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下らない会話 午前の部

作者: 腐れ大学生

この作品を読む前に拙作「馬鹿な会話」をお読みいただくと、よりスムージーに話が理解できると信じています。

 さて、今日は日曜日。いわゆるサンデーだ。

 本日はお日柄もよく、大変ショッピング日和であらせられる。

 時刻は九時五十分。親友との待ち合わせ時間には十分間に合いそうだ。

 彼と出かけるときはいつも最寄りの公園を集合場所にしている。正直その公園へ行くよりもお互いの家の方が近いんだけど、そこは暗黙の了解というやつだ。

 目的の公園は住宅街の一角にある。昼過ぎになると親子連れで埋め尽くされるのだが、今は午前だけあって人影はまばらなようだ。

 白のタンクトップに青のハーフパンツ姿でランニングをしているお兄さん、よれよれのグレーのスーツを着てベンチでため息をついているおじさん、黒の燕尾服でビシッと決めて手に余るほどの真っ赤な薔薇の花束を抱えている変な人、砂場で首から上だけ出して埋まっている美人なお姉さん(何故か不敵な笑みを浮かべている)。

 うん、どうやら彼はまだ来ていないようだ。

「待っていたよ、マイスウィートハニー」

 時間はもうすぐ十時になろうかというところ。こんなに可愛い女の子を待たせるだなんて、男としての心構えがなっていない。

「おいおい、いきなり無視とは手厳しいな。薔薇の花が気に入らなかったのかい? でも僕の気持ちを君に伝えるにはこの花しかないと思ったのさ。何故かって?」

 大体あいつはいつもいつも厭味ったらしいんだ。私がちょっと間違えたこと言ったらすぐに上げ足とって馬鹿にするんだから。

「赤い薔薇の花言葉は、愛情だからさ」

何か腹立ってきた。よく考えたら何であんなやつと二人で出かけなきゃならないんだ。

 そんなことするくらいならまだカブトムシの散歩でもしてた方が有意義だ。そのためにはまずカブトムシを手に入れないとね、うん。クヌギの木のある森を探しに行こう。

 わたしはげんじつからにげだした!

「待て! 何故逃げる!」

 しかしまわりこまれてしまった! 

 人生初の不審者とのエンカウントだ。嫌が応にも鼓動が高鳴る(恐怖で)。

「放せぇ! 私は森へと還るんだ!」

「落ち着け、もののけの姫。そなたは美しい」

「すみません、いや、もう本当に勘弁してくれませんか? メールの件なら謝りますから。土下座とか辞さない覚悟ですから。だから半径五キロ以内に近寄らないで」

「あれ、おかしいな。こんなにも君が近くにいるのに何故か距離を感じるぞ」

「ぐすっ、ひぐ……」

「あれ、舞菜さん? ひょっとして泣いてます?」

 そりゃ燕尾服着た変態に追いかけられた日にゃ誰だって泣くわ。

私はこんな奴知らない。私の親友は薔薇の花束を携えて甘い言葉を囁くようなやつじゃない。

 私が本気で泣きだしたことにより慌てた変態執事は、「着替えてくる」とだけ言い残して公園から駆け去って行った。

 ふと砂場の方を見ると、お姉さんが心配そうにこちらを見つめてくれている。なんだか申し訳なくなったので馬鹿が置いて行った薔薇の花束を砂場にお供えしてみた。お姉さんは優しく微笑んでくれた。


 仕切り直し。

 十分程度で公園に戻って来た親友は、青のケミカルウォッシュジーンズに灰色のパーカーと至極無難な格好をしてきた。

 とりあえず非難の意を込めた烈火のごとき眼差しを向けると、彼は恥ずかしげに頬を掻いた。

 私は容赦なく、判決を言い渡す裁判長のような態度で彼に言う。

「弁解を聞こうか」

「今朝の仕返しのつもりでやった。後悔はしていない」

 平然とした顔で無反省を宣言する眼鏡男子。頭がおかしいのだろうか。

「そこはしておけよ糞眼鏡。レンズ抜いて伊達眼鏡にしてやろうか」

「眼鏡は関係ないだろうが! 指一本でも触れたらぶっ飛ばすぞ!」

「えぇ……沸点の低さがエーテル並みだよ……。どんだけ眼鏡の優先度高いの……」

「ふん、非メガネユーザーにはわかるまい」

「ヘイ、その眼鏡くいってするのやめろ。この眼球弱者が」

 別にずれてもいない眼鏡を得意げにくいってするメガネユーザー。世の中にはこの動作が好きだと言う女の子もいるらしいが、私は大嫌いだ。

 彼は私を馬鹿にする前によく眼鏡くいってするから、この動作を見ると条件反射で馬鹿にされているように感じるのかもしれない。

「人を情報弱者みたいに言うんじゃない。ロストアイと呼べ」

「超かっこいい!」

 オーパーツっぽい響きだ。何かビームとか出そう。ちなみに私は親友からノーミソトーフという二つ名でよく呼ばれる。意味はよくわからないがミソトーフという響きがおいしそうなので個人的に気に入っている。

「大体僕の眼球は弱くなんかないぞ。むしろ強い」

 どうやら親友はまだボケ倒す構えのようだ。発言が要領を得ない。だがこの私がいつまでも大人しく突っ込んでいると思うなよ。ボケ界のプリマドンナとは私のことだ。

「えー、本当ですかぁ。私ぃ、眼球がたくましい人大好きなんですぅ。ちょっと触ってみてもいいですかぁ」

「眼球たくましい!? そのノリで触っていいのは腹筋とか二の腕だけだ!」

「いいじゃん、二個あるんだから一個ぐらい。ぷちゅっ、てさ」

「明らかに何かを潰した効果音だよな、それ。具体的には眼球とか」

「いんや、何かにちゅーした音。具体的には眼球とか」

「な……、よせよ、こんなところで」

「どうして恥ずかし気に目を逸らす!?」

 馬鹿な、今のは完全にボケてただろうが。眼球キスだぞ? 軽い気持ちで言ってみたのに、事態が予想外の方向に転がっている。言葉のロンリーウォーキングだ。

 いや、だが待てよ。実際その場面を想像するとなんかエロい気がしてきたぞ。頬を上気させた私が緊張してがちがちになった親友の眼鏡を優しく取り外す。そして彼の欲望に濁った瞳に向かってそっと瑞々しい唇を近付けて……。

 やべ、何かこっちまで恥ずかしくなってきた。

「あれ、舞菜? 分かってるとは思うが今のは演技だぞ。どうして君が俯いて顔を赤くするんだ?」

「えっ……。わ、わかってるよ、ばーか。変態眼鏡。眼ちゅーとかねーよ。」

「いや眼ちゅーは君が言ったんだけどね」

 何を訳のわからないことを言っているんだ。品行方正の道を邁進する私がそんなアブノーマルな発言するはずないだろう。本当に頭がおかしいのだろうか。


 しばし発言に関する責任の所在を政治家のごとく押し付け合った後、親友の「眼ちゅーってアブノーマルじゃなくね? むしろ至極普通」という比類なき意見により議論はひとまずの終結を迎えた。双方傷つくことのない、完璧な結論だった。

「なぁ、時間は有限なんだ。とりあえず公園を出ないか?」

 彼が人生に疲れた中年男性のような声を上げた。互いの精神を削りあうような無益な議論に疲弊してしまったのだろう。

 かくいう私も疲れきっている。何しろ先ほどの議論、勝ったところで異常性癖の親友という称号を手に入れるだけという事実に気づいてしまったのだ。

「そうだね。とりあえず御飯食べようか。まだちょっと早いけどお腹空いちゃった」

 気づけば時刻は午前十一時。貴重な休日を早くも一時間近く浪費してしまった。

 ひとまずくだらない会話で消費してしまったブドウ糖を供給すべく、一刻も早い食事が求められるところだと私は考察する。

 親友も快活に頷いている。さすがの屁理屈眼鏡も私の正論には膝を折ったらしい。

「今何か失礼なこと思わなかった?」

「ノン」

「そうでげすか」

「何その下衆っぽい喋り方!?」

「何って島根県の方言だよ。ゲゲゲの女房見てないのか?」

「全島根県民に謝れ!」

 正確には、そげですか。そうなんですか、という意味らしい。

 そういえばこの言葉も何か烏賊っぽくておいしそうだと思う。

「げそじゃなくてそげ、だからな」

「!」

「読心術だ」

 マジか。親友すげぇ。

「さぁ、そろそろ行くでげす」

「いい加減にしとかないと島根県民に暗殺されるよ」

 島根県は忍者発祥の地らしい。忍びがいるし鬼太郎もいるし、実はかなり高い実力を秘めた県なのではなかろうか。

「何か食べたいものある?」

「烏賊と味噌豆腐」

「じゃあ歩きながらマックでも探そうか」

 最近のマックはそんなものまで揃えてあるのか。さすが大手はニーズがわかっている。

 私が発言した瞬間、親友が名状し難い表情を見せた気がするがきっと気のせいだろう。

 本日は晴天。今日もいい日になりますように。


作者は島根県が大好きです。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうもこんにちは! 今回はヒロイン視点で物語が進んだのでどうしてああいう奇天烈な発言が飛び出るのかが分かってとてもよかったです。 それにしても首だけ埋まってるお姉さんがとても気になりますね。…
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