第四話 幼馴染
ザッパの家の客間のソファで、セスナは温かいミルクを飲んでいた。
先ほどザッパから譲り受けた大剣を、その華奢な背中に背負っている。
おいらが――いや、ぼくがこの世界を守るんだ。
……おれ? わたし? ……ううん、やっぱりおいらなら「ぼく」かな。
突如課せられた使命への決意の証に、自身の一人称も変えようとセスナは考えた。
自分が生まれ変わったようで、嬉しいような戸惑うような、そんな複雑な感情で溢れている。
「それで、お……ぼくは、これからどうすればいいの?」
さり気なさを装いつつ、ちょっと照れながらセスナはザッパに尋ねる。
「旅に出ろ。そして北の古城の魔王を討て」
「そんな、いきなり」
その後の「無理だよ」という言葉を飲み込むセスナにザッパは笑顔で応じる。
「心配すんな。剣士やら勇者やらってぇのは、旅にさえ出ればちゃあんと強くなるもんだ」
「なにを根拠にそう言うの?」
「物語とは、そういうもんだ。人の人生とは、どれもひとつの物語だ」
「ううん。説得力があるような、ないような……」
どことなく軽い調子に思えるが、ザッパなりの励ましかたなのかもしれない。
「剣以外の防具や道具はわしが手配してやる。お前さんにはたしか、病気のお父さんがおったな」
「うん。父さんはもう半年も腰痛で寝たきりなんだ」
「よし。お前さんが旅に出ている間、お父さんのことはわしが面倒を見よう」
そう言ってソファに腰掛けたザッパは身を乗り出し、セスナの手を強く握った。
「頑張れ、セスナ。幸運を」
♢♢♢
その夜、セスナは腰痛で静養している父マシューに旅に出ることを告げた。
初めは驚いたマシューも事の経緯を説明すると、最後にはセスナの背を叩いて力づけてくれた。
翌日になると、剣術を教わっている武器屋の長男アルデリオにも挨拶に行った。
「なんだか変わったな、セスナ。今までよりずっといい瞳をしている」
そう言い、頑張れとセスナの手を力強く握った。
「あとは……」
セスナはアルデリオの家を出ると、逆方向に向かって歩き出した。
アルデリオの家から歩くこと数分。
幼馴染の少女カチュアの家に着くと、セスナは家の二階の窓に拾った小石を投げる。いつもの合図だ。
するとすぐにパタパタと足音が聞こえ、セスナと同じ年頃の少女が淡い色のスカートを翻してドアを開ける。
「ごきげんよう、セスナ」
可憐な花のようにふわりとカチュアが微笑む。
セスナよりも更に華奢なその少女は、栗色の髪にアーモンド色の瞳がよく映え、色白で儚げだ。
誰も振り返るようなその美しい容姿は、幼馴染のセスナでも見惚れてしまうことがあった。
「ぼく、旅に出ることにしたんだ」
「えっ」
カチュアは驚きを隠せない表情で片手を口元に持っていく仕草をする。
「旅って……マシューおじさまの店はどうするの? それにぼくって……」カチュアはうろたえる。
セスナはマシューとアルデリオにした話をカチュアにもくり返し、背中に背負った大剣を見せる。
「きっと魔王を倒して帰ってくるから。カチュアも達者で」
あまりにもあっさりしたセスナの挨拶に、カチュアは「そんな」と小声で呟く。
「い、いつ、帰りはいつになるの?」
「そんなの分からないよ。何か月か、何年後かもしれない」
「それじゃあ、私の計画……いえ、予定はどうなるの?」
「え?」なにか聞いてはいけない単語を聞いてしまった気がする。
「私たちの今後よ」
「ぼくたちの今後?」
「セスナの気持ちのことよ。私、わかってるのよ」
「ぼくの気持ちって?」
暖簾に腕押しのカチュアは痺れを切らす。
「もう! セスナの鈍感!」
「なんだよ、何を怒ってるんだよ」
「もういいわ! 見送りなんて、私しないから」
驚くとは思っていたが、怒るとは思っていなかった。想定外のカチュアの反応に、セスナは困ったように頭を掻く。
「ええと……それじゃ……行って、くるから」
カチュアは返事をしない。
どうしようかと思案したセスナは、おもむろにカチュアの手を握った。
「セスナ……」カチュアの瞳が揺れる。
「パン屋さんになるんだろ。帰ったら焼きたてのパンを食べさせておくれ」
「ケーキ屋さんよ!」
手を離したセスナは笑顔で振り返り、大きく手を振る。カチュアはふくれっ面のままその背中に「無理しないでね」と大きく言った。




