第22話 得られた安寧の先に
「よし、それじゃ地上に戻るか。油断せずにな!」
赤石くんがそう言って、空気を切り替えようとした、その瞬間。
背筋が、ぞくりと粟立った。
それは僕以外の3人も同じだったようで、一瞬で顔は青ざめ原因不明の身震いがする。
理由は分からない。
音でも、匂いでも、視覚的な異変でもない。
だが――
「……待って」
オモナくんの声が、静寂をゆっくりと切り裂いた。
僕らは同時に視線を向ける。
「どうしたの、オモナくん?」
「ボスがいた場所……見てよ」
洞窟トロールが消え、手に持っていた結晶のかけらもダンジョンの機能でキラキラと輝きながら消えようとしているところ。
その結晶のかけらが宙に浮き、楕円形になるように輪郭をかたどっていく。
そして音もなく、結晶の輪郭の内側に黒い空間が現れた。
黒い。 ただ、ひたすらに黒い。
洞窟の暗闇とは明確に異なる、まるでそこだけ切り抜かれたような黒。
暗闇はまるで脈動するように、明暗の別れた光が波打っている。
「……ゲート、じゃないよね」
声を発したいおさんもゲートではないと思いつつ、なにか言わないとこの重苦しい空気に耐えられなかったのだろうと思った。
ゲートは青や白が入り混じったような色で、ダンジョンの危険度によって色は変わるが、黒というのは聞いたことがない。
芽吹は無意識に一歩前へ出かけ、すぐに足を止めた。
直感が、近づくなと警告している。
次の瞬間だった。
ずるり、という音が洞窟に響いた。
重い何かが地面を引きずられる音だ。
黒いゲートの内側から、影が押し出されるように現れる。
最初に見えたのは、黒い外套の裾。
そして、外装に頭からつま先まで覆われた人型。
その人は、片手で別の人間を引きずり出してきた。
引きずられている方は、生きているのか分からないほどだった。
全身血まみれ。服は裂け、身体は不自然な角度に折れ曲がっている。
男性なのか女性なのかすら判断がつかない。
男はそれを無造作に地面へ放り投げると、初めて周囲を見渡した。
そして、芽吹たちと、目が合う。
その瞬間。
信じられないくらい重い重圧が僕らを襲った。
洞窟トロールの攻撃が軽く感じるほどの重さだ。
かろうじてフードから見えた男の目には、感情がなかった。
驚きも、警戒も、敵意すら薄い。
「……ああ」
男が、面倒くさそうに呟く。
「見られたか」
その直後、男の姿が視界から消えた。
次に認識したときには、男が距離の概念を無視したように、瞬間移動したかのように目の前にいた。
芽吹が異変を察知した時には、すでに遅かった。
「――っ!」
男の拳が、オモナくんの胸元へと迫る。
身体が、考える前に動いていた。
「あぶない!!」
叫びと同時に、オモナくんの前へ割り込む。
両腕を交差させ、全力で闘気を防御に回す。
だが――
衝撃は、防御という概念を嘲笑うかのようだった。
轟音。
拳が触れた瞬間、空気が爆ぜる。
両腕がはじけ飛んだかと錯覚するほど、信じられないほどの力が叩き込まれた。
「――がっ……!」
芽吹の身体が床と並行に吹き飛び、背中から岩壁に叩きつけられる。
視界が白く染まり、内臓が上下逆さまになったような感覚に襲われた。
息が、できない。
衝撃で見開いた視界には、男がもう目の前にいて、追撃が迫っているのが見えた。
その時――
自分の影が浮き上がり、謎の男の攻撃をはじいた。
「っと……ほんと、危ないなぁ」
軽い声。
だが、刃と拳がぶつかる音は重く、鈍かった。
闇の中から現れたのは、クラン《天空の翼》のAランク探索者、春梨美奈だ。
影を纏う刃で、男の攻撃をはじいたようだ。
「……遅れてごめんね。ちょっと、うたた寝してたの」
いつもの調子で軽口を叩く。
だが、額にははっきりと汗が浮かんでいた。
男が、初めて興味を示したように目を細める。
「影使い……なるほど」
美奈さんは小さく舌打ちする。
「間一髪助けられたところなんだけど、正直に言うとさ、私より強いねこいつ」
男の殺気が、洞窟を満たした。
美奈さんは間髪入れず、懐から何か鉱石のようなものを取り出し、強く握り潰す。
砕けた鉱石から強い光が走り、風と影が渦を巻く。
光に包まれ、次々と現れる人影。
クラン《天空の翼》の最高戦力がそろった。
クランリーダー”鷹の王”鷹宮翔、”聖騎士”神田武、”氷魔術師”霧坂玲司、”月の巫女”菰田月子、そして僕を間一髪守ってくれた”隠密者”春梨美奈。
この5人がクラン《天空の翼》のAランクパーティであり、数々のダンジョンを攻略した英雄たちである。
その全員が、謎の男を前に陣形を組んだ。
「状況はよくわからないが、美奈が緊急召喚アイテムを使ったということは、これが今回の原因だね。」
鷹宮さんが黒い外装に覆われた男に鋭い視線を向ける。
「総員、戦闘準備。フォーメーション対小型魔獣。危険度は”Sランク”と仮定する。」
「「「「了解!」」」」
美奈さんは返事をしながら僕の手に触れた。
「スキル《影移動》」
気が付くと僕は黒い男を挟んで反対側、赤石くんたち3人が固まっている場所にいた。
これは美奈さんの移動スキル?美奈さんの姿は天空の翼のメンバーのところにあったままだ。
触れた対象だけを何らかの方法で移動させるのだろうか。
そんなことをグルグル考えていると、美奈さんの声が聞こえた。
「芽吹くんたちは、そこに落ちている帰還アイテムを使ってダンジョンから脱出して!そして探索支部にこのことを知らせて応援を呼んできて!」
「…ちっ、面倒な」
男の威圧がより一層強くなる。
それに対応するように、天空の翼の面々もスキルを発動していく。
「スキル《挑発の雄たけび》」
「スキル《寒冷の風壁》」
「スキル《月光の歌》」
「スキル《鳥王の翼》」
「スキル《隠密》……今すぐ逃げて、必ず生きてね」
僕は歯を食いしばり、拳を震わせた。
理解してしまったからだ。
この場に残る選択肢が、“死”であることを。
ここにいても天空の翼の足を引っ張りだけのお荷物だと。
目の前で始まる、本物の戦闘の気配。
それを振り切るように、僕らは帰還アイテムを使い、その光に包まれていった。
―—綺凛(作者)から皆様へ――
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