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第六話 魔犬ガングルー

 その魔族の男はザリアの森を目指して、風の強い夜道を足早に歩いていた。 

 男の青髪が風を受けて揺れるたび、隙間から覗く金色の瞳が獣の眼のように光る。


 ――先日、王都マッシュルームのスラム街にある違法格闘場で、ついに東の剣士を見つけた。 

 魔法ヘルデスにはヘルデスの計画する新世界の始まりに相応しい、新たな乗り物を調達するように命じられていた。ゆえに王都の広場近くの路地裏の店から攫ったワイバーンを格闘場に連れて行き、魔物と闘わせてその強さを図ろうとしたのだ。

 乗り物といっても、ヘルデスがただ乗るだけではない。時には強敵と戦い、その攻撃からヘルデスを守るだけの強さを備えていることが求められる。

 そして偶然にも、そこで別の「お宝」を見つけた。

 その子供はワイバーンの持ち主で、攫ったワイバーンを探して地下格闘場まで追ってきた。

 見ると子供の腰には、魔物や魔族の間ではあまりにも有名な、短剣遣いの剣士クラウズの剣が携えてあった。

 クラウズが大陸各地に姿を現さなくなってから八年余り、クラウズの短剣はこの王都の少年の手に渡っていたらしい。

 その子供を一目見て、すぐに気づいた。――このガキが、古の言い伝えの東の剣士だ。

 伝説の剣士クラウズは、これから誕生せん東の剣士に己の剣を託し、姿を消した。

 そんな噂が、魔族の間で広まっていたからだ。


 そして伝説の剣士がその剣を失ったことは自分たち魔族にとっては好都合だった。

 クラウズは剣士クロスの師匠であり、その実力は前魔王ハルデスを討ったクロスを遥かに凌ぐと聞く。

 だが十五年前クロスが死に、残された脅威であるクラウズも、今や死んだも同然だ。

 大陸の束の間の平和も再び闇に覆われ、現魔王のヘルデスは毒牙で弱らせたクロスの妻、バラを北の古城に閉じ込め、今もその魔力を吸収している。

 夫婦の一歳になる娘は魔犬ガングルーがザリアの森に連れ去り、ハルデスの封印を解くため、森の小屋で魔女にするべく育てているという。

 もし成長した娘が事の真相を知ったならば、泥沼のドラマに仲間割れは必定だろう。

 「クク……」

 なんという皮肉な茶番劇だ。なんとも興をそそるではないか。

 そしてこの先の森の小屋では今頃、その悲劇の少女がヘルデスに頼まれて不老不死の薬を調合しているはずだ。

 ――今夜その薬を、おれもいただく。


 ここからザリアの森はほど近い。大陸の最北の城に居るヘルデスに東の剣士を見つけた報告をするよりも、娘から薬を手に入れる方が先だ。

 長身痩躯の男の影が、西の森を奥へ奥へと進んでいった。



 ♢♢♢


 その頃。西の森の小屋では、ララが小さな食卓を一人で囲んでいた。

 いつもはララと同じ食事時間に、床に置かれた皿の上の「ごちそう」を食べるガングルーだったが、どこか小屋の外に出ているのか、その姿は見えない。

 ララの得意料理のひとつであるキノコと山菜のスープを口に運び、魔王城からの帰路で手に入れた固焼きのパンをちぎって、手製の木の実のジャムを塗る。

 すると施錠していない小屋の戸がいきなり開けられた。

 「だれ!?」

 勢いよく両手を食卓に着いた振動で、コップの中の水が水滴を散らす。

 「貴様が西の森の魔女、ララか?」

 そこに立っていたのはヘルデスとよく似た、長身痩躯の魔族の男だった。

 「そうだけど……人に名を尋ねるなら、まずは先に名乗ってもらいたいわね」

 「これは失礼。おれはヘルデス様の側近のひとり、レムノウだ」

 そう言うとレムノウはララの許可もなく小屋の中へと入っていく。

 「ちょっと、こんな時間に突然やって来られても困るわ。いったい何のつもり?」

 レムノウはララを無視して棚に並んでいる魔道具を次々に物色し、紫の液体の入った細長い瓶に手を伸ばした。

 「これが、例の薬だな?」

 ララの問いに質問を重ね、レムノウはララが調合した不老不死のスープを手にしてララに接近する。

 「それは魔王様が対処薬を必要とされた時に使うものよ。あなたに渡すわけにはいかない」

 「今ここで、自分の命と引き換えてでもか?」

 「……!!」

 暗い夜の森の小さな小屋の空気が、緊張感で張り詰める。

 「あなた魔王様の側近にしては、礼節も理性的な分別も持ち合わせない、話し合いもできないタイプなのかしら」

 「小娘が……。何も知らん哀れなお前を利用するほど、おれは魔王様よりも無慈悲ではないがな」

 「……え?」レムノウの言葉に、ララが眉根を寄せる。

 「お前は魔王様をまるで父親のように慕っていると聞くが……本当に何も、知らないんだな」

 レムノウは冷たい眼差しでララを見下ろし、口の端を歪めて笑う。

 「なに……? どういうこと……?」

 ララが訝しげに尋ねた時、小屋の外に出ていたガングルーが帰ってきた。

 「レムノウ! くだらんおしゃべりはその辺にしておけ」

 「……ガングルー」

 のそりと現れた大きな黒い魔犬に、レムノウはチッ、と舌打ちする。

 「邪魔が入ったな……」

 「レムノウ貴様、ヘルデスを裏切るつもりか?」

 ゥウウ……と、体勢を低くしたガングルーが毛を逆立てて唸る。

 ――今夜は分が悪い、か。


 その黒い魔犬はかつてクロスを屠り、ビーストマスターの主人であるバラをも毒牙にかけた。

 殺さずに弱らせろというヘルデスの命令がなければ、クロスと共にバラの命も無かったかもしれない。

 ただでさえ現魔王ヘルデスと並ぶほどの魔力を有するというこの魔獣は、今はララと主従の契約を結び、その魔力の多くをも与えられているはずだ。

 レムノウは手にした瓶を棚に戻すと灰色のマントを翻して小屋の入り口に向かい、戸に手をかけた。

 「せいぜい飼い犬との家族ごっこを楽しむことだな」

 言い捨ててレムノウは夜の森に姿を消した。

 残されたララはその場に立ち尽くし、これまでララに見せたことのないほどの魔力を帯びているガングルーを不安げに見つめた。

 「ガングルー、あなた私に何かを隠しているの?」

 「いや。おれは西の魔女ララの使い魔、ただの魔犬のガングルーさ」

 ガングルーが白々しくも犬らしく、尻尾をパタパタと振っておどけたように陽気に答える。

 「でも……あの人が言っていたことは、どういうことなの」

 「今日はもう寝ろ、ララ。そのうちに嫌でも、全てを知る時が来るさ」


 ――あの男、生かしておくのは危険かもしれない。

 ガングルーはくるくると回ってから毛布の上に座り、皿の中のミルクをぴちゃぴちゃ音を立てて飲んだ。

 ララは納得のいかない面持ちでガングルーをじっと見つめる。

 しかしただの犬となって振る舞うガングルーにそれ以上追及することはせず、何かもやもやとしたものが胸の中に広がるのを抑えようと、ララは食卓について食べかけのスープ皿に手を伸ばした。

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