進化の兆候
「本当にクレイさんにやられたところ大丈夫?」
「はい、問題ないです」
先輩と二人並んで、クレイさんとの一件の後に、学園に戻る途中だった。
「あ、レイ君服買ってあげようか?絶対必要になると思うんだ〜」
「大丈夫です」
「レイ君、魔法を使わなくても作れるトラップ集とかどう?」
「いらないです」
「ねぇ、レイ君」
「先輩…」
「な、何?」
「勝手に後輩を外に出した件で、怒られたくないんですよね。それで、なんとか帰るのを遅くしようとしてますよね」
「そんなことないよ。お姉さんはレイ君のためになると思ってやってるんだよ」
「じゃあこれ以上怒られないように帰りますよ」
「わかったよ〜」
学園に着くと、門で先生に捕まって二人仲良く説教を受けた。
「初日から問題を起こして怒られたのはここ10年でお前ぐらいだ」
不名誉な称号がついてしまった。だが、今日の経験は俺の成長につながるはずだ。
寮に戻ると、カイとレクスはすでに風呂も済ませ、自由な時間を満喫していた。
こちらに気づいたカイが話しかけてくる。
「お前初日から帰ってくるの遅かったな。何かあったのか?」
「まぁ色々あってな。今日は風呂入ったら個人部屋で能力について考えてみるよ」
「そうか?じゃあ遅くなりそうなら先に寝てるぞ」
「あぁ、わかった」
「明日は…僕が朝食の当番だから安心して寝てていいからね」
「ありがとう」
俺は風呂で今日のことを反芻していた。
あの圧倒的な力。
風呂から出て自分専用の部屋に行く。
ノートを開き疑問と仮説を書いていく。
『クレイさんはどんな制約をつけていたか?』
射程距離の制限。
理由は長射程の能力を一切使っていなかったから。
血の操作は手動。
理屈では説明できるが、俺だったら正直怖くてできない。
いや、それこそが制約なのかもしれない。
能力は身体強化と攻撃を特定する何か。
同時使用が可能。
制約と能力は本当に釣り合っているのか?
いや、俺と戦った時は全力じゃないと言っていたしまだ隠れた制約と能力の効果があるのかもしれない。
ノートにまとめてみたが、あまり俺が使えそうなものはない。
俺だって射程を制限して攻撃力を上げたりはすでにしている。
いや、認識が間違っているのか?クレイさんは言い方が悪いが、他の人よりもいい加減な人だ。
例えばこの制約を“変える”ということ自体に制限をかけていたとしたら?
今ノートに書いた制約よりも、さらに大きな制約になる。だからこそ、あの人の化け物じみた能力の仕組みが説明できる。
俺が今同じことをしたところで勝てる確率は少しもないが…多分この考察はあっている。
いや、最悪あっていなくてもいい。それなら、俺だけの制約になる。
それにクレイさんは自分に大きなリスクを与えることで自分に合っていて強い能力を作り出していた。
なら今俺に必要なものはなんだ?
攻撃力や多種多様な戦闘に使える能力。
守りは薄くすべきか?
むしろ固くすべき。6つの適性の中でも氷は守りが強い方であるため。
さぁ、俺も射程距離の制限を変える。さらにそれを今後一切変えられないようにする。
やることは単純だが、それでいいのか?
魔法の強みは制約を変えて有利を作ったり不利をなくすことにある。
それを捨てるのか?
下手したら今よりももっと弱くなってしまう。
目標に近づくかもしれない。
逆に目指すことができなくなるかもしれない。
けれど今のままだと、俺はいつまでも安定した方ばかりとってしまう。
それは性格上変えられないと思う。
この制約で無理やり今の思考を変えるのはありだ。
だが、考えれば考えるほど今までのものを捨てるのが怖い。
無駄になることが怖い。
でも、
それでも、俺はここで普通を捨てる。
そうすることでしか前に進めない気がしてならない。
覚悟はできた。心配はある。この選択が俺を後悔させるかもしれない。
けれど、やらないとあの人達には追いつけない気がする。
「やるぞ…」
中途半端に射程距離を長くしたら意味はない。ギリギリを攻めるんだ。
それなら、射程距離を3mそれを今後変更できない制約をつける。
3mは短射程で戦う人の多くがギリギリ届かなくて長射程で戦う人の苦手な間合いだ。
次の日朝食を済ませて寮を出る。
今日の戦闘学科の授業は午後からだ。そのため、急ぐ必要はないのだが、魔法を実際に使うため早く出たのだ。
寮を出てすぐのところにノア先輩が立っていた。
「あれ?こんなところでどうしたんですか?今日は制服みたいですし」
「昨日の罰で今日は探索学科の監督官としてサポートするように先生に言われちゃってね。昨日みたいに授業に関わらない時は私服でもいいんだけど」
「そうなんですね。ここ一年生の寮ですけどどうしたんですか?」
「君が昨日の経験で何を得たのかみてみようと思ってね」
「いいですよ」
「じゃあ今の時間なら運動場空いてるしそこで手合わせしよっか」
「はい!」
今回はちゃんと先生に許可を取っていたようで堂々と運動場へ向かう。
「じゃあルールを決めよう。といっても普通に戦うのはアレだし…鬼ごっこ形式にしよう!」
「鬼ごっこ?」
「そう、君は私に本気で攻撃をする。私は反撃をしない。使う魔法は一つだけに縛る。制限時間は10分ぐらいで私の攻撃を掠らせればレイ君の勝ちでどう?」
「分かりました。じゃあいつスタートします?」
「君が攻撃してから10分でいいよ。だから、好きなタイミングで初めて——』
即座に攻撃を仕掛ける。すでに重い制約を受けているためそこまで凝った攻撃でなければすぐに行える。
「いいよ。って、先輩の言うことはちゃんと最後まで聞かないといけないぞ〜」
ほぼゼロ距離の攻撃を避けられた。
なるほど、アレが避けられるのか。
1対1だから奇襲を仕掛けても効果は薄いだろう。
つまり——
「俺の得意に持ち込む」
避けられてできた距離を詰めにいく。
先輩は逃げることなく、まるで「好きに攻撃してきなよ」とでもいっているようだ。
地面を凍らせる。同時に氷塊を撃ち出す。それでも体勢を崩すことすらできない。
「攻撃を当てればいいんですよね」
「そうだよ。頑張れ」
もう少し追い詰められている様子を見せてほしいがな。
まあいい。俺の勝利条件はあくまで攻撃を当てることだ。
実戦で使えなくてもいい。掠るだけでもいいんだ。
「絶対に当てます」
「頑張ってね。レイ君はあまり長射程の攻撃はしないみたいだから近くで待っててあげる。好きなだけ準備しな」
「余裕ですね」
「先輩っていうものはね、後輩に胸を貸すものなんだよ」
「そうですか」
先輩は無防備に近づいてくる。
俺は氷塊を先輩の周りに作る。大きく、先輩を囲むように何個も作る。5分ほど経っただろうか。
額に汗が浮かぶ。呼吸も少し荒くなってきた。
「じゃあいきますよ。逃げなくていいんですか?」
「流石に怖くなってきちゃったかな」
この氷塊を撃ち出すなんてことはしない。
俺は浮いている氷塊を破裂させる。それと同時に蹴りを繰り出す。
「え?」
先輩がいない。というか先輩のいたところの地面が抉られている。
運動場には俺一人しかいないような静寂に包まれる。音はない。時間が止まったような感覚が支配してくる。
次の瞬間その感覚は先輩の声で崩れ去った。
「流石に想定外だったよ。びっくりして魔法使っちゃった。それにしても時間差で周りの氷塊を壊すのはうまかったよ。特に作った順番じゃなくてランダムにしたり何個か急に同時に爆発させたりしてさ」
俺の後ろに回っていた先輩が俺の頭を撫でながら褒めてくる。
いや、おかしい。魔法を使ってもこんな動きは普通はできない。
どれだけ考えても、何をされたかわからない。
——いや、重要なのはそこだけじゃない。
この人は俺の攻撃を観察していた。
反射などですぐに避けたんじゃない。
俺の攻撃を見て、観察し、理解してから避けて無傷なんだ。
「私がしたことわからない?じゃあ、わかるようにどんどん攻撃してきて仕組みを見つけられるように頑張れ」
さっきのを思い返せ。
先輩は消えたわけじゃない。理屈はわからない。ただ、攻撃がすり抜けたように見えた。
「さっきの攻撃をすり抜けた魔法の仕組みは全然分かりませんでした」
それを聞いた先輩は驚いたように目を開く。
「私が見えたの?すごいね。でも少し間違ってるかな。攻撃をすり抜けたのは魔法じゃないよ。いや、考え方次第か…」
この言い方だと魔法は自身のサポートのように使っているだけなのか?
つまりこの人はあの弾幕の中を魔法で自身を護ることなく避けきって俺の後ろに回ったのか?
「まだ時間はありま——」
体が重い、魔法が撃てない。魔力切れ?
いや、そんなはずない。いつもならまだ余裕があるはず。
「どうしたの?」
膝をついて息切れしている俺が不思議だったのか先輩が近づいてくる。
「いや、なんでかわからないんですけど、いつもより早く魔力切れがきてしまって…」
先輩は少し考え込む。すぐに何か思い当たったようで聞いてくる。
「ねぇ、もしかしていつも君がよく使う制約と全く違う制約を今回の勝負で使ってた?もしよければ内容を教えて欲しいんだけど」
「分かりました。いつもと違って射程距離の制限を今後変えられないという制限も込みで使ってました」
先輩は、それを聞いて少し微妙な顔をしている。
「魔力の消費量のルールって知ってる?」
「高威力であればあるほど多く消費されるんですよね」
「近年まではそう思われてたんだけど実は違ったんだよね。魔力の消費量は制約の重さによって決まるって証明されたの」
「……知らなかったです」
「そう。つまり君のその射程距離の制約は、それだけ軽い能力でも重い能力でも同じぐらい魔力を消費するってこと。今までの戦い方はできなくなると思った方がいいし長期戦も難しいと思う」
「……そう、ですか」
「知らなかったならしょうがない!私は今日が終われば自分の仕事に戻らないといけないし…これ以上色々教えてあげられないからね。だから宿題をあげます!」
「宿題?」
「そう。やってもらうことは二つだけ」
「授業中でも先生にバレないように魔法を使い続けること。
ギリギリまで魔力を使えば回復した時、総量が増えるからね」
「もう一つは体術を学ぶこと。
一つ目の宿題を続けてもすぐには効果はないからね。少しでも魔法なしで戦える方がいい。すでに蹴り技とかの基礎はできてるしね。しかも体術は魔法と掛け合わせても強いんだよ」
「分かりました…やってみます」




