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1-13 思惑

「忌み子」


たしかにあの黒装束はそう言った。

黒の中からもなおにじみ出していたあの感情はなんだったのだろうか。

それが若干の気がかりを生んでいたが

廓義は生徒会のいるであろう第一体育館へ走っていた。


「忌み子ね…」


彼は久しぶりに聞いたその単語に顔をしかめた。

それはずいぶんと前に決別したはずの感情であったのだが

まさかあの一言だけでここまで揺らぐとは思ってはいなかった、


「懐かしくて涙がでる」


そう軽口のようにつぶやく彼の表情はどこか悲しげで

その奥からは静かな怒りがこみ上げていた。

しかし彼からした一番の懸念は自分のことを忌み子と呼べる人間の存在だった。


「何故だ?」


彼は自分に問いかける。

まるでそれが自分の落ち度だと言わんばかりに。

過去の出来事を振り返るように。

そうやってさらに深い段階まで考えを進めようと意識を切り替えようとした時、


真横の壁が吹き飛んだ。


決してそこに誇張はない。

しかしそこには爆音は伴わず、ましてや魔術の行使すらも伴わない。

人間大の何かが激しく衝突してぶち抜いた、その表現がおそらく最適だ。


とばされてきたのは先ほど廓義が無力化した黒装束と全く同じものをきた人間。

そして壁で隔たれていた先の空間には九重が少しだけ肩を揺らして立っていた。

廓義は驚きを大いに感じつつも口を開こうとしていたがそれに先んじて九重が言う。


「おい、廓義、何やってるんだ?」


そういって近づいてくる。

彼の足取りはまっすぐと黒装束へと向かいその気絶を確認すると改めて廓義に視線を戻した。


「それはこっちが聞きたい。どういうことだこれは?」


「どういうことも何もさっき念波で連絡があっただろう?」


念波とは具現子に情報を持たせてそれを一定区画に頒布する技術である。

それは多くの人間に一斉に情報を伝達できる代わりにその方向性の指定が難しく、

使い勝手の悪いものだ。


「どういうことだ?念波なんかじゃこいつらにも聞かれるだろう?」


ゆえに敵対勢力にも情報を傍受される可能性が高く、混戦時に用いるのは

得策とは言えないはずだ。


「そこはあれだ。千葉先輩のなせる業ってやつだよ。

的確に生徒の脳にのみ具現子を送りつける。確かににわかには信じがたい話だよなあ」


生徒会役員、千葉真樹。やはり精神系統魔術の大家、千葉の一族だったか。

廓義はあまりの因果に歯噛みをする。しかし今急ぐべきはそこではない。


「あいにく俺はその圏外にいたらしい。今の状況を教えてくれ」


「おーけい。黒装束の魔術師たちが急に表れて施設を占拠しようとしている。

もう第一体育館も占拠されちまったらしい。部活広報期間中の杖を保持禁止が裏目にでたな。

それ以降千葉先輩との念波も途切れてる。生徒会からの特に目立った指示もないぜ」


廓義はその報告に大きな違和感を抱いた。

それは先ほどの襲撃の際も感じたものであった。

あの「生徒会役員」があっさり占拠された?

廓義ですらはかり知ることのできなかった彼らの異能をその程度と考えていいのだろうか。

ただでさえ千手会長は直接出力(ダイレクト)のはずだ。杖の有無はもはや関係がない。

先ほどの襲撃。あの程度の魔術師がいくら束になったところで

直接出力にはどうやってもかなわない。さらにはあの黒装束の言いぐさである。

まるで廓義がターゲットであったかのような発言。

そこが引っかかるのだ。


「なにかひっかかるな・・・」


少しだけこぼれたその呟きに九重も同意する。


「とりあえずはどうする?

正直な話、会長レベルをどうにかできるやつら相手はかなり厳しいと思うんだけどな」


九重は厳しいとしかいわなかった。


「まずは杖の回収だろうな。お前もいつまでも素手って訳にはいかないだろう」


「ああ、別に杖じゃなくてもいいんだが…そうだな」


そういってうなずきあうと九重の明けた大きな穴から二人は校舎へ乗り込んでいった。







時を同じくして説明会主会場である第一体育館。


そこで生徒の代表たる千手、そして風紀委員の長たる白銀が壇上で説明をおこなっていた。

多くの生徒がその声に耳を傾けていた。

戦闘魔術師を最初から目指していない生徒も多いようで体育館はそのような生徒で

いっぱいにうまっている。

そんな中、黒装束たちは現れた。

彼らは体育館の二階の窓から侵入展開した魔術を待機状態にしながら言った。


「この施設は我らが占拠した」


しかしそれだけ。そこから先は動けない。なぜなら・・・


「那由多送り…ごめんなさい」


千葉家は精神系統の大家。その本領である。

彼女はいまこの体育館全域に対して対象の思考を完全にストップさせる術式、

「那由多送り」を展開していた。この術式が作り出した具現子は神経伝達物質に作用して

その動きを停滞させ情報のやり取りを阻害する。その対象になった人間はまさしく動けなくなるのだ。

動かせるのは意識が伴うことのない不随運動のみ。

まるでその効力は毒のような術式。

その領域に入った黒装束たちは総じて動きを止めていた。


「まったく理事長も悪趣味だよなあ、ったく」


そんな非常事態の中でも生徒会役員の一人、切谷は笑う。


「しっかたないじゃんー。だって理事長の命令だしさあ~」


綴紙も続く。


「けど大丈夫なんですか…。あの人たちは¨あれ¨なんでしょう?」


千葉が不安そうに言う。


「まったくだな。理事長の指示でなければすでに動いているさ。

そもそも那由多送りの領域に生徒を含めるなど…」


出番を終えて幕の裏に帰ってきた白銀が嫌悪感を持っていう。

そしてその通りであった。千葉が展開している「那由多送り」、

その領域には多数の生徒が含まれていた。もちろんその生徒たちもこの術の影響下にいるのだ。

ただしその効力はセーブされている。彼らはいま軽い思考マヒ状態にいる。

正しくいうなれば自分の興味を持っている事象以外に気が付かない。

ゆえに彼らは黒装束の侵入に誰一人として気が付いていないのだ。


「仕方がないわよ。今回の私たちの使命は

¨潜入してくるであろう異端分子をあえて侵入させてそのなかで

あえてここに集めなかった生徒の対応力を試す¨

いわば実戦訓練場の提供なのだから。ほかの生徒に動いてもらうわけにはいかないわ」


千手も役目を終えて帰ってきていたようだ。


「ああその通りなんだが、すこし危ない気がするんだよなあ」


切谷はまるで他人事のように言う。


「そうだね確かに危ないよ」


その声は彼らの後ろから聞こえてきた。ひどく澄み渡る魔性の美声。

そして現れるのは年齢80歳あまりの少年だった。


「理事長…」


千葉が畏怖の念を込めてつぶやく。


「やあみんな。お役目ご苦労だね」


そういう少年はひどくご機嫌である。

その所持物でもあるウサギの人形も不気味にほほ笑んでいた。


「それにしても理事長さ~ん。これはいくらなんでもやりすぎじゃない?」


「おっと珍しく真面目なことを言うじゃない成果。私もそれは思っていたところだ」


白銀と綴紙が理事長にとう。


「たしかにそうだね。今回ははたから見れば異常事態かもしれない。

けれど今季の生徒はなかなか秀逸な出来の子が多くてね。気になっちゃって☆

好奇心には勝てなかったんだよ。ここが占拠されていると知れば

廓義君は必ず動きだしてくれるからね。

引き続き彼らには¨第一体育館が占拠されている¨暗示をかけておいてね千葉ちゃん」


陽気に話す少年の目は笑っていなかった。


「けれど実際問題はないでしょ?結社のやつらの意識は

必要な範囲で千葉ちゃんが統制してくれてるしうちの生徒たちも今は夢の中。

いらないことをしなければだれも傷つかないから安心だね」


「そういう問題ではありません!ただでさえテロリストの鎮圧を一人の生徒に託すなど…

もしこれを機にこの結社がまた活動を強めたら…」


「その点も織り込み済みだよ。彼らはきっとこれ以上活動できない」


「どういう意味だ?そりゃ」


「まあ見ていればわかるよ。さてと千葉ちゃんも結社たちへの幻覚を切っていいよ。

これからは僕の「手取り足取り」でやるからさ」


「あ、はい。お願いします・・・」


そういうと千葉の周りから具現子の輝きが消えうせ、

先ほど侵入をした黒装束たちが一瞬だけ意識を取り戻す。しかしそれもつかの間である。

黒装束たちの背後から光り輝く糸が現れる。それは不気味にうねりその末端が黒装束の頭部に当たる。

その瞬間に響き渡る絶叫。断末魔。狂気すらふくむほど感情の奔流。

幾重にも重なりあうそれは一つの呪詛のように膨れ上がる。

それはまるで人間という実の中から感情という蜜を吸い上げるが如く。

そこに一切の感傷や躊躇はなく、理不尽なまでの搾取。

そして最後に残るのはがらんどうの人間というカタチの一つの入れ物。


「できあがりっと。さあ君たちもいってあげたら?

彼等じゃすこし時間がかかると思うから適当に間引いてきてよ」


それは一つの命令。誰も抗うことのできない人形師の言葉。

切谷、綴紙は返事をすることなくその場から立ち去った。

そして千手と白銀は再び壇上へ上がる。それを見届けると理事長はほくそ笑む。


「さぁ~てと、廓義君はどこまでやってくれるかな?」


人形術師、糸式手繰(いとしきたぐり)はいつも通りの冷たい目でそういった。

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