第3話 地上へ
三人組を魔獣の死骸から離れた場所へ移動させ、簡単な状況を確認する。
「さっきの、あれ……浅層にいるような魔獣じゃなかったですよね?」
「あ、ああ……本来はもう少し下の階層に出るタイプだって聞いた…。でも、こっちにまで上がってきてて……」
「それに、さっきから通路の形とかも、なんか変で……」
やっぱり、気のせいじゃなかった。
ダンジョンそのものが、じわじわと変質している。
魔獣の強さも、分布も、何かがおかしくなっている。
それが、僕が異世界のホールでスキルを与えられたことと関係あるのかどうかはわからない。
でも、タイミングが良すぎる。
(……僕だけが、たまたま転移陣に飲まれて、たまたま異世界で力をもらって、たまたま戻ったらダンジョンがおかしくなり始めてる、か)
偶然と言い切るには、出来過ぎている。
「ねえ、あんた……どこのパーティ? ランク、いくつ?」
「え? あ、その……」
女の子に質問されて、口ごもる。
そういえば、僕は……
「Fランク、です。一番下の。今日が初ダンジョンで……」
三人の表情が固まった。
「……は?」
「今、Fって言った?」
「いやいやいや、絶対嘘だろ……」
ですよね、って心の中で肩をすくめる。
でも、嘘をつく理由もない。
これから支部に戻れば、ランクも登録情報もすぐにバレる。
「本当に、Fランクなんです。能力検査も、ずっと“なし”って結果しか出てなくて。それがさっき、ちょっと、事情があって……」
言いかけて、口をつぐんだ。
”原初の種”のことを、軽々しく話していいのか。
そもそも、自分でもよくわかっていないスキルのことを説明できる気がしない。
「あー……えっと……とりあえず、出口の方まで一緒に戻りましょう。この辺り、さっきより危ないみたいですし」
話を打ち切るようにそう言うと、三人は複雑そうな顔をしながらも頷いた。
◆
三人組と一緒に浅い層へ向かう途中で、見覚えのある顔ぶれと再会した。
「……あ?」
先頭を歩いていた男が、僕の姿を認めて目を見開く。
神原 獅斗
保護施設の同期。
僕を笑っていた連中の一人。
その後ろに、他の顔ぶれもいた。
誰も怪我はしていないようだ。
ほっとした瞬間、自分でも驚くくらい、胸から力が抜けた。
「お、お前……芽吹、だよな?」
普段僕の名前なんて呼びもしないやつが、妙に慎重な声でそう言った。
「……うん。生きてたよ」
苦笑い気味にそう答える。
本当は、簡単に許せる話じゃない。
転移陣に飲み込まれたとき、誰も助けようとしてくれなかった。
見捨てられた。その事実は変わらない。
でも、怒鳴る気にはなれなかった。
あのとき――僕だって、きっと同じように動けなかっただろうから。
(……それでも、“あのまま死んでればよかった”って顔されたら、殴るけど)
心の中でだけ、毒づく。
幸い、彼らはそんな露骨な顔はしていなかった。
むしろ、どこか怯えたように僕を見ている。
「お前……どこに飛ばされてたんだよ。てっきり……」
「う、うん……なんか、変なところ。よくわからないんだけど……」
詳しく言う気はなかった。
異世界のホールのことも、このスキルのことも。
今はまだ、自分の中で整理できていない秘密だ。
適当にごまかしていると、さっき助けた三人組の一人が、ぽつりと漏らした。
「この人……さっき俺らを助けてくれたんだ。魔獣二体、相手に……」
同期たちの視線が揃って僕に向く。
「……は?」
信じられない、という顔。
それはまあ、そうだろう。
今まで何もできなかった、能力なしのFランク。
荷物持ちで笑いのネタだった僕が、魔獣二体を相手に戦ったなんて――理解できるはずがない。
僕は、曖昧に笑って肩をすくめた。
「ちょっと、運が良かっただけだよ。魔獣もそんなに強くなかったし」
本当のことなんて、言えない。
僕自身、信じられていないのだから。
◆
地上へ戻ると、探索者支部の前は普段よりも騒がしかった。
救護テントがいくつも立てられ、簡易ストレッチャーに横たわる探索者たち。
支部職員が慌ただしく行き交い、誰かが怒鳴り声を上げている。
「中層手前で魔獣のランクが跳ね上がったって、本当か!?」
「一部の階層で、未確認の紋様が出てるって話もある!」
「急ぎ、臨時の調査班を――」
断片的な声が耳に入る。
転移陣の暴走。
階層の構造変化。
魔獣の強さのインフレ。
さっき僕が感じた違和感は、どうやら僕の主観だけではなかったらしい。
(……やっぱり、ダンジョンがおかしくなってる)
胸の奥で、”原初の種”が熱く脈打つ。
僕が力を得たことと、この変化は、無関係じゃない気がした。
いや――むしろ、関連していてほしくないからこそ、そう思うのかもしれない。
もし本当に関係があるなら。
僕は、自分一人の問題じゃなく、世界の変化の一端を背負わされていることになる。
そんなもの、荷が重すぎる。
でも――
(それでも、見なかったふりは――できないな)
あのホールで、黒狼を殴り倒したとき。
さっき三人を助けたとき。
その瞬間の嬉しさを、僕はもう知ってしまった。
弱かった自分を変えたい。
過去の自分みたいな、誰にも助けてもらえない奴を、今度は僕が助けたい。
その願いは、偽りじゃない。
「おい、そこの探索者たち!」
支部の入口近くで、支部の職員に名前を呼ばれた。
同期たちも連れて行かれ、簡単な事情聴取が始まる。
転移陣の暴走について、覚えていることを話していく。
起こったときの状況、どのタイミングで発動したか。
……謎の空間に飛ばされて、スキルを得たこと以外は、正直に答えた。
「ふむ……お前だけ、か。飲み込まれたのは」
職員が眉間に皺を寄せる。
どうやら、僕一人だけが“行方不明”扱いになっていたらしい。
この場には戻ってきたことを喜ぶ人間はいない。それはまだ価値のないFランクで、能無しだったからだ。
意外と傷つかなかった自分に、少し驚いた。
期待していなかったから。
だからこそ、誰かに救われた少年たちの“ありがとう”が、あそこまで胸に響いたのだろう。
◆
簡単な検査を受けさせられたあと、僕はようやく自由の身になった。
夕方の街。
ダンジョン支部の前には、まだ人の波がうごめいている。
ビルの隙間から覗く空は、薄いオレンジに染まっていた。
遠くには変わらずネオンが輝き、車の音が響いている。
日常と非日常が、境目なく混ざり合った世界。
そんな景色を、僕はしばらくぼんやりと眺めていた。
「……戻ってきた、んだよな」
口からこぼれた言葉は、確認というより、実感を求めるための呟きだった。
確かに地上に戻ってきた。
でも、もう何もかもが“前と同じ”ではない。
僕は、力を得た。
ダンジョンは、変わり始めている。
支部は騒然としている。
そして何より――
「……僕は、もう“何もできない自分”じゃない」
胸の奥の種が、静かに脈動する。
怖い。
この力がどこまで行ってしまうのか、自分でもわからないから。
このまま進んでいった先に、自分がまだ“自分”でいられるのかどうか、信じ切ることができないから。
それでも。
僕は、今日確かに一人の命を救った。
かつての僕みたいに震えている誰かに、手を伸ばした。
その事実だけは、誰にも奪えない。
「――僕は、変わる」
小さく、でもはっきりと言葉にする。
「弱いままじゃ、もういたくない。
あのとき助けてもらえなかった僕みたいな奴を――今度は、僕が助けたい」
それが、僕の中に芽吹いた“正義感”だった。
誰かに笑われてもいい。
打ちのめされてもいい。
それでも、手を伸ばすことをやめたくない。
胸の奥の"原初の種”が、静かに応えるように熱を返してきた。
それが、肯定なのか、ただの反応なのかはわからない。
でも――今は、それで十分だった。
夕暮れの風が頬を撫でる。
ダンジョンの入り口は、振り返らなくてもわかるくらい強い存在感を放っていた。
ここから先、世界がどう変わっていくのか。
僕がどこまで強くなってしまうのか。
何一つわからない。
だけど、それでも――
「行こう」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
芽吹 慧の“進化”は、まだ始まったばかりなのだから。
―—綺凛(作者)から皆様へ――
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