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幸せだっただろうか

作者: 幽霊配達員
掲載日:2026/02/10

 10歳ぐらいの頃ジジババが嫌いになった。

 理由はシンプルで、皺だらけで崩れた顔とかがどうにも受け入れられなくなっていた。

 実際に理由をつけて嫌いと言って、両親にしこたま怒られた。

 子供特有の美的センスは、整ったアニメの顔とかに影響されて妙に完璧主義になってしまっていた。

 自分だってあんまりかっこいい顔をしていないクセに、だ。


 高校生のある日、友達が○日暇か訊いてきた。

 遊びの予定だと思って暇だと答えたら、強制的にボランティアに出席させられていた。

 ふざけんな、だ。

 介護のボランティアで、ジジババを公園で散歩させてリフレッシュしてもらおうみたいな内容。

 ジジババ一人に対して高校生二人

 車椅子の方はゆっくり押してあげて、歩きの方は隣でちゃんと腕を持ち転ばないようゆっくり歩いて下さいと説明を受ける。

 楽しくお話しをして下さいと言われたかどうかは最早覚えていない。

 せめて車椅子の方がいいな。

 そんな淡い願いは虚しく、担当になったのは独歩のババ。しかも腕を持とうとすると振り払おうとするタイプで、中々に歩くスピードが速い。

 文句こそ一切言ってこないが、代わりに表情は常に強張っていた。

 友達はがんばって腕を持とうとしていたけど、自分は早々に持つのを諦めた。

 どうもそんな余計なことをするなって、無言で言ってきているように感じられた。

 特に何事もなく、最後は全員で記念撮影をして終了。

 無駄な時間を過ごした気がしてとてもモヤモヤ。


 同時期、家のジジがガンで半年の余命宣告をされる。

 寝耳に水で、病に蝕まれているとは思えない元気さだった。

 ただ余命は長くて半年。場合によってはいつ倒れてもおかしくない状態との事。

 ショックを受けるだろうからジジには伝えていなかった。

 自由だった行動やビールを含めた食事は極端に制限されて、一人での行動はとことん許されなくなる。

 単独で畑を見に行ったら騒ぎもの。

 そんな元気さを保ったまま一ヶ月。死神が側に佇んでいる気配は全然感じ取れなかった。

 けども身体は正直で、段々と病は表に出始めてくる。

 入院生活が始まって、暫く顔を見ない日々が続いた。

 三ヶ月ぐらい経った頃、ウナギを差し入れするためにババと一緒にお見舞いに向かう。

 ベッド上で病に蝕まれたジジがベッドにいた。

 畑仕事で妬けた肌は白く塗り変わり、逞しかった腕は細く血管が浮き出ていている。

 よく食べていたウナギは五口ほどで食べなくなった。

 生を諦めきった無表情。魂のカウントダウンが確実に進んでいることを初めて実感した。


 最初は疑っていた半年の余命宣告は、ほぼ正確だった。

 授業中に来た一通のメールが訃報を伝える。

 家に張られた白と黒の鯨幕。先に帰ってきていたジジが冷たく眠っていた。

 部屋に戻って泣いたとき、自分はまだ泣けたんだ、と思った。

 葬式には色んな人が集まって、粛々に進行していく。

 ただただ長ったるく感じていたけれど、火葬場に着くとそんな気持ちも吹き飛んだ。

 愛煙家の酒飲みジジイに、知人達が火の着いたたばこを次々に入れていく。ビールだって文字通り浴びるほど入れて、今まで飲めなかった分を飲めて満足だろうと笑い合う。

 寡黙で堅苦しかったはずのジジ。

 温かな人付き合いをしてきたから、遠慮のない別れが生まれる。

 家のジジは満足に生きてきたんだなって、最後の最後で実感した。

 最後の交友が済んで、火葬炉へと運ばれて、扉を閉める。

 父さんが進行しながら、火をつけるボタンを押す。

 コレで残った身体ともお別れ……ジジの魂が亡くなってから、身体までが無くなってしまう。

 感情が溢れそうになる。ボタンひとつで、本当のお別れが起こってしまう。

 火をつけられたとき、心の中で何かが消えた気がした。溢れそうな涙を堪える。

 バスに戻るとき、号泣している弟を見て自分も決壊した。お前も、感じていたんだな。

 享年71。死ぬにはちと若い。

 けどもジジは最期まで生き抜いたんだと思う。


 高校を卒業して工場へ就職。

 絶望的に向いてない仕事を八年、鬱になった状態で虚無になりながら無駄に続けた。

 やりたい事をやるために学生へと戻る。貯金だけは無駄にあったので授業料は問題なかった。

 そして夢破れた結果、ジジババ嫌いな自分は今、何の因果か介護士になっている。


 終焉に近い職場。

 様々なジジババと一緒にいながらふと思う。

 家のジジは最期、何を思って過ごしていたんだろう……と。

 動かなくなる身体。制限される自由。自らの意思とはかけ離れた、望みのない願われ続ける余生。

 認知症だらけの職場だけれども、その種類は十人十色。

 ボケ切ってしまったが故の楽しそうな余生もあれば、下手な記憶とプライドを残しているが故に生きている間ずっと苦しみ続けている余生もある。

 記憶の損傷は想像以上に日常生活を不可能にさせる。間違った記憶を正しいと信じ込んで疑わないところもタチが悪い。

 その状態になったら、他人の真実になんて耳を傾けられない。都合のいい記憶が全てになっているから。

 本当か噓かなんて問題じゃ無い。言っている本人が噓だと思っていないから。だから自分以外の全員がおかしくなってしまったと本気で思っている。

 病死という短い生が幸運だったのではないとどうしても思えてしまう。

 孤独死だって下手に長く苦しんで生き続けるより幸せな死に方なんじゃないかとも思えてしまう。

 無論、こんな思考は介護士としてよろしくないのだろう。

 ニュースとかで流れてくる施設での老人虐待による殺人。この仕事に就いてから気持ちはわかるようになった。

 全力で理不尽なことをぶつけられ続ければ、そりゃ殺意もマシマシになってしまうわと。

 この思考には当然批判も多いだろうけれど、せめて意見は一ヶ月ほど認知症の老人介護を体験してからにしてほしい。

 まぁソレでもイカレた思考には変わりないけれども。

 そして同時に思う。自分も生き抜いた先には、この果てが待っているのか……と。

 迷惑をかけない自由って、きっと存在しないのだろう。

 幸せな死に方って、どんななのだろうか?

 答えなんて出ないまま、自分は無責任に生き続けていくだろう。

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