1-7 報復
「おい、昨日はあの後どうしたんだ?」
「あ、そうですよ。大丈夫でしたか?」
授業前の教室に現れた廓義を見て、九重と帳がとっさに声を上げる。
二人はそれぞれ昨日のことで心配をしていたようだ。
「昨日はあの後退屈な聴取に付き合って終わり。何ら面白いことはなかったな」
廓義は机の上でバッグを広げながら相変わらず興味がなさそうに答える。
その様子をみて廓義が不機嫌だなと判断したのだろう九重が気まずそうな顔をする。
「それにしてもあの二人どうして喧嘩してたんでしょうか…。
初日からなんてなかなかありませんよね?」
帳は心配そうにうつむいてしゃべる。
「それな。動機とかはわかったのかよ?」
「ああそれだが…」
廓義は昨日の聴取会を思い出して、顔をしかめる。
あれはもはや聴取の対象が伊形から廓義に変化していたかのような状況だった。
結局動機などの詳しいところもでは踏み込めなかったのだ。
しかし白銀などに言わせれば廓義の分析のほうが「踏み込んだ」ものなのだろうが…。
廓義はあの状況の説明のためには自らの説明も必要だと思い、
それを避けた。
「それだが?」
「結局昨日は現場の様子を伝えておしまい。つまらないだろう?」
廓義はわずかな罪悪感を感じながらも嘘をついた。
二人はそれを信じたようでうなずいている。
「まあ俺が興味本位で見に行ったのが運のつきだったんだな。
昨日は悪かったな。喫茶店」
「ああ、それだけどな…」
「それなんですがね!なんと近くに和菓子の名店「菊花」の
喫茶店が今日からオープンするんです!すこしお値段は張りますが
お菓子と抹茶が楽しめて・・・・・・・」
九重が語りだすとそれに被さるようにしてに帳がすさまじい勢いで語りだした。
廓義は帳のすさまじい剣幕に呆然とした表情だが九重は違った。
タジタジといった風だがその中に驚愕はまったく含まれていなかった。
「ああ。気持ちはわかるぜ廓義。
どうも帳ちゃんは和菓子に相当な執着があるらしい…。
昨日そのお店を発見した時のテンションの上がりようと言ったら…」
どうやら九重にとってはこの様子は初見ではないようだ。
廓義はその様を想像したようで一瞬身震いをしていた。
そして二人は口をそろえていう。
「「女の子ってわかんねえ…」」
「何がです?」
隣ではお菓子の興奮状態から抜け出した帳が二人の落胆した様子を
ながめてきょとんとしていた。
九重、帳、廓義の三人は昼食をとるために食堂へ向かっていた。
この学校の食堂はメイン1皿、サイド1皿、主食1皿までは無料になっている。
しかもその品質はさすが国家最高峰の魔術学校、
そこらの有名飲食店と比べても遜色ない。
要するに使わねば損なのだ。
その途中ふとしたつぶやきが聞こえてきた。
その声の主は伊形だった。
彼はクラスメイトと廊下で談笑…しているわけではなく、
明らかに目的をもって何者かを侮蔑していた。
「それでそのワーストと言ったら
術式の解析ができますとかいってよ」
「無理に決まってるだろそんなもん」
といって彼とその周りの3人が大きく笑い声をあげる。
廓義はそれをきいて小さい奴らだなと内心呆れていたが
彼らに絡まれて二人に昨日のことが知れてしまうことのほうが
厄介だと判断して歩みを速めた。あそこまでわかりやすい挑発に乗ってやるほど
廓義は短気ではなかった。
「何言ってんだ?あいつら」
「なんか不良って感じですね。
あ、あの男の人昨日喧嘩してた人じゃないですか?」
「はやくいこう、空腹でもう倒れそうだ」
二人が彼らの存在がなんであるかに気が付き始めていることを
察知した廓義は二人をその場から離脱させようと声をかけた。
このままでは確実に厄介になる。
そしてその予感は的中する。
俺たちが再び食堂に向けて歩き出した時だった。
「わかってるだろ?廓義宣人」
伊形の声が人にあふれる廊下に響き渡る。
喧騒にかき消され多くの生徒はそのままの行動を続けたが、
周囲は何事かと振り返り足をとめていた。
廓義はその状況にわずかに舌打ちをする。
それを目に留めた伊形が続ける。
「それがエリートに対する態度か?ワースト」
昨日にまして高圧的な伊形が廓義に迫る。その剣幕に
多くの生徒が二人を取り囲むように集まり始めた。
ここまでことが大きくなってしまってはごまかすのは厳しいだろう。
「あの…廓義さん、これどういうことなんでしょう…」
「あとで説明する。今は俺の後ろにいてくれ。
エリートさまに目はつけられたくないだろ?」
廓義は真剣な表情で二人を諭す。
そこに普段通りの廓義は存在していなかった。
「お前思ったより無茶するやつなんだな」
「自覚はある」
やり取りを終えると二人は俺の後ろに消えていった。
さて…と。
「なんですか伊形さん。昨日の件で何か質問でも?」
「そうだな。お前の
ふざけた妄言についてお前なりの解説がほしかったんだ」
「そうですか。しかしそれは昨日すでに説明済みですけれど?」
廓義は挑発の意味合いもこめて事実を確認する。
彼はこれ以上伊形にからまれるのは面倒と考えてここで遺恨を絶つことに決めた。
「ああ。そうだな。だがあのご高説の後に
もう一度ここの3人のエリートで話し合ったんだが
やっぱりどうにも無理だろ。あれは」
そういうと取り巻きのエリートがわずかに吹き出す。
彼らなりの挑発なのだろう。
「そうですか。ならばもう一度説明して差し上げましょうか?」
同年代を相手にするには丁寧すぎる敬語は伊形たちには
侮辱にも聞こえたかもしれない。
ただでさえ短気で自尊心の高い伊形には効果的だった。
「廓義…。お前な…」
伊形の肩は怒りに震えその頬は紅潮していた。
「なんでしょう?。
そういえばなぜ伊形さんは俺にそこまで関与しようとしているのですか?
もしかして自分に理解できない魔術的な事象を
ワーストである俺が語っていることが不満…だとか、
そんなくだらないことではないですよね?」
自らをワーストとさげすみながら相手をも侮辱する廓義のさまは
まさに伊形の怒気のツボを的確にとらえた。
それが引き金だった。
「馬鹿にするのも大概にしろよ、満足に魔術も使えないワースト風情が…
エリートとの格の違いを教えてやる!」
そういって彼は魔術を紡ぐ。在校時は杖の傾向を認められていないが、
杖がなくては魔術が揮えないわけではない。
要するに情報処理を自らの脳でおこなって
具現子の動きを自らコントロールすればいいのだ。
なので発動に時間はかかるが確かに魔術の発動は可能なのだ。
さらにもとより情報量の少ない魔術を選択すれば、
その時間はとても短いもので済む。
「奔れ(はしれ)!」
詠唱は一言。その情報分量から判断するに系統は物理、性質は射出と判断。
標的は廓義宣人。
情報解析を一瞬で終えた廓義の反応は迅速だった。
彼は標的とされた自身の胸の前で手をクロスする。
その動きには一切の迷いがなく、まるで人形のようだった。
それにわずかに遅れてちょうどその位置に銀色の球体が飛来する。
それほどの大きさはないが直撃すればあざでは済まないかもしれない
それは明確な敵意を持ってもたらされた凶刃だ。
術式の構築から発動まで、その間約二秒ほど。
その攻撃を一歩後ずさるのみで廓義は受けきった。
その顔には冷や汗ひとつ浮かんでいない。
しかし防がれたはずの伊形はなぜか勝ち誇っている。
「ふ。受けきったようだが、
あの時間で障壁もはれないとは…。さすがワーストだな」
たしかにあの時間があれば多くの生徒は
杖がなくとも何かしらの系統の障壁は張れるはずであった。
そう考えると廓義の魔術の展開力は劣っているものとみなされるだろう。
しかしそれが彼の判断によるものであったならば話は違う様相を見せる。
「俺は確かに説明しましたよね。
展開中の術式の情報を読み解けると。あらかじめ伊形さんの術式を
解析してその結果、魔術的な防護が必要ないと判断しただけです」
淡々とかたる廓義の姿、発言内容に取り巻きがざわめく。
それは昨日、白銀が見せた反応と同じく当然のものである。
だがその中でもその発言を待ってましたと言わんばかりに伊形がまくしたてる。
「ならこれも、防げるよなっ!」
伊形はそういってもう一度腕をふるう。先ほどと全く同じ簡単な術式。
しかしその標的は廓義ではなく、その後ろに控えていた帳だった。
当然廓義はそれを自らの腕を盾にして阻む。
帳はその後ろで腰をぬかしてへたり込んでいた。
殺人性はないにしろ悪意をもった魔術の標的にされたのだ。
腰を抜かしてしまっても無理はない。しかし一応ここは魔術の実戦を学ぶところで
あるから少々問題はあるのかもしれないが。
廓義は帳の無事を確認するために振り返ってその様子を目に留めた。
そして伊形に視線を戻した時のその表情には珍しく怒気が含まれていた。
「伊形さん…今のは俺を狙ったわけではありませんよね…」
もちろん廓義は術式解析の過程で
だれを標的に据えているか判断済みである。
しかし彼からすれば直接因縁のない帳に
伊形が手を上げるのは我慢のならないことだった。
彼は確かに挑発を繰り返しはしたが、
まさか自分以外に手を出すとは間違ってもしないと思っていたのだった。
廓義は自らの手際の悪さに落胆しながらも最後の手段をとることを決意する。
「おっと、わかってるはずなのに質問か?」
伊形はいまだに挑発を続けている。
彼とすればこのまま乱闘に発展させて廓義へのストレスを発散させてのち、
校内での発言権の強い取り巻きのエリートを使って自らを擁護する気なのだろう。
そこまでをすでに読み切っていた廓義は伊形たちをあおりにあおり、
向こうに先に手を出させて、風紀委員あたりに
さばいてもらう手はずだったのだが、それを変更した。
それはおそらく彼にとって最善で安全な選択だっただろう。
彼にとっては珍しく積極的で、野蛮であったが、
彼の一番得意とする解決方法でもあった。
「伊形さん…」
「なんだ廓義?」
余裕に満ちてゆるみきった伊形の顔をしかと見据えて
廓義は言った。
「実戦練習に付き合ってくれますか?」
無関係な人間を傷つけようとした相手を見つめる
廓義の目に、もはや迷いはなかった。




