2-6 新人戦 二日目
「今日は伊形の出番はありません。とりあえずの警戒は必要ないかと」
俺は今二日目の新人戦立会いのため、待合室にいた。
「そうだな。明日以降のあの生徒の試合は注意したほうがよさそうだ」
隣にいる白銀委員長が言う。俺はこの人たちに伊形の「可能性」についてまだ伝えていなかった。
「しかし今日も警戒は怠るな。あれ以上の重傷者は出してはならない」
「はい」
伊形によって重傷を受けた生徒は体の数か所が大きく骨折していたらしい。しかもそれは「折れた」というよりは「砕けた」に近いものがあり、損傷がひどい脚部については二度とたつことはできないだろうとすら言われていた。
「しかしあの生徒、伊形か。なぜあそこまで変わった?」
「そうですね…俺のせいかもしれません」
白銀委員長は俺と伊形の実戦練習の立会人を務めていた。あいつの元の姿は覚えていただろう。
「俺が彼のプライドを傷つけてしまったのかもしれんせん」
「それは君が気にすることではないだろう。しかし確かに彼の家は異形殺しの伊形家…名門の家だ。家内での騒動は少しあったかもしれないな」
なにせワーストという自らたちがさげすんできた存在に敗北したのだから、そう家で辱められても仕方がいだろう。だが…
「そろそろ時間だ。行くぞ」
白銀委員長が扉から会場へ向かう。俺はしばらく考え込んでから会場へ向かった。
相変わらずの熱狂的な歓声がこの会場を包んでいた。くりだされるさまざまな魔術に大勢が唸り、賞賛し、野次を飛ばした。試合は進み昼の部に差し掛かるかといったところで俺は見知った顔を実践演習場で見つけた。
「文執…」
俺たちのクラスから立候補した二人のうちの一人だったはずだ。俺が気が付いたのは彼が勝者となって立っているところだった。しかし周りの人間のざわめきを見る限り、そこまですさまじい戦いをしたわけではなさそうだ。それでもワーストのクラスの中から勝者が出るのは驚きであったようで若干のざわめきが起きていた。
「…何者?」
たかが一勝、そうは言えない。この成績上位者が出場者の大半を占めるこの大会で彼が勝つということは大きな意味を持つだろう。そして彼は一度姉さんの不意打ちを完全に避けきっている。彼は軽く一礼すると退場していった。するとそれと同時に俺の次の立ち合いが始まる。次のカードは…
「よ!廓義」
聞き覚えのあるその声は九重のものであった。ふだん通りの姿で会場に現れた彼は相変わらずにやにやとしている。しかしその手には見慣れない長刀が握られていた。しばらくの間こいつとはつるんでいるがいまだに彼の杖は見たことがなかった。あれが彼の杖なのだろうか?
「今回、俺は完全に運営側だ。何もしてやらないからな」
「わかってるよ。誰も頼んでないしな」
その様子をみて相手の生徒が俺のほうをいぶかしげに見る。おれが何か不正を働くとでも思ったのだろうか。
「それでは試合を始めます。お互いに定位置についてください」
俺は時間をみて二人に声をかけた。二人は何も言わずに開始位置に移動した。九重は長刀を腰だめにかまえ、相手の生徒は柄だけの杖を正眼の位置に構える。その機構は剣型の杖によく見られるものだ。刀身はついておらずそれを自らが構成する魔術の具現子制御によって生み出す。そのため携行に優れ、また刃が欠けて切れ味が落ちたとしても魔術を再構成するだけでそれを克服することができるという長所がある。
「それでは本日の最終試合、開始します」
3、2、1、0
カウント終了と同時に生徒が動いた。刀身を魔術で生成する。流れるようなその工程は何度も繰り返されて洗練されており、速さも一級品であった。その刀身の形は一般的な西洋剣であった。「切る」よりは「断つ」ことを目的とした無骨なつくりであった。それを体の横に流し、構えを変えながら彼は九重に肉薄する。そしてその間にも魔術師の戦いは攻撃の手が尽きない。いくら主要な武器が刀だとはいえ、その本質は杖である。
「くらえ!!」
彼の周りからいくつもの火球が浮かぶ。杖は本来魔術を行使するための道具である。すなわち移動しながらの魔術による射撃攻撃が可能なのだ。ゆえに九重に与えられる自由はとても制限される。火球が勢いを持って彼の周りから飛び出し、九重の周りを包む。これで横方向への脱出は不可能になってしまった。残された活路は前方のみ。しかしそこには万全の構えで突進する相手の姿があるのだ。あまりにも不利な現状。しかし、その中でもやつは笑っていた。
生徒との距離があと5歩ほどになってもいまだに九重は動かない。あくまで腰の長刀に手を当てて腰を落とした姿勢を貫く。その様子を見て生徒もここに至るまでにすこし不穏に思ったのか一瞬だけ突進のスピードを緩めたがすぐにその要素を排除して再開する。お互いの間合いが生徒の西洋剣のレンジに入る少し前、その時に九重が動いた。
「一閃!!」
柄にかけていた右手でもってその長刀を思い切りよく引き抜いた。その刀のレンジに相手は入っていない。しかし相手は不可思議な方向からの凶刃にさらされた。それは彼の背後から。何もない虚空から現れた。
「っづぁ!!」
しかしその回避不可能に見えたその刃をその生徒はとっさに振り返って防いで見せた。
魔術と剣術を合わせた戦闘方法を俺たちは魔剣術などそのままによんでいる。それの一つの奥義だ。
転移・斬撃属性術式、「写し風」
己の斬撃を具現子にそのままトレースすることによって敵の想定外の方向からの斬撃を可能にする術式。そしてこの術式のカギはその威力の核になる斬撃そもそもの威力だ。あくまで具現子はトレースされたそれを再現しているに過ぎない。ゆえにその情報量は非常に少なくてよいのだ。しかし、刀を振りぬくという剣士としての技と、魔術の互いがある程度の力量に達していないとできない荒業である。だがあの生徒はそれを受けきった。そして九重はいまだに抜き放ったままの姿で残心まで決め込んでいる。それを見逃す相手ではない。もう一度九重に向かって行こうとして…
「ぐはっ!!」
八方から襲来する摩爪におし潰された。それはすべて「写し風」によって再現された九重の斬撃だった。
「なるほどな」
あいつが待ちに徹していたのはこれが理由か。
最初からあいつはこの一撃にかけていたのだろう。おそらく構えて相手が来るのを待っている間に「写し影」の術式を9個構築、残りの斬撃部分のデータ以外の構成をすでに終えていたのだろう。当然、その時にいつどこに具現させるかの数値は打ち込むことになる。そのタイミングの判断は最初の相手の出方で判断したということか。まっすぐに突っ込んでくるその姿は彼に大きな判断要素を与えてしまったわけだ。
「しかしそこで8つ集める必要はないだろうに…」
もし外れていたのだったらどうするつもりだったのだろうか。
そしてあいつは倒れ伏す相手に少し頭を下げてから刀を鞘にしまい一言。
「九つ重ねて乱麻を断つってな」
おそらくそれが言いたいがために九つの「写し風」を重ねたのだろう…呆れる。
俺は二人のもとに近づいて試合の終りを取り仕切る。
「本日の最終試合、九重君の勝利とします」
会場は又しても生じた下剋上に大きくわいた。
「お疲れさまです!すこしみなおしましたっ」
帳が九重に称賛の声を送る。
「お前、あんなに高等な術式を扱えたのか…驚きだな」
俺も素直に驚いていた。「写し風」は斬撃の質、術式の展開速度に成功を大きく左右される難解な術式だ。それをこいつが扱えるとは思わなかった。
「んあ?ああ、「写し風」のことか?あれはなぜか昔から得意でさ。馬鹿の一つ覚えってやつだよ」
そういって笑う。
「たしかにお前の術式の展開速度はあの術式にはぴったりだろうさ」
「だろ?」
「あ、けど九重さん。なんで杖には実際に刀身があるものを選んだんですか?」
それは俺も気になっていたところだ。今日剣型の杖といえば相手が使っていたような柄のみの方が多い。かけてしまっては使い物にならない刀身が付いた杖は敬遠される傾向にあるのだ。
「それはな理由は二つある。一つは俺の情報処理能力じゃ刀身の生成だけで手いっぱいでほかに手が回らない。それとこの刀じゃないと「写し風」は打てないからだよ」
「そこまですごい杖なんですか?」
「いや、写し風事態の情報量は斬撃の再出現の時間、空間座標だけのはずだから容量は大したことがないはずだ。だからそこまで杖のスペックに頼る必要がない」
「その通り。まあ感覚の問題だよ。俺はこの刀が一番しっくりくる。それだけだよ」
そういって空を見上げる彼の顔は満足そうであったがどこか悲しげでもあった。
「おら、とりあえず一生祝ってことでなんかおごってくれるんだろ?」
「ああ、構わない」
俺たちは普段から行きつけの和菓子喫茶店へ向かった。




