Ⅳ・行為、試験、その内容→Ⅰ
そして……とうとう、勉強会に参加しているのは、会長たちと僕らだけになった。
会長は特に何も言わない。以前のように、ちょっと試験に行ったと告げたきりだった。
僕もリコも、もう語り合う気力は萎えていた。適当に話は合わせるものの、そんなことは会長にはお見通しだろう。それでも、会長は勉強会をやめなかったし、僕らも参加し続けた。
「さて、今日も人間と理想について……」
会長はなにも変わらない。会長はいつでも会長だった。
最後にケンちゃんと優子さんを見てから、およそ一ヶ月が経過した、ある勉強会の時だった。会長が、帰ろうとした僕らを呼び止めた。
「アキ、リコ」
そう呼ばれたのは初めてだった。何か空気が変わったのを感じる。
「お待たせしたね」
それだけで、僕は理解した。ついに、ついにその時が来たのだと。
僕らは会長に向き直り、椅子に座った。卜部さんが後ろに仁王立ちしている。
「すまないね、予想外のアクシデントで長引いているものだから」
「いえ……」
ケンちゃん、か……? 結果が出たのか?
「やっと、君の番だよ」
会長は、にやりと笑った。底冷えするような笑みだった。
「君達には、明日、じいさんに会ってもらう」
わかっていたのに、息を飲んだ。
「そこから先は、本人から聞いて欲しいのだけど……今、聞くかい?」
「いや、いいです」
「ほう?」
それを聞いたら、聞いてしまったら、何かが決定的に変わる気がして、僕は断った。
しかし。
「聞きます」
割って入るように、リコが言った。僕は驚いて目を見張る。
「リコ……?」
「聞きたいよ。どうなるのか」
リコが僕の目を見た。僕は息を一つ吐いて頷き、会長を見た。
「お願いします」
「いいだろう。じゃあ、少し話をしようか」
リコがそう望むのなら、僕はそうするまでだ。
「ええと、何から話そうか。まず、私の曾祖父が総統閣下だというのは知っている?」
「はい」
総統閣下。この国の代表だ。彼女は、その曾孫に当たる。この学校の関係者なら、誰もが知っていることだ。
「うん。そして、じいさんはもう八十だ。そこでじいさんは、次代を担う優秀な人材を求めている。その一環として、私にその選定をさせているのさ」
……予想と違わない。それはいつか、会長自身が否定していたはずだ。
「ここ最近は、理想郷について話をしたね」
「はい」
「その中で言ったこと、覚えているかな。理想郷へ到る道程は、三つあると」
「はい……」
会長が話していた。死後に求める、空想する、小規模な理想郷を作る、だったか。
「じいさんは、その三つの、どれでもない方法を採った。つまり、大規模な理想郷の建設だ」
それが、僕らの住むこの国、だと。
「まあ、全てが理想通りとはいかない。制限もあるし、条件もある。ある程度は妥協もした。そうやって、この国を創ったんだ。だがここにきて、じいさんにも寿命がきた。この国が維持できているのは、じいさんが存命だからだ。また跡取りとなるべき息子達は、とんだ愚図ばかりだった」
自分の祖父、父親、あるいは叔父を、そんなふうにこき下ろす。
跡取りの話は、いくつか候補がいるらしい、としか知らない。あくまでネットワークでの噂レベルの話。
「そこで、白羽の矢が立ったのが私だった。しかし、私はまだ幼い。いくら能力があろうと、ね。その為に私はメディアに露出したりしたのだけど」
不遜に笑う。でも、確かにその通りだ。
舐められるだろう。きっと。国を導くには、会長はまだ若すぎる。
「故に、まず周囲を固めた。一番上でも、まだ三十に届かないが……私の、私達による、国のための団体だ。彼らは、既に様々な場所で働いている」
会長は振り返り、後ろに立つ卜部くんを見た。
「これも、そうやって審査されて選ばれた一人さ。頭が良く、背が高く、体力があり、見栄えがいい。そんな理由で選ばれた。私からすれば、ただのデクノボウだがね。子供の能力は予想できても、性格まではある程度しか弄れないのさ。今の科学ではね」
至極つまらなそうに言う。卜部さんは、今日は微動だにしなかった。
「まあ、その一員になるテストを、君達には受けてもらうのさ。否は認めないよ。悪いけど、これは強制だ」
それは避けられないのだと、そう言った。
「試験の内容は知らない。それはじいさんと受験者次第だ。命に別状のあるようなことはないから安心して。見事にクリアすれば、私の補佐をするポストが与えられ、望みが叶う。じいさんにできることに限るがね。リコ、君は確か、システムを変えたいと言っていたね。それも可能だろう。成功すれば、だが。失敗すれば」
そこで一旦、言葉を区切る。いやがおうにも引き込まれる。僕はじっと、睨むように会長を見ていた。
「まあ、それは試験が始まってから、だね」
それ以上は、なにも教えてくれなかった。さあさあと追い出されて、僕らは部屋に戻った。
冬も近い廊下は寒いくらいで、身体は縮こまるが、不安を引き締める役には立たなそうだ。
僕はポケットに手を入れて、猫背になって歩く。リコはとぼとぼと後ろを歩いていた。
二人とも、言葉はない。まるで、寒さで口が固まってしまったかのようだった。もにもにと唇を動かす。舌で軽く湿らせて、やっと声を出した。
「リコ」
「アキ」
言葉が重なる。同じタイミングで口火を切った。
「なに?」
「うん」
リコに譲る。素直に受け取った。
「あの、さ……やっぱりいいや。後で言うよ。部屋に帰ってからでいい。アキは?」
「……うん。リコ、大丈夫?」
「……?」
「どうなるか、わかんないよ」
脅すでもなく、事務的な口調を心がけて。
「…………それでも」
「うん」
「成功すれば、システムを変えることができるんだよね」
「……うん」
それがどういう意味かはわかっているつもりだ。それから、リコの想いも。
「リコはシステムを変えたいんだね」
「そうだよ」
いつだって流されるばかりで、あんまり意見を言わず、事を荒立てるのが嫌いで、でも、本心から思ったことは決して覆さないで、反論して。
そんなリコが、はっきりと言い切った。
優しくて、綺麗好きで、子供が好きで、小さな仕種が可愛くて、料理が好きで、でも味付けが薄くて、言っても濃くしてくれなくて、変なところで頑固で、要領が悪くて、そのくせ手先は器用で、散らかってるのは平気なくせに汚れには敏感で、寝ぼすけで、怖がりで、泣き虫で、猫より犬派で、気付くとボーッとしていて、でも本人はしっかり者のつもりで。でも、ときどきびっくりするほど鋭くて。
僕の〇〇〇な、リコ。
君が望むのは、システムの破棄。
それなら僕は、それに応えよう。
例えばそれが……君との別れになろうとも。




