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月光図書館  作者: 菜い子
5/12

5,わぁ    サンドウィッチ

辺銀との出会いは、衝撃的!という感じでもなかったが、わぁ。ぐらいの驚きがあった。

「あの。辺銀、君のお宅ですか。」

ピーンポーンとなるやつを押してから人間が出てくるのには酷く時間がかかった。

「待つことが、大切ですよ。」医者にそう言われていたので、自分が待てる範囲で待った。時間にすると三分ぐらい。いい加減料理の入った皿が重く下に置いた時に玄関が空いた。

「あっ」

初対面の人間に会う時、第一印象がとても大事になってくる。と誰かが言っていたのを思い出す。

「六篇さんですか?」

「はい。六篇です。」

こちらはまだ料理の皿を拾い上げるために腰を曲げ、長座体前屈をしているかのような恰好をしているにも関わらず、辺銀康人は私の腰の上をめがけて声を飛ばした。そのため図に表しでもしたら、その図は間抜けと名付けられることになるのだろう。

「辺銀さんですか?」

「辺銀です。」

せっかくなので、その体制のままやり取りしてみる。

「じゃあ。中に入ってください。」

体制に関して突っ込まれることもなく、部屋の中へと言われてしまった。このまま長座体前屈をしていても、何も言わないんだろうな。と諦めて顔を上げるとそこにはもう辺銀はいなかった。まさかあの体制を無視され続けるとは。ここでまず、わぁ。と驚いた。そして、案外自分と気の合う人間かも知れないと思った。

「あの爺さんが紹介してくる人間なんてろくでなしだと思ってましたけど、そうでもなさそうですね。」

ドアを開けて自分の家と同じ間取りの玄関を入っていくと辺銀が奥の部屋でちゃぶ台の前に座っていた。ちゃぶ台の横にはベッドがある。

「人を見た目で判断してはいけないよ。」

ここは年長者である私が丁寧に教えてやる。

「見た目なんかでは判断できません。」

「じゃあ、人を挨拶で判断しちゃいけない。」

「あなたがろくでもない人間じゃないと僕は判断しました。人を挨拶で判断しちゃいけないなんて偏見、間違った考えですよ。」

冗談が通じない。

「今日の朝食はなんですか?食事代なら昨日爺先生が茶封筒に入れてどこか見えやすいところに置いておいたと言っていましたので探してみてください。」

「朝食はサンドイッチだ」

私は爺先生じゃないのでサンドウィッチと発音しない。

「サンドウィッチ。久しぶりですよ。食べるのは。」

辺銀はサンドウィッチと発音した。不愉快な発音ではない。わざとらしくない。これが若さというものか。

 ちゃぶ台の上に大皿を置いた。茶封筒はちゃぶ台の上にあった。

「好き嫌いわからないから適当に野菜だけ挟んで持ってきた。」

「好き嫌いはありませんよ。僕は雑食です。」

私はベジタリアンです。というわけではない。

辺銀はビン底メガネをかけていた。年代物らしい。ここでも私は、わぁ。と驚いた。今の時代でも買えるものなのか。ビン底メガネを除けば彼は至って普通の男だった。ワイシャツを着てチノパンを履いていた。私はというと、ジャージである。

辺銀はあまり身長は高くないがひょろっこいイメージを持つ。

 ビン底がなければ、普通なのに。

「六篇さんは、何をしている方なのですか?」

どこかの営業のサラリーマンのような話し方だな。と思った。しかし残念なことに私は営業のサラリーマンを見たことがないので、この例えがあっているのかは判断できない。

「あー。小説家のようなものを。」

顔が赤いのは、自分は小説家だと名乗ったかではない。自分が小説家だと面を向かって公言して赤面していることに赤面しているのだ。決して自分で小説家だといったことに照れているのではない。

「小説家。ですか。じゃあ先生ですね。」

「せ、先生。」

決していい響きだとか思っていない。

「先生ですよ。六篇さんのことは先生と呼ばせていただきます。」

「いや。いいよ。そんなに売れているわけじゃないし。あくまで小説家の端くれのようなもんだから。」

「よくないですよ。あ、勘違いしないでくださいね。別にあなたという人間に対して敬意を抱いているのではありません。小説家という職業に対して敬意を表しているのです。あなたがただの人であるならば、僕は六篇。と呼ぶことに迷いも恐れも感じません。しかし、あなたは小説家に見えないが小説家らしい。だから僕はあなたを先生と呼ぶのです。」

沈黙。個人をここまでバッサリと蔑まれたのは初めてだ。

「ああ…そうですか。じゃあ私は君のことを辺銀と呼ぶことにするよ。」

「ええ。いいですよ。では先生。次に来るとき、お昼ですね。その時に先生の本を持ってきてください。本がない場合は原稿でも構いませんから。」

「え。君、僕の本を読むの。」

「はい。正確にいうと読む、とは少し違うのですが。読むというよりは感じる、でしょうか。」

バッサリ物を言う割にはロマンチストなのだろうか。感じるって。日常会話で使ったことがない気がする。

「そう。了解した。」

「先生。もうサンドウィッチなくなっていますよ。」

サンドウィッチ。発音がいいと心地よさまで感じるな。先生、と呼ばれたことに心地よさを感じるのは言うまでもない。

「本当だ。左手を何度動かしても触れないわけだ。」

しかし、まだ私は一つか二つしか食べてない。

「意外に食べるんだね。」

「人を外見で判断してはいけません。」

「そうですね。」

辺銀。彼とは仲良くなれそうだ。



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