第9話 「仲間」
もう七度目の戦場だ。
今回は薄暗い洞窟の中だった。
光る結晶があちこちにあって、それが最低限の光源として作用している。
参加人数は10人。いつも通り、俺を含めた戦場組の4人は各自連携を取りながら索敵を始める。
その合間に、待機組の人が近づいてきた。
「あのさ。ちょっといいかな?」
「はい?」
確か食堂で俺のことを死にたがりと揶揄していた人だ。中年の男で、髭を生やしている。
確か名前はコバヤシだったか。
「悪いんだけどさ。ポーション持ってる? 忘れてきちゃってさ」
その言葉に、腰につけられているポーチを開いて中を確認する。
2本あったうちの一本を取り出し、男に渡そうとする。
「あ、実は俺の他にもう一人いてさ。2本あったりしないかな? 後で必ず返すから」
虐められていた過去があるからだろうか。目の前の男の"必ず"という言葉が、あまりにもチープに見えた。
「わかりました」
きっとポーションは返ってこないだろう。だが、別にいいと思った。別にポイントが惜しいわけでもないし、無くなったならまた買えばいいだけだ。
「おう。ありがとう!」
ポーションを奪い取るように手にした男は、すぐに俺から離れて待機組の友人の元へ去っていった。
それを眺めていると、クラシキが声をかけてくる。
「なぜあんな奴らに施しをする? どうせ慈悲を与えても返ってくるものはないぞ」
クラシキの言うとおりだろう。
「あのポーションが役に立つなら別にそれで構いません。感謝の言葉はくれましたから」
「ふんっ」
鼻息荒く、クラシキは頭を掻いた。なにか苛立っている様子だった。
「どうしたんですか?」
「もはや何も言うまい。お前自身が納得してるならそれでいい」
「は、はあ」
「そろそろ二人と合流するぞ」
クラシキの言葉に、俺は黙って後ろをついていく。
未だ固まっている待機組は、何か面白い話があったのか盛り上がっているみたいだ。
危険な戦場にいることを忘れているかのような光景に、俺は後ろ髪を引かれるような思いだった。
――――――――――――――
「水面から出るぞ!」
ジンの言葉に、洞窟の湖から出てきた巨大な蛇が姿を現す。
ジンが湖に向けて放った『裁きの雷』によって、身体の至るところが焦げ付いている。
だが、その生命力は雄大で、巨体をしならせながら古城の兵士たちを蹂躙する。
一人、また一人、と計4人の待機組が押し潰され、飲み込まれ、締め上げられながら命を落としていった。
「くそっ……!」
大蛇は、長い舌を出し入れしながら、次の獲物を探している。
その視線が俺とカナエに向いて、蛇行しながら突き進んでくる。
強烈な匂いがした。腐った食べ物が堆積した三角コーナーみたいだ。
俺は咄嗟にカナエを突き飛ばした。
「シュルルル」
「グウっ……!!?」
腹部に突進され、そのまま壁に激突した。手のひらで触れる冷たい鱗が、死を運んでくるみたいだった。
壁に押し付けられていた体が地面に落ちる。
苦しみから手で脇腹を弄ると、自分の身体じゃないみたいに凹んでいた。
「ゴフっ」
迫り上がってくる生暖かい液体を、思いのままに吐き出す。ペンキの入ったバケツをひっくり返すように、赤い色が広がっていく。
「小僧っ!!」
クラシキの声が聞こえる。その声にお礼を言いたくなった。
途切れそうになった意識が僅かに戻ったからだ。
「俺が引きつける! ポーションを飲め!」
ジンの叫びが聞こえる。だが、返事ができない。喉を粘ついた何かが塞ぐように、浅い呼吸以外のことができない。
苦痛に耐えられず、硬く冷たい洞窟の地面に倒れ込む。
「いかん! このまま押し切るしか道はない!」
「どうして!?」
「ルイはポーションを持っておらんのだ!」
仲間たちの声が聞こえる。立たないと。
──仲間?
「ルイっ! 持ち堪えて! もう少しだけ!」
「そっちに行った! クラシキさん!」
「任せろっ!」
…………。
絶えず耳に届く金属音と、声。それが子守唄のように感じられて、俺は僅かに開けていた瞼を閉じそうになる。
その瞬間、大きな声が響き、体の下から青白い光が生まれた。
大広間に帰ってきて、俺は倒れていた身体を起こそうとする。
だが、体に力を入れるたびに口から血を吐いた。
終わらない苦痛の中、駆け寄ってきたカナエに身体を起こされる。
「……少し我慢して」
カナエはそういうと、ポーションを口に含み、俺に口付けをした。
喉を通っていく清涼な飲み物。薄甘いそれが、激痛を呼び覚ます。
「ウゥッ! ごほっ」
「あるだけ飲ませるわ。ジン。あんたも持ってる?」
「ああ! ほら!」
何度もカナエに口移しでポーションを飲まされ、痛みに悶えながら涙を流す。
何度も吐血し、出るものが何もなくなった時、ようやくボヤけていた視界が戻ってきた。
「うっ……みんな……すいません」
「はぁぁあ……まじで肝が冷えたぜ」
ジンが大きく肩を落とす。
その隣にいるクラシキも何も言わなかったが、額を拭っている。
「ルイ」
「はい?」
カナエに肩を掴まれて顔を見ると、今までに見たことがないような悲痛な表情を浮かべていた。
カナエの力は強く、指が肩に食い込むくらいだった。
「助けてくれなんて誰が言ったのよ……?」
「え?」
「か、カナエ? まあいいじゃんか。こうして二人とも助かったんだから」
「あんたは黙ってて」
「は、はい」
カナエの言葉にすぐにジンが直立不動になる。
「すいませんでした……もう少し上手くやれると思ったんですけど……」
「っ!? そうじゃない……そうじゃないでしょ!?」
カナエのこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。
「ど、どうしたんですか? なんで怒ってるんですか?」
「っ……! あんたが! あんたが私のせいで死にかけたからでしょ!?」
それの何がいけないんだろう。あの大蛇の動きを見る分には、二人とも避けられずに当たる軌道だった。
それが俺一人に済んだのだから、いい結果なのではないか。
「それの何が」
「あんたは……私たちの誰かが、ルイを助けようとして大怪我を負っても、何も感じないの……?」
ズキン、と胸が痛んだ。
「それは……」
「想像するのも嫌でしょ……? 私も同じ気持ちなの。私を庇って傷つくなんて、二度としないで」
強い言葉だった。
「でも……咄嗟だったんです」
「わかるわよっ……次からは気をつけろってこと。自分を何よりも大事にしてって言ってんの。ジンの言葉を借りるわけじゃないけど、あんたはもう少し自分勝手になりなさい」
「自分勝手?」
「そうよ。あんたが傷つかない限り、私たちは何も責めたりしないんだから。だって」
カナエの目が優しく笑った。
「──私たちは仲間でしょ?」
こんな俺になんでそんなことを言ってくれるんだろう。胸が熱くて、水を浴びたいくらいだ。
「そこらへんにしておけ。すぐに体を休めた方がいいだろう」
黙って聞いていたクラシキが、俺に近づいてきた。
「うわっ!」
「動くな。部屋まで連れていってやる」
クラシキは俺を背負って大広間を出ようとする。
扉の前に、待機組が数人残っていた。
神妙な顔をしていて、誰かと思ったら俺がポーションをあげた男だった。
「あ、あのさ。その……」
「──どけ」
「あ、はい……」
クラシキの一喝に、待機組の人波が割れた。
螺旋階段をあがりながら、暖かい背中にうとうとしていると、クラシキが語り始めた。
「儂の息子は警察官だった」
「……そうなんですね」
「非番の日だった。暴漢から市民を守って殺された。胸を包丁で一突き。呆気ない最期じゃ」
「……っ」
「儂は、あやつになんて言ってやればいい。見事だと、警察官として立派だと、そう褒めればいいのか……?」
聞いているだけの俺にもクラシキの痛みが、流れ込んでくるようだった。
「俺は……」
「あやつは最期まで胸に刺さった包丁の柄を握りしめていたらしい。武器を失った犯人はいとも容易く確保された。だが、儂は……あやつを褒めることができんっ……! ただっ! ただっ……生きていて欲しかったっ……逃げて欲しかったとっ……」
あんなに強いと思っていたクラシキが、泣いている。顔は見えないが、小さく震える背中で、それがわかった。
「すいませんでしたっ……」
「……お前は儂の息子とは違う。それに、儂はお前の行動に対して、責めることは出来ん……。それをしてしまえば、息子の最期を否定することになる」
クラシキが持つ強さの理由は、俺が思っているよりよっぽど切実なものだった。
「はい……」
「だが、一つだけ覚えておけ。お前が守ることで救われる人がいるように、お前が生きることで同じように救われる人間がいるということを」
寝台に寝かされ、薄い掛け布団をかけられる。
母親にもしてもらった記憶がない行動に、なぜか安心感を得た。
体の痛みと疲れから、熱があるように感じる。意識がぼうっとしてきて、つい口をついて言葉が流れ出た。
「……お父さんがいたら、こんな気持ちなんでしょうか」
クラシキは背を向けたまま一瞬だけ止まった。
そして再び部屋を後にするために歩きだし、後ろ手に扉が閉じられていく。
「眠れ。愛を知らぬ子よ。今は何も考えず、ただ安らかに──」
しわがれた低い声が、瞼を重くする。
心地よい微睡の中、俺は繋いでいた意識を手放した。




