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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
11/39

Ⅲ・江間那カナメと及月クヂオは考える →          EMANAKANAME & OIDUKIKUDIO

 屋上で過ごしてから三日……僕らはもうろくに授業に出ていなかった。それでも、教員は何も言わないし、誰にも文句は言われなかった。

 その日、僕らが食堂で昼ご飯を食べていると、及月くんと江間那さんに会った。僕とリコのメニューは乙定食で、及月くんは丙定食、江間那さんはうどんだった。


「こんにちは」

「こんにちは。ここ、いいですか?」

「あ、うん」


 六人がけのテーブルに向かい合って座っていた僕らの、それぞれ隣に二人は座った。僕の隣は及月くんで、リコの隣は江間那さんだ。

 自ら染める者もほとんどいないこの学校では、金色の髪は、どうにも目立つ。


「会長、面白い人だね」


 うどんをすすっていた江間那さんが言った。僕はタルタルソースのついた白身魚のフライを、箸で解体している手を止めた。


「うん。あむ、すごい人だよね」


 リコは早々にフライを消費してしまい、今はマヨネーズで和えたキャベツの千切りを、少量ずつ食べている。リコにはおかず、付け合わせ、ご飯、汁物の順に食べる奇妙な癖がある。


「お二人はなんのきっかけで、あの勉強会に?」


 丙定食は日替わりで、今日は焼き魚のようだ。及月くんはバランスよく三角に食べていく。ちなみに乙定食はフライの盛り合わせだ。

 僕は例の作文について話した。


「それは……随分と運がいいんだね」


 江間那さんが言った。


「どうなのかな。僕は別に参加したかったわけじゃないし」

「しかし、沖さんも磯近さんも、例の噂は聞いたのでしょう?」


 及月くんは言った。


「リコでいいよ。みんなそう呼ぶから」

「あ、じゃああたしもカナメって呼んで」

「では、僕のことはクヂオと呼んでください」

「じゃあ、僕はアキで」


 定型のやりとりは、あくまで白々しく。

 それでも、必要な手順なのだから仕方がない。


「例の噂というのは、勉強会参加者のその後のこと?」

「そうです」

「ん? なにが?」


 リコが訊いた。そういえば、リコは知らなかったのか。


「ええ。勉強会は、会長が十二の時から始めて、今年で六年目なのですが……参加者は特に十七、八歳が多くを占めます。これは合宿参加の前にという意向です。そして彼らのうち数名が、一般的に見てアッパーな地位にいることが確認されています。国会図書館、宇宙ステーション、フィロソフィセンター等、国営の施設が中心ですね」


 クヂオが言った。それなら、僕も知っている。


「そう、なんだ……」


 リコが呟くように言った。


「つまり僕たちは、出世への絶好の機会を得たと言って良いのでしょう」


 声をひそめる。


「僕たちは運がいいのですよ。多分ね」


 いたずらっ子のようにそう笑って、魚の身を口に入れた。


「多分だけど、会長は人材のスカウトを任されてるんだよ」


 カナメがうどんをすすりながら言う。


「だからあんな会を開いてるの」

「スカウトねぇ」


 僕は、それは違うと思う。


「そう。こんなふうにしなくても、優秀な人材ならいくらでも探せます。こんなやり方で探すメリットがないのです」


 顔に出ていたのか、僕を見てクヂオが言った。そう、それは僕と同意見だ。


「まあ、目的なんて後でわかるよ、きっと。それで、二人はどんなふうに誘われたの?」

「んー」


 僕が訊くと、クヂオは唸った。


「誘われたというかですね、僕達は会長と同じ生徒会役員でして。そこで気に入ってもらったと、そういう訳です」

「正確に言うと、あたしが書記で、クヂオが庶務ね。といっても、ほとんどの仕事は卜部さんに割り振られるから、イベントとかの忙しい時にしか、あたし達の出番は無いんだけど」


 地味にひどい。手伝ってあげればいいのに。


「あの人には手助けなんて必要ないんですよ。何かしようとすれば、逆に迷惑をかけてしまいます」


 クヂオは苦笑するように言った。


「とまあ、僕らが選ばれたのはそんな理由からですよ。特別なことではありますが、理由はある」


 その物言いからは、ありありと見え隠れする。

 なんでお前らなんだよ、と。

 別に敵意があるわけじゃなさそうだけど。


「あー、じゃあほら、あの奥屋さん達は? 彼らなんか下級生だし」


 リコが訊いた。


「彼らは以前、会長に突っ掛かっていったことがありましてね」


 クヂオは言う。


「少し前に、訳あって転学処分を受けた学生がいまして、どうも根頃くんはその学生と仲がよかったらしく、そのことで直談判をしに来たんです。その時、会長にいたく気に入られましてね、処分の取り消しを承認したくらいでした」


 ありありと目に浮かぶ。会長に食ってかかる根頃くんと、それを笑顔で迎え撃つ会長の姿が。


「だから、本人は気に入らないらしいのですけど、根頃くんは会長に恩があるんです」


 だから、勉強会のボイコットもできないということ。

 あんなに嫌そうにしているくらいなら、来なければいいのにと思っていたが、そういうことか。


「律儀なことだね」

「まったくです。そこが気に入っているのでしょうが。会長は能力の有無ではなく、自分が気に入るか否かで選んでいる節がありますね」


 そう、それはきっと正解だ。それが何かのヒントだろうか。


「気に入った相手を、総督閣下に紹介するっていうこと?」

「うん……それに近いニュアンスだと思うのですが……」


 クヂオは言い澱む。その解答は確かにそれらしいが、何か違和感がある。


「きっと、何かあるのでしょうね。僕らには解りかねる、何かが……」






「見ての通り、僕には外国の血が入っています」


 両手で自分の顔を示してクヂオが言った。


「排他的なこの国では、僕は奇異の目で見られることが多いです。まあ、この国の歴史を考えれば、仕方のないことですが」


 クヂオはそう言って苦笑した。それは多分、僕にはわからないことなのだろう。


「祖父の代で帰化したと聞きました。この国の文化が肌に合ったそうです」

「というと?」

「祖父は、所謂宗教家だったそうです。部屋に篭り、祈り、排他的に清貧に暮らし、身を清めるような」

「キリスト教かい」

「まあ、そうです」


 クヂオは続ける。


「祖父は変わり者で、信仰心からそうしていたのではなく、システムとしての宗教を好んでいたようです。内に篭り、日々思索し、それをごく小さなコミュニティで共有するという。アーミッシュって、ご存知ですか?」

「ああ、なるほど」


 それをシステムとして好んでいたのなら、この国の文化はぴったりだろう。

 外国人は観光に来るが、住むのは簡単ではなくなった。厳密なる審査と試験を重ね、帰化した者だけが、この国で暮らすことができる。

 一応、外国人のまま住むことも可能だが、それには制約がいくつかあり、例えば、常にGPS付きの外国人登録証を持ち歩かなければならない等のデメリットだ。

 その分、この国の国民が海外に出る場合、その振る舞いには重い責任が生じる。外国で罪を犯したのなら、通常考えられないような重い罰則が設けられている。海外で児童に買春行為をした男が、一時強制労働施設送りになったこともある。これは、国内での殺人に匹敵する処罰である。また、外国人の犯罪者は、例外なく強制労働施設に送られる。

 それでも、帰化を目的にこの国を訪れる人間が、後を絶たないのが現状だ。


「でもさ、宗教は……」

「はい、基本的には禁じられていますね」


 宗教法人の制度がなくなったことで、団体としての活動、つまりお布施、資金集めに税が発生した。そして、料金規定も定められた。これにより、営利団体としての側面を失った宗教は、次々と衰退していった。それでも尚残ったのは、古くからある寺社仏閣や教会等、まっとうなもので、儀礼的な施設だけだ。

 国からの補助と資金源がなくなったとはいえ、宗教がそう簡単に無くなるはずもなく、未だに仏教や神道などの伝統行事や教えは、民間レベルで残っている。ただし、カルト教団や新興宗教の類は、残らず姿を消した。少なくとも、大っぴらに活動しているものはない。

 個人的に信仰することは可能だが、宗教を新興することはほぼ不可能になった。


「先ほども言いましたが、宗教をシステムとして好んでいた祖父ですので。神の存在を信じていたわけではないのです。だから、禁止されようとも一向に構わなかったようです」

「システム、ね」


 システムという言葉は、やはり特別な響きを持って聞こえる。


「宗教というものは便利ですよね。簡単に結束が保てて、精神の拠り所や、行動する原動力、理由にもなり、無条件で盲目にさせることができる。あの人種的にバラバラな国が一つに纏まれていたのもそのおかげだし、それに対抗する為の兵隊を作ることができたのも、また宗教の力ですよね。そんな便利なもの、使わない手はないですけど、閣下のすごいところは、それを排斥したことですよね。国家元首としての立場を利用するなら、宗教を有効活用する手はいくらでもあるのに。まぁ、その代わりといってはなんですが、閣下自体を救世主のように崇める団体も現れましたけどね」

「あたしは、宗教って好きだけどな。色んなストーリーがあって、神話とか読んでると楽しいもん」

「そ、それは宗教じゃないと思うよ」


 カナメの言葉にリコが返す。確かにそれは宗教ではない。


「宗教は、閣下の言うことに適ってると思うんだけど。何故禁じたのかな」

「確かに、規律で縛られた行動を心がけるのは、人間的であると言っていいだろうけどね。宗教が必要なのは、要するに不安があるからなんだろう。死ぬのが怖いから、死後の世界での幸福を謳うものに縋る。今生きている世界が辛いから、違う場所に幸福を求める。そりゃ、未成熟な世界には必要なものなんだろうけどさ」


 ごく小さなコミュニティでなら、それはうまく機能するのだろう。それでも、宗教を禁じる理由、それは。


「簡単なことだよ。宗教があれば、争いが生まれるからだ」


 高度に発展した世界において、宗教はマイナスにしかならない。歴史を見ればわかることだ。かつて地上にあった争いの大半は、宗教によるものなのだから。

 戦争に必要なものの一つ、それは大義名分だ。宗教は、それをいとも簡単に与えることができる。

 これは聖戦なのだと、今まで何人の指揮官が言ったことだろう。

 神が許したといえば、殺人も、殺戮も、強姦も、強盗も、奴隷売買も、平然と行えるのだ。

 往々にして、宗教家は他の宗教を敵視する。それは、特に一神教に顕著だ。それも当然で、他の宗教を認めることは、自分の信じる神を否定することと同義なのだから。

 他者に寛容なのは、アニミズムくらいのものだ。


「戦争は……いやだよね」


 リコは箸を止めた。


「うん。いやだね」


 僕は頷く。


「人を簡単に殺せるやつらなんて死ねばいいのに」

「会長の気に入ったのも、わかる気がしますね」


 クヂオが目を細めて笑い、そう呟いた。


「さて、そろそろ行きます」


 おぼんを持ち、僕らの分まで運ぼうとする。断ろうとしたら「まあまあ」とにこやかに言われてしまった。

 ではまたと手を振って、二人と別れた。それが、この学校で見た、二人の最後の姿だった。




 次の勉強会には、カナメとクヂオの姿は無かった。なんとなく、予想はしていた。それでも、問いたださずにはいられなかった。


「カナメとクヂオ、どうしたんですか?」


 僕は会長に尋ねた。


「ああ、彼らなら……」


 会長はにこりと頷いた。それは含み笑いのようで、僕の背筋は、ぞわりとした寒気を感じた。


「そう、ちょっと試験を受けに、ね」


 会長は、そう言って人差し指を立てた。


「そう、ですか……」


 試験……? どういう、ことなのだろう。


「まあいいじゃないか。君達もそのうちわかるよ」


 会長は手にあごを乗せて言う。

 そのうちわかる? つまりそれは……。


「さあ、今日の議論を始めようじゃないか」

「はあ? 説明くらいしろってーの」

「だから、そのうちわかるさ」


 会長は答えない。うやむやなままに、会長は議論を開始させた。ケンちゃんと優子さんも、僕と同様に動揺しているようだった。その日は皆、ろくに意見を出さなかったのだけど、会長は気にする様子もなく、いつものように会議を展開していた。


「理想の都市とは、どんな場所だと思う?」


 僕らは未だ、その答えを持たない。ケンちゃん達にしたように、ユートピアの説明をする。


「そんな場所ではないでしょうか」

「くだらないね。そんなものは理想ではないよ。私が聞きたいのは、死人の古臭い理想郷の話ではない。今、生きている人間の考える理想郷だよ」


 やはり、そんなことでは誤魔化されない。


「なんだっていい。君達なら、私の求める回答がわかっているだろう?」

「社会システム、ですか?」


 会長は息を吐いた。


「それだけでは違うね。理想郷に至るには、いくつかのアプローチがある。その方法の中からどれを選ぶかは君達次第だが」

「どんな方法があると?」

「一つは、思索すること。それは、君の言う社会システムの考察も含まれる。もう一つは、空想すること。フィクションにそれを紛れ込ませることで、自分の理想を語る。これは君の言うユートピアと同じ手法だね」

「もう一つは?」

「考えてみなよ」


 思想の中の理想、空想の中の理想。やはり、理想は実現してはいけないのだろう。実現したら、それは理想ではなくなる。

 僕は全員を見渡した。誰もが下を向き、ケンちゃんだけは上を向き、誰も自信を持って答えられるものはいないようだ。


「思索する、空想する。あとは……わかりません」


 僕は考えることを放棄した。こんな状況で冷静に語り合えるほうがおかしい。


「答えはなんですか?」


 会長はつまらなそうに言った。


「正解は実現する、だ。小規模な理想郷を創ることだよ。自分の周囲だけを変えることや、小さなコミュニティを作って、独自の規範で暮らすことなどがそれに含まれる。どうかした? いつもの君ならこれくらいは答えられるだろうに」


 僕を見て言う。買いかぶりだと思ったが、それを言う気力さえ沸かなかった。

 会長は立ち上がる。


「今日は皆、元気がないね。仕方ない。また次回だね」


 そう言って、会長は部屋を出ていった。卜部さんもそれに続いた。

 扉が閉まるのを確認した後、リコは僕に訊いてきた。


「アキ、あの二人、どうしちゃったのかな」

「わかんない……」


 不安がるリコに、満足な答えを返すこともできない。

 ケンちゃんが寄ってきて、僕の右腕を掴んだ。


「なあ。あいつら、どうしたんだ」

「さあね。多分としか言えないけど、試験ってのが例の噂に絡むなら、閣下にお目通りが叶ったのかもね。今頃はきっと、どの職につくかを考えているのかもしれないよ」

「どうかな……聞いた話だけどよ、帰ってくるとも、要職についているともつかないぜ、あの噂だと」


 少し怯えたような、ケンちゃんの声。

 僕は励ますつもりで軽口を叩く。


「実際、会長に見込まれて出世した人がいるのは事実なんだ。そう怖がるなよ。なにかあったとして、試験とやらをクリアすればいい。それだけの話だよ」

「……クリアってなあ、そんな簡単にいくのかよ。ってか、別に怖くねえし」


 強がる彼は、中々に可愛かった。僕はなんだか気が楽になって、ケンちゃんの肩を叩いて、優子さんのほうに押しやった。


「いてえよ」


 ケンちゃんは不満げに、それでも笑みをこぼした。


「なんかあんた、不思議な人だな。兄貴ってあんたみたいな感じなのかな」

「兄貴?」


 僕は面映ゆくて、苦笑した。


「ほら、物語とかだと出てくるだろ、兄貴分っての? 変なこと言ってるのはさ、判ってるよ。でもなんかさ、そう思ったんだよ。とにかく」

「ふふっ、兄貴、ね。弟くん」

「ああっ、もう忘れてくれ」


 ケンちゃんは頭をかいて優子さんに駆け寄った。


「ケンちゃん、どうしたの?」

「いや。男と男の秘密の会話。なっ?」

「もう、失礼じゃない」


 痴話喧嘩のようにじゃれあいながら、ケンちゃんと優子さんは帰っていく。


「アキ、なんか嬉しそうだね」

「んー、そう?」

「変なの」


 不安がっていたリコも、雰囲気につられて笑う。

 後ろ姿を見送って、僕らも部屋に帰った。

 そして、学校の中でケンちゃん達を見たのも、その時が最後だった。






 がらんとした教室。二年生になってから、クラスメイトは急に減った。施設へ行ったのだ。

 懐妊の認められた女子とそのパートナーは、出産のための施設に移送される。

 施設へは、二年生で行くのが望ましいという。一年生では、まだそこまで打ち解けられないものが多いし、三年生では、卒業後まで延びるリスクがあるからだ。合宿に参加するのは、落ちこぼれのようなもの。

 まあ、会長は特別なのだろうけど。

 今、教室に残っているのは、一年生ですでに義務を果たした数人と、僕らだけだった。

 どうにも踏ん切りがつかないままで、ズルズルと先延ばしにしてきた。僕はリコが嫌な訳じゃない。そんなはずはない。リコだって、殊更僕を嫌がることはないだろう。でも、それでも、リコは言った。これは間違いだと。

 だから僕らは、いつまでも先伸ばしにしてきた。でも、その猶予は、あと一年と少ししかない。

 リコがそれを望む限り、僕は、僕が、きっと。








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