちょくちょく会長に意見を言ったが、いつまで経っても、リコは一言も話さなかった。

 やがて、景色が見たこともないものに変わっていき、それから、だんだんと見覚えのある場所に変わっていく。首都に入る頃には、もう景色は僕らのいた学校とはまったく違う、都会のものになっていた。


「っと、着いたね」


 車がゆっくりと止まる。着いたその場所は、映像や写真で、何度も見たことのある場所だった。しかし、内部まで入ったのはそう多くないだろう。何しろ、ここには厳重に警備がなされた、世界一物騒で、世界一安全な場所だ。

 いざという時には、ここは要塞にもなる。ここは実際に、過去に何度も攻撃を受けているが、一度も陥落したことはない。この場合の陥落とは、チェックメイトのことである。

 ここは総督邸。

 そう、ここに、この国の国家総督がいるのだ。

 総督は今現在、個人としては、世界最高の権力者である。総資産、私設軍隊兵数、知名度、社会的地位。どれをとっても彼に敵うものは多くないだろう。

 独裁者と、そう呼ぶ者もいる。事実、この国は彼の支配下にあると言っても過言ではない。

 しかし、彼は税金に手を出してはいない。献金と自らの収入で、私設軍隊の全てを賄っている。


 閣下の商売敵になろうとするものはいない。自然、独占市場になっていく。独占市場であれば、それは無限に等しい富を産む。

 金を金のまま転がすことで、巨満の富を築き上げた。

 要するに、金貸しだ。

 それにしたって暴利というわけではないし、それまで金貸しを営んでいた者は取り込んだ。誰も恨むものはいない。困るのは違法の金貸しくらいだ。逆恨みはまあ、あるのかもしれないが。


 門の横にある守衛室でボディチェックを受ける。僕とリコはもちろん、会長まで一緒に調べられた。

 僕はいいけど、女のチェックは男にさせるなよ、と思う。

 腋の下から腰までをまさぐられていた会長を見ると、終業から下校の間くらいのような、退屈そうな顔をしていた。


「まあ、いつものことさ。じいさんは気にしないんだが、周りがうるさいのさ。たとえ相手が家人でも……いや、だからこそ、かもね」


 会長は苦笑したようだった。

 黒いスーツ姿の二人に先導されて、大きなホールを通り、エレベーターに乗る。黒服はカタカタとデバイスに何かを打ち込み、エレベーターから出た。ドアが閉まる。階数表示はない。ただ、感覚でわかる。向かう先は地下だ。

 誰も言葉を発しない。リコはキョロキョロとエレベーター内部を見回している。会長は目をとじて腰に手を当てていた。

 ゆっくりと、エレベーターが止まる。ドアが開き、空気が入り込んだ。甘ったるいような、妙な匂いだった。


 エレベーターから出ると、白い全身光学スーツを着た兵士が二人、そこにいた。閣下の私兵だ。肩から弾薬を下げ、手には銃を持っている。そしてまた、ボディチェックを受ける。ここでデバイスを没収された。それからサーチゲートをくぐる。立ち止まり、指紋を採取された。兵士がなにかデバイスに入力すると、ドアが開いた。とてつもなく分厚い、金属でできた扉だ。

 扉をくぐれば、長い長い廊下が続く。一本道だ。横道も遮蔽物もない、広くはない廊下。監視カメラが一定の距離毎においてある以外はなにもない。壁は一面が金属で、機械の内部にでもいるような感覚を僕に与える。

 こんなところで敵に襲われればひとたまりもない。迎え撃つ場合はいいだろうが、逃げ場が無いので、防衛に適しているのかは微妙なところだ。


 会長はぐんぐんと進んでいく。流れるような、綺麗な歩き方なのに、僕らはついていくのがやっとだ。まるで会長だけが動歩道に乗っているようで、思わず足元を確認した。高級そうな絨毯だった。もちろん動歩道はついていない。

 やがて……また扉が見える。これまでの設備が嘘のような、何の変哲もない木製の扉。機械的な施設の中、そこだけが異質だった。


「ここだよ」


 前を歩く会長が立ち止まり、振り返りながら言った。


「ここに、じいさんがいる。二人とも、準備はいい?」

「……はい」


 僕は言った。リコも頷く。


「では、いこう」


 会長はドアノブに手をかけた。キイ、と心地好い音がして、扉はゆっくりと開いていく。そして――――。




 恐ろしくないわけがないだろう。

 準備など、いくらしたって足りないくらいだというのに。

 お前なんか、ちっとも恐くない。

 僕が恐いのは君だけだ。

 僕が欲しいのは君だけだ。








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