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♢46♢ ゾーラVSヘルデス

 大陸最北端、広大な荒れ地の広がるヒャドム地帯の更に最北部。

 慄然と佇む古城をぐるりと囲む毒沼が、数々の冒険者たちの侵入を阻止してきた。


 消し炭の都を出立した勇者セスナとその仲間は、古代都市を出て北へ進み、歩くことおよそ四時間半。

 セスナ一行は、その深く暗い紫色の空の下、プスプスと瘴気を上げる同じような色の毒沼の手前で、立ち止まった。



 「あれが、魔王城……」


 毒沼を隔ててそびえるその古城は不気味なほど静かに佇んでおり、口を開けて見上げるセスナと、固く口を結んでキュッと拳を握るララ、腰の短剣の柄に手をかけるクラウズの三人を、瘴気を巻き上げる冷たい風であおって歓迎する。



 「どうやって毒沼を渡ろう」

 

 当然の疑問に三人はしばし考え込み、するとセスナが「だめもとなんだけどさ」と、腰の布袋からマジックテントの束を取り出し、それを広げ始めた。


 「これ。畳んでるときは薄いけど、広げるとテント生地が空気中の成分を取り込んで、すごく頑強な素材へと変質するんだ。これを毒沼に何枚も広げて浮かべて、みんなで秒で渡ればいけるんじゃないかな」

 セスナがマジックテントの説明をしながら、ララとクラウズを交互に見て、テントを広げる。

 

 それを毒沼に「ぽーん」と投げていき、いくつもの足場を用意する。



 「スピードが大事だから。まずはぼくから行くよ」


 セスナは言うと、ひょいひょいひょいと軽やかな足さばきで、毒沼に浮かぶマジックテントを踏み台にして渡っていく。



 「おおい。ララとクラウズも、来て」


 セスナに促され、ララもぴょん、ぴょん、という感じで、両手を広げてバランスを取りながら、無事に毒沼を渡りきる。



 クラウズは「おまえたちガキは身軽でいいよなあ」とぼやいてから、しかし足さばきも見事にタン、タン、タン、と大股で渡りきった。




 なんなく毒沼を乗り越えた三人は、勇者たちを待ち受けているのだろうか、見張りのいない城門に近寄り、それを開けてアーチをくぐる。




 「城内のだいたいの地図は頭に入ってる。強行突破だ、玉座の間まで突っ込むぞ」

 セスナとララに声をかけたクラウズが先陣を切り、三人は見張りのいない古城の中へと駆け込んだ。




 ♢♢♢


 バラの手を引いたゾーラはずんずんと、古城の階段を降りていく。

 裸足のバラは十五年ぶりに見る古城の階段に、胸がつかえそうな思いでゾーラに手を引かれてそのあとに続く。

 


 階段を降り切ったゾーラは裸足のバラの手を引いたまま、ヘルデスが座しているだろう玉座の間の大広間へと、ぐんぐん進んでいく。



 「ゾーラ」


 バラが不安げに声をかけるのにも構わずに、やがて見えてきた扉の前に立つと、「ちょっと、ここで待ってて」とバラに言ってその手を離す。


 そして扉を開けると、胸の内ポケットから一通の手紙を取り出して、それを携えて玉座へと進んだ。




 ♢♢♢


 「ヘルデス様」


 ゾーラに名を呼ばれ、玉座に座して魔術書を読んでいたヘルデスが応じる。



 「なんだ」


 魔術書のページに目を落としたままのヘルデスに歩み寄り、ゾーラは「退職願」と書かれたその茶封筒を、両手で持ってヘルデスに差し出す。


 

 その手紙に目をとめたヘルデスは「なんの真似だ」と、ゾーラに金の瞳を合わせてただす。



 「本日付で、魔王城ヘルデス様の側近役を退職したく候」


 頭を下げて願い出るゾーラに「ふざけるな」と、魔術書を閉じたヘルデスが腰を上げる。


 


 「……」


 ゾーラは黙ったまま数歩後退し、足を広げて少し腰を落とし、両手を胸の前に構える。


 豪奢な椅子から立ち上がったヘルデスも無言のまま、仁王立ちで目の前のゾーラを見る。




 「いいだろう」

 

 ヘルデスは低く言い放つと、す、と、右手を目の高さに上げる。



 そして広げたその手を前方に伸ばすと、炎の魔法を発動した。




 ――ボオッ!!



 繰り出された火炎放射が、目の前に構えるゾーラ目がけて放たれる。


 ゾーラは構えた両手を前方に伸ばし、氷の鏡のようなバリアーの防御壁を展開する。




 ――ゴオォォォォォッ!!


 ヘルデスが放った火炎放射はゾーラの氷の防御壁に直撃し、じわじわとその分厚い氷を溶かしていく。




 「ごめんなすって!」


 氷の防御壁を左手で展開したまま、ゾーラは右手を胸ポケットに入れて青い魔法のカードを取り出し、ヘルデス目がけて振りかぶるように放って言う。




 ――ヒュンッ!!


 青い氷のカードは空中でトランプのように増殖すると、五月雨さみだれのように、ヘルデス目がけて次々と切りかかっていく。




 ――ブウンッ!!


  今度はヘルデスが片手を伸ばして防御壁を展開し、降りかかる氷のカードをピシリ、ピシリ、と全て弾き返していく。




 まるで猫がじゃれ合うように、ゾーラとヘルデスは攻撃と防御の応酬を繰り返して、大広間での戦闘を展開する。




 それを玉座の間の扉のところで見ていたバラは、長引く魔法戦の応酬に、ゾーラの息が上がっていることに気づいた。


 「……!!」




 バラは裸足のまま赤いドレスの裾を揺らして大広間に踏み込み、ヘルデスに向かって叫んだ。




 「セルム!!」




 古い名を呼ばれたヘルデスは右手で繰り出していた灼熱の玉を揉み消し、肩で息をして防御壁を維持しているゾーラ越しに、バラを睨みつけた。




 「二度とその名で私を呼ぶな!!」


 ジュウゥゥ……と手の平で灼熱を揉み消しながら、未だ余裕の表情のヘルデスが、語気を荒げて言い放つ。



 バラはぺたり、ぺたりと裸足で進み、下腹部を押さえた。

 そして「違うわ、あなたのことじゃない」と、両の手で己の腹を包み、苦しげな視線をヘルデスへ向ける。





 「……まさか……」


 ピタ、と動きを止めた右手を前方に構えたまま、金のまなこを見開いたヘルデスがバラを見つめる。


 バラは静かに頷き、その場に力なく座り込んだ。








 ♢♢♢


 右手を前方に伸ばして身じろぎもしないヘルデスと、「はあ、はあ」と呼吸を整えるゾーラ、そして座り込んだバラの背後から、バタバタと駆け込んでくる三人の足音が響く。



 

 「――バラ!!」



 先陣を切って大広間に駆け込んだクラウズは、シルクの上着を羽織り、赤いドレスを纏った裸足のバラが、振り返って自分を見上げたその姿に、十五年の時を経たいま、駆け寄った。

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