第20話 新人チームの探索
ダンジョンの空気は、ひんやりとしていて少し湿っていた。
岩肌はところどころ苔むしていて、どこからか淡い光がにじみ出ている。光源は見当たらないのに、全体がぼんやりと白く照らされているのが不思議だ。
僕たち4人は、赤石くん、オモナくん、いおさん、僕の順で、ゆっくりと奥へ進んでいった。
「……お、来たな」
先頭の赤石くんが、ぴたりと足を止める。
その視線の先――岩陰から、青黒い毛並みの魔獣が四足でにじり出てきた。
小型のコボルトだ。背丈は小さいが、手にした錆びた短剣と、ぎょろりと光る目だけはやけに殺気立っている。
さらに奥からも数匹、ひょいひょいと顔を出した。
「コボルト5、いや6体だ。俺が前に出る!」
赤石くんは、胸元で短く息を吸い込む。
「スキル《赤い番人》――展開!」
盾を力強く構えると、彼の周囲の空気が熱を孕んだ。
緋色の光がぶわっと弾けるように盾へまとわりつく。鈍く黒光りしていた盾の表面に、赤い紋様が浮かび上がった。
コボルトたちが一斉に吠え、短剣を振りかざして突進してくる。
「来いよ、お前ら全員、まとめて相手してやる!」
赤石くんは、一歩前へ踏み込むと、地面を踏み鳴らすようにして盾を前に出す。
次の瞬間、コボルトたちの攻撃が一斉に盾へ叩きつけられる。
キィン! ギャイン! 甲高い金属音と、盾にぶつかり吹き飛んでいくコボルトたち。
赤石くんの盾の表面で紅い光が爆ぜ、衝撃を外へ流すように散らしていく。
「っは、軽い軽い!」
笑いながら、赤石くんは盾を横薙ぎに振り払った。
それだけで、コボルトたちの小さな体が簡単に宙へと浮き、壁へ叩きつけられて転がる。
「バフかけるよ。少しだけね」
後ろからオモナくんの声がした。
彼の両手首にある白と黒のブレスレットが、鈍く輝く。
「《加速する意志》」
淡い金色の光が、ふわりと俺たちを包んだ。心臓の鼓動が一瞬だけ早まり、血が一気に巡る感覚がする。体が、わずかに軽くなり、見える世界がほんの少しゆっくりに感じる。
「よし、じゃあ――」
僕は前へ飛び出した。
足元に、淡い緑色の闘気がかすかに揺らめく。風みたいだし、きっと風魔法だと思っている闘気だ。
跳びかかった一匹のコボルトの懐に滑り込み、顎を狙って掌底を打ち込む。
「はっ!」
手応えと同時に、緑の閃光がぱしんと弾けた。
コボルトは悲鳴もあげられずに地面へ沈む。
横から飛びかかってきたもう一匹は、回し蹴りで壁に叩きつけた。体が軽い、筋肉がよく動く。オモナくんのバフが効いてるのがよく分かる。
「ナイス、芽吹」
背中越しに赤石くんの声が聞こえた。
「じゃ、残りは――」
「私がやるよ。ぴぃちゃん、よろしくね」
静かな声とともに、いおさんが前に出た。
いおさんの肩にいる水のひよこが「ぴっ」と鳴き、ひよこが複数の水の弾丸になっていく。
「《水弾》」
いおさんの指示で弾かれたそれは、すぐに蒼い水弾へと変わり、一直線にコボルトの額を撃ち抜いた。
水とは思えない鋭さで、穴を穿つ。光の粉となってコボルトが霧散し、飛び散った水はまたひよこの形に変わり、いおさんの肩に戻ってきた。
あっという間に戦闘は終了した。
「……ほんとに初心者ダンジョンだな」
僕が呟くと、赤石くんが笑った。
「楽勝だな!観世のバフもあるし、水瀬と芽吹の火力もあるし!」
「戦闘時間、十数秒かな。上出来」
オモナくんは、さほど興味なさそうに数を数えながら、袖口で目元をこすっている。眠そうだ。
「……僕のバフも回復いらなそうなんだけど。仕事、なくない?」
「そんなことないよ。オモナくんの力はボス戦で必須になってくるだろうから、今は体力を温存しておいて」
そう言うと、オモナくんは「ふーん」とだけ呟き、また空を飛ぶ鳥でも探すみたいに、ぼんやりと洞窟の天井を見上げた。
いおさんはといえば、足元の猫、にゃおちゃんを抱き上げて、のどのあたりを丁寧に撫でている。
「ぴいちゃんもにゃおちゃんもありがとう。にゃおちゃんは索敵、おつかれさま」
「ぴっ」「みゃぁ」
猫の鳴き声と、水のひよこの鳴き声が重なって、癒し空間が生まれる。
コボルトたちの残滓は光の粒となって消え、あとには何も残っていない。
ほんとに、楽勝って思っちゃうな。
そんな油断が、胸のどこかにふわりと根を張り始めた。
◇
その後も、僕たちの進行は順調だった。
大きな岩場を回り込んだ先では、灰色の小型スライムが群れを成していたが――
「《赤い番人》展開、みんないこう!」
赤石くんが突っ込んでいき、スライムたちが飛びかかった瞬間、盾を思い切り地面へ叩きつける。
「《赤い衝撃》!」
盾の前面から、半円状に赤い衝撃波がブワッと放たれた。
押し寄せていたスライムたちの体が、衝撃でぐにゃりと歪んだかと思うと、そのまま壁際まで吹き飛ばされてべちゃりと張り付く。
もともと柔らかい身体だからか、見た目は少し気の毒だが、威力は抜群だ。
壁に貼りついたスライムたちがびくびくと震えている間に、いおさんが手をかざす。
「《水鎖》」
細い水の鎖がいくつも伸び、スライムたちを絡め取る。
そのまま一か所へまとめるように引き寄せると――
「慧くん、お願い」
「任せて!」
俺は助走もそこそこに、絡め取られたスライムの塊めがけて跳び蹴りを叩き込んだ。
ドン、と鈍い音と同時に、緑の闘気が爆ぜる。
スライムは一瞬で弾け飛び、光の欠片となって霧散した。
「ふぁ……僕の仕事、本格的にないんだけど」
「いや、観世くんがいるから安心できてるっていうか……」
「それ、本当に仕事がないって認めてるよね?」
じとりとした目を向けられ、思わず視線を逸らす。
「で、でも、バフはすごくありがたいので!」
「まぁいいや。暇だから、にゃおちゃんでも撫でさせて」
オモナくんはそう言って、いおさんの足元へ寄っていく。にゃおちゃんは撫でられる対象が増えたのが嬉しいのか、ごろごろと喉を鳴らしていた。
その後も、洞窟の中腹にいた岩トカゲ型の魔獣や、天井から降りてきた巨大コウモリなど、初心者ダンジョンらしい魔獣たちは何体も現れたが――どれも特に苦戦することなく倒していった。
赤石くんの盾が前線を確実に守り、観世くんのバフが動きを底上げし、いおさんの水魔法が範囲をなぎ払い、俺が残った敵を殴り倒す。
やればやるほど、連携は自然に、そして滑らかになっていく。
「……僕たち、結構いい感じなんじゃないですか?」
岩でできた細い橋を渡りながら、思わず口に出していた。
「だな!このメンツなら、初心者ダンジョンくらい余裕だぜ」
赤石くんは、盾を肩に引っかけながら笑った。
その笑顔は明るくて、頼もしい。
「回復いらない探索って、割とレアかも」
観世くんはあくびしながらぽつりと言う。
「私も敵が近づいてこなくて楽だよ」
いおさんが、くすりと笑った。
その横で、にゃおちゃんと水のひよこが、さっきスライムがドロップした魔石を蹴り合って遊んでいる。
しばらく進むと、空気が少しだけ変わった。
湿り気が増し、岩の匂いが濃くなる。
通路が開け、広い空間へと繋がっているのが見えた。
「……ボス部屋、かな」
そう呟いたのは、いおさんだった。
彼女は前方を見つめながら、髪先に触れる。紺から淡い水色へと溶けていくその髪が、洞窟の光を柔らかく映していた。
「多分な。雰囲気がちょっと違うし」
赤石くんも頷く。
通路の先には、縦に長い楕円形の広場がぽっかりと空いている。天井は高く、ところどころから水滴がぽたぽたと落ちていた。
中央には、円形の岩台のようなものがあり、その周囲には砕けた岩片と古い骨のようなものが散らばっている。
明らかに、ここだけ“戦うために用意された場所”だ。
「よし、最終確認しようか」
赤石くんは振り返り、俺たちを見た。
「俺が前でヘイト取る。観世は俺と芽吹中心にバフ、必要なら回復。水瀬は後ろから魔法で援護、状況に応じて範囲か単体か切り替え。芽吹は、俺の横で削りを頼む。さっきの通りでいこう」
正直、さっきまでの戦闘が簡単すぎて、どこかで「ボスも大したことないだろ」と思っていた。
赤石くんのこの確認でさえ、どこか義務的に聞こえてしまう。
「わかった」
「了解」
「うん、任せて」
俺たちはそれぞれ返事をし、武器や装備を軽く確認する。
俺は、支給品の革の胸当てをぎゅっと締め直した。汗で少しだけ張りついて、肌ざわりが気になる。
「じゃ、行くか!」
赤石くんが一歩、広場に踏み出した――その瞬間だった。
地鳴りが、した。
ゴゴゴゴゴ、と洞窟全体が低くうなる。足元の小石が跳ね、天井から細かい砂がはらはらと落ちてくる。
中央の岩台の向こう側、暗がりの奥で、何か巨大なものが動いた気配がした。
「出るよ」
いおさんが、静かに言う。
水のひよこが、彼女の肩に移動して身を縮めた。
闇の奥から、まず聞こえてきたのは、低く長い息の音だった。
次いで、ぬらりと光る小さな点—黄金色の瞳が二つ、暗闇の中に浮かび上がる。
そこから、巨体がずるりと姿を現した。
洞窟トロールだ。
人間の三倍はあろうかという巨体。
岩と泥が混ざったようなざらついた皮膚に、ところどころ苔が生えている。
肩は山のように盛り上がり、腕は太い柱のようにぶ厚い。指先の爪は漆黒で、岩をも引き裂きそうな鋭さだ。
頭は粗雑な兜のような骨の帽子で覆われ、その下から覗く口には、黄色く伸びた牙が並んでいる。
何より目を引くのは、その右腕に握られた武器だ。
透明な鉱石でできた巨大な棍棒。
美しい水晶のように透き通っているのに、その中には赤黒い筋が混じり、どろりとした光が渦巻いていた。
「……っ、あれ、初心者ダンジョンのボスにしては、ちょっと立派すぎない?」
思わず声が漏れる。
オモナくんも、眠そうな目を少しだけ見開いた。
「でも、ランク的にはEランクの敵のはずだよ」
「Eランク…」
俺はごくりと唾を飲み込む。
トロールは、俺たちをゆっくりと見下ろした。
その目に知性はあまりない。ただ、目の前の獲物をどうやって潰すかを考えているような、鈍く濁った視線。
次の瞬間、洞窟が揺れるほどの咆哮が放たれた。
「グォォォォォォォォォ!!」
耳をつんざくような叫びに、思わず肩がすくむ。
天井から岩の破片がいくつも落ち、地面に転がる。
「っ、来るぞ!」
赤石くんが盾を構え、前へ飛び出した。
―—綺凛(作者)から皆様へ――
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