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血塗られし古城に剣を捧ぐ 〜死にたかった俺が仲間の魂を喰らうスキルで生き残る〜  作者: 新田青


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第1話 「血の洗礼」



「うっ……おえ」

 

 鼻がもげるような不快な臭気に、思わず口を抑えてえずく。そんな俺を見てクルルは前足を舐めながら笑う。

 

 周りを見渡しても、誰もこの匂いがわからないみたいだ。これ程までに不快感を覚える香りだというのに。

 

「とりあえず城に入ろうか。みんなついてきて」

 

 クルルは有無を言わさぬ様子で歩き始めた。

 

 周りの人たちは顔を見合わせながら、恐る恐る猫の背中を追いかける。

 

 俺も周りと同じ様に猫についていくが、笑ってしまうくらい現実味のない光景だった。

 

 喋る猫を追いかけて、古びた城の中へ入っていくなんて、出来の悪い寓話の中にいるみたいだ。


 開かれたままの大扉。それを抜けると、広い空間が広がっていた。

 

「エントランスの奥に見える扉。あれが君たちを戦場に送ってくれる転移魔法陣がある大広間。そして右手の通路の奥には食堂。左の奥には道具屋がある」

 

 猫は肉球のついた小さな手を振りながら説明する。


 転移魔法陣? 大広間? 

 

 何の事だかわからない俺たちの中で、堰を切ったように一人の男が大声を上げる。

 

「一体なんだこれは!? 馬鹿馬鹿しい! 俺は早く会社に戻らないといけないんだ!」

 

 壮年の男性だ。スーツを着ていて、荒々しい声に見合った恰幅がある。

 

「急にどうしたのさ。ボクが甲斐甲斐しく説明してやってるというのに」

 

「テレビのドッキリかなんかなら、さっさと解放してくれ! 明日までの仕事が残ってるんだよ!」

 

 男はクルルの方にズンズンと近づいていき、その首根っこをひょいと持ち上げる。


 首を掴まれて揺れるクルル。

 

「何するのさー」

 

「くだらん茶番に巻き込むな! さっさと私を元いた場所に戻せ!」

 

「ふーん。君の名前は?」

 

「俺の名前……? 新川芳樹だが。それがどうした?」

 

「アラカワヨシキね」

 

 新川に持ち上げられていたクルルの目が、赤色の光を発する。


「うぐっ」

 

 まただ。あの不快な匂い。今度は間違いない。まるで下水で洗濯されている気分だ。

 

「バイバイ」

 

 猫がそう言うと、新川は急に呻き声を漏らす。両手で自らの首輪を掴み、何かに耐えている様子だった。

 

「ウ……グっ……ゴアア」

 

 うがいする時のように喉を鳴らし、顔を真っ赤に染める新川を見ながら、俺はどんどん強くなっていく嫌な香りに口元を抑えて膝をつく。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 一人の女性が新川とクルルに近づいた。その瞬間、パンっと風船が割れた様な音が響いた。

 

 辺りに飛んだ血と、転がる生首。


「きゃぁぁあ!」

「うわっ!?」

 

 周囲が悲鳴をあげて散り散りになる中、俺は一切動けなかった。

 

 転がった生首と、飛び散った血を見ながら、頭が急速に冷えていく。

 

 ──ああ。ここでは命が軽いのか。

 

 怒りでも悲しみでもなく、ただそういうものなのだと納得する自分がいた。

 

「これでわかったかな? ボクの説明はちゃんと聞いてね。これは君たちのためなんだから」

 

 血の匂いと、それを覆うかの様な強烈な腐敗臭に喘ぎながら、俺は自分の首元の金属に触れる。


 ひんやりとした冷たい感触に、指先が小さく震える。

 

 クルルの目が赤色に発光した瞬間、新川の首輪が共鳴した様に光って見えた。つまりクルルが何かしらの方法でこの首輪を起動して男を殺したのか。

 

「まあ、これでみんなが大人しくなるならいっか。一人減っちゃったのは痛いけど、まだこんなにいるしね」

 

 城のエントランスは今や直視できない惨状と化している。なのに、それを気にした素振りもなく猫は歩き始める。

 

 皆がクルルに逆らうのは危険だという共通認識を持ったのか、恐怖心を抱きながらも黙ってついていく。

 

 俺たちが飼い犬なら、まさしく躾けられた気分だ。

 

 ただ、俺は別のことが頭から離れなかった。

 

 あの生首を見た瞬間、なぜ自分は動じずに済んだのか。なぜ、死にかけのバッタを見た時と同じようにしか感じられなかったのか。

 

 答えは出ないまま、俺は列を追って歩いた。

 

「螺旋階段を登って2階から上は全部寝るための部屋だから、各々どの部屋にするか決めてね。じゃ、最後に武器庫に行こう」

 

 地下へと続く螺旋階段を降りていくと、埃っぽさに周囲の人が咳き込む。


 部屋に入った瞬間に壁のランタンが火を灯し、薄暗かった室内が明るく照らされた。

 

 武器庫には剣や槍、弓に、果てには鎧などが立ち並んでいて、悪い冗談としか思えない。

 

「最初は気に入った武器をここから選んでね。まあ、全部安物だけど」

 

 クルルは欠伸をする。

 

「──ここまでで質問ある子いる?」

 

 目尻に涙を溜めながら放った言葉に、誰も反応しない。だが、何も聞かないのも不安で、俺は恐る恐る手を上げる。

 

「何かな?」

 

「ここに連れてこられたのは兵士にするためだって言ってたけど……戦争にでも行かされるって事か? 一体ここはどこなんだ? そもそもどうして俺たちなんだ?」

 

 猫は俺の拙い質問を黙って聞いていた。いつ反感を買うかわからなかったため、その一瞬が何分にも感じられた。

 

「そうだね。君たちから見て、異世界の戦場に行ってもらうことになる。そしてここは古城。隔絶された空間で、君たちの待機場所さ。どうして君たちなのかはボクもわからない。選んだのは古城だから」


 異世界の戦場。本当に現実なのか。

 

 立て続けに色んなことが起きすぎて頭痛がする。パンクしてしまいそうだ。

 

「あ、あの」

 

「何?」

 

「私……出来ません。だ、だってただのOLですし……」

 

 スーツの女性がオドオドしながら猫に言う。

 

「ああ。それは大丈夫だよ。君たちには一人につき一つ、特別なスキルが与えられている筈だから」

 

「スキル……? そのスキルとやらは一体どういうものなんだ?」

 

 長身で顔が小さい、モデルのようなルックスの男が手を上げながら言う。

 

「スキルチェックって言えば、声が教えてくれる筈だよ。せっかくだから試してみてね」

 

 皆がスキルチェックと呟く中、俺も小さく声を発した。

 

「す、スキルチェック」


 その瞬間、ノイズ混じりの声が脳内に重たく響く。

 

『あなたのスキルは《共食いのハイエナ》です。死した仲間の魂を取り込み、己の力に変えることが可能です。常時発動アビリティは《死の嗅覚》です。死に対する危険を嗅覚として感じ取ることができます』

 

 中性的で、感情の見えない声だった。頭痛が酷く、再度確認したいとは思えない代物だ。

 

 それにしても死んだ仲間の魂を取り込むだと。現段階では全く使い道がないではないか。

 

 そして《死の嗅覚》というアビリティ。これはさっきまでの強烈な腐敗臭と繋がった。


 危険を嗅覚として感じ取る能力。

 

 周囲を見ると、大多数の人間が自分の中に芽生えた超常の力に困惑しながらも、興奮を抑えられない様子だった。

 

 けど、俺はどうしても喜べなかった。

 

 仲間なんて呼べるものが出来る気もしなければ、死を察知する能力も俺には無用の長物だ。

 

 ──だって俺は、死んでしまいたいとさえ思っていたのだから。

 

 あの生首を見た時も、このスキルの説明を聞いた時も同じだ。俺の中には一つの願望が激しく渦巻いているのみだ。


 ここなら、価値ある命として死ねるかもしれないと。


 

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