第10話 「戦場スキップカード」
七度目の戦場が終わった後、古城は騒がしさを増したように感じる。
俺がポーションを渡したコバヤシは、予想とは反してポーションを返してくれた。
それに加えて、ジンが古城の人たちを集めてミーティングを行うようになった。そこには今までは率先して関わらなかった待機組もいて、戦場での動き方などをみんなで相談し合うようになった。
今ではジンは古城の兵士たちのリーダーのような存在だ。
俺の中にも変化があった。待機組の人たちとすれ違っても今までは挨拶くらいしかしなかったが、短い雑談をする間柄になった。
ジンがいない時、なぜか副リーダー的なカナエではなく、俺に質問してくることが多かった。その理由を訊ねてみると、待機組の人たちは決まって気まずそうに言う。
「カナエさん……ちょっと怖くてさ」
その言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。それからというものの、戦場組と待機組を仕切る壁は徐々に溶けて無くなっていったような気がする。
古城に来て三ヶ月、残りのメンバーが13人になってようやく、俺たちは古城の兵士"たち"という一つの集団として纏まった。
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「はっ!」
カナエの槍による突きが、頬を掠める。伸ばされたままの槍伝いに木剣を走らせると、すぐに槍の柄が跳ね上がってきて肘を打たれる。
「つっ……」
「ふう。今日はこの辺にしときましょ」
「はい。それにしてもカナエさんって防御が上手いですよね」
「まあ、槍っていうのは守りができないといけないからね」
カナエはまだ高校生だった頃、インターハイに出場できた程の薙刀の腕前らしい。
いまだに叱られる俺とジンとは違い、クラシキもカナエの槍捌きを認めているくらいだ。
「間合いの内側に入ろうとした時、それが罠なのかいつもわからないんですよね」
「それでも毎回突っ込んでくるんだから、こっちだって必死なのよ?」
カナエは呆れたように言う。
「俺はもう少し素振りしていきます」
「そう? あんまり根を詰めすぎないようにね」
「──っ!」
頭を撫でようと伸びてきたカナエの手に、俺は体が硬直する。
「どうしたのルイ……?」
「あ、いや……すいません」
「別にいいのよ。それより……もしかしてあんた、日常的に殴られたりしてた?」
どうしてわかったんだろう。
「……はい」
「それは……家族? それとも同級生とか、知り合い?」
「同級生です。同じクラスの」
あまり話したくはなかったが、カナエの質問がやけに的確で答えざるをえなかった。
カナエは衝撃を受けたように顔に手をやった。
「私の親友も……虐められてたの」
「そう、なんですか」
「……ええ。なんだか、ルイを放っておけない理由がわかった気がするわ」
「え?」
「いや、なんでもない。それより、私は先に行くわね。また無理して倒れないように」
「は、はい。あの。カナエさんの親友は、今どうされてるんですか?」
「自殺したわ」
そう言ったきり、カナエは重たく見える足取りで中庭を去っていった。
俺は質問したことに後悔しながら、中庭に立ち尽くしていた。
――――――――――――
道具屋の扉を開くと、中には満面の笑みで出迎える女の子がいた。
「ルイ! いらっしゃいませ!」
「あ、ああ」
「今日は目玉商品がありますよ! 是非確認してみて下さい!」
「目玉商品?」
手を後ろにやって落ち着きなく左右に揺れるルビーを尻目に、俺はカウンターへと近づく。
「なんだこれ? 戦場スキップカード……?」
値段は400ポイント。俺の今の手持ちが415ポイントであることを考えると、財産のほとんどを失う事になる。
「はい! そのカードはお買い上げいただくと、次の戦場への召喚を無条件に拒否できます。一人が使うだけで、みんなに適用されるので、とてもリーズナブルだと思いませんか?」
考えてみても、特に惹かれる部分がない。
そもそも次の戦場がどんな場所なのか、どれだけ危険かなんて、完全に運任せなのだ。
最初は徐々に危険度が増していくのかと思っていたが、危険な戦場の次は、あまりにも手応えのないものだったりもする。
一つだけ確かな事は、参加を強制する人数によって、戦場の危険度が高まるという事だけだ。
「いや……とりあえずはいいかな。それより、ずっとあるグリモワフィッシュって一体なんなんだ?」
「グリモワ地方の海で取れる海産物です。とても脂が乗っていて美味しいらしいです」
らしい、というのはルビー自身の感想ではないという事だろうか。
そもそも、ホムンクルスと呼ばれる存在は食事をするのだろうか。そんな場面は一度も見たことがない。クルルはたまに食堂で飯を食っているところを見るが。
「ルビーは食べたことはある?」
「いえ。私は物を食べなくても生きられるので」
どんな原理なのだろう。見た目だけは普通の女の子に見えるから不思議だ。動くのに何をエネルギーにしているのだろう。
「ルビーは何も食べないのか」
「うーん。古城の人たちからポイントを貰っているので、それが食事に近いと言えばそうかもしれません」
腕を組んで考える素振りをするルビー。
「な、なるほど……。じゃあこのグリモワフィッシュを貰おうかな。あと、新しい木剣も一本」
「はい! 承りました!」
ルビーはカウンターの奥に見える扉を開けて中に入っていく。一瞬だけ見えた扉の奥は、深い闇に包まれていて何もわからない。
「お待たせしました!」
「え……?」
ルビーの腕の中に、一本の木剣と、ビチビチと音を立てて暴れる魚がいた。
「どうぞ!」
「ち、ちょっと待ってくれ。このまま持っていかないといけないのか?」
「はい! 何か問題でも?」
「いや……なんでもない」
手渡された魚と木剣を左腕に抱えると、跳ねる魚の汁が顔に飛んでくる。
鬱陶しい。
「では手を失礼します」
「ああ」
この一連の動作にもすっかり慣れた。手を差し出すと、ルビーの手が触れる。
ひんやりとした感覚に陥るこの瞬間、俺はいつもルビーを人間ではない存在として再認識する。
「ありがとうございました。まだ何かご用はありますか?」
「いや、ないよ。じゃ」
「またのお越しをお待ちしています」
ルビーの言葉を背に受け、俺は決して小さくない魚と木剣を抱えながら道具屋を出た。
その後、食堂に魚を持っていくと調理担当のイナバが焼いてくれた。その人は火を生み出すスキルを持っていて、調理師の免許も持っているらしい。
焼いてくれた魚を持って、カナエやジン、クラシキの元に行くと、思っている以上に魚が好評でみんなも魚を買いに道具屋に走った。
その時、俺はジンに戦場スキップカードについて報告した。
「ふむ……。危険に思える戦場があった時、ようやく使えるアイテムか。しかも400ポイント。ピーキーだな」
ジンも概ね俺と同じ考えのようだった。
「ポイントの譲渡が出来ないから、一人が割を食う形になるのもあるから使いづらさを感じる。ジンさんが言うなら俺が買っとくけどどうします?」
「お前なぁ……馬鹿ルイ」
「え……? なんで?」
「とりあえず却下だ。俺たちはみんな危険を犯してポイントを稼いでる。それを簡単に使わせられるかよ。お前、誰かに言われても勝手に買うなよ?」
「はあ……」
「カナエに言ってもらわねえと響かねえかな?」
「すいませんでした。わかりました」
「それでいいんだよ。はっは」
ジンはひとしきり笑った後、急に視線を落とす。
「どうしました?」
「いや……なんでもね。それより今日は魚パーティだ! 焼かなくていい! 刺身をもってこい!」
調理場に叫ぶジンに、調理場のイナバから「うるせえ!」と叫び声が返ってくる。
一瞬だけジンの様子が不自然だと思ったが、魚を手に持った人たちが食堂に押しかけてくるとそんな事もすぐに忘れてしまった。




