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1-9 生徒会

「1年R組、廓義宣人くん。至急生徒会室までお越しください」


昼休み。生徒にとっては最大の憩いの時。それを余すことなく昼寝という

方法で満喫していた廓義を突然の放送がたたき起こす。

内容の発信元は生徒会。

おそらくは先日の実践練習についての詰問だろう。

厄介だ、しかしこれを無視してはさらなるやっかいに

巻き込まれるのは間違いないと、廓義は一度逡巡を終えると

今の昼寝とこれからの昼寝を天秤に掛けて彼は後者を取った。

席をたつ。彼はあたりを見回すが人一人としていない。


「今は昼休みだったか」


並ば皆は学食あたりにでているのだろう。

そういって納得し、扉を開けて廊下を歩む。相変わらず人がいない。

時計を見る。時刻はいまだに12時30分。昼休み真っ盛りだ。違和感。

いくら何でも人がいない。

そしてすぐに彼は足を止める。唐突に彼は立ち止って何もない空を凝視する。


「具現子が干渉されている?」


彼の周りの具現子が自然的には有り得ない振動を見せていたのだ。

それは意識をとがらせていなければ認識することのできない些細なものでありつつも、

なぜかそれを避けたくなる矛盾をはらんだ動きだった。

さらに本来なにもない空間に目をこらす。


「人払い…か」


感心しながらその「人払い」の中を突き進む。

すると廊下に貼ってあるチラシに目がいった。


「本日限り、スペシャルランチ…なるほどね、だからか。惜しいことしたかな」


閑散としている理由がその術式であるという発想は彼の中には生まれなかったようだ。

彼は疑問をめでたく解消し生徒会室への道を最短でいく。

彼の体の淵にはほのかな具現子の輝きが見て取れた。




生徒会室


大きなプレートが掲げられている気持ち大きめの扉の前で立ち止まる。

そのわきには数々のトロフィーなどがそびえる展示用の棚が並んでいた。

しかしその部屋の扉自体はほかの教室と大差なく、平凡なそれであった。

彼はノックをしてから扉のノブを回す。しかしその扉は動かなかった。


「魔術鍵か…こってるな」


その扉には魔術行使の際にみられる陣のようなものが現れていた。

青白い陣が円形に3重に広がってそれぞれが中心をともにして固有に回転している。

魔術鍵というのは名の通りカギの一種であり、それは未完成の陣を利用する。

未完成の陣を完成させるとそこに「解放」の術式が形成されてそこに施されている

「閉鎖」の術式を打ち消す仕組みだ。「閉鎖」は「解放」によってでしか

打ち消せない特殊な術式なのだ。その特性と陣は膨大な情報量によって形成されている、

その特性を利用した鍵で、仲間内ではその陣の中のどこを補完すればいいか示し合わせておく。

それが開錠のために必要なカギになる。

それ以外の人間ではとても陣の情報を読み切れず補完することができない、

読み切るにしても多大な時間を消費する、という仕組みだ。

「よって守りきる」鍵というよりも、「時間を稼ぐ」ことに重点を置いた鍵である


「ええっと、これがこれで…、お、面白いこの外側の陣がここで絡んでくるのか」


しかし廓義ののとった反応は意外なものであった。

彼はその三重の陣に張り付くと、その解析を始めたのだ。

その眼はいつも以上に輝いていて、楽しそうであった。


「あ!まさかここでそれがかかってくるのか…面白い」


九重あたりがこの風景を見ようものなら唖然とするだろう。

それほどまでに普段の彼とはかけ離れていた。廓義は魔術エンジニア、

つまり戦闘部門よりも技術部門を志望する生徒である。

この魔術鍵というのはもちろん技術部門に分類される魔術だ。

彼にとってこれは得意分野であり、大好物なのだ。

そしてその眼は2つの陣を解除したころには若干の恍惚に包まれていた。

そしてすぐに3つ目の陣が解除され、解放術式の発動を示す白い発光が当たりを照らす。


「よし、あいた!所要時間は…1分。なかなかだな」


その眼はすでにいつもの彼に戻っていた。そして彼は扉を開ける。

がちゃり。

ごつっ!


彼はその鈍い音に気が付くと急いで扉を引いた。その陰から彼はひっそりと顔をのぞかせる。

その眼に映ったのは額を押さえてうずくまっている少女だった。

おそらく廓義の明けた扉に衝突してしまったのだろう。彼女は頭を押さえながら

いまだにうずくまっている。その肩は痛みに耐えるかのようにわずかに揺れている。


「あ、すみません。大丈夫ですか?」


そういって廓義は彼女に手を伸ばす。

それでも反応がない。彼は少し腰を下げようとして…


「君!どうやって私のカギを開けたの!?ねえねえ参考にしたいからさ!」


うずくまっていた彼女は突然立ち上がると廓義の手を両手で包むように抱え、

彼の目前まで顔を寄せてとても楽しそうに詰め寄っていた。

当の廓義はあまりの変貌ぶりに驚きを隠せなかった。


「えっとぶつけたところは大丈夫ですか?ずっとうずくまって…」


「あ、それはね少し痛かったついでにさっきのことについて少し考え事をしてたんだよ」


「…えっと肩を揺らしていたのは?」


「やっぱり渾身の鍵をあんな短時間で空けられちゃったらそりゃ悔しいでしょ?」


彼女はなぜか嬉々としている。その様子に廓義は若干たじろぎながらも

鍵の製作者に出会えたことに多少のうれしさを感じていた。


「あの鍵はあなたが作ったんですか?

素晴らしいですね。あそこまで手こずったのは久しぶりです」


「その素晴らしいそれを1分で開けちゃう君は何者なのかな?

まあいいやでさでさ~あの鍵、どこから開けたの?こうできるだけわからないように

3重にしてみたんだけどさー」


「それはですね…」


「答えなくていいわよ廓義君。長くなってしまうから。こちらへどうぞ」


廓義が柄にもなく語りだそうとしたところを奥に控えていた千手がたしなめる。

廓義といえば鍵の件で興奮していたらしくその存在を認知していなかった。


「えー海那ちゃんのけちー」


成果(なりか)はそういっては1時間語りっぱなしだったりするじゃない」


「そうだぞ、こないだだって…。ほら、廓義君も引いているじゃないか」


千手の隣には白銀もおり、さらにその隣には大柄な男子生徒と

おしとやかといった風な女子生徒が佇んでいた。


「本当にきちゃった…」


「はい?」


「いえいえ!何でもないです!

こっちの席に座ってください。お茶入れましょうか?」


そこで立ちすくんでいる廓義に女生徒が呼びかける。


「わかりました。お茶は結構です。ありがとうございます」


廓義は若干の違和感も覚えつつ席に座る。今日は先日の伊形との件についてかと

思っていた彼だったがその席に見慣れない人間がいるのは本来おかしいのだ。

そもそも当事者である白銀と千手がいればよいのである。

その扉の先を伺う。そこには千手会長がにこやかにたたずんでいた。

周りには4人の生徒が控えている。その中には白銀会長の姿も見られた。

疑問を解消したい気持ちに駆られ彼から口火を切った。


「今日の要件はなんでしょう?こないだの実戦練習の件でしたら…」


「その件ではないのよ、今日はね。それはまた後日こちらから連絡することになっているわ」


「では何の用ですか?」


「それは咲妃から説明があるわよ。お願い」


「ああ、わかった。いきなりで悪いが廓義君、

君はたぐいまれなる分析能力、そして体術を持っている」


「そうみたいですね。しかし俺にとっては昔からこれなんでどうとも」


「とはいっても伊形君っていう割と期待の一年生エリートを

一瞬で片づけたんだろう?そりゃすごい」


千手の隣に控えていた男子生徒が自分の席に座りながら言う。

彼は背が高く体つきががっしりしていて何らかの武道を嗜んでいる、

いや席から立ち上がり一歩動いたその足の運びを見ただけでもわかる。

かなりの手練れだろう。

しかしその顔立ちはすっきりと整っていて短い茶髪と相まって優男といった感じだ。


「しかも展開中の陣や魔術情報を読み解けるってすごいことですよね…」


もう一人の少女が感心したように廓義を見る。彼女は清楚で落ち着いたイメージを感じさせる。

彼女の前には少し集めの本がいくつか積まれている。

放課後の教室の窓際で夕日に照らされながら本を読んでいそうな少女だった。


「そのおかげで私のカギも破られちゃうし~」


先ほどの少女も席に着きながら駄々をこねる子供のように揺れている。


「その実力をかって一つ頼みがあるんだが…」


しかしその中で白銀の表情だけは特別真剣だった。

それを見て取った廓義は彼女に椅子を向けて答える。


「なんでしょう?俺程度にこたえられるものであれば」


「君に風紀委員副会長をやってほしい」


しかし白銀の問いかけは彼の予想とは大きく異なるものだった。

廓義は唖然としながらも答える。


「なぜ俺が?俺はまだ1年生ですし、先輩にはもっと有用な方がたくさんいます。

そもそも俺はワーストですし…」


「ああ、魔術的に言えばその通りだろう。しかし展開中の魔術を読み切るという技術は

この学校で君しか持ち得ていないだろう。その力を借りたいんだ」


「あなたのその技術は魔術を用いた戦闘の「未遂」も検挙できる材料になるわ。

いい抑止力になるし、私たちは構内における「ワースト」、

いえそれだけではなく魔術の力量での差別を撤廃したいの。そのためにも…」


千手のその言い分はこの学校の在り方と真っ向からぶつかることで

非現実的だともとれる。しかし、彼女の目をみるとそこには確固たる信念が見て取れた。


「俺はある意味でのマスコット…そういうことですね?」


「そう聞こえるかもしれないな。しかしそこまで自分を卑下することはない。

君の力はとても価値のあるものだ。そこに校内差別がかかわってはいけない。

その力を是非私たちとともに生かしてほしい」


しばらくは無言だった。千手と白銀は廓義を見つめ、男子生徒は足を組んで寝ている。

鍵を作ったという少女はいまだに頭を抱え続け、もう一人の少女は周りをうかがっては

廓義に視線を送っていた。

当の廓義は非常に冷めていた。彼からすれば受けるメリットはほとんどなく、

逆にワーストが生徒会に入ったとなれば非難の的にされるだろう。


「申し訳ありませんがその提案にメリットがあるとも思えません。

辞退させていただきます」


その声をきいた千手は少し悲しそうな顔をしたがそれでも続ける。


「本当に…そうですか?」


「はい」


しかし廓義は率直に答える。

そこで声を上げたのは意外にも寝ていたはずの男子生徒だった。

彼は思ったよりも通る声で紡ぐ。


「なら言い方を変えよう。お前が今回かばった女の子、不知火帳ちゃんだったか。

その子を守りやすくなる。そんなんでどうだ?」


「俺は彼女の家族でも彼氏でもありません。なぜそのようなことを?」


「あくまで一例さ。たとえばこれからも彼女は狙われるかもしれない。

お前がエリートの顔をつぶしてしまったからな。理由はお前の知り合い、それだけでな。

確かにそんなことを気にするのは伊形に近い一部の人間だろうさ。

けれどお前はいちいちそれ毎に面倒を起こしていくのか?」


「そうなるかもしれませんね。しかしそうなるのだったら

あなた方生徒会や風紀委員に頼みますよ。そのための組織でしょう?」


「じゃあその組織に入っちゃったほうが楽じゃないか?」


「確かにそうですが…」


廓義は言い返せなかった。彼の発言は理論として成立するようなものではなく、

ただの思い付きといったものであった。

しかしその些細な思いつきは廓義の中で何度も反芻された。


「己のために力を使え」

それはかつて師が言っていた言葉。

その意味はきっと他人のために使えという意思表示。

それを把握しなおしたのはおとといの朝。

この誘いを断ろうとしているのは力に酔っているのからなのか。

しかし俺にその認識はない。それが怖い。

俺はいま他人に丸投げにしようとした。

それが怖かったから。

帳を守ろうとしたときに感じた気持ちはなんだ?

なにもない。ただ守りたかった。

ならばこの状況は?

この状況では何を守るべきなんだ?

くだらない損得計算か?

いや違う。

ここで守るべきは己の信念。

ここで従うべきは師の言葉。

ここで見直すべきは魔の力。

俺は長い思考から顔を上げた。


「その仕事受けましょう…」


その言葉があまりにも唐突だったからだろう。

周りのメンバーは目を白黒させて、次の瞬間…


「やったわ咲妃!作戦通りよ!」


「ああ、完璧だったな海那。気持ちがいいくらいだ」


「それにしても完璧に台本通りだったな。さすが理事長さまさまだ」


「みなさん落ち着いて下さい。廓義君がびっくりしてますよ…」


「だー!やっぱりどうやって開けたのかわかんない~」


「えっと…これはどういう…ことなんですか?」


あまりの豹変ぶりに廓義は絶句する。

しかも男子生徒の発言には理事長なんていういかにも怪しい単語が含まれていた。

その事実に廓義は一つの仮説を立てる。


「もしかして今の話は理事長の脚本ですか…」


「ええ申し訳ないけどそうなるわ。君はこれでいちころだって言われてね」


たしかに理事長ならば師のことを知っている。


「それにしてもかなり真剣な顔をしていたな。何を考えてたんだ?」


「それには触れないでください…。これキャンセルききますか?」


廓義は苦し紛れにつぶやく。


「なんだ、さっきはあんなに真剣な顔をしていたのに」


「男に二言はないだろう?」


そういって男子生徒は唇をゆがめる。

廓義は万事休すといった風に両手を上げる。

しかし不思議と悪い気はしていなかった。

予想外のところで自分を見つめることをできた彼の表情は少し満足そうだった。


「それではこれから職務を共にする仲間として自己紹介をしましょうか。

じゃあ…切谷(きりたに)くんからいきましょう」


「俺は切谷隼人(はやと)。この生徒会で副会長をやってるんだが案外楽でいいぞ。

周りは美少女ばかりだしな。まあよろしく頼むよ、新入り」


「は、はぁ…」


廓義は切谷のポストと振る舞いのギャップに少々驚いた。

確かにその足運びは武道の達人のものでその役職に見合う実力を持っているのだろう。


「じゃあじゃあ次は私ね!私は綴紙(とがみ)成果(なりか)、書記をやってるよ。

趣味は杖いじりと真樹(まき)ちゃんいじり。よろしく」


「は、はぁ…?」


「じゃあ次は私ですね。千葉(ちば)真樹です、主務をやってます。

みんなはあんな感じだけど本当に大丈夫?何かあったら遠慮なくいってね」


「あ…はい…」


廓義は唯一の良心に安心する。


「後は私、風紀委員長白銀と千手生徒会長を加えた体制が現在の法3の生徒会だ」


すると白銀が廓義に視線を送る。

その視線の意味をくみ取れないほど廓義はおろかでなかった。


「1年R組廓義宣人です…」


「それに廓義君を加えた体制をこれからの生徒会として運営したいと思います。

異論はありますか?」


そういって千手は周りのメンバーを見回す。

廓義を除く全員がうなずく。しかし千手はなかなか声を上げない。

廓義は周りの全員が自分を見ていることに気がついて、

渋々うなずいた。


「では、廓義宣人を風紀委員副長に任命します」


こうして法3初の「ワースト」の生徒会員が誕生したのであった。

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