♢50♢ 東の剣士と西の魔女
真実を語り終えた魔王ハルデスは、黒い犬の姿で、玉座の間に立ち尽くす六人に対峙し、圧倒的な魔力を感じさせる青いオーラを放っている。
広間の中央に直線状に敷かれた赤い絨毯の上。
豪奢な玉座のそばに控える魔族の女ゾーラ、そこから少し離れた所に魔女のバラ、バラの娘である魔女のララ、東の剣士セスナが立っている。
そしてそこから数メートル離れて伝説の短剣遣いのクラウズ、現魔王ヘルデスが立ち、その数メートル先に、魔犬の姿の前魔王、ハルデスが四肢に力を込めてグウゥ……と唸って顔を下げている。
ハルデスはチャ……と爪先を絨毯に擦り、母のそばで紅い瞳を見開いているララに呼びかける。
「西の魔女、ララよ。さあ、おまえの母が私に施した封印術を、解除するのだ」
魔犬に名前を呼ばれたララはふるふると顔を振り、隣に立つ母のバラに「私、解除術の魔法なんて知らないわ」と不安げに囁いて、その顔を見上げる。
するとバラはそっとララの手を取り、その手の平に、ある文字を、人差し指の先で綴った。
「大丈夫。解除の魔法は、おかあさんも一緒に唱えるわ」
そう言うと、バラは裸足の足です……と前に歩み出る。
白いシルクの上着に、紅いドレスを纏ったバラが、赤い絨毯の上を進んでいく。
「バラ……」
声をかけたクラウズはしかし、伸ばした手を引っ込めて、バラに道を譲る。
「……」
その正面に立つヘルデスも黙ったままバラを見つめ、やがてクラウズと同じく、赤い絨毯の道をバラに譲った。
♢♢♢
「……」
静まり返った玉座の間。
バラと魔犬の姿のハルデスが、五人の視線を浴びて対峙している。
「……魔王ハルデス。あなたが、クロスを殺し、ララを奪った」
今も記憶に生々しい十五年前の悲劇の引き金である目の前の魔犬に、バラの深紅の瞳は燃えるような焔の色を宿して、その魔獣の金の眼を射抜くように見つめる。
そして両手を前方に構え、震える手に力を込める。
「バラ。今さらなにをしようというのだ。お前にはもう、魔力はほとんどないはずだ」
ハルデスは低く言い放ち、「クク、フハハハハ!!」と高笑いを響かせる。
「……う……う……」
構えた両手で魔法を発動しようとするバラは、しかし力なくその場に膝をつき、両手で顔を覆った。
「バラ!」
叫んだクラウズがバラに駆け寄り、その肩に手を添えて、抱えて立ち上がらせる。
「バラ……」
両手で顔を覆うバラに穏やかに声をかけ、クラウズは広間の壁際にバラを連れて行く。その二人を、ヘルデスが冷ややかな金の瞳で見つめている。
ヘルデスは黙ってその二人を見やると、コツ……と硬い靴先で後ろを振り返り、玉座のそばに控えているゾーラの元へと歩き出す。
「……」
そして今、魔王ハルデスの目の前に、東の剣士セスナと西の魔女ララの二人が、そのいにしえの運命を超え、辿りついた。
「さあ、ララ。私にかけられた封印術を、解除するのだ」
「……」
ハルデスの言葉に、ララは黙って、その懐かしい魔犬の姿を見つめる。
ララの前に立つセスナは、背中に背負った魔剣ドラゴニアークに手を伸ばし、その柄を握って、胸の前に構えて、黒い魔犬と対峙する。
そして意を決したセスナはドラゴニアークを左下段に構えると、ハルデス目がけて走り出した。
「やああぁぁぁぁぁ!!」
叫んで駆け出したセスナは距離を詰めた魔犬めがけて、魔剣ドラゴニアークを右上段へと切り払う。
――ザシュウッ!!
赤い魔石の埋め込まれた魔剣ドラゴニアークは、赤く輝く軌跡を描いて、黒い犬の姿の魔王ハルデスをなぎ払う。
――トンッ!!
しかし魔犬は素早いジャンプでそれをかわし、四肢に力を込めると、セスナ目がけて飛び掛かった。
しかし。
――ドオン!!
「――!?」
魔犬がセスナに飛び掛かるその刹那、両手を構えたララが放った灼熱の炎が、黒い犬の胴に直撃する。
――ゴオォォォォォォォ……!!
黒い犬は赤い炎に包まれて、黒い煙を上げる。しかしそれでもなお、魔剣を構えるセスナに向かって、その鋭い犬歯を剥いて飛び掛かった。
「――……!!」
セスナは正面に構えた魔剣を、上段に振り上げ、赤い炎に包まれて飛び掛かってくる魔犬を待ち受ける。
そして、振りかぶった大剣を、力の限り振り下ろした。
「――魔王切り――……!!」
♢♢♢
赤い絨毯の上、プスプスと煙を上げる黒い魔犬が、床に四肢を投げ出して倒れている。
ララの火炎攻撃とセスナの魔王切りにより倒れた魔王ハルデスは、しかし未だ「封印を解け」と、その邪悪な声で訴えている。
赤い絨毯の中央に、倒れた魔犬を囲むようにして、セスナとララ、バラを支えるクラウズ、そしてゾーラとヘルデスが、まばらに集まってくる。
「魔王ハルデスにとどめをさすんだ、セスナ」
バラの肩を支えたクラウズが言い、セスナは「でも」と、あの消し炭の都と同じ末路を辿った魔犬に、その剣を振り下ろせないでいる。
するとゾーラのそばに立っていたヘルデスが前に進み、コツ……と硬い靴音を鳴らして、赤い絨毯の上に倒れる魔犬を見下ろし、仁王立ちになった。
ヘルデスはす、と、細い指先を伸ばし、魔犬の身体の上に、赤く輝き始めたその手をかかげる。
「――さらばだ、父よ」
――カッ。
赤い閃光がきらめいて、玉座の間の中央で倒れる魔犬を、灼熱の炎が包む。
こうして魔王ハルデスは、死んだ。
♢♢♢
日の暮れかかる古城の廊下をツカツカと歩くヘルデスの後に、ゾーラ、セスナとララ、バラを支えるクラウズが続く。
ヘルデスは城の地下に続く階段を降りると暗く長い廊下を進み、剣や弓、槍や斧、そして兜や甲冑などが収納されるその暗い部屋へと入っていく。
窓のないその部屋の最奥。
そこには腰を折り、両腕をだらりと垂らした状態で、宙に浮いたかたちで封印されている、前魔王ハルデスの肉体があった。
赤く明滅するその魔方陣に近づいた六人は、封じられたハルデスを囲むようにして並び立つ。
トン、とクラウズに背中を押されたバラは裸足の足で進み、不安げなララの隣に立って、娘の手を取る。
優しげに見つめるバラを見上げ、ララが頷く。
そして西の魔女の母バラと娘ララは、手を取り合い、声を揃えて、その言葉を口にした。
「――ガルス!!」
すると赤く明滅していた魔方陣はスウゥ……と消え失せ、宙に浮いていたハルデスの体が、ドッと、黒い絨毯の上に音を立てて、ハルデスは床に蹲った。
封印から解き放たれて蹲るハルデスはゆっくりと立ち上がると、青い髪に金の瞳でヘルデスを見つめ、そして頭を下げた。
「待たせたな、セルム」
「……ガングルー」
魔犬ガングルーと魔王ヘルデスは、同じ金の瞳で見つめ合う。
そしてヘルデスを見つめるハルデスの体は淡く青い光に包まれ、すぅ……と、ヘルデスの左胸のあたりに吸い込まれるように消えていった。
♢♢♢
大陸最北端のヒャドム地帯。その最北に佇む、魔王城。
それまで上空を覆っていた紫の空は、今はあかね色の夕焼けを抱いて、北の古城を穏やかに照らしている。
古城の城門の前では、漆黒のマントを棄てたヘルデスと元配下のゾーラが、灰色の魔族服で並んで立っている。
そして二人はそれぞれ、胸元に光る青い金ボタンを握ると、それをむしり取った。
クラウズは靴を履いていないバラを抱き抱え、その隣に、ピンクのヘアピンを挿し直しているララが立つ。
そして魔剣ドラゴニアークを背負ったセスナは、古城を背に暮れる、輝くようなオレンジ色の夕日を見上げて言った。
「さあ、帰ろう。ぼくたちの国へ」




