10,美しい花
辺銀は暗くなった館内で本を物色していた。闇の中に響くのは、彼の足音、本の開く音閉じる音。辺銀にとっては至福の時だった。
生き物の気配がなくなり、本と自分だけの世界になる。こういう時に見る本こそ格別だ。静かな中で一輪の花が揺れる姿から物語を見る、人の意見を見る。最高に幸せな時間帯。それもあと少しで終わってしまう。もう少ししたら館長が戻って来て辺銀に閉館の旨を伝えるだろう。
冷え込んだ館内の本棚を絶えず触っているため、手の指の感覚がなくなってきている。時間的にも、身体的にも、後一冊が限界。
毎日、終わりの時間が近づいてくるたびに思う。本が借りられればいいのに。
ぼやけた世界を歩く辺銀にとって荷物を持って歩くということは、困難なこと、不可能と言えるのだった。
ふと、目の端に光がちらついた。
誰が忘れたのか。 机の上に三、四冊の本が置いてあった。その一番上に置かれた本が開かれたままである。
全く。本を開いたままにするなんて。本の花の美しさを人間が知れば片づけないなんてことなくなるのに。
壁に手をあてて、本の元へと行く。本のそばに行くと、壁が窓に変わったのか、指先がじんと痛んだ。
同時に胸が痛んだ。
なんて…綺麗なんだろう。
本から突き出た一輪の花。その花はめったに見ることが出来ないほどの大きな花弁で絢爛に着飾っていた。
本の中で何度も見、そして感じた光が、上から降り注ぎ花をさらに彩っていた。現実で自分の目で初めて見る光。眩しい。そして暖かく見えた。
つい花に手を伸ばしてみるが、手は空気を掴んだだけ。そして光も同様だった。
そうか、光には触れられないのだな。
そんな当たり前のことを、辺銀は初めて理解することが出来た。




