第12話 クラン《天空の翼》との合同訓練①
支部は、いつもよりも静かだった。
ロビーには探索者の軽い雑談や装備品の擦れる音だけが響いていて、
大きな異常もなく穏やかな空気が流れている。
鉄心さんとのトレーニングはダンジョンが閉鎖された1ヶ月間続き、毎日土だらけにされながら基礎体力の向上やスキルの使い方を学んだ。
今日はダンジョン閉鎖から1ヶ月、ついに探索者支部からダンジョン探索を解禁すると発表があった。
探索者はみな、久しぶりの探索開始にいい集中力で準備しているようだ。
「芽吹、ちゃんと来てるな」
鉄心さんがぽんと僕の肩に手を置いた。
僕がこくりと頷くと、鉄心さんはガハハと笑う。
「緊張してんな。まぁ当然だよな。
今日はお前、初のクラン同行だからな」
「……そりゃ緊張しますよ、久しぶりのダンジョンですし…」
「安心しろって。今回行くダンジョンは初級中の初級。
それに――同行する奴らが超一流だ」
「そ、そうですよね……」
「【天空の翼】、
国内でも五本の指に入る大規模クランだ」
日本には5つの大手クランがいる。
それぞれが優秀な探索者をそろえ、また、それぞれにクランの特徴がある。
その中でもクラン《天空の翼》は安定した実力を持つ大きなクランだ。
リーダーは”天空”の二つ名を持ち、高い機動力と攻撃力を兼ね備えるAランク探索者。
そのほかにも複数名のAランクが所属しており、全クランの中でAランクを最も多く擁している。
僕は支部の采配で、この《天空の翼》に行くことになった。
まさかそんな人たちと一緒に潜ることになるなんて、考えたこともなかったな…。
鉄心さんとの特訓中、支部長から全冒険者へ提案があり、新人探索者の生存率向上のため、大手クランが新人教育を行うこととなった。
基本は所属しているクラン以外の活動に混ざることは無いのだが、この異常時に対応するための策として、支部と大手クランが手を結んだようだ。
「大丈夫だ、俺も特訓を無事にこなしたお前なら実力的にもついていける」
鉄心さんの言葉が、少しだけ気持ちを軽くする。
「そう…ですよね!あの地獄の訓練を生き残ったって考えたら、なんか大丈夫な気がしました」
「ああ、その意気だ。自信持って行ってこい」
軽く肩を叩かれて、僕は息を整えた。
クラン本部は支部から十分ほど歩いた場所にあった。
白い旗が風にはためき、鷲の頭と翼の紋章が入口で鋭く輝いている。
(これが……クランの本部……!)
扉を押すと、中から圧倒的な熱気が流れ込んできた。
武器を研ぐ金属音、地図を広げて議論する声、
新人に指導をする先輩探索者の声。
そのどれもが本物の戦場を知る者たちの熱だった。
「芽吹 慧くんだね、よく来た。待っていたよ」
落ち着いた声が響く。
見ると、三十代前半ほどの男性がこちらへ歩いてきた。
白い装備と凛とした佇まい。
鉄心さんと同年代に見えるが、どこか洗練された雰囲気がある。
「鷹宮 翔。天空の翼のリーダーをやっている。」
僕が自己紹介するより早く、鷹宮さんは柔らかく微笑んで僕へ手を差し伸べた。
「今日はよろしくね、怖がらなくていい。今日はお客様の気分で参加してくれていいからね」
「よ、よろしくお願いします!」
差し出された手は温かく、強さと優しさが同時に伝わってきた。
「はーい! リーダー、私も自己紹介やる!」
明るい声と共に、軽やかに飛び跳ねる女性が現れる。
「春梨 美奈です! 新人担当のお姉さんだよ〜!君が慧くんだね、可愛い顔じゃん〜」
美奈さんが僕の頭をわしわしと撫でる。
「う、うわっ……!?」
「緊張しなくていいの! 大丈夫だから!」
美奈さんのテンションに押されて、
緊張と驚きが同時に軽く吹っ飛んだ気がする。
そして次に現れたのは大柄な男性だった。
筋肉の厚みが服の上からでも分かるほど鍛え上げているようだ。
「……神田 武、盾役だ」
「よ、よろしくお願いします……!」
神田さんはじっと僕を見下ろす。
その沈黙が少し怖かったが――
「……筋肉が小さいな」
「すみません……!?」
「……肉を食え、以上」
「に、にく…はい、食べます…」
「神田は口数が少ないけど、悪い人じゃないからね〜。怖がらなくて大丈夫だよ~」
美奈さんが笑ってフォローしてくれる。
クランの空気はとても温かかく、パーティとして生き抜いてきた人たちの、積み重ねた信頼が漂っていた。
◇
今日潜るのは宮城県にある初級ダンジョンの「栗原ダンジョン」。
新人冒険者の研修用に使われるほど安全な場所だ。
「芽吹くん。今日は見学が中心でいい。
敵が少数のときはフォローするから試しに戦ってみよう。あ、それと今日はうちのクランに入ったばかりの新人探索者もいるから、ペースはゆっくり目になるよ」
「はい、大丈夫です!お気遣いありがとうございます!」
ゲートをくぐると、ひんやりした空気と緑色の光が差し込む洞窟が広がった。
天空の翼のリーダー含め3人と他のクランメンバーたちは、迷いが一つもない動きで前進を始める。
(う、うわ……なんだこれ…20人くらいはいるのに、まるで軍隊みたいだ…)
その滑らかさは、ただ歩いているだけなのに油断のなさ、恐ろしいくらいの練度を感じさせた。
隊の全体の動きを観察し、周囲に支持を出している鷹宮さん。
常に死角を盾で潰しながら堅実に戦闘を進む神田さん。
僕の歩幅に合わせて歩きながらも警戒している美奈さん。
そしてダンジョンを進んで少しのところ
「魔獣、前方四体。距離十メートル」
神田さんの落ち着いた声が、全体に届く。なにかの魔法だろうか、あまり大きな声じゃないが耳元にすぐ聞こえてきた。
「これはね、伝言魔法といって、クランに最低でも2人はいる支援魔法を使う人達の魔法だよ。敵に気づかれず、隊のみんなに指示とか連絡をすることができるの。」
美奈さんがコソッと耳元で教えてくれる。こうした小さい動きのひとつとっても、クランとしての大きさを感じた。
(四体……!?)
現れたのは小型〜中型の魔獣、スパイダーモール。
小さな黒い蜘蛛が集団で襲ってくる群れタイプの魔獣だ。
だが天空の翼メンバーは、だれも一切慌てなかった。
「武、正面制圧」
「……了解。スキル《聖騎士の障壁》」
神田さんが一歩踏み込み、盾を大地に突き立てる。
響いた衝撃音に、蜘蛛たちの動きが一瞬止まった。
Aランク探索者、神田武。"聖騎士"という自己回復付きの盾役として有名だ。
重厚な縦と、自身への継続回復能力で、Aランクでもトップの堅牢さを誇っている。
「美奈、右二体だ」
「任せてっ!スキル《影の疾走》」
武さんの声掛けで、美奈さんが風のような速度で横に回り込み、短剣で蜘蛛の足を絡め取るように切り払う。
Aランク探索者、春梨美奈。"隠密者"という偵察、高速移動、気配隠蔽を得意とする斥候ジョブだ。
高い機動力と攻撃の錯乱を得意としていて、ダンジョンのトラップも感知できる優秀さがある。
「リーダー、左!」
「うん、スキル《鷹爪撃》」
鷹宮さんは、まるで舞うような動きで前へ。
刃を一閃するごとに、三本の剣閃が現れ、魔獣が音もなく崩れ落ちていく。
Aランク探索者、鷹宮翔。"鷹の王 "という珍しいスキルを持っていて、鷹を思わせるような多彩なスキルを持っている。
「……っ!」
僕は言葉を失っていた。
(これがプロの探索者…まったく危なげがない…)
互いの位置取りも声の掛け合いも正確で、
一つの生き物みたいだった。
「慧くん、見てたよね?」
美奈さんが振り向き、笑う。
「す、凄すぎます!」
「素直に褒められると照れちゃうね〜!
真面目に話すと、見ててわかる通り、大事なのは“役割と連携”。うちは、ギルド内で役割がしっかり決まってて長年の連携があるから、危なくないように見えるんだよ」
鷹宮さんも振り返る。
「君はまだ新人。だから全部真似しようとしなくていい。今は“こういう世界がある”って知って、いつか自分が信頼できる仲間とともに活動することを考えておくんだよ」
鷹宮さんはそういうと、僕の頭をポンと叩いて再度、隊に前進するように指示を出す。
いつか、自分の信頼出来る仲間と…か。
鉄心さんしか、まともに話せる人がいないことに気づき、一気に心が重くなった。
いずれは自分にも仲間が出来るのだろうか、まぁ、、今は暗い気持ちを置き、訓練に集中しなきゃな。
そこから、何度か魔獣とエンカウントした。
次の戦闘からは、20名のメンバーが順番に魔獣を倒していった。
流石に中心メンバーである鷹宮さんたち3人には及ばないが、初心者ダンジョン程度ならみんなものともせずに踏破できるであろう実力を感じた。
その後、さらに進むと、小型の蜘蛛型の魔獣が姿を見せた。
「芽吹くん、これは一匹のようだよ。やってみようか」
鷹宮さんの優しい声に、僕は頷いた。
胸へ意識を集中させる。
昨日練習したように、ゆっくり魔力を体に馴染ませていくと、原初の種が小さく脈打った。
(よし……!)
拳に風の力をまとわせ、正面から突撃する。
蜘蛛の魔獣はこちらの突進に合わせて攻撃してきたが、中層の魔獣との経験が生きたのか、難なくかわしながら懐に入り胴体を殴った。
ドゴン!という音が鳴り、蜘蛛の魔獣はそのまま壁まで吹き飛んでいった。
「……やった……!」
「すっごーい!! なにその威力!慧くん天才!?」
美奈さんが大騒ぎする。
「……いい一撃だ」
「焦らず丁寧。とても良かったよ」
神田さんも鷹宮さんも手放しで褒めてくれているようで、クランの優しさに胸を撃たれながら、自分が強くなっていることを自覚した。
探索の休憩時間。
水を飲んでいると、少し離れた場所から声が聞こえてきた。
「……鉄心から聞いていたとおり、あの子、本当に“普通じゃない”ね」
「攻撃力、瞬発力、度胸、どれを取っても新人以上だな」
「性格は素直で少し臆病、キラキラした尊敬の目で見てるあの顔!かわいい…少年…かわいい…」
「美奈、それ芽吹くんの前でしないように気を付けてね」
「…恐怖」
「えへへ~」
なんか変な会話が聞こえているけれど、みんな僕の事を評価してくれているようだった。
この気持ちのまま、これからも頑張ろうと一層気合が入る。
休憩後、少し進んだ後は入り口までもどることとなった。
今日は腕鳴らしと、新人への教育のため、みんな無理はしないようだった。
ダンジョンから出ると、美奈さんが勢いよく腕を広げた。
「慧くん!! 今日すっごい良かったよ!!」
「み、美奈さん近い近い近い……!」
「褒められて照れてるの可愛い!!」
神田さんも頷く。
「……実戦でも通用する。訓練の継続あるのみだ」
「ありがとうございます!」
鷹宮さんは静かな笑みで言った。
「芽吹くん。明日もまた、研修に来るかい?」
「――はい! ぜひ行きます!」
(僕……前に進めてる)
自分は強くなってる、そう実感できる一日だった。。
―—綺凛(作者)から皆様へ――
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