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原初の種〜落ちこぼれの僕がダンジョン探索で成り上がっていく話〜  作者: 綺凛


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第5話 危機とともに先へ

 

 支部からの連絡は、朝の静けさを破るように届いた。

 昨日の再検査から一晩しか経っていないのに、また“異変”という言葉が並んでいた。


【浅層で魔力濃度の異常を検知。調査に協力を願いたい】


 胸の奥の”原初の種(オリジンシード)”が、通知を見た瞬間にざわりと脈打つ。

 呼ばれた気がした。

 嫌な予感とも、何かを求められている感覚ともつかない響きだ。


 慌てて支部へ向かうと、入口からして騒がしかった。


「浅層でまた負傷者だ!」

「魔力濃度が昨日の倍だと!? 階層がさらに揺れてるぞ!」

「新人を浅層に近づけるな、危険度が上がってる!」


 昨日以上に荒れている。

 その中で、鉄心さんが僕を見つけて手招きした。


「来たな芽吹。……ついてこい」


「僕が行くんですか……?」


「お前は重要参考人だ。昨日の経験をもとに、ダンジョンの異変について俺と一緒に調査してもらうぞ。今のところ、強力な魔獣は出現していないようだから心配すんな」


 その言葉には、信頼でも期待でもあるだろうけど、

 ただ“戦場で必要だから使う”という実務的な重みがあった。


 支部はここ数日の以上の原因がわからないが、なにか僕にかかわりのある事象が発生したものだと思っているようだ。

 鉄心さんは昨日に、僕のことを黙っておくようにほかの職員へ行っていたが、人の口には戸が立てられない。

 上からの指示で、鉄心さんは僕を連れて浅層の調査を行うことになったようだ。


 幸い今日向かうダンジョンは魔物も弱く、新人冒険者が腕試しで行くような場所のようだ。

 今日もあわただしい支部を出発し、ダンジョンへと向かった。


「そういえば芽吹、お前は武器とか使ってないのか?」


「そう…ですね。才能無しに使わせる武器はないって言われて、素手で荷物もちをやってましたから…」


「はぁ…大方、獅斗あたりが言ったんだろ。ガキ大将気取りだな相変わらず…」


 僕は苦笑いをするしかなかった。


「お前はスキルを使えるようになって、探索者としてもおかしくないステータスを手に入れた。どんな武器を使うか考えておけ」


「…そうですね、考えておきます」


 そんなことを話していると、目的のダンジョンへとたどりついた。

 軽く準備を済ませ、鉄心さんと共に浅層へ入る。


 ダンジョンに一歩踏み込んだ瞬間、空気が違うと感じた


 冷たいはずの迷宮の風が、どこか熱っぽい。

 床や壁には、昨日よりも濃い光の紋様が走っている。

 生き物の血管のように淡く脈動し、空気を震わせていた。


「……ひでぇなこりゃ」

 鉄心さんが低く呟く。


「これは……何なんですか?」


「ダンジョンの変動……ってレベルじゃねぇ。

 浅層に出るもんじゃねぇよ、こんな魔力はよ」


 胸の奥で”原初の種(オリジンシード)”が不規則に震える。

 まるで奥にいる何かを指さしているようだ。


「芽吹、お前も感じてんだろ」


「……はい。でも、なんでかは……」


「まぁいい、どっちにせよ嫌な予感しかしねぇ。急ぐぞ」


 浅層を進んでいく。

 中の構造は移動中に鉄心さんが教えてくれた内容と違っていた。


 不思議と魔物とは出会わなかった。

 僕が一昨日に転移トラップに巻き込まれてから、魔物からのドロップも出にくくなったようで、何もない空間がずっと続いている。


「嫌な予感が強くなってきたな…こりゃあなんかあるって思っておいたほうが…」


 鉄心さんの声が終わるより早く、通路の奥から悲鳴が響いた。


「――だれか!! 助けて!!」


 僕と鉄心さんは顔を見合わせ、全力で走る。


 道を進んで曲がり角を抜けた先――そこには血の匂いが漂っていた。


 三人の探索者が地面に倒れている。

 肩を深く噛まれた少年、魔力切れで膝をつく少女、そして――


「獅斗……!」


 壁に背を預けるように座り込み、左腕から肩にかけて深い爪痕を負った獅斗の姿があった。

 普段の強気な顔は影も形もなく、青ざめて息を荒くしている。


 鉄心さんが駆け寄った。


「クソっ……お前ら、何があった!」


 獅斗は震える声で言った。


「……浅層に……中層の魔獣が……出てきて……」


「中層の……!? 正気かよ……!」


 鉄心さんの顔色が変わった。

 本来なら深く潜らなければ遭遇するはずのない相手だ。


 僕は獅斗のそばにしゃがみ込む。


「大丈夫!? 腕が……!」


「く、来るな……!芽吹ごときが、俺を心配すんなよ……!」


 弱っているのにプライドだけは折れていない。


 鉄心さんは素早く状況を判断し、獅斗たちに応急処置を施した。


「この状態じゃ誰も戦えねぇ……全員上に戻るぞ」


 しかし、通路の奥から低い唸り声が響いた。


「ッ……!」


 姿を現したのは、朱色の瞳を光らせた大型の獣。

 血の匂いを撒き散らしながら歩く姿は、明らかに浅層の魔獣ではない――

 中層魔獣”ブラッドハウンド”、見た目は狼人間のように二足でも歩ける狼だ。


「なんで浅層にまで登ってきてやがる……!」


 鉄心さんは獅斗たちを庇いながら後退した。

 僕は地面に落ちていたレイピアを震える手で掴む。

 それは――獅斗の仲間が落とした、血のついた武器だった。


(今動けるのは僕と鉄心さんだけだ、僕が守らないと……!)


 鉄心さんが苦悩ににじんだ顔をしながら、何かを迷っていた。


 鉄心さん一人ならここから確実に逃げられるだろう。

 もしブラッドハウンドがいなければ、けが人を全員連れて逃げることもできて、支部に迅速に連絡を取ることもできる。

 そう、体躯の大きくない僕が3人を連れて帰るより、鉄心さんに任せたほうがいい、…そうだ。


「僕が…残ってこいつを抑えます」


 鉄心さんは一層苦い顔をした。

 獅斗が弱い声で叫ぶ。


「む、無茶だ!お前じゃ、あいつには……!」


 でも、僕はもう迷っていなかった。


「僕しか……できません」


 鉄心さんは数秒間、僕の目を見て――

 覚悟を込めた短い言葉を残した。


「……死ぬな。絶対に生きて帰れ。俺はすぐに上に戻って応援を呼ぶ…すまない」


「はい…!」


 鉄心さんは獅斗たちを抱えて後退していく。

 残されたのは僕と、巨大なブラッドハウンド。


 獣が喉の奥で唸り、地面を蹴る。

 突進。速い。


「っ……!」


 レイピアで受け止めた瞬間、腕がしびれた。

 衝撃でふきとばされ、視界が揺れる。


(速い!)


 生命の危機に”原初の種(オリジンシード)”が反応しているようで、反射神経が研ぎ澄まされていく。


 しかし、躱しきれない一撃が徐々に身体へ傷として残っていく。

 爪が左腕を切り裂き、牙が浅く右腕に刺さる。

 かろうじて致命傷は避けているが、いつ死んでもおかしくない危機感に体力がゴリゴリと減っていく。

 幾ばくかの攻防の末、レイピアは牙に食い込まれ、バキッと嫌な音を立てた。


「――あっ……!」


レイピアの刀身が折れた。


(まずい……!)


 後退する間もなく、獣の爪が横殴りに振るわれる。

 頬に浅く切り傷。

 その痛みすら気にする余裕がない。


(ここで負けたら……鉄心さんたちが……!僕が、どうにかしないといけないんだ!)


 ブラッドハウンドが跳びかかってくる。


 その瞬間、足元にある血だまりに目がいった。


(――ここだ!)


 身体が勝手に動いた。

 スライディングのように血だまりに足から飛び込み、獣の懐に滑り込む。


「はぁぁぁッ!!」


 折れたレイピアの柄を逆手に持ち、

 獣の喉元へ体中のばねを使い、全身をかけて刃の残骸を突き刺し、そのまま何度も腹に向かって刺突を繰り返す。


 獣が暴れたとき後ろ脚に蹴り飛ばされて、地面に転がる。

 かろうじて立ち上がったとき、ブラッドハウンドは地に倒れ伏した。


「…はぁ!…はぁ!」


 荒い息、震える手、血を流しすぎたせいで足元がふらつく。


(……強い、これが完全な中層の敵……僕は……まだまだ……)


 しかし、胸の奥の”原初の種(オリジンシード)”の鼓動が、

 まるで“まだ終わらない”と言うように強く脈打った。


 そして――

 奥の通路の暗闇が、淡く光り始める。


(……呼ばれてる……)


 古代紋様の光が道を示すように揺れ、

 胸の奥の脈動がその道へと誘う。


「……行かなきゃ……」


 震えて力の入らない足を無理やり動かして、

 壁を支えにしながら、

 僕は奥の闇へ一歩、また一歩と歩き始めた。


 どれだけ傷だらけでも、

 この先には僕を呼ぶ何かが、前に進むための何かがある。

 そう確信してしまっていたら、もう戻ることはできなかった。


(僕は……もう弱い僕じゃない……)


 血と汗を垂らしながら、

 芽吹 慧は深層へ向かって歩いていった。



―—綺凛(作者)から皆様へ――


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