第29話 松島ダンジョン_ボス戦
すいません、遅くなりました!!!!
大きな扉は、岩と珊瑚が混ざり合ったような異様な質感をしていた。
表面には乾いた塩の結晶がこびりつき、ところどころから水が染み出している。
扉の隙間から漏れ出る湿気は、今までの通路とは明らかに違った。
神原獅斗は、無意識に拳を握りしめていた。
「ここが最奥か、ようやくこの気持ち悪いダンジョンも踏破できるな」
なんだか体中がべたべたしている気がする。
恋の方を見ると、彼女も疲れた顔をしているので、早くダンジョンを出たい気持ちは一緒だろう。
まぁ、その一方で何も気にしてない男もいるが。
「よし、さっさとボスをぶっ飛ばそう。ここまで雑魚しかいなかったからな。
ようやくスキルの練習ができるわ」
――やっと、殴りがいのあるやつが出てくる。
「油断しないで」
背後から、弓矢の調整をしていた恋が声をかける。
いつもの軽い調子のようで、本当に心配しているような雰囲気を感じだ。
昔から一緒の中だから声色でなんとなく心配とかは読み取れるもんだ。
「この手のダンジョン、ボスは大型でボス部屋のフィールドも専用になっているだろう」
颯が静かに言葉を継ぐ。
彼は既に数珠を左手に巻き、右手には金属製の法具――打撃用の棒を構えていた。
「ここでごちゃごちゃ言っても仕方ないだろ。どうせ入るまでわかんねぇんだからな。」
獅斗が一歩前に出る。
躊躇はなかった。
「—行くぞ」
両手で扉を押し開けた瞬間、
濁った潮の匂いが、叩きつけるように鼻を突いた。
◆
中は、巨大な空洞だった。
天井は高く、見上げると鍾乳石のような岩が垂れ下がっている。
壁面には珊瑚に似た魔力結晶が埋め込まれ、青白い光を放っていた。
そして――
床の大半を占める、水。
浅い場所と深い場所が入り混じり、まるで小さな海がそのまま閉じ込められたような空間。
「……最悪だな」
足場はぬかるみ、拳を振るえば確実に飛び散る。
視界も、水面の反射で歪む。
ため息でもつきたくなるような状況だったが、水面が視界の端で揺れているのに気が付く。
次の瞬間に水をかき分け、地面から何かが浮かび上がった。
ぬめりを帯びた、異様な質量。
半透明の肉体の奥に、脈打つ核のようなものが見えた。
「……来たね」
恋が弓を引く。
矢筒の中で、属性付与用の魔力矢が淡く光った。
「ボス個体。《潮濁スライム》だな」
「名前からして気色悪ぃな!!」
獅斗が吠える。
次の瞬間、水面が爆ぜて巨大スライムが、波ごと突進してきた。
「獅斗、正面から受けるなよ!」
「分かってるってーの!!」
獅斗は踏み込む。
水に濡れた地面を器用に蹴り、斜め前に滑り込むように飛ぶ。
粘体の触手が、彼のいた場所を薙ぎ払い、床を叩いた。
「スキル《獣王化》!!」
獅斗は拳を引き絞る。
身体の芯から、力を叩き上げると、彼の右前腕が盛り上がり、指先からは鈍色の鋭い爪が現れる。
「――うおおおおお!!」
獣の爪が粘体にめり込んだ。
ぐちゃり、と不快な感触とともに、抵抗が感じられないように腕が突き刺さる。
が、しかし、スライム系魔獣の核は固く、少しだけしか傷つかなかった。
「……硬ぇな、てめぇ!!」
拳を引き抜くと同時に、後方から矢が飛ぶ。
「――雷矢いくね!!」
恋の声。
雷属性を帯びた矢がスライム刺さり、体表を伝って拡散する。
粘体の表面が震え、内部に電流が走った。
「効いてる!」
「よし、次だ!」
颯が前に出る。
彼は水を踏みしめ、二人の間に入るように陣取る。
法具を構え、呼吸を整える。
「――治癒陣、展開」
低く呟くと、三人の足元に淡い光が広がった。
微細な痛みや疲労が、すっと引いていく。
「獅斗、無理はするな。堅実に行こう」
「分かってる!」
だが、獅斗は笑っていた。
歯を剥き出しにして。
やっと自分の力を出せる、自分の力を高めることができる相手がいる。
あいつに置いて行かれないように、限りある機会を逃すわけにはいかねぇ。
「獅斗、右!」
「見えてる!!」
触手を掴み、引き寄せる。
その瞬間、恋の放った雷矢が、正確に核にあたる。
雷属性の感電が、水属性のスライムの動きを大きく制限する。
「今!!」
「おう!!」
最後に、俺と颯が前に出る。
颯が法具を振り下ろし、核へと打撃を叩き込む。
俺はスキルの力を全部右腕に突っ込む意識で力を込め、颯のつけた傷に全力で爪を叩き込んだ。
激しい爆発音のような音がなり、核が砕け散る。
そうして粘体が、崩れ落ちた。
水面に、静寂が戻る。
「……終わったか」
「危なげもないし、余裕だったね~」
「日々精進だ」
それにしても、倒した後の達成感というよりも…
「ボスもくっせぇ…マジで最悪だわ」
服についた粘液は何か生臭い感じがして本当に不快だ。
「遠くにいた私にも粘液が飛んできたからね~二人ともお疲れさま」
「む!?」
突然、颯が口を抑えて震えだす。
「おいどうした!毒でも食らったか!?」
「ちょ、ちょっと待って、解毒剤をもってきてたはず…」
「いや、まて違うんだ」
颯は俺らに向かって手を向ける。
それから普段は無表情で動かない口角をにやっと上げる。
「「うわっ…」」
颯は笑顔が壊滅的にへたくそだ。
顔にある傷やガタイもあり、颯の笑顔は子供が泣いて逃げ出すほどだ。
「このスライム粘液、大変に美味だ」
「本当に信じられねぇ」
「生理的に無理かも…」
平和(?)なしめくくりとともに、ダンジョンの出口に向かう帰路についた。
―—綺凛(作者)から皆様へ――
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