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原初の種〜落ちこぼれの僕がダンジョン探索で成り上がっていく話〜  作者: 綺凛


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第7話 進化

 

 指先が、その核のようなものに触れた。

 ちいさな結晶だと思っていたそれは、触れた瞬間――僕の手を逆に掴み返してきたような感覚がする。


「――っ!?」


 冷たさと熱さが同時に走る。

 指先から腕へ、腕から肩へ、肩から胸の奥へ。

 光の奔流が血管を逆流するみたいに、全身を駆け上がっていった。


 床と壁の古代紋様が、一斉に眩しく輝く。

 紋様の線が僕と核を繋ぐように伸び、足元をぐるりと囲った。


(な、に……これ……!)


 逃げようとした。

 でも、手が離れない。

 核は僕の掌に食い込むように張りついていて、光の糸が僕の胸に向かって引きずり込まれている。


 次の瞬間――


「……ッッああああああああ!!」


 全身に、溶けた金属が流し込まれたような痛みが走った。


 血管が燃えている。

 骨が軋んで、砕けて、また組み替えられていく。

 筋肉が膨張しては裂け、また縫い直される。


 心臓じゃない。

 もっと奥――胸の中心にある《原初の種(オリジンシード)》が、脈打っているのがわかる。


 今までのような鼓動じゃない。

 爆発寸前まで回したエンジンのような跳ねる音が、銃撃戦みたいな激しさで暴れている。


(やめて、やめろ……! 死ぬ……!)


 叫んでも、声にならない。

 喉が張りついて、空気が入ってこない。


 視界が白く弾け、次の瞬間には、真っ黒に沈んだ。

 その暗闇の中で、昔の光景が次々と浮かび上がる。


 保護施設の廊下。

 僕だけ置いていかれる訓練場。

 能力検査で、何度も“ゼロです”と言われた瞬間。


 あざ笑う声。

 呆れた目。

 遠くから聞こえる、「どうせ芽吹は無理だよ」という囁き。


(知ってるよ……僕が弱かったのなんて……一番知ってるのは……僕自身だ……)


 暗闇の別の方向で、また別の光景が見える。


 あの黒い狼。

 死にかけの恐怖と、生きたいと足掻いた感覚。

 三人を助けたときの「ありがとう」の言葉。

 さっき、獅斗たちを守りたくて必死に拳を振るった瞬間。


(……それでも――)


 痛みがさらに強くなった。

 全身がバラバラになって、もう二度と元に戻らない気がする。


 それでも、手は核を離さなかった。


(それでも、僕は……あの頃の僕には戻りたくない……!)


 誰も手を伸ばしてくれなかった、自分を。

 何もできないと決めつけて、自分で諦めてしまっていた自分を。


(もう二度と……ただ後ろで見てるだけの僕には戻らない!)


 その瞬間――バンッ、と何かが弾ける音がした気がした。


 光が一気に収縮し、全部、全部、僕の中に流れ込んでくる。


 あんなに眩しかった光が、消えた。


 代わりに、僕の内側に強く強く渦巻く力を感じた。


「……はっ……はぁ、はぁ……!」


 視界が戻ったとき、僕は仰向けに倒れていた。

 さっきまでボスがいたはずの空間は、静まり返っている。


 核は消えていた。

 代わりに、胸の中心が異様なほど熱い。


 胸に手を当てると――皮膚の下で、何かがゆっくりと回転している感覚があった。


「……原初の種(オリジンシード)……?」


 鼓動が、前と違う。

 整っているのに、力強い。

 今まで曖昧だった“種”の存在が、はっきりと形を持った気がした。


 骨折していたはずの腕に、そっと力を入れてみる。


「……動く……!」


 完全に治ったわけじゃない。

 まだ鈍い痛みは残っている。

 でも、さっきまでぶらりとぶら下がるしかなかった腕が、ちゃんと自分の意思で持ち上がった。


(これも……光を吸収したせい、なのか……?)


 自分の身体じゃないみたいだ。

 けど、ちゃんと僕の一部だという感覚もある。


 それだけじゃない。

 空気が違って見えた。


 薄い霞のようなものが、部屋の中に漂っている。

 風もないのに、やわらかく流れている“何か”。


(……これ、もしかして……)


 息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 肺の中に何かが満ちていき、吐き出した瞬間に、

 その“霞”がわずかに揺れた。


「魔力……」


 言葉が、自然に口から零れ落ちた。


 理解できているわけじゃない。

 でも、わかる。

 今この部屋の中に、今までは感じ取れなかった“力の流れ”が見える。


 胸の奥から、それに似たものが湧き上がってくる。

 熱くて、やわらかくて、でも扱いを間違えたら自分を焼き尽くしそうな――そんな流れ。


(これが……僕の中の、魔力……!)


 試しに、右手を前に出してみた。

 掌の中心に意識を集中させる。


(集まれ……ここに……)


 胸の中の熱を、手のひらへ流し込むイメージ。

 すると、掌の上に、風が渦を巻いた。


「……!」


 空気が、目に見える。

 小さな竜巻みたいに、掌の上でくるくると回っている。


「風魔法……!」


 嬉しさと、怖さと、信じられない気持ちが一気に押し寄せた。


 風の渦は、すぐにふっと消えた。

 ほんの一瞬出ただけの、弱々しい“魔法”。


(でも……今、確かに……魔法を……)


 生まれてからずっと“能力なし”と言われ続けてきた僕が。

 探索者の世界では一番下、足手まといだと笑われてきた僕が。

 スキル持ちにしか使えないはずの魔力を使えるようになっている。


 今、初めて――世界から魔法という力を引き出した。


 胸の奥の原初の種が、満足そうに静かに脈打っている。


「……ありがとう」


 誰に言った言葉なのか、自分でもわからない。

 核か、原初の種か、それとも――過去の自分か。


 ふと周りを見ると、ボス部屋の壁に走っていた古代紋様が、徐々に消え始めていた。

 さっきまで不気味に光っていた線が、一つ、また一つと闇に溶けていく。


 代わりに、床と天井からやわらかな光の波が上へと昇っていった。

 まるで迷宮全体に“鎮静剤”を流し込んでいるように。


(……ダンジョンが、落ち着いていく……?)


 核を吸収したせいだろうか。

 さっきまで暴れていた“何か”が、静まっていくのが肌でわかる。


 そのとき、頭のどこかで、かすかな囁きがした。


 《まだだ》


 男の声でも女の声でもない。

 幼いようでもあり、老いたようでもある、不思議な声。


 《この世界の揺らぎは、始まりに過ぎない。

 芽吹 慧。お前の進化は、まだ入口にすぎない》


「……誰……?」


 声を返す前に、その気配は霧散した。


 代わりに、全身の疲労が一気に押し寄せてくる。

 骨の芯まで冷えて、思考が重くなる。


(やば……眠い……)


 このまま目を閉じたら、二度と起き上がれない気がした。

 でも、抗えない。


「……ここから…出なきゃ…帰らなきゃ…いけないのに…」


 抵抗もむなしく、そのまま意識が暗闇に沈んだ。


 ◇


「芽吹!!」


 誰かが僕の名前を呼んだ。


 遠くから。

 水の底から聞こえるみたいに、くぐもった声。


「おい、芽吹! 返事しろ!」


 怒鳴り声。

 聞き覚えのある、荒っぽい低い声。


(……鉄心、さん……?)


 瞼が重い。

 鉛か何かで押さえつけられているみたいだ。

 それでも、どうにか薄く目を開ける。


 視界がぼやけていた。

 灰色の天井。

 崩れかけた壁。

 そして、その端に――鉄心さんの顔があった。


「……あ」


 情けない声しか出ない。


「っ……生きてやがったか……!」


 鉄心さんの表情が一瞬だけ、信じられないものを見るように歪んだ。

 すぐに、いつものしかめっ面に戻る。


「お前なぁ……どんだけボロボロになってると思ってんだ。

 腕は骨折、足にもひび、魔力欠乏一歩手前。

 それで死なねぇのが一番の怪奇現象だぞ」


「はは……すみません……」


 冗談みたいに謝ると、鉄心さんは頭をガシッと掴んだ。


「笑い事か、バカヤロウ! ……でも、よく戻ってきた」


 その後ろから、別の影が覗き込んできた。


「……お前……」


 神原 獅斗。

 腕にはまだ包帯が巻かれていて、顔色も完全ではない。

 けれど、その目だけはやけに冴えていた。


「芽吹……お前、何したんだよ……」


 責めるような言葉。

 でも、その奥には怒りだけじゃなく、恐怖と困惑と、わずかな期待みたいなものが混ざっていた。


「浅層が急に静かになったと思ったらよ……

 ダンジョンの揺れも収まって、魔獣の気配も弱くなって……

 おまけに、奥からわけのわからん変な風が吹き抜けて……重傷者を救急隊に預けて、

 お前の事を追ってきたら、ここでぶっ倒れてる。……どう説明するつもりだよ」


鉄心さんは僕をゆっくり起こしながら矢継ぎ早に話した。


「えっと……」


 どう、って言われても困る。

 僕自身、まだ整理できていない。


 光の核のこと。

 原初の種のこと。

 魔法が使えるようになったことも。


 何もかもが、まだ説明できる形になっていない。


「……よく、わかんないです。

 でも……ただ、必死で……戦って……気づいたら、こう……でした」


 正直に言えるのはそのくらいだ。


 鉄心さんは短くため息をついた。


「……まあいい。どうせ今、訊いたって答えにならん。

 上に出す報告書は俺がなんとかしといてやる」


「え……そんなことしたら鉄心さんが――」


「いいんだよ。元から俺の人生なんざ、面倒事の連続だ」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、僕の肩を支える。


「立てるか?」


「……がんばります」


 足に力を入れる。

 痛い。でも、さっきよりはずっとマシだ。

 原初の種が少しだけ、身体を支えてくれているような気がした。


 フラつきながら立ち上がった僕を見て、獅斗が小さく舌打ちした。


「……ほんと、なんなんだよ……お前……」


 その声には、もうあからさまな嘲笑はなかった。

 代わりに、追いつけるかどうかわからない相手を見たときの焦りが滲んでいた。


 それが、少しだけ申し訳なくて。

 それでいて、ほんの少しだけ嬉しくもあって。

 自分の中の感情が、どうにも整理できなかった。


 鉄心さんが僕の背中を軽く叩く。


「さっさと出るぞ。ここに居座ってたら、また何が起こるかわからん」


「はい……」


 ふらつく足取りで、僕はボス部屋を後にした。


 振り返ると、さっきまで光っていた紋様はすっかり消え失せていた。

 あの光の核も。あのボスも。

 全部夢だったんじゃないかと思うくらい、跡形もなく。


 でも、胸の奥の”原初の種(オリジンシード)”だけは――はっきりとそこにあると感じた。


 さっきよりも大きく、強く、確かな存在感を持って。


(……僕はもう、“能力なし”じゃない)


 まだ魔法だってうまく使えない。

 風を起こせるようになっただけで、何もかも解決したわけじゃない。


 だけど――


(それでも、弱いままでうずくまってた頃の僕とは、違う)


 誰かの影に隠れるだけの僕じゃない。

 誰かの背中をただ見ているだけの僕じゃない。


 今度は、僕が“前に立つ側”になる。


 階段へ向かう途中、胸に手を当てた。


 原初の種が、静かに、でも確かに脈打っている。


「……行こう」


 小さく呟く。


 浅層へ戻る道は、さっきよりずっと静かだった。

 でも、その静けさの奥には――これから始まる騒動の気配が、確かに潜んでいた。


 僕の進化も。

 世界の変化も。

 まだ、ほんの入口に立ったばかりなのだから。



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