1-6 聴取
観察視点が主人公から第三者視点になります
「さて、では先ほどの
事件についての聴取を始めたいと思う」
白銀が切り出す。
ここは風紀委員室の隣に設けられた聴取室という教室だ。
事件の情報収集、風紀委員の会議などにも使われる教室も兼ねていて、
周りには大きな白板以外
何も見当たらないただっぴろい無機質なところだ。
その中央には円卓が置かれ廓義、先ほどの当事者2名、
白銀の計4人が腰かけている。
「目撃者の君。ええっと君、名前はなんて言うんだ?あと所属も教えて貰いたい」
「一年R組の
廓義宣人といいます」
それを聞いて男子生徒がほくそ笑む。
彼は廓義の所属がR組であるというところに注目したようだ。
なぜならそれは彼らエリートと対を成す、ワーストの巣窟だからである。
一方の白銀はR組という所属よりも
廓という文字の存在を気にしたようで
それに目じりがわずかに反応したがすぐにそれを抑え込んだ。
だが廓義はその仕草を見逃していなかった。
「俺の名前に含まれる廓の文字ですが
開祖との因縁は一切ありませんから安心してください。
実は俺は孤児でして、拾ってくれた家の苗字をいただいたんです」
そう語る廓義の表情からは感情の類は
一切見受けられず単純に事実を語っているだけといった風だった。
しかしそれを聞いた白銀は申し訳なさそうな顔で彼に軽く頭を下げる。
「そこまで語ってくれなくてもよかったのだがな…」
「先輩の目が問いかけてきていたもので」
「そこまでにぶしつけな目をしていたか?私は」
「いえ。好奇心にあふれ輝く、猫のようにかわいらしい瞳でしたよ」
廓義は特になにも考えず見たままを述べたのだが、
白銀には違うように聞こえたらしい。
「ものはいいようだな…」
「いえいえ。ご謙遜なさらずに」
廓義は認識していないようだが彼には若干の天然のジゴロの気があるようだ。
しかしその気質は廓義家に対する追及をけむに巻くいい面もあった。
それを見ていた紅水が呆れながら声を上げる。
「あんたたちなんでさっきから惚気てるのよ…まったく。
咲妃もあんたらしくないわね。ちゃっちゃとすましちゃいましょう」
それを聞いた白銀はわずかに顔をしかめる。しかしそこに特別な感情はなく
いつも通りといった風だ。
「お前は悪い意味でいつも通りだな紅水。また一年生にちょっかいを出して…」
「いいじゃない。面白くて。あなたこそ廓義君にちょっかいを出してるじゃない」
「付き合ってられないな…そんなわけはないだろう。では続けさせてもらう。
廓義君、まず最初に術式を行使したのはどちらだ?
構築した術式の種別がわかっているとなお助かるのだが」
といって白銀は廓義を見る。
その眼にはR組だからとの侮蔑は少しもこもってはいなかった。
ただ若干の心配の色は見受けられたが…。その質問に廓義は淡々と答える。
「さきに魔術を行使したのは男子生徒のほうですね。
お名前をうかがってもよろしいですか?」
廓義はきわめて事務的に男子生徒に視線を向ける。
その視線にエリートへの
恐れは全く浮かんでいなかった。
「伊形穿人だ…」
伊形は至極不満そうに答える。
かれからすればエリートが自らのはるか下に位置する
ワーストに従うのは我慢ならないのだろう。
しかしここには風紀委員長がいる手前、
そのようないざこざを起こすのは面倒と見たようだ。
そのような対応にも廓義は一切表情を変えずに続ける。
「では伊形さん。伊形さんが最初に魔術を行使しました。
術式は普段俺たちが移動に用いるような抵抗現象術式と重力調整術式です。
この術式には特別殺傷能力はありませんから校則的にも何の問題もないでしょう。
しかし付け加えさせてもらえば、戦闘行為を開始したのは伊形さんのほうです」
「なるほど。ということは今回は攻撃魔術の行使を伴ったわけではないのか?」
「はい。そうなりますね。
しかしあそこで会長が現れてくれなければかなり危なかったかもしれませんね。
お互いに次の術式をくみ上げていたようですから」
「なるほど。しかし術式の完成前に私が介入してしまったからな…
どんな術式を行使しようとしたかわからない手前、
構内での喧嘩で処理せざる負えないか…」
彼女は少し沈んだ声色でつむぐ。
魔術は膨大な情報で構築されており、陣、術式の構成を本人以外が
肉眼で目視したところで発動前に魔術の種類を
判断することは常人には不可能なのだ。しかし、
「それですが、ある程度なら推測できますよ」
廓義は素知らぬ顔で言った。しかしそれに伊形が食って掛かる。
「はっ、さすがワーストだな、無知にもほどがある。
そんな量の情報処理がお前にできるわけないだろう?
白銀会長ですら無理なんだぞ!」
その顔はなぜか勝ち誇っており、
唯一見下すことのできる廓義の存在に歓喜していた。
「確かに術式の全容を把握して内容を
解析するのは非常に多くの労力が必要です。
けれどその術式の重要部分、
すなわち系統、属性、性質、特性、消費魔力の情報さえ抽出出来れば
相手がどのような魔術を行使しようとしているかは判別できます」
廓義のいう系統、属性、性質、特性、消費魔力とは魔術を
かたどる5大要素と呼ばれている。
系統は魔術を物理系統、精神系統、概念系統の三種類に区分する大元の要素。
魔術は概念系統をのぞき、
同様の系統のものでなくてはお互いに干渉することができない。
すなわち精神系統の魔術は物理系統の魔術では防げないのだ。
二つ目の属性とは具現子の形を示す概念である。
具現子は属性情報を持つデータを入力されると
属性具現子と呼ばれるものに変化する。
属性には火、水、風、土の基本四属性と光、闇の希少二属性、
属性を持たない無属性、計七属性が存在する。
属性ごとに具現子の長所と短所が存在し、また、個人に対する相性もある。
三つ目の性質はその術式が特化しているステータスの事で、
先ほどの白銀が用いた「曲絃」は拘束性質に当たる。
ほかにも「切断」「貫通」「射出」などさまざまな性質が存在する。
四つ目の特性はまさしく特殊なもので
魔術に対する付加価値のようなものだ。
その例として「障壁突破」などがあるが特性を術式に付加するためには
大量の情報設定が必要になるために扱えるものの数は少ない。
最後の魔力消費量は術式の情報量と魔力消費量が
比例する関係があるためこの大きさを読み解くことが出来れば、
術式の規模を判断することができるのだ。
そしてこれら五大要素はすべて術式情報に含まれている。
それを廓義は解析するといっているのである。
「ああ、確かに理論上はそうだな。
だけどな、それをするためには
すべての術式情報に目を通さなきゃならないだろう」
伊形は強気に食い下がるが廓義はひるまずに続ける。
「案外と簡単なものですよ?
相手が陣術師ならば陣をみれば属性は判断できますからね。」
「じゃあ他の要素はどうするんだ?
系統、性質、特性、魔力消費量はどうする?!」
伊形がとんでもなくヒートアップしてきたのを見て紅水が声をあげる。
その澄んだ声は伊形を黙らせるには十分なものだった。
「理論はいいわ。
要するに廓義君が私たちがどんな魔術を展開しようとしたか
わかっていれば言い訳でしょう?教えてもらえないかしら、廓義君」
「そうだな廓義君。
もしそれが可能ならばすばらしいことだが
それが人間にとって可能な事象なのかはいささか疑問だ。」
と白銀も続いた。
二人の疑問は当然の物で廓義もこの返答は予想通りのものでもあった。
紅水は期待に満ちあふれた視線を、
白銀は疑念と驚愕を入り混ぜた表情を浮かべ、
伊形は鋭い怒気を含んだ目つきで廓義を凝視している。
そんな中でも廓義は冷静だった。
「では、伊形さんの方から…。
系統は物理、属性は無、性質は貫通と射出、特性は無し、
魔力消費量から考える術式の規模は…流石ですねAランクだと思います。
どうでしょうか?」
伊形が息を呑む。
それは廓義の分析が正しいことを意味していた。
「正しかったみたいですね」
廓義は相変わらず表情を変えない。
自分がしたことは彼にとって当たり前な事であったから。
しかし他人からみればそれは確実に異常だった。
しばらくの沈黙の後紅水が口を開く。
「それで私は?何を行使しようとしたのかしら?」
「あなたの能力は記録にのこってないそうですね」
廓義が聞き返す。
紅水は廓義の怪訝な発言に表情を崩す。
「ええ、そうらしいわね。
もしかしてあなた、データをあらかじめ入手しておいて
山を張った…なんて寒いこといわないわよね?」
確かに学校のデータバンクには各生徒の
ある程度の得意魔術や成績が記載されている。
それを照合すれば確かに山を張ることは可能である。
しかし廓義は首を横に振った。
「まさかそんなことはありません。
しかし紅水さんは校内で「謎」の魔術師らしいので
それを崩すのは申し訳ないかと思ったのですが杞憂だったでしょうか?」
廓義のどこかずれた態度に紅水は嘆息する。
「いいわよそんなの。わからないのは馬鹿だけでしょ」
「では…」
「本題から外れているぞ」
廓義がしゃべり出したところで白銀が静止させた。
その声からは僅かな焦りが見て取れた。
「廓義君、結果だけでいい。紅水は何の術式をくみあげていた?」
廓義はその声調の変化に気が付いていたがあえて触れないことにした。
「紅水さんは障壁を展開しようとしていました。
時間が足りなくて詳しくは見れませんでしたが…」
その言葉を聞いて伊形は丸く目を見開き、
紅水は唇を小さく釣り上げた。
「紅水は好戦の意志はなかったと?」
「はい、少なくともあれは攻撃術式ではありませんでした」
「だ、だれがお前みたいなワーストの証言を信じるんだ!」
不意に伊形が声を荒げる。その顔は焦りから来る必死の色に彩られていた。
たしかに彼からすれば廓義の証言は一方的に伊形の不利になりえる情報だ。
「伊形、それは禁止用語のはずだが?
それを風紀委員長の前で高らかに叫ぶとはなかなかの度胸じゃないか…」
深くどこか冷たい声が響く。
廓義はそれが白銀の声だとは一瞬の間認識できなかった。
そういっている間にも彼女の後ろにはあまたの陣が浮かび
魔術の待機状態をしめす具現子の輝きで包まれていた。
その輝きに威圧され伊形は次の言葉を紡げなかった。
「確かにひとりの見地から事を判断するのは危険だ。
よって廓義君の分析結果は一つの判断要素にさせてもらう。
後々多くの目撃者から証言をとって判断する。異論はないな?」
「ええ。問題ないわ」
「はい…問題ないです…」
紅水は笑い、伊形は笑わなかった。
「ありがとう、廓義君。君のおかげで捜査がはかどりそうだ」
「お役にたてて何よりです。それでは」
そういって廓義は席を立ち、聴取室から出て行った。
その背中は一般生徒と何ら変わない小さなものだった。
それに続いて伊形が出ていく。体の端々から怒気をにじませ、
蟹股で去って行った。
「廓義…」
ふと白銀がつぶやく。その顔は先ほどより一層に厳しいものになっていた。
「悲劇の名家…ね」
その呟きに紅水が答える。
「まさか宣人くんは…」
「いいや違うでしょ。「あの事件」の犯人は死んだはずだし、
あの子は養子っていってたわよ」
「ならばなぜ彼が生きて…」
「それは物騒すぎるからなしよ、咲妃」
「ああ、すまない…」
そうは言ったものの
白銀の胸には大きなわだかまりが残ったままであった。




