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1-8 実戦練習

「実戦練習だと…」


「はい。ここで一悶着あってはお互いに魔術を

用いた喧嘩ということで風紀委員に処罰されてしまいます。

ならばお互い処分を受けない同意の上での実戦練習とすれば、

禍根も残らずすっきりするかと」


取り巻きが突如としてざわめく。

伊形はその申し出にしばらく思案にふけっている。

そんな中、廓義の後ろに控える帳が申し訳なさそうな顔で言う。


「あの…廓義さん、ありがとうございます。さっきは…」


「それは気にしなくていい。当然の事をしたまでだよ」


帳にかぶせるように廓義は言った。

表情を全く変えずに言葉を紡ぐ廓義の瞳は

冷たくふだんの廓義とは一線を画すものだった。

その言葉は言葉面だけ見れば帳を気遣ったように聞こえるが

廓義にしてみれば「当然の防衛方法」であっただけであったのだが…。


「それにしてもどうするんだよ?エリート相手に実戦練習なんて」


九重が呆れたようにいう。実戦練習とは魔術を用いた

戦闘訓練で先に勝利条件を満たした方が勝者になるという

格闘技のような訓練の一つである。先に有効打を与えた方が勝利する、

相手の杖をはじく、気絶させるなどのさまざまな勝利条件があるが

今日においてそれは殆ど魔術の優劣をはかるものだ。

ワーストである廓義がエリートである伊形に対することはあきらかな無謀に見えた。


「無茶は好きなんだ」


「知ってるけどよ…」


一瞬九重は反論を試みたが廓義のただ事ではない目つきに口を紡ぐ。

廓義には威圧しているつもりはもちろんなかった。

「今」が「彼」なのだ。


「ふふふ…いいだろう。お前の醜態を公式にさらしてやる」


決心をしたのだろう、伊形が唐突に口を開く。


「構いませんよ。もともとがこんなものですし」


「勝利条件はどうする?」


「より実践に近いものにしましょう…そうですね、

気絶あたりでどうでしょうか」


この発言にまたしても周りがどよめく。

気絶が勝利条件となったためにある程度大きな規模の魔術が

ふるわれることは間違いのないものになったからである。

しかもそれを魔術行使技術で劣るはずの廓義が自らの口から紡いだのだ。

その意外性は一塩だった。


「かまわない。生徒会へのは連絡やっておいてやるよ。せめてあがけよ」


伊形は珍しく上機嫌にいった。


「善処します」


それを機に二人は別れた。伊形は笑った。

廓義は笑わなかった。






放課後。

呼び出しは唐突だった。

昼寝に浸っていた廓義からすればゲリラに奇襲されたぐらいに唐突だった。


「はーい☆。一年P組の廓義君っ、僕と生徒会の権限で

伊形君との実戦練習を許可しましたっ。二人ともがんばっちゃってね!

場所は第四体育館だよっ。あ、あと当事者と僕、生徒会、風紀委員長以外の

観戦は許可しませーん。はいっしゅうりょー」


そして唐突に去っていった。廓義がふと顔を起こすと九重、

帳含めてクラスメイトの大半が目を点にしていた。

皆が今の声の持ち主について真剣に議論を始めるほどである。

そして廓義はそんな素振りを全く見せずに放送の指示に従って第三体育館へ足をむける。


「あ!廓義さん、頑張って下さいね」

「ああ、負けんなよ」


それに気がついた二人が声をかける。心配しているそぶりは一切見せない。

それは彼のメンタルを気遣ってのことだったのだろうが

それに対する廓義の対応は実に今の彼らしかった。


「がんばらないけど負けないさ。あとさっきの放送の声は理事長な」


二人は発言の後ろの部分を聞くと向き合って目を白黒させている。


「まて、廓義!理事長は80位の爺のはずだろ!」


九重と帳が視線を戻すとそこにはもう廓義はいなかった。





廓義は第三体育館に到着したがそこには既に彼以外の必要人物は揃っていた。

廓義の手には見慣れない黒塗りのアタッシュケースが握られていた。


「こんにちは」


「やあ廓義君。待ちかねたよ!」


といって舌を出す理事長。

その容姿は小柄な少年のような背丈と顔だち。

目はクルリとしていてまさに美少年といった感じだ。

癖のある茶髪が印象的で、幼さに拍車をかけている。

そして彼の腕の中には一匹のウサギの人形が抱かれている。

とても質がよさそうで表面は艶やかだ。その手足は投げ出されて地面にずっている。


「すみません、遅れてしまって…」


「廓義君、時間についてはなにも問題はない。ただ、なぜこうした?」


怪訝な顔をした白銀がとっさに口を挟む。

その表情にはなぜか失望が見受けられた。


「心配してくれたんですか?会長は優しいんですね」


「誤魔化すな!お前はやつに…」


白銀が一歩詰め寄ろうとして


「ストップだよっ咲妃ちゃん」


理事長が白銀と廓義の間にはいる形でそれを止めた。

そしてその癖のある茶髪を揺らしながらいう。


「廓義くん。期待してるよ。君を招いたかいがあるといいんだけど」


「買いかぶりすぎですよ」


「廓義くんは猫かぶりすぎだよー」


不機嫌そうにいう理事長の目はひどく上機嫌だった。


「こんにちは。君が廓義宣人君?」


不意に廓義は声をかけられた。

その声は可愛らしくしかしその陰には大人っぽい魅力が感じられた。


「はい。廓義ですが…あなたは?」


「私は千手(せんじゅ)海那(かいな)、この学校で生徒会長をやっているわ」


千手はそういって微笑んだ。

全身に青を基調にした清楚なワンピースを身にまとい、

その落ち着いたかわいらしさの中でも

その曲線美は彼女の女性的な美しさを主張していた。


「これは失礼しました」


「いいのよ。まだ一年生への挨拶もしていないしね。じゃあがんばってね」


それだけいってその蒼い髪を揺らして観戦ゾーンへ去っていった。

そこには満面の笑みの理事長、不満そうにこちらを

にらんでいる白銀、にこやかに佇む千手がいた。


そして戦闘ゾーンにはしたり顔で待ち受ける伊形の姿があった。

それを直視して廓義はそこへと向かう。

お互いの間合いが10メートルになったところで立ち止まる。

訓練開始の立ち位置だ。お互いの手にはお互いの杖。

伊形はワッペン型。廓義は手提げにしていたアタッシュケースから杖を取り出す。

彼のそれは純粋な黒で塗りつぶされたリボルバー式の拳銃をかたどっていた。

その弾倉にこれもまた漆黒の弾丸を充填する。

それを終えると彼は始めて意識して伊形と目を合わせた。


「よくきたな」


「少し教室から遠くて少し不便ですね」


「茶番は終わりにしようか二人とも。じゃあ10秒後にスタートね。

いくよー。10、9、8、…」


長くなると見た理事長が早くも間に入る。

しかし理事長の幼い中にも威厳に溢れる声に

廓義と伊形は互いに自然と従い、戦いのために構える。


「身の程をおしえてやる」


「7、6、5、…」


「伊形さんはエリートで俺はワースト、どうでしょう?」


「4、3、2、…」


その答えに伊形は口を歪め、廓義は目を閉じた。

そして


「1、実戦訓練開始!」


火蓋は切って落とされた。



ます動いたのは伊形だった。彼は最短の動きで肩口の杖に手をあてがう。

その瞬間先ほどとは比べ物にならない情報量、陣の規模の術式が高速で展開された。

無数に展開される情報は洗練されていて、宙に浮かぶ陣は美しさすら感じさせる。

魔術情報を入力された具現子は彼の突き出した手の周囲で高速で集約し、

大きな緑色の槌をかたどっていく。

物理系統風属性衝撃性質特化術式「絶空鎚」。

広範囲への打撃的な暴力は確実に廓義を直撃し、

数十メートル離れた壁に激突させるほどの衝撃を与える無慈悲の鉄槌。

相手を気絶させる程度では済まない破壊力を伴うこの術式からは

伊形の鬱憤が見て取れた。しかし難度の高いこの術式の展開スピードから

考えると伊形の力量はやはりエリートのそれだった。

自らの手際の良さに感服したのかもしくは

伊形は勝利を確信してか顔を愉悦にゆがめる。

そのなかでも廓義は両手を下げたまま何も動こうとしない。

未だに目を閉じたままだ。

しかし勝負を捨てたかのようなその立ち姿に何かを差し込むような隙は

いっさいみられなかった。


術式完成直前。


勝利を確信した伊形が緑色の槌にむかって起動を宣言しようとしたその瞬間、

廓義の姿が伊形の視界から忽然と姿を消した。

音も光もなく、もとよりそこにいなかったかのように。

もちろん伊形が目を離したわけではない。

将来戦闘魔術師を目指す人間がそんな間違いはしない。

さらに伊形は常に拳銃型の廓義の杖に注意を配っていたため、

精神系統の幻覚で姿を消したわけではないことは明らかだ。

そもそも廓義が魔術を行使した形跡がないのだ。

ならば何が起きたのか。

構築中の術式の発動を放棄し理解できないその事実に

愕然としながらも伊形は振り返ろうとして…後頭部にあたる金属の感覚に戦慄する。

ピンポイントで接触するひどく冷たいその感覚は銃口のそれに似ていた。

事実それは銃口で、その持ち主は当然のことながら廓義であった。

廓義は伊形の後ろで拳銃を後頭部に向けて

その冷たい目で伊形をうつろに見つめながら軽く一度引き金を引いた。

がちゃり。

後ろでリボルバーのまわるような音が聞いて

ほのかな具現子の輝きを後ろから感じて…伊形は気を失った。


糸が切れたように倒れる伊形。それを見届けると

廓義は勝利の余韻に浸ることもなく自らの杖をしまう準備を始めた。

リボルバーの中の弾丸型の魔術情報メモリを取り出し黒いアタッシュケースにしまう。

そうしているとふと拍手が聞こえてきた。

それは理事長のものだった。


「いやあお見事だね。毎度のことながら感動するよ」


「もう何度みせましたかね。あきませんか?」


「うんうん、ありえないね飽きるなんて。人間の限界なんじゃない?」


「それはどうも」


そういって片づけを続ける。しかしほかの二人は違っていた。


「なんだあの移動速度は…加速術式をつかったのか?」


白銀が問う。その表情に先ほどまでの失望の念はなく、

ただただ大きな驚きに打ちのめされていた。


「そんなことはもちろんですが出来ません。

俺が魔術の展開速度についてエリートの方々にかなうわけはありませんから」


「…ならば開始前から魔術の展開を始めていたのか?」


白銀は信じられないといった風に問い詰める。

しかし廓義は自らが「大したこと」をした認識がなかったために

その対応は非常に素っ気がないものになっている。


「それこそまさかですよ。皆さんがフライングを見張っている中で

それができるほど俺に度胸はありませんよ」


事実観戦していた二人は常に両者の杖に気を配っていた。

これは演習であるのでお互いの公平はきさればければならない。

そのための二人の立ち合いでもあった。


「なら…」


「咲妃、廓義君の言い分は本当よ。

そもそも私たちは彼の杖から具現子の輝きを一度でもみたかしら?」


白銀にかぶせるようにして千手が紡ぐ。


「それがないなら話は簡単。

彼は一切の魔術を行使せずに伊形君の背後まで一瞬でまわりこんだ、

確かに考えにくいけど候補がそれしか残ってないわ」


千手は廓義を見つめながらいった。

その表情にはわずかの驚きと多大な興味が見て取れた。


「そーだよ。それで正解。最後に使った魔術以外はなにも使ってないよ、彼は」


「そうなります。彼は術式構築の最後に対象を決定するタイプだったので…

たしかに術式展開中にも敵は移動しますから理にかなってはいますが

今のように視界から消えてしまえば話は別ですからね。

つけ加えると最後に用いた術式はただの振動術式です。

性質を持たせただけの単純なものですよ」


「それができれば苦労しないぞ…。まてよ…振動の単一性質術式でか?」


「そうですね。俺にはあの時間で複数性質を持った術式は組みきれませんから」


彼は杖を箱にしまいおえて立ち上がる。その顔持ちに先ほどまでの廓義はいなかった。


「ならばどれだけの規模の術式を組み上げたんだ?

振動の単一性質術式ではやつの障壁は破れないだろう」


魔術師は戦闘時には基本的に薄くではあるが物理系統の障壁を展開している。

その障壁は特に殺傷に特化していない単一性質術式をはじいたり、

実弾銃の攻撃から身を守る程度の強度を持っている。

単一性質術式でこの障壁を貫通するためにはその術式規模を

巨大化させなければならず、多くの魔術師はこの手段を

非効率的として選ばずに別の性質を追加することでそれを突破する。

しかし廓義はそれをしなかった。


「無理ですよ。白銀会長は買いかぶりすぎです。

俺は伊形さんの障壁の具現子に干渉して脳の情報処理負担を増加させただけです。」


「一種の不快振動を起こさせたということか?」


「まあよく言えばそうなりますね」


「それこそ異常だ…。相手の完成済み術式に干渉するなんて…」


「殆どゼロ距離でしか扱えませんし、

相手が処理に全力を割いている間でないと杖に処理を肩代わり

されてしまいますから便利はよくないですよ。会長がこの間、

喧嘩の仲裁に入ったときの不快振動術式の方がよっぽど実用性があります」


「その実力があってなぜ入学試験の結果があんなに低かったんだ…」


「相手の具現子への干渉は相手を直接死に至らしめる技術ではありませんし

どちらにしろ俺の展開スピードはとても遅いんです。この分析が少し得意なだけで」


そういって何も無い空を指す。

彼はきっとそこにあるはずの具現子を指していたのだろう。

確かに試験はその方面の才能を判断材料にしていない。

魔術をより攻撃的に用いるすべが試験では図られるのだ。

白銀は信じられないといった目で廓義を未だに凝視している。

隣に佇む千手もそのなめらかな頬に指を当て考えにふけっている。

そこからしばらくは無言だった。

そしてその当事者であるはずの廓義は激しく後悔していた。

「最後の振動術式は使わずに手刀で気絶させれば良かった…」

などとかなり的外れな事を考えている始末だった。

それでも弾丸をはじくはずの障壁をどう突破したのか?と指摘されることに

気がついて彼は深くため息をついた。


「さて…と。今日のメインイベントは終了したわけだしこれでお開きにしようか」


「そうですね。なれないことをして疲れましたから。失礼します」


「ばいばい」


廓義は片手に黒いアタッシュケースを持って静かに去って行った。


「彼は…」


千手が何か言おうとして口をつぐんだ。

そこには無言の二人と、口元をにやけさせている理事長、

気絶した伊形と、春の木洩れ日だけが残された。

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