2-8 伊形 対 九重
俺は会場の中心で観客の渦の中静まっていた。付近では白銀委員長、綴紙さんが控え、会場外では千葉さんが具現子の振動による異物の察知を行い、それをフォローする形で切谷さんが構えている。この厳戒態勢は俺が昨日の夜に白銀委員長に伊形の「黒の英知」使用の可能性についての報告をしたからだ。比較的有名な魔薬である「黒の英知」だがその詳しい組成や製造元、副作用などは一般には公開されていない。その情報を俺が知りえたことに若干の違和感を彼らは感じた様だったがそれ以上の言及はなかった。そして伊形の今回の対戦相手である九重には俺から個人的に進言といった形で伊形の状態を伝えた。すると奴は
「やるだけやって俺が死にそうになったら仲裁頼むわ。俺が弱いっていう理由でこの試合をつぶさせるわけにもいかないからな」
などといつも通りにへらへらといった。その提案はおそらく「黒の英知」にとらわれている伊形に対するにはいささか不十分であったが俺はそれを了承した。そして今その戦いは始まろうとしている。目の前の二名は当然ながら九重と伊形である。しかし伊形の肩はこころなしか震えており、その足は立っているだけどもやっとといった感じに弱弱しい。
「両名、この試合では相手の生命にかかわる術式、および必要以上の術式行使も厳禁とされています」
「わかってるさ」
「………あ…ああ…」
九重ははきはきと答え、伊形は口から絞り出すように言った。俺は会場から一歩引く。そして戦闘の引き金を引く。
「それでは、新人戦、準々決勝、開始します」
平坦なその言葉から生まれた次の動作はそれに対を成すものだった。先日の対決とは対照的に九重が踏み込んだのだ。その一歩は魔術の力によって強化されたものではなく、彼そのものの力であったがまるで空間が縮んでしまったかのように両者の距離をつめる。彼の得意術式であるはずの「写し風」は居合の剣術を必要とする。この踏込は彼の一撃必殺を意味するものなのだろうか?
しかしそれを許す伊形でもない。いまだにふらついた足腰のまま、そこからいっさいに動くことなく軽く自らの杖に触れる。その些細な行動のみで空気は弛緩しそこからすさまじい勢いで黒がしみ出してくる。そしてそれは僅かな時間で形を成す。そこに君臨したのは黒の鎚。まるで城門でも打ち破ろうかというその巨大な槌は九重に向かってまがまがしい振り子運動を行う。
「…………ッ!」
九重は術式の展開のタイミングから何やら思考を開始していたようだ。そして彼は術式の完成とともに伊形への足取りを加速した。目の前から迫りくる黒の槌など見えていないのか、そう思えてしまうほどの愚直な突進。そしてその黒の塊が彼に接触する前のその瞬間、九重が必殺の凶刃を抜く。
「写し風!!」
写し風。斬撃の情報を記録して具現子に時間差でもって反映させる術式。彼の十八番でもって切り札足りえる魔剣術、その一つの奥義が放たれた。そしてその発動とともに断ち切られ消えていく黒の鎚。しかしそれと同時に彼の獲物でもある長刀がはじかれてしまった。これが彼の全身全霊、防がれれば余地はない。
「九重、今のは何個使った?」
俺はそのシーンを見て思わず口に出してしまっていた。彼の刀の表面には薄く補強術式が刻まれている。しかし彼のすさまじい斬撃があったとしてもあの黒の術式を打ち消すには到底至らないはずだ。ならばあの鎚を打ち消すことにいくつかの「写し風」を使ったことはほぼ間違いないはずだ。足りない分の威力を数で補う、当然の使用方法だが本体をたたけるだけの斬撃はいくつ残っている?俺は視線を伊形のほうへ向ける。彼は相変わらずの棒立ちであったがその体の周りにはいくつか闇の防御術式が待機していた。その数は4つ。俺がカウントを終えた刹那―
「っう…」
左上から伊形に一つの凶刃が襲う。それを彼は間違いなく見えない角度であったにもかかわらず防いでみせる。そして揺らめいたところに間をおかずに彼の真下から一つ。容赦なく人間の急所であるみぞおちを狙った斬撃をそれも待機状態であった術式が防ぐ。そして伊形がその負荷に顔を歪める。
そこに…斬撃の双牙が左右から襲いかかった。
決したか?そう思う程の斬撃速度、威力を持って揮われたそれを…伊形は満身創痍で受けきって見せた。そして「写し風」の残りの斬撃数は…すでに尽きていた。九重は槌をはじくために自身の斬撃に加えて「写し風」を5回、つまり6回分の斬撃でもって相殺したのだ。そして残った4つの斬撃でもって行われた必殺は…かなわなかった。そして防御術式に力をおおきくさいたのかその肩は大きく上下している。しかし九重は獲物である長刀をはじかれ、無防備である。そして勝利を確信した伊形が腕をかざす。それだけで勝負は決する。
いや、そのはずだった。
「ったく11太刀目とかかっこ悪すぎだろ?」
そこには黒の槌の残骸から一振りの小太刀を持って飛び出す九重の姿があった。彼の刀はすでにはじかれている。ならばその手に握られているそれは…
「なるほどな…」
具現子で刀身を形成するタイプの主流であるタイプの刀剣型の杖だった。彼の本当の必殺剣。それはあの懐刀ということか。そこに至るまでのすべてが陽動。「写し風」というあまりにも強力な奥義。「写し風」によるトリッキーな波状攻撃。そしておそらく「わざと」手放した長刀。計算されつくした搦め手。ふだんの陽気な彼からは到底想像できない戦術家がそこにはいた。
「いつもの決め台詞とはいかねえが…とりあえずは俺の勝ちってことで!」
そして…その言葉とともに九重の一撃が勝利を確信して手をかざす間抜けな伊形の胴を薙いだ。
更新が遅めで申し訳ありません。このお話も次回に続く雰囲気で終わっていますので次回の更新はできるだけ早めに…したいです。お気に入り、感想、評価点などいただければ嬉しいです。




