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血塗られし古城に剣を捧ぐ 〜死にたかった俺が仲間の魂を喰らうスキルで生き残る〜  作者: 新田青


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第3話 「ユスティア」


 眩しさに閉じていた瞼を上げると、まず目に飛び込んできたのは色鮮やかな緑色だった。


「森……? いや」


 今まで薄暗い城にいたからか、目が痛くなる様な鮮烈な色だ。


 俺たちが立っているのは道のど真ん中だった。勿論、地球の時のアスファルトの舗装路とは違い、砂が露出しただけの道だ。


 背後を振り返ると道の先に木製の杭に囲まれた集落のようなものがある。


「外なのか? もしかしてこのまま逃げられるんじゃ」


 誰かがそう呟く。閉鎖的な空間から急に外に放り出されて、安心感から出た言葉だろう。


 だが、俺は装着されたままの首輪を撫でながら、そんな旨い話はない、と気を引き締める。


 皆が混乱している最中、地平線の向こうから地鳴りのような音が聞こえてきた。


 砂埃を巻き上げ、押し寄せる大群。


 アマガエルのような緑色の肌をした、身長の低い生物が群れを成して迫ってくる。


「……ゴブリンって確かあんなのだよな?」


 近くにいたモデルみたいな男の声に、俺は慌てて剣を引き抜く。


 まだ距離はある。


 ゴブリンの数を確認してみるが、すぐに諦めた。10や20ではきかない大群。


 あれと戦うだと。


「丁度いいな。スキルを使ってみよう」


 モデルのような男が、ゴブリンの群れを指差す。


 その指先から稲妻が迸り、それが群れの先頭集団に直撃した。


「きゃ!」

「うわぁっ!」


 誰かの悲鳴が響いた。それと共に、四肢がもげ、宙を舞うゴブリンの身体。


 あの男のスキルなのだろう。その魔法にしか見えない力を見て戦慄した。


 俺のスキルとは雲泥の差だ。


 鼻をくすぐる不快な匂い。そして、グロテスクな光景に口元を覆う間もなく、迫り来る軍勢と距離が近づいていく。


「来るぞ! 備えろ!」


 男の声に従ったわけではない。


 自分の本能に従い、俺は盾を構えて衝突に備えた。


 心臓が口から飛び出そうな緊張感の中、俺も含めた古城の兵士たちはゴブリンの群れと混じり合うことになった。



 ***



「くっ!」


「ギャギャッギヤ!」


 棍棒を叩きつけてくるゴブリンを蹴り飛ばし、その左胸に剣を突き刺す。


 これまでで三匹のゴブリンを殺した。


 生々しい感触には既に慣れ、剣を振るうのに躊躇がなくなっていく。


 最初は纏まっていた俺たちも、すぐに乱戦で散り散りになり、各々が襲いかかるゴブリンの相手をするようになった。


「誰か!」


 地面に引き倒され、3匹のゴブリンに襲われている男がいた。


 俺は走り出し、今にも木製の槍を突き立てようとするゴブリンの背中を切り裂き、残ったゴブリンを盾で殴りつける。


「助かった! ありがとう!」


「いえっ……立ってください」


 残った1匹のゴブリンの攻撃を盾で防ぎながら、俺は振り返らずに言う。


 緊張しすぎて頭が馬鹿になったのだろうか。思ったよりも冷静になっている自分がいる。


「ギャギャ!」


 まとわりついてくるゴブリンの腹を思い切り蹴り飛ばし、怯んだ隙に頭に剣を叩きつける。


 柔らかい肉の奥にある頭蓋骨の感触。


 吹き出す青色の血を見て、俺は昔見たカブトガニの記事と似ているなと、場違いな感想を抱いた。


「はぁ、はぁ」


 絶えず身体を動かしていたからか、息が荒い。呼吸を整えるために鼻で呼吸をしようとすると、強烈な匂いにえずいた。


 スキルのアビリティである《死の嗅覚》の効果。


 これはどうやら敵であるゴブリンにも適用されるようで、使い勝手が悪い事この上なかった。


 こんなにも死が溢れた場所で、どうやって自分だけに降りかかる死の匂いを感じ取れと言うのか。


「や、やめてっ」


 またもやゴブリンに襲われている人を見つけた。俺は吐きそうになりながらその人を助けにいく。


 ゴブリンを殴りつけ、蹴りとばし、剣で切り裂く。


 現実味のない光景にショートしそうな思考を、絶え間なく襲う危険が覆い隠す。


 アドレナリンが出ているせいか、僅かな高揚感を抱きながら。



 ***

 


 戦っている中には、見慣れない顔もあった。彫りが深く、まるで外人のような顔立ちの人たちだ。


 彼らは初めのうちこそ俺たちに困惑している様だったが、ゴブリンと共に戦っているうちに、敵ではないと悟ったのか、今では共闘している。


 円形上に建てられた杭の柵は、奥に見える集落を守るために存在しているらしく、この集落に異世界人とやらが住んでいるみたいだ。


 そんな取り止めのないことを考えていると、急に鼻に嫌な香りが漂ってきた。


 周囲を見渡すと小さなゴブリンの集団が、遠くで柵を壊しているのが視界に入った。


「くそっ!」


 周りの人たちは気づいていないのか、それとも目の前の敵に集中しているのか、どちらにせよ、対処できるのは俺だけだった。


 集落の中にいた一人の人間が、今、正に壊れそうになっている柵の内側に見えた。


 崩れた柵から雪崩れ込むゴブリンの集団に、その人物は驚き、尻餅をついた。


「ちっ」


 クルルが言っていたのを信用するのは癪だが、異世界人とはいえ、同じ人間が殺されるのは見たくない。


 全力疾走したままゴブリンとその人物の間に割って入り、ゴブリンから距離を取るために剣を我武者羅に振り回す。


 1匹のゴブリンの腕を切ることができたらしく、怯んだ隙に背後を振り返る。


「立てるか!?」


「あ、う、うん!」


 どうやら若い女の子だったようだ。


 その女の子を守るために、4匹のゴブリンと対峙する。


 体格では勝っているとは言っても、流石に分が悪い。


「ギャギャ」


 涎を垂らすゴブリン達は、俺が獲物にでも見えているのか、異様に多い牙を見せて嗤っている。


「はぁ……はあ」


 集団から距離が離れてしまい、近くにいるのは後ろの女の子のみ。


 脳が沸騰しそうだ。


「ギャギャ!」


「俺を殺したいんだろ……? なら死ね」


 女の子が離れる時間だけでも作ろうと、剣と盾を我武者羅に振り回す。


 だが、隙間をついて肉薄してきたゴブリンが腕に噛みついてきた。


「ぐっ……」


 痛みに耐えながら左腕を振り回すが、ゴブリンは強い咬合力で噛みついて離れない。すっぽんのようにしつこいゴブリンを、今度は重力を使って地面に叩きつける。


「……いい気味だ」


 ようやく腕から離れたが、噛まれた場所から脳天まで貫くような痛みが断続的に走る。


「ぐぅっ……! いっ……てえ」


 噛まれた箇所を見るのが怖くなるぐらいの痛みだ。自然と目元が痙攣し、額を汗が伝う。


 左腕を上げて盾を構えようとするが、電流のような痛みが走って持ち上がらない。


「どいて!」


「え?」


 後ろから女の子が槍を突き下ろす。


 先ほど俺が地面に叩きつけたゴブリンの頭部を貫通し、真っ青な血がついた刃先を持ち上げる。


「しっかりとどめを刺さないと! ゴブリンはしぶといんだから!」


「え……? あ、ああ!」


 その女の子は、ゴブリンが持っていた木の槍で、残っていたゴブリンを打ち据え、とどめをさしていく。


 俺もそれに続いてまだ動いてるゴブリンの首を切り裂いていった。


「柵を補強するわ! その間頼める!?」


「わかった!」


 柵の内側で杭を打ち直し、解けた縄を結んでいく女の子。


 それを守るために柵の外から襲いかかってくるゴブリンを切りつける。


 両手で振っていた剣は、左腕の痛みによって片手に変わり、長い間武器を振り回していたことで握力が失われて剣を掴んでいるのも一苦労だった。


 だが、限界だと思っても、意外にも身体は動いた。


 火事場の馬鹿力というものだろうか。


 ズキズキと痛む左腕を庇いながら、ゴブリンに体当たりし、その首に剣を突き刺す。


 どれくらいの時間が経っただろう。


 緊張が解けないまま、怪我した腕をだらりと下げていると、いつのまにかゴブリンの姿が見えなくなっていた。


「こんなもんか……?」

「終わったの?」

「手応えがなかったな!」


 遠くの方に古城の兵士たちが見えた。どうやら無事みたいだ。


 それどころか、俺みたいに大怪我してる人は見当たらない。疲労で座り込んでいたりする人はいるが、むしろ万能感に酔っている人が大半のようだ。


 俺は重たい瞼を必死に開けながら、浅い呼吸を繰り返す。


 ──眠い。痛い。倒れ込んでしまいたい。


「──ねえ」


「……?」


 後ろから声をかけられ、覚束ない足取りで振り返る。


 そこには先ほどの女の子が、ゴブリンの血に塗れた槍を手にして立っていた。


「誰だか知らないけど、礼を言うわ」


「あ、ああ……」


 返事をする喉が渇いて張り付く。


「あんたたち何者なの? 王国の救援部隊?」


「王国……? いや、多分違うと思う……」


「そ。まあそこら辺はおいおい聞けばいいわね。それで? 名前は?」


「な、名前? 俺の?」


「それ以外に何があるって言うのよっ!」


 眉を曲げてむすっとした顔をする女の子。


 さっきまではわからなかったが、よく見ると怖いくらい整った顔立ちをしている。波打つブロンドの髪に、ややアーモンド形の海を彷彿とさせる青い瞳。


 見たことない程の美少女だったため、俺は思わず顔を背ける。


「どうしたの?」


「あ、い、いや」


 ──名前を尋ねられたが、教えない方がいいのだろうか。


 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、疲れていて悩むことすら面倒くさいと思い、結局は投げやりに口を開いた。


「ルイ……」


「勿体ぶる割に普通の名前じゃない。ルイね。私はユスティア。ティアって呼ぶことを特別に許すわ。それと、重ねて礼を言わせて。本当にありがとう」


 俺の左腕を庇っているのか、右手を差し出してくるユスティア。


 ユスティアの瞳は真っ直ぐで、鋭く見えて優しい雰囲気を纏っていた。


 こちらを労り、尊重するようなその視線に、強烈に湧き上がる高揚感。


 ──こんなにも誰かに感謝されるのなんて、いつぶりだろうか。


 おずおずと差し出した手がユスティアと触れそうになったその瞬間、足元から青白い光が発生する。


「これは……終わったってことなのか?」


「ちょ、何よこの光!?」


 光に視界が覆われていく中で、俺は握手のために差し出した手を持ち上げて軽く振る。


「はは。じゃあな。また……」


 定型句に沿って、また会おう、と告げようとした口を閉じる。


 もう二度と会うこともないだろう相手に、嘘でも告げる言葉じゃないと思った。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」


 気の強い声が響き、その声に後押しされるように光が強まった。





 

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