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原初の種〜落ちこぼれの僕がダンジョン探索で成り上がっていく話〜  作者: 綺凛


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第10話 鉄心のスパルタ魔法トレーニング

 

 翌朝の支部は、嘘みたいに静かだった。


 ここ数日の騒動で大勢が慌ただしく動いていたロビーは、今日は嘘みたいに落ち着いている。

 魔力波や異常反応の追加報告もなく、支部長の判断でダンジョンは“安全確認のため一時閉鎖”。

 探索者たちも各自の訓練に戻り、支部全体が“嵐の後の静けさ”に満たされていた。


(……こんなに静かなの、なんか不思議だな)


 そんな中、鉄心さんに肩を叩かれる。


「よし芽吹。今日から本格的な訓練始めっぞ」


「え、今日から!?」


「お前の体が動くうちにな。休ませすぎると逆に鈍る」


「体が動くうちって…なにが起きるんですかこれから…」


「安心しろ。死なねぇ程度に抑えとくからよ」


「その『死なねぇ程度』が一番怖いんですって!」


 軽口を叩きながら、僕は鉄心さんに連れられて支部の訓練区画へ向かった。



 普段は新人が入れない鉄扉の奥。

 鉄心さんがカードキーをかざすと、扉が重い音を立てて開いた。


 中に広がるのは――巨大な訓練場。


 天井は高く、壁は魔力耐性のある黒鉄石。

 木人形や強度調整ゴーレムが並び、床には魔法陣の刻まれたエリアまである。


「ここ……すご……」


「魔力訓練用の特別区画だ。

 新人は入れねぇ中級者以上の場所だな。まぁ、魔法は流れ弾とかくらったら普通に死ぬから初心者は入れませんって感じだ」


「やっぱり死ぬ話出てくるんですね……!」


「まぁ、お前なら大丈夫だ。

 流れ弾ってか流れ魔法が来ても耐えられるだろ」


「えぇ…」


 軽く笑って鉄心さんは僕の額をパシンと叩いた。


「まぁ聞け。今日やるのは基礎中の基礎。

 魔力の流し方、止め方、そして魔法の方向性を決めることだ」


「方向性……」


「魔法はな、人によって攻撃として使うか、防御として使うか、補助として使うか千差万別なんだよ。各々が得意な使い方をしているってことだ。」


「得意な使い方…」


 鉄心さんは笑って魔力測定器のスイッチを入れた。


「まずは胸の中心に魔力を集めろ。お前の魔力は普通より多いし、流れも歪だ。いいか、ゆっくりだ、ゆっくりと魔力を制御するんだ」


「ゆっくりと……」


 胸に手を当てる。

 指の腹でじんわりと熱を感じた。


(……これが、魔力……)


 呼吸が深くなり、全身に力が行き渡るのを感じる。


「よし。そのまま……手のひらに少しだけ流せ」


「少しってどのくらい……?」


「……爆発しないくらいだ」


「アバウトすぎる」


 文句を言いながらも、僕は少しだけ魔力を指へ流す。

 すると――指先が熱を帯び、風が手のひらに集まる感覚がした。


(いける……!)


 と思った瞬間、魔力が止まらず指先に集まり続け、そのまま制御できなくなった。


「うああああああああああああっ!!??」


 手のひらに集めた風の制御が暴走し、僕は後ろへ豪快に吹っ飛んだ。


「……だよなぁ」


「な、な、何が『だよなぁ』ですかあああああ!!

 僕、死ぬかと思いましたよ!!?」


「死んでねぇなら上出来だ」


「さすが元前線冒険者、感覚が狂ってる…」


 土だらけにながら、僕はなんとか立ち上がる。


(……でも)


 手のひらには、まだ風の余韻が残っていた。

 失敗だけど、確かに掴んだ感じがある。


「よし、もう一回だ芽吹。…ゆっくりと慎重にな」


「……やってみます」


 深呼吸。

 胸の中心に魔力をゆっくりと移動させる――

 そこから細い線を描くように、右腕へ。


(ゆっくりと、ゆっくりと、風の魔力を胸から肩に、肩から腕に、腕から手に)


 ゆっくりと流した魔力を爆発させないように無理やり制御すると、風が螺旋状に集まった。


「……!」


「いいぞ、そのまま……ぶつけろ!」


 そっと腕を振り、木人形に掌底をぶつける。

 軽く触れるような、勢いにもかかわらず、表面が薄くはじけた。


「……できた……!」


「おう、初日でそこまで行きゃ十分だ。才能あるぞ、芽吹」


「――っ」


 胸の奥が、熱くなる。

 能無しと言われた僕に“才能”と言われるなんて、思ってもみなかった。


 胸の原初の種(オリジンシード)が、まるで嬉しそうに脈を打っていた。


 ⸻


 休憩のために壁にもたれかかった僕に、鉄心さんがタオルを放り投げてよこした。


「……芽吹」


「はい?」


「お前は強くなる。間違いなくな」


「そんな……僕、まだ全然で……」


「強くなる奴ってのは、弱くても立って、あきらめないやつだ。

 お前みてぇに、誰か守ろうと立ち上がる奴は……絶対に伸びる。」


 鉄心さんの声はいつもより静かで、どこか優しかった。


「……本当に……強くなれますかね……」


「なれるさ。保証してやる」



 その期待がどこか心地いいと感じた。

 そこからも訓練は続いた。

 爆発、暴発、吹き飛ばされながら訓練を日が落ちるまで続いた。


 訓練を終える頃には、僕は汗でぐっしょりだった。

 休憩しながらでも、腕は重く、足は張って、魔力もほとんど使い切っている。


「お疲れさん。上出来だ」


「はぁ……はぁ……死ぬかと……」


「死んでねぇんだから、まだいける」


「鉄心さんの基準はほんとにおかしい……」


 そんなやり取りをしていると、鉄心さんがふと思い出したように言った。


「そうだ。芽吹、良い話が来てるぞ」


「え、良い話?」


「大手クラン【天空の翼(ヘブンウィング)】が、新人の同行研修を受け入れるらしい。

 安全なダンジョンをぐるっと回るだけだが、実地経験には丁度いいだろう」


「大手クランと……一緒に……?」


「あぁ、あいつらは実力もあって、教育も行き届いてる。安心して世界を見て来い」


 胸の奥が、再び熱くなる。


(クラン……経験者たち……)


 新しい景色が見られるかもしれない。

 昨日までの僕では想像すらできなかったことが、少しずつ目の前に広がっていく。


「……行きたいです」


 自然と口から出た言葉に、鉄心さんが小さく頷く。


「そう言うと思ったよ。じゃあ明日、詳細を伝える。今日は休め」


「はい!」


(もっと強くなりたい。

 次に誰かを助けるそのときまでに……)


 夕暮れの訓練場で、風がそっと僕の掌に集まった。


―—綺凛(作者)から皆様へ――


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