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原初の種〜落ちこぼれの僕がダンジョン探索で成り上がっていく話〜  作者: 綺凛


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第1話  始まりの物語

 

 僕――芽吹 慧(めぶき けい)は、生まれたときから“何も持っていない子供”だった。

 両親は生まればかりの僕を保護施設の玄関に置いていった。

 それからも身寄りがなく、頼れる大人もいなくて、ずっと保護施設で育ってきた。

 その環境が不幸だったといえばそうかもしれないけれど……僕自身は、あの場所を嫌いになりきれなかった。

 だって、あそこが僕の唯一の居場所だったから。


 ただ、この世界は優しいものではない。むしろ、無情と思えるほどの残酷な世界だ。


 ある日、世界中に謎の空間、地下に潜っていくようなダンジョンが発生した。

 ダンジョンでは漫画でしか見たことのない化け物、いわゆるモンスターや、常人なら一発で死ぬようなトラップもあった。

 まさにこの世に顕現した地獄だ。


 一方で、ダンジョンはこの世界に恩恵を与えた。

 それがダンジョンから得られる多大な資源だった。


 新たなエネルギー、それは石油やなんだったら電気より使いやすいエネルギーだ。

 熱を出せて、機械を動かせて、持ち運びも楽で、さらに長期間保存しても劣化しない安全なエネルギー、それだけでも人々には目がくらむような資源だ。


 そのほかにも、ダンジョンで得られる鉱石、果てはモンスターからドロップするアイテムまで、人々の暮らしはダンジョンの影響でよくも悪くも一変した。


 世界にダンジョンが発生して十年。

 社会は大きく変わり、国はダンジョンを探索する組織、通称”支部”を日本各地に設置し、“探索者”という職業を正式に認可、人々はダンジョンから得られる資源を頼りに生活するようになった。

 その探索者にはそれぞれギフト、またはスキルと呼ばれる固有の力がある。

 小さな炎を出せたり、身体能力が強化されたり、空気を振動させたり……それこそ本当に、人によって千差万別だ。


 スキルはだれでも発現するもの。

 …のはずが、僕は何も持っていなかった。


 生まれてから定期的に実施される検査ではずっと何もなし。

 十六歳になって受けた探索者適性試験でも、結果は変わらず能無し。

 同じ施設で育った同期たちは、僕を“劣った存在”として扱っていた。


「芽吹、またスキル無しかよ。能無しでよく探索者になろうと思えるよな」

「お前はもう後衛どころか荷物持ちだろ。味方の足引っ張るなよ?」


 言い返してやるような度胸も実力も僕にはない。

 ただ、笑われるたび胸の奥に尖った小石が積み重なっていく感じがした。

 痛くて、苦しくて、でもどうすることもできない。


 ――それでも、探索者になりたいと思ったのは。

 誰かの役に立てるかもしれないという、小さな憧れがあったからだ。

 自分ひとりじゃどうにもできないくらい弱いけれど、それでも一歩踏み出したかった。


 しかし現実は、そんな綺麗事を許してくれなかった。


 ◆


「芽吹、おい! 遅いんだよ!」

「ほら、ちゃんと後ろ確認して。何のために来てるの?」


 初めてのダンジョン攻略の日。

 僕らは東京郊外にある“第七臨界迷宮(ナンバーセブン)”の浅層へと足を踏み入れた。


 ダンジョンの中は、入り口からすでに空気が違った。

 湿気を帯び、体温が奪われるような冷たさ。

 薄暗い通路に無数の亀裂が走り、その隙間は真っ黒で不気味だ。

 壁に手を触れると、ざらりとした石の感触が伝わる。

 ここは確かに人の世界じゃない場所なんだと思い知らされる。


 先頭を歩く同期の数人は、もうすっかり探索者気取りで、支部から支給された武器を構えながら胸を張っていた。

 その後ろには中遠距離用のスキル持ちが続き、最後尾近くに僕がいる。


 僕は周囲を警戒して後ろからついていくだけ。

 誰かの役に立つどころか、むしろ足手まといだった。


「スライムだ!」

「任せろ!」


 通路の奥で水色の粘液――スライムがうごめく。

 同期の一人が炎の魔力を指先に灯して撃ち出し、簡単に倒していく。

 他の能力持ちもスキルを使って敵を片付けていく。


 僕はただ見ているだけ。


 胸が苦しくなる。

 “僕にはできないことを、みんなは当たり前のようにやっている”。

 その冷酷な現実が、心に重くのしかかってくる。


「芽吹、お前は後ろで荷物もってて。邪魔だから前に出てこなくていい」

「そうそう、怖がりはおとなしくしてな」


 笑われながら肩を叩かれる。

 僕は俯くだけで、何も言えなかった。


(……僕は、本当にここにいるべきじゃなかったのかな)


 そんな思いが胸に渦巻いた瞬間――


 バチッ!


 通路全体が光に包まれた。


「――ッ!?」「転移陣だ! よけろ!」


 青白い紋章が床から天井へ一気に広がる。

 強烈な風が逆流し、耳鳴りが起きる。

 まるで世界そのものがねじれたような感覚。


 みんなは反射的にその場を飛び退いて、通路のわきにあった小部屋に飛び込んだ。

 僕もみんなに続いて部屋に向かうが、最後尾だったことと、大量の荷物を持っていたせいで、遅れてしまった。


(間に合わない……!)


 僕の足は、遅れた。

 そして、心も思考も遅れた。

 恐怖で思考が固まって、体が動かなかった。


 光が僕だけを呑み込んだ。


「いやっ――!」


 叫んだつもりだったけど、声は光に飲まれて消えた。


 ◆


 気がつくと、僕は見知らぬ場所に倒れていた。


 視界を覆う天井は高く、石造りで、薄い蒼光が浮かんでいる。

 空気はさっきよりさらに重くて、息を吸うだけで胸が圧迫される感覚がある。


「ここは、どこ……?」


 立ち上がって周りを見渡すと、僕を中心に円形の巨大ホールが広がっているようだった。

 今までニュースやSNSで見たことのあるダンジョンない。


 これからどうしようかと考え始めた瞬間。


 《魂の適合を確認……測定不能…地球用のギフトでは対応不可。第7世界のギフトを適用します。》


「っ……!」


 頭の中に声が響いた。

 鼓膜ではなく、脳に直接語りかけてくるような声。


(なにを言って…? 何が起きてるの?)


 疑問も恐怖も、うまく形にできない。

 立っているだけで膝が笑う。

 心臓が早鐘を打って、体が震える。


 《適性再検査――結果:最適適合。魂核と同調します》


「魂核……?」


 意味なんて当然わからない。

 でも、胸の内側が熱くなっていく。

 心臓ではなく、その奥――“もっと深いところ”が脈動している。


 《固有スキル――適応進化:原初の種(オリジンシード)を解放します》


「……スキル……?僕に……?」


 信じられなかった。

 今まで何十回も検査して能無しだった僕に、スキルなんて――


(そんなわけ……ないよ)


 混乱と、今までの事実から心を埋め尽くしている悪意の小石が、今を否定しようとしている。

 でも胸の奥の熱が、徐々に燃え上がっていくのを感じた。


 足元に光が広がり、空気が震える。


 《同期率上昇――17%……31%……》


 世界の輪郭が鮮やかになっていく。

 力が満ちるというより、眠っていた何かがゆっくり目を覚ましていくようだった。


「――っ!」


 突然、地響きのような唸り声がした。

 振り返ると、闇が揺れた。


 突如、空に出現した黒い虚空から現れたのは、全長三メートルを超える漆黒の狼。

 真っ黒な輪郭に、2つだけ光っている赤い双眸が僕を射抜き、牙がむき出しになっている。


 その姿は本能で理解できた。

 ダンジョンの生き物じゃない。異界の化け物だ。


 僕の喉がひゅっと鳴った。

 体が震えとともに、力の入らない口のせいで、歯ががちがちとなった。

 その音一つでも目の前の化け物が襲ってくるきっかけになりそうなほど神経がすり減っていく。

 恐怖が骨の髄に染み込んでいき、吐き気に似た感情がこみ上げる。


(に、逃げなきゃ……、でも……どこへ?)


 逃げ道なんてなかった。

 むしろ、狼は僕を試すように周囲をうろつき、低い姿勢で飛び込む準備をしている。


 僕はじりじりと後ろに下がりながら、必死に呼吸を整えようとした。


(死ぬ……僕はここで死ぬ……?)


 その瞬間――胸の奥の熱が跳ねた。


 《生命の危機検知――進化条件を満たしました。初回特典として、限定進化を開始します。》


「え……?」


 身体が勝手に前へ出た。

 恐怖は消えていない。

 でも、それ以上に死にたくないという本能が全身を突き動かしていた。


 狼が僕の突進に合わせるように飛びかかってくる。

 赤い残光が空気を裂く。


「――っ!」


 視界が黄金に染まった。


 時間が遅くなったように感じる。

 狼の動きが、軌道が、風の流れが……すべて見えた。


(避けろ!)


 思考より先に体が動いた。

 体勢を前方に崩すように移動して狼の牙を紙一重でかわし、強く拳を握る。


 恐怖で震えていたはずの手から、今まで感じたことのないような、万力を握る感覚がした。


「う……うおおおおおっ!」


 拳がこちらに振り向いた狼の横顔をとらえ、骨が砕ける手応えを感じる。

 巨体が数メートル吹き飛び、壁に叩きつけられた。


 僕は、呆然と自分の拳を見つめた。


 腕の表面に一瞬だけ光の紋章が浮かび、すぐに消えた。


「……これが……僕の力……?」


 狼が立ち上がろうとする。

 でも、もう遅い。


 僕は自分でも信じられないほど冷静だった。

 恐怖はある。

 でも、それ以上に、逃げたくないという気持ちが、胸の奥で強く熱く燃えていた。


 あの施設で、誰も助けてくれなかった弱い僕。

 能力がなくて笑われて、後ろを歩くしかなかった僕。


(――そんな僕を、終わらせたくない)


 足に自然と力が集まり、鋼材で出来ているであろう床が爆ぜるほどの勢いで、地を蹴って狼の懐に飛び込む。

 その勢いのまま突き出した拳が、狼の頭を貫いた。


 黒い巨体が崩れ落ち、ホールに静寂が戻る。


 ◆


「……はぁ……はぁ……」


 全身が震えていた。

 恐怖でじゃない。

 生き延びた実感と、力を発揮した実感で震えていた。


「僕……本当に……」


 弱くて、臆病で、何も持っていないと思っていた。


 でも――

 僕の中には、確かに“強さの種”があった。


 気が付くと、ホールの奥でさっきまではなかった淡く光る転移陣が静かに回転している。

 そこにどれだけの危険が待っていようと、もう後ろには戻れない。


 僕は震える足で、一歩踏み出す。


 これは僕が弱”から抜け出す最初の一歩。

 そして、芽吹 慧の物語の始まりだった。


初めまして、綺凛きりんと申します。

この度は、初作品をご覧いただき本当にありがとうございます!


拙い文章ながらも完結まで続けていきたいと思いますので、良ければ応援をいただけると嬉しいです!


今日から毎日一話ずつ投稿していきますので、もし面白い、続きが気になる、など思っていただけたら、評価をいただけると飛び上がって喜びます!


それでは、次回は12月2日に投稿です!

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