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血塗られし古城に剣を捧ぐ 〜死にたかった俺が仲間の魂を喰らうスキルで生き残る〜  作者: 新田青


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第6話 「クラシキ」



 古城に来てから早いもので3日が経った。


 最初の戦場以来、呼び出されることもなく、クルルも見かけないため、平穏な日常に慣れてきた。


 一つ気になるのは大広間にあった落合理沙を含む三人の遺体。そして、エントランスにあった新川の遺体。


 それらが気がつけば痕跡すら残さず、どこかに消えていた事だ。


 俺を含めて古城の人たちも気づいてはいるみたいだったが、誰もそれを話題に上げなかった。


 まるで見たくないものから目を背けるかのように──。


 得体の知れない焦燥感を落ち着けようと、中庭に出ると一人の人物と出くわす。


「……」


 古城の人たちの中でも最年長のお爺さんだ。老人にさしかかる年齢とはいえど、背筋はまっすぐ伸びていて、眼光は力強さを感じる。


「早いですね」


「歳を重ねると眠りが浅くなる」


 老人は黒色の武道着を着ていて、体から湯気が立ち上っていた。


 俺は少し離れた場所で、剣を引き抜く。鞘から抜き放たれた鋼が、中庭に注ぐ陽光に照らされる。


 古城にも朝と夜があるのは救いだった。でなければ生活リズムが狂って仕方なかっただろう。


 そのまま素振りを始めてみるが、あまり身になっているかわからない。


 だが、やらないよりはマシだと言い聞かせて続ける。次第に息が荒くなってきて、剣を杖にして体を預ける。


「下手くそだな」


 一瞬、自分に言われたのか理解できなかった。振り返ると、老人がこちらを見ていた。


「そうなんですか?」


「ああ。現代剣道の見様見真似。見てられん」


 老人は俺の剣をひったくって構える。


 静寂の後に、空気を鋭く切り裂くような音が響く。


「どうやったらそんな音が出るんですか?」


「目の前に斬るべき相手を想像する。それは動かぬ岩石なのか、それともあの珍妙な小鬼なのか。どちらも同じ力で斬る道理はあるまい」


 目の前の老人の言葉は理解するには難しい。小鬼とはゴブリンの事だろうか。


 確かにあの時、多くのゴブリンを斬った時はそんなに力が入っていなかった気がする。そもそも疲れてて思い切り振る余裕が無くなっていっただけだが。


「思い切り振ればいいってわけじゃないんですね」


 俺は剣を再度老人から受け取り、できるだけ力を入れずに振ってみる。何度か続けていると、それを見ていた老人が言う。


「よくなった。筋がいい」


「は、はぁ……ありがとうございます」


 老人はずっと腕を組んで俺の素振りを見ている。なんとなく気まずくなって訊ねた。


「あの……お名前は?」


「クラシキ。お前は?」


「ルイです」


 ここに来てから何度もした自己紹介。今では慣れたように名前だけ告げる。


 クラシキはそれを聞いて少し目を丸くした。


「頭も悪くはないみたいじゃな。ここで本名を全て明かせば、あの男のように黒猫に命を握られる」


「やっぱりそうなんですかね……?」


 それは俺も同じように思っていた。あの時、クルルが新川に名前を聞いたのには理由があると。


「新川さんでしたっけ……残念です」


「ふん。危険に対する嗅覚が衰えてるからああなるんじゃ。どっちみち永くは持たん」


 はっきりと物を言うクラシキに俺は思わず苦笑いする。


「また、あの時のような戦場に連れて行かれるんですよね」


「あの性悪猫が言っていた通りならそうじゃろう。ちなみに、夜の内にこの古城から抜け出そうと試みたが、どうやら無理なようじゃ」


「た、試したんですか?」


「ああ。あそこに壁があるじゃろ。半ばまで登ったところで、あの死んだ男の二の舞になる気配がしたから辞めたんじゃ」


 ゾッとした。


 つまり、勝手にこの古城から逃げようとすれば死ぬ可能性があるということか。クルルがどこかで監視しているのだろうか。


 どうやら外の空気を吸うには、古城が用意する戦場に行くしかないらしい。


「小僧。見ていろ」


 考え込む俺に、クラシキは小さく言った。


 そして、瞬時にその姿が掻き消えたと思ったら、遥か前方にいた。


「スキル……ですか?」


「ああ。儂は加速するスキルが与えられた。だが、このスキルには明確に代償が存在する」


「代償?」


「使う度に内臓が軋むようじゃ。なんの不利益もなく利用できる代物ではない」


 顔を顰めるクラシキ。


 そうだったのか、と驚きはあったがそんな事を俺に教えてどうするのだろうか。


「……」


 押し黙った俺の疑問を解消するように、クラシキはため息混じりに口を開く。


「お前のスキルは確か死者を扱う代物だったな? あの時、猫に惑わされないで正解じゃ。死者との間に繋がりを作るなど、どんな代償を支払わされるかわかったもんじゃなかろう……」


「ああ。そういうことですか」


 クラシキは俺がスキルを使うのを拒否した時のことを言っているのだろう。


 あの時、単純に倫理観で踏みとどまったが、クラシキの話を聞くと確かに何もなく済んでいた可能性は少ない。


「やけに素直じゃな?」


「これからも使うつもりはないですから。そもそも、誰かの代わりに生き延びようなんて思ってもいません」


 クラシキは俺の話を聞いて、ふんと鼻を鳴らした。


「打ち込んでこい。思い切り」


「斬りかかれってことですか? で、でも」


「それ以外に何がある? はよせい!」


「は、はい!」


 躊躇う俺に、クラシキは急かす。


 言われた通りに、俺は剣を持ち上げてクラシキに向かって斬りかかる。


 その剣を横合いから手刀で弾かれ、顎に地面から跳ね上がってきた足先が添えられる。風圧で前髪が浮くほどの衝撃だった。


 バクバクと音を立てる心臓を抑えながら、クラシキを見る。


「す、凄いですね。もしかして達人ってやつですか?」


「剣において、斬ると決めたら親でも斬る。それは出来ているようじゃな」


「……もしかして、褒めてくれてるんですか?」


 クラシキはフン、と鼻を鳴らす。


「小童にしてはいい剣を振る。だが、お前の剣はまるで自分も死ぬから、お前も死んでくれと言っているようじゃ。剣が泣くぞ」


 クラシキの言葉に、少し怒りが湧いた。


 それの何がいけないのか。剣は誰かを傷つけるためのもので、こちらも命を賭けなければ道理に合わないだろう。


「剣は……泣きませんよ」


「はっ。比喩も知らんのか……小僧、剣はなんのためにある?」


「何かを……斬るため?」


「なんとも面白味のない答えじゃのう。0点じゃ。いいか? 剣は斬るためにあるのか? 何かを殺すためにあるのか? 違う。剣は生かすためにこそある」


 もっともらしいことを言うクラシキ。だが、俺はその考えには賛同できなかった。


「何を生かすって言うんですか?」


「家族、仲間。誇り。そして己自身を。だからこそ、剣はより鋭く、より美しくなる。お前のようにただ自分の存在をぶつけるだけの剣は独りよがりで不恰好じゃ」


 俺には守るべき家族も、仲間も、誇りもない。そう言われているようで胸にちくりと痛みが走った。


 けど、それは俺のせいなのだろうか。俺だって孤独を望んだわけじゃない。


 言い返せずに黙った俺を見て、クラシキはため息をつく。


「儂のスキルを試すのに相手が必要じゃ。毎朝この時間にここに来い。片手間にお前の剣を見てやらんこともない」


 それっきりクラシキは自分の世界に入るように構えた。


 虚空に向かって機敏に繰り出される突きや蹴りは、彼がどれだけ長い間同じことをしてきたのかが窺えた。


 彼には、それを続けるだけの"理由"があったのだろうか。




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