11,上気…興奮すること
「本当に、美しい花でした。光を伴う花なんて僕は初めて見ましたよ。光って本当に触ることが出来ないのですね。」
「内容は、どうだったの?」
「良い本でしたよ。青春小説と呼ばれる類の本ですね。あれは。主人公の葛藤、そして子供から大人へ向かっていく主人公の心情の変化。見事に描かれていました。主人公が、空禰というんですがね、空禰が母親に向けて自分の気持ちをぶつける場面。堪らなかったです。」
辺銀の感想を右耳から左耳に通過させていると、ふと気が付いた。
「辺銀。光を伴う花を見たのは初めてだって言ったよな?」
「はい。言いましたが。」
「それ、たぶんその光は花のせいじゃない。」
我ながらよくこれに気が付いたな。と思う。
「それは月光だ。月明かりだよ。」
「え?」
「今まで毎日図書館に通い詰めていて、他にも美しい花はたくさん見てきたはずなのに、初めて花が光を伴ったって、おかしいと思わないか?」
「でも、僕の世界では光なんて見ることが出来ませんよ。」
「だからきっと、その花は、その月明りでさえ自分の魅力の一部として惹きいれてしまう、それほどに素晴らしい物語を持った花だったから、月の光が、まるで花の一部のように見えたってことじゃないか?近くに窓があって、上から降り注ぐ光なら、完璧に月明かりだ。」
「月光…あれが。では僕は本物の月明かりを目にすることが出来たというわけですか?」
「あぁ。」
はっきり言って、私もそこまで自身があるわけではなかった。それなのに何故、完璧に、なんて言いきったのか。そして今何故、あぁ。なんて答えているのか。
その理由は簡単である。
辺銀の喜ぶ顔が見たかったから。
彼と一年以上交流があるのにもかかわらず、私は辺銀の喜んだ顔を見たことがなかった。
「嬉しいか?」
「それはもう。嬉しすぎますよ。」
私は小説家だ。辺銀の心理、何をすればこの男が喜ぶのかぐらい理解している。
辺銀を喜ばすためには、彼が憧れてやまない私たちの世界に触れさせてやるのが一番。彼はそれをとびっきりの笑顔で証明してくれた。
今。私が赤面しているのは小説家だと、自分で豪語したからでは決してない。辺銀が喜んでいることが嬉しいから上気しているのだ。




