1-2 学校
高校生である俺が通う学校は国立の高校だ。
名前を魔法域到達方法研究所。
生徒の間では「ほう」という発音が3つ並ぶことから
「法3」とよばれている。
学校の名前からも高校としての体を成していないことは明らかだろう。
ここは失われた術、魔法の再構築を目指す高等学校だ。
「魔法」
それは過去の英雄、廓図定が唯一扱えた術だといわれている。
その地点への到達が可能な魔術師を育て上げるのがこの研究所の存在意義だ、
となっているがこの学校の実態は戦闘魔術師の育成所だ。
もちろんほかの職を希望する生徒も多数いる。
しかし半数の生徒はこの職業を希望するほどの人気だ。
戦闘魔術師とは今日も続いている世界を覆う戦争に投入される
魔術師のことで軍人の一種だ。魔術を用いて敵を殲滅し、
敵国の魔術師を打倒する職業で彼らはこの国の力そのものといってもいい。
彼らはこの国の力の象徴であり、ヒーローなのである。
しかし求められる力量はとても高いものでそう簡単に
手に入るポストではなくその人数自体もとても少ない。
これを目指して数々の生徒が研鑽をつむ。
この学校では多くの生徒が魔術師としての戦闘技術を学ぶことになる。
戦闘魔術師を目指す魔術師はこの学校に狂信的なまでなこだわりを持つそうだ。
彼らにとってこの学校に入学することが一つの関門のようなものらしい。
そしてその付加価値を目指して多くの魔術師がこの学校への入学を目指す。
当然試験の難度は相当のものになり、
この国随一と言っても過言ではないものになる。
数々の志望生をふるいにかけるこの学校の入学試験には筆記試験と実技試験がある。
どちらも最高峰の難易度を誇るがそのウェイトには大きな差がある。
筆記試験は最低限のクリアライン。これである程度の生徒に的を絞る。
その後の実技試験によって学校からの評価が大きく作用される
実技試験は学校から支給される装備を用いての魔術の行使である。
その採点項目は破壊力、作用する範囲、術式の完成速度などがある。
それは魔術を行使して戦闘を行う上での基本要素にして最大の評価材料だ。
今日エリートといえばそれは揮う魔術の力で定義される。
そんな世界の「常識」を理解し、肯定したうえでの試験である。
いかにみずからは命を落とさずに他人の命を多く奪うか。
そんなことで人間の価値が図られる。
それを公の教育機関が公認しているのだ。なんとも恐ろしい学校である。
戦闘魔術師を育成する側とすれば当然であるが。
そして実技試験が苦手な俺はちょっとした裏ワザを使ってこの学園に入学した。
だが厳密に言えば俺が自ら裏ワザを行使したわけではなく
言い訳がましいが学園が勧めてきた、というのが正しい。
この高校では実技試験の上位の人間。
つまり多くの人間を魔術で死に至らしめられる見込みのある生徒は
「エリート」とよばれ、手厚い保護を受ける。
そしてエリート生徒の胸には学校が発行した特別バッジが輝いている。
これは彼らにとってそれは自身の誇り、
他の生徒にとっては憧れ、そしておそれの象徴でもある。
そしてそれに対を成す存在が「ワースト」。
実技試験の結果が芳しくなかったものに与えられる差別的な身分だ。
しかしこれは公に定められているものではなく
一部のエリートが生み出した俗語である。しかしワーストに対する偏見は激しいと聞く。
要するにワーストは他生徒のストレスのはけ口として用意されているのだ。
そしてこの俺、廓義宣人は魔法の大成や戦闘魔術師なんて言うことには
何の興味もないしがない高校生魔術師だ。
将来は魔術エンジニアあたりになろうと思っている。
戦闘魔術師や魔法の研究家などもってのほかだ。
魔術エンジニアとは魔術的な付加効果を付けた製品をつくる仕事のことだ。
それは車であったり、テレビであったりと多岐にわたる。
これらの製品は一般人も扱えるもので、多くの家庭に普及している。
定期的に魔術師によるメンテナンスが必要とはいえ、
その利便性にひかれる一般人は多い。
この職業ならより多くの人の役に立てるから、というのが一番の理由だ。
そして二つ目の理由として俺は
そこまで立派な攻撃魔術は揮えないということがある。
エンジニアは製品の理論構築などを担当するので、俺向きの職業といえた。
そして先ほどの「ワースト」に俺も該当する。
俺はもとのままでは不合格だった生徒で特別な力を
受けて入学したのだから当然といえば当然の措置だろう。
エリートや一般生徒から高圧的な態度を受けるのは非常に厄介だけれど、
どうせ日常の範囲内だろう。
「まぁいいか。どうせ暇だし」
ある程度学校生活は刺激的でないといけないからな、と柄でもないことを口にする。
ずいぶんと早く学校についた。始業までにまだかなり時間がある。
姉さんに少しいじわるがしたくてそれだけのために早く出てきてしまったが
少し早計だったかもしれない。
おかげで何もすることがない。
購買にでも行こうかと一人でベンチに座って考えてみる。
「暇だな」
考えが自然と口に出てしまった。するとひとり呟く俺に声がかけられた。
「じゃあ購買行くの付き合ってくれねえかい?あ。ただし歩きで。」
俺は突然声をかけられたことに驚いたがつとめて普段通りに対応をする。
その男の胸にバッジが存在しないことも確認済みだ。その少年は割と大柄で細身の体は
しっかりと鍛えられており、しかしそれは不健康なものではなく、
鍛えられた細身といった感じだ。しかしそれに反して彼の眼は
へらへらと笑っている。しかしこんな早い時間から何をしているのだろう。
あまり人のことは言えないが。
「お気遣いどうも。しかし俺はワーストですよ?
こんな俺と付き合っていたらあなたが周りの方々に厄介
がられてしまう」
相手はきっと一般の生徒だろう。
学校生徒のなかで一番割合の低いワースト同士が初日にばったり出くわす
なんていうのはほとんどありえない。さすがに初日の早朝から問題はおこしたくしな。
相手の顔をたてつつ俺は相手を自分のパーソナルスペースから
相手を追い出していく。俺の常套処世術だった。
「誰もまだ登校してないから誰も俺たちを見てない。
だから俺は困らない。あ。それと俺もワーストだから。安心していいぜ。
同じ落ちこぼれ同士仲良くしようぜ。
俺は九重霧杜。お前は?」
といいつつ何も気にすることなく手を差し出してきた。
俺は相手もワーストであるという事実に少し驚き、
しばらく思案すると手を差し出した。
「俺は廓義宣人。よろしく。ちなみに歩くというのは大賛成だ」
九重はやたらに嬉しそうに手を握り返してきた。
その握力は想像よりもずっと強く一種のあいさつに感じられた。
もちろん挨拶は返す。俺は気持ち強めに九重の手を握りしめた。
「おう。よろしくな。じゃぼちぼち行こうぜ」
それに気が付くと九重はうれしそうに笑って、手をほどき歩き出した。
想定外に早く生まれてしまった交友関係に若干の不安を覚えつつ、
俺の胸は久方ぶりに高鳴っていた。少しこの男とは息が合いそうだったから。
隣を魔術をつかって滑りぬけていく生徒。
そんな彼らの表情には魔術を行使せずに歩いている
俺たちへの露骨な嘲笑が含まれていた。
「まったく。なんであんなに魔術使いたがるんだろうね。
あんなの維持するのが大変で逆に疲れちまうよ」
購買からの帰り道に九重がつぶやいた。
彼らは自分の体の周りに風の魔術を流し込み空気の摩擦を軽減しつつ、
「浮遊」と呼ばれる別系統の魔術で地球の重力を
ある程度無効化する魔術を同時に行使することによって
地上を滑るように移動することを可能にしている。
その技術はこの学校の生徒ならばほとんどが行使できる初歩技術である。
その程度で疲れるなんて言うことは
ここの学校に入学できた生徒ではまずありえない。
九重も何かしらのわけありなのだろうか。
しかし九重のお茶らけた様子をかんがみるに俺が深読みをしすぎているだけだろう。
「俺もそう思うよ。何を急ぐことがあるんだろうね。
歩くことはこんなにも生きている感じがするのに」
俺は至極真顔で本心のように語った。
「お。哲学者だねえ」
それをみて笑いかけた九重だったが、
俺の冗談とは思えない表情をみて追及をやめたようだ。
昔からの親友のようにどうでもいいことを
語らいながら歩いていると反対側から進んできた生徒と肩がぶつかった。
軽く触れ合う程度。しかし俺は迅速に反応した。
「すいません」
まず謝る。これが俺の日々を平和に生きるための黄金律だ。
いらない争いはすべきではない。より早く問題を解決するべきだ。
「気をつけろよ…」
男は俺のほうをまじまじと見てくる。
何とも平凡な少し育ちがよさそうな男生徒だった。
あまりにも凄味がないのでがんをつけられていることに気が付くのに30秒はかかった。
「おい。おれはエリートだぞ。一般生徒。何か言うことはないのかよ」
確かによく見るとエリートの証であるバッジが胸で輝いていた。若干の不覚だ。
しかし幸運なことにこちらがワーストであることに向こうは気が付いていないようだ。
「申し訳ありません。前をしっかりと確認していませんでした。以後気を付けます」
と言って軽く頭を下げる。
「ふん。自分の立場がよくわかっているようだな」
生徒は若干いらだちながらもそういって満足したのか去って行った。
「…九重。ああいうのってどう思う?」
俺は男子生徒が視界から消えてから九重に問いかけた。
九重の表情は先ほどとほとんど変化していなかった。
「うーん。確かにいけ好かないなあ。
けどそれがこの学園のあり方なわけだし仕方がない気もするな。
それを理解したうえで入学しちまったわけだしな。
しっかしエリートのみなさんってみんなあんな感じなのかね?」
さぞめんどくさそうに言う九重。気持ちはわからないでもない。
「さあね。そうでないことを祈るばかりだよ」
「みんな同じ生徒なんだから仲良くしようぜい。な?」
といって肩をたたいてくる。こいつはかなり馴れ馴れしい性格のようだ。
悪い気は別段しないが。
「戦闘魔術師になるための大きな門出だ。きっとピリピリしてるんだろう」
九重はその言葉を聞くと急に何かを思い出したように
して俺に質問を投げかけてきた。
「そういえばお前って名前に開祖の廓の文字が入ってるけど
どっかの名家の人間だったりするのか?」
九重のいう開祖とは魔法使い、廓図定のことだろう。
九重はただの興味で聞いたのだろうが
俺にとっては苦虫をつぶしたような表情になる質問だ。
もちろん平静を装ってはいる。しかし内心は穏やかではなかった。
確かに俺は戸籍上そういう名前になっている。
あいつがそんな名前を付けるから…
「いや関係ないな。そんな名家に生まれていたら
今ごろこんなところでワーストやっていないさ」
そんな俺の答える様子をまじまじと九重は見詰めてくる。
気取られたかと身構えたが表情を緩めて彼は言った。
「そりゃそうか。そうだよなー」
なぜか妙にうれしそうな九重。
俺はこれ以上の追及を避けるために九重に質問を投げかけた。
「九重。将来はどうするつもりなんだ?」
「なんだよ急に…。まあいいか。俺は魔術警官になるつもりだよ。
体だけは丈夫だしな」
至極真面目そうに九重は言った。
俺はその返答に少し戸惑った。
魔術師が言う警官とは同じ魔術師を取り締まる役職だ。
時には暴走した魔術師と戦闘を行ったりするし、もちろん負傷者、死者もでる
かなり危険な役職だ。
そして求められる最も大きな才能が魔術師との戦闘技術である。
しかしこれは戦闘魔術師を目指す人間が鍛える項目でもある。
よって警官は戦闘魔術師になれなかったエリートなどの就職先としても高人気なのだ。
そんな警官をこの学校が最高峰のクオリティを持っているといっても
ワーストが志願するというのは普通ではない。
この学校で入学試験の際に判断されたのは魔術の行使技術である。
他よりその技術が劣っていると判断されたワーストが
警官になったところでもしその上位のエリートたちが暴走したとしたら
太刀打ちできるわけがないのだ。
そんな魔術師を警官として採用するとは思えない。
しかしそういった九重の目にはなんの迷いもなく、自信にあふれていた。
九重はただの無謀なのか、それとも…。
俺は九重にかすかな興味を持った。
いままでは周りに魔法の探求にしか興味のない人間ばかりしかいなかったからだろう。
気が付くと九重はずいぶんと先まで行ってしまっていた。
立ち止まってこちらを振り返って俺を待っているようだ。
「今いく」
そういって俺は珍しく駆け出した。




