第26話 日常に戻った時に
短めです
その日からしばらく、僕や赤石くん、オモナくんといおさんは支部に保護され、支部から外に出ることはゆるされなかった。
それは謎の男に顔を知られている僕らの、身の安全のためだと分かっていたが、なんだか息苦しいと思った。
僕らはいつもどおり振舞っている。
朝にみんなで食堂に行って、栄養士さんの選んだ食事をもらい、それぞれが他の人の料理をうらやましがったりする。
体が資本、食べなきゃ気がさらに重くなるといわれて、いつものように多めに出された定食を皆の前では笑顔で食べて、後から一人になってトイレで吐いた。
おなかは空かなかった。
昼にはみんなで組手とか、魔法の練習とか、連携の練習をした。
僕らは正式なパーティーじゃないけれど、なんとなくみんな一緒にご飯を食べて訓練をして、夜には空いている会議室に集まって、それぞれが好きなことをして過ごした。
僕と赤石くんは筋トレ、オモナくんは読書、いおさんは水の召喚物のにゃおちゃんやばうくんと遊んでいた。
「…そう、いえば、芽吹は、保護期間が終わったら、どうするんだ?」
「…どう…って…どういう…こと?」
僕らは腹筋をしながら会話を続けた。
保護期間が終わった後の話は、あの日以降初めてだったから、なんだか心臓がどくどくとなった。
「俺は…実家の…秋田に…戻って…地元の…先輩と…チームを組むことにした」
「……そっか…赤石くんなら…どんどん…強くなるだろうね」
「…ふう~休憩。ありがとうな、芽吹はどうだ?」
僕も一度休憩して、水を一口含んだ。
「…あんまり考えてなかったな…どうする…か」
あの日から、心にぽっかりと穴が開いたような、自分の軸がくるってしまったような感覚がしている。
先のことを考える余裕はなかった。
なんて答えようか悩んでいると、会議室の扉がガラッとあいて、鉄心さんが部屋に入ってきた。
「おう、やっぱりここにいたか。悪い芽吹、ちょっと来てくれ」
僕に何か用だろうか?思い当たる節はないが、とりあえず鉄心さんに続いて部屋を出た。
「ついてきてくれ」
鉄心さんはそれ以上何も言わず、まっすぐに廊下を歩いていく。
僕も特に何も言わずについていった。
しばらく進んでいくと、ある扉の前で立ち止まった。
扉の脇には名前を表示するスペースに「春梨 美奈」と書かれたスペースがあった。
途中でなんとなく気づいていたが、ここは病室だ。
「春梨が、さっき目を覚ました。検査の結果、無理をしなければ起き上がってもいいほどの回復だそうだ。まぁ流石Aランクってところだな。
そんで、検査後に医療班へ伝言をお願いしていたらしくてな、あの日のことで情報をすり合わせたいことがあると言っていた。それでお前を呼んだわけだ。」
「あの日…ですか」
僕だけに相談することなんてあったろうか。
あの日は僕の影にひそんで見守っていたようだし、それ関係だろうか。
「俺はそこらへんで待ってるから、話が終わったら呼んでくれ」
鉄心さんは煙草を胸元から出しながら、この場を後にした。
僕は息を大きく吸い、深呼吸をしてから扉をノックする。
中から小さく「はーい」という美奈さんの声が聞こえてきたので、扉を開けて中に入った。
病室は、静寂に満ちていた。
機械音だけが、一定のリズムで空気を刻んでいる。
白いカーテン、柔らかすぎる照明。
ベッドの上に、上半身を起こした美奈さんがいた。
包帯に覆われた身体。
それでも、目は開いている。
「……芽吹、くん」
名前を呼ばれた瞬間、胸が詰まった。
「生きてて……よかった」
微笑み。
だが、その笑みは薄く、表情の奥まで届いていない。
「体は…大丈夫ですか」
「うん、心配ありがとう」
なんだか彼女の姿を見て、少し会話を交わしただけで、目頭が熱くなった。
彼女の表情はいつもの少し意地悪をする猫のような、あどけない笑顔ではなく、影を落としたような乏しくて薄い笑みだった。
美奈さんは他のメンバーのことを聞いたのだろうか。
だからこんなにも雰囲気が違うのだろうか。
「…そういえば、美奈さん、あの日のことで相談って…」
「芽吹くん」
思い出した用件を口にすると、それを遮るように美奈さんが名前を呼んだ。
「こっちに来て」
入り口でたったままだということに気が付いた僕は、ベットのそばまでゆっくりと近づいた。
彼女の包帯でぐるぐる巻きにされた手が僕の手へと伸びてくる。
「美奈さん…」
なんて声をかければいいのか、気の向いた言葉の一言も発せないうちに
突然、触れられた手から闇が侵食してきた。
一瞬で闇は僕の体を覆い、視界が揺れ、音が遠のく。
身体が、言うことをきかない。
――動けない。
美奈の目が、こちらを見ていた。
澄んでいて、感情がなくて――
一瞬だけ、確かに泣いていたように見えた。
「ごめん……」
彼女の声が耳に届くと同時に、世界が裏返って僕の意識は暗転した。
―—綺凛(作者)から皆様へ――
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